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79 乱闘

真実は、いつも人を惑わせる

何の前触れもなく、唐突に現れる真実は

まるで運命が仕掛けた、悪意ある冗談のようだ

人は選ぶことも許されぬまま

心の迷宮へと突き落とされる


その中で人々は混乱し、逃げ惑い

右か左か、進むか退くか

相反する矛盾の狭間でもがきながら

広大な蒼穹へと続く、ただ一筋の逃げ道を探し求める


少年よ

よく、目を凝らして探すのだ

悲劇の台本の奥底には

かつて抱いた後悔が隠されている

蒼き仮面には

歴史が繰り返した傷跡が刻まれている


運命の道標に、惑わされるな

迷宮の真の出口は

いつだって

茨の道の、果てにこそ隠されている


『フェイト・ワインダ、第五曲』

――グレイヴ・ミスリ

 雨、雨、また雨。


 まるで世界そのものを水底に沈めてしまうかのように、スモウ川流域には降りやまぬ雨が続いていた。


 土砂降りというほど激しくもなく、霧雨ほど軽くもない。ただただ陰鬱で湿り気を帯び、人の心をじわじわと苛立たせる――そんな性質の雨だ。


 ウェイドは庭園に沿って設えられた回廊を歩き、二度ほど角を曲がった先、回廊の突き当たりにある東屋へと辿り着いた。


 予想通り、探していた人物はそこにいた。東屋の中で腰掛け、どこかぼんやりと空を見上げている。


「殿下、また雨をご覧になっているのですか。そんなに面白いものでもないでしょうに。」


 ウェイドの声を聞き、赤髪の少年はちらりと振り返り、軽く肩をすくめた。


「別に。ただ……なぜか、気分がいい時ほど雨が降る気がしてね。」


「何か、よいことでも?」


「例の女暗殺者が、結果的にこちらを大いに助けてくれたことを思い出していただけさ。」


 なるほど、とウェイドは頷いたものの、供述の際に嘘を吐いたあの女のことを思い出し、思わず眉をひそめる。


「正直なところ、臣下にはどうにも腑に落ちません。なぜ、あんな嘘を?ブレット卿の指示とは思えませんが……」


「もちろん違う。彼女は確かにブレットの差し金だが、あいつがそこまで細かく立ち回れるとは思えない。」


「では、なぜあのようなことを?我々が恩義を感じて、密かに牢から救い出してくれるとでも考えたのでしょうか。」


「それはないだろう。長年暗殺者をやっていれば、死刑囚を大牢から引きずり出すのも、処刑前に身代わりとすり替えるのも、ほぼ不可能だとわかっているはずだ。


 おそらく、『真実を口にしなかったことを汲んで、両親だけは守ってほしい』と、そんな意思表示だったんじゃないか。」


「では、殿下はその願いを叶えてやるおつもりで?ご命令とあらば、臣下がすぐに手配いたします。」


 そう問われ、少年は軽く手を振った。


「心配はいらない。もう手は打ってある。」


「ほう?」


「愚かな兄上や、その取り巻きが、彼女の親族から不利な情報を引き出さないようにね。誰にも見つからない場所へ、すでに移してある。」


「誰にも見つからない場所、とは?」


 少年は苛立ったようにウェイドを一瞥した。


「急に頭の回転が悪くなったのか?人の口を塞ぐ一番確実な方法くらい、説明はいらないだろう。」


「な……なるほど。殿下、ご英断でございます。」


 額にうっすらと冷や汗を滲ませながら、ウェイドは思った。


 殿下のこの冷酷さを見る限り、今回の王位争いで、メッシ王子が優位に立つことはまずない。争いが終われば、メッシとその支持者たちは……おそらく命すら保てまい。


 正しい側についたな。


 胸中でそう安堵したところで、少年が口を開いた。


「ところでウェイド、今日は何の用だ?」


「あ、失礼。危うく忘れるところでした。


 グライス家のハスティ選帝侯が招きに応じて来訪され、現在は外の居間で謁見を待っております。殿下が直接お会いになりますか?」


「おや?ようやく来たか。棺箱が見えるまで動かないとは、つくづく愚かな男だな。息子が人質になって、ようやく重い腰を上げるとは。」


「では……お会いになりますか?」


「もちろんだとも。せっかく来たのに、顔を見ないなんて勿体ないだろう?」


 獲物の出現を待ちわびていた獣のように、少年は唇を舐め、不敵な笑みを浮かべた。


「この老いぼれが、俺の率いる合衆国に頭を垂れる気があるのか――じっくり聞かせてもらおうじゃないか。」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もうっ、最悪!」


 苛立った声を上げるナイヴを、ウィンデルは横目で見たが、何も言わなかった。


 理由を訊くまでもない。ナイヴの性格なら、どうせ自分から答えを口にする。


「雨の日って、本当に大嫌い!」


 ほら、やっぱり。


 空に向かって叫ぶ彼女を見て、ウィンデルは少し可笑しくなりかけたが、結局笑わなかった。


 この終わりの見えない雨が気分を沈ませるのも確かだが、それ以上に、彼はまだ忘れられずにいた。


 緑の風。白い神殿。そして、あの哀しげな笑顔。


 自分の愚痴にまるで反応しないウィンデルを見て、ナイヴはちらりと彼の様子を窺い、その覇気のない表情と目に気づくと、深く息をついた。


「少しは何か言ってよ。落ち込んでるの、あなただけじゃないんだから。」


「……ごめん。」


「別に、そういう言葉が聞きたいわけじゃないの。」


 まだ完全には回復していないウィンデルの身体を気遣い、帰路の行程は行きよりもかなりゆっくりだった。


 そのため、二人が風待ちの亭のある農村へ辿り着いたのは、十日目の夕刻になってからだった。


 村の姿が視界に入ると、ナイヴはほっと息を吐く。


「やっと、まともに一晩休めるね。」


 彼女がそう言うのも無理はない。春の終わりから初夏にかけては、ソフィット共和国の雨季だ。


 帰り道はほとんど毎日が雨で、しかも人里離れた場所ばかりを通っていたため、雨宿りできる場所もなかった。この十日間、二人の服が乾いた日はほとんどない。


 今夜は屋根のある場所で眠れる。


 その事実に、儀式の後から沈みがちだったウィンデルの気分も、ほんの少しだけ持ち直した。


 だが、その安堵は、長くは続かなかった。


「ウィンデル、今の音……聞こえた?」


「うん」


 村に足を踏み入れた瞬間、二人は違和感を覚えた。


 どの家も固く戸口を閉ざし、村の中央広場の方角からは、断続的に金属の打ち合う音と怒号が響いてくる。


 互いに視線を交わし、先に口を開いたのはウィンデルだった。


「ここは離れよう。嫌な雰囲気がする。」


「せめて、何が起きてるのか見てからでもいいでしょ?私たち、身を守れないわけじゃないんだし。」


「……ただ野宿を続けたくないだけじゃないの?」


「そう思って何が悪いのよ!全身、カビが生えそうなんだから!」


 面倒事には関わりたくない――そう思いつつも、ウィンデル自身、久しぶりに温かい食事をとり、乾いた寝床で眠りたいという気持ちを否定できなかった。結局、彼は折れるしかなかった。


「……わかった。ただし、一般人の前で風の術は使うなよ。」


「わかってるってば。子ども扱いしないで。」


 そう言い残し、ナイヴは村の中へと大股で歩き出す。胸の奥に小さな不安を覚えながらも、ウィンデルはその後を追った。


 広場に近づくにつれ、怒号と金属音はますます鮮明になる。見ずともわかる――そこでは、目を覆いたくなるような激しい争いが続いているはずだった。


 二人は広場の外縁にある低い石壁の陰に身を潜め、顔を見合わせてからそっと覗き込む。


 その瞬間、目に飛び込んできた光景に、言葉を失った。


 本来なら村人が集うはずの広場は、血に塗れた地獄と化していた。


 打ち捨てられた武器がそこかしこに転がり、腕や脚を失った負傷者たちが地面に倒れ、呻き声を上げている。さらには、まだ乾ききらない血溜まりの中に、幾つもの屍が伏していた。


 それほどの惨状でありながら、戦いは終わっていなかった。


 黄衣と茶衣に身を包んだ二つの集団が、血走った目で互いに武器を振るい続ける。高らかな叫び声の合間に、長短さまざまな悲鳴が混じる。


 ナイヴは顔色を失い、無意識にウィンデルの腕を強く握った。


「ねえ……これ、どういうことなの?」


 ウィンデルは必死に冷静さを保ち、低く答える。


「僕にもわからない。でも、もうすぐ決着はつくはずだ。」


 彼の言葉通り、明るい黄色の服を着た一団と、茶色の服の一団では、勝敗はすでに明らかになりつつあった。


 元々数で劣っていた茶衣の側は、負傷者が増えるにつれて次々と倒れていき、必死に抗っていた生き残りも、包囲の中でほどなく地に伏した。


 やがて、完全に抵抗できなくなった茶衣の人々は全員縛り上げられ、一箇所に集められる。


 そこへ、背の低い屈強な男が進み出て、負傷者たちに向かって怒鳴りつけた。


「さあ言え!プロシの息子はどこに隠れている!」


 茶衣の男の一人が、鼻で笑った。


「馬鹿か?坊っちゃんが、こんな寒村に来るわけないだろ。最初から最後まで、場所を間違えてるんだよ!」


「ふん。なら、なぜ貴様らがこんな場所にいる?おい、こいつを引っ張っていけ。痛い目を見せてやれば、口も割るだろう!」


 命令が下るや否や、三人の黄衣の男がその男を引きずり出す。次の瞬間、容赦ない打撃が浴びせられ、数度の悲鳴の後、男は苦痛に耐えきれず意識を失った。


 あまりの光景に、ナイヴは耐えきれず顔を背ける。


「ひどすぎる……」


 ウィンデルは内心で溜息をついた。


 こんな争いに関わるべきじゃない。


 そう思って、ナイヴの手を引き、その場を離れようとする。来た道を引き返し、村を出ようとした、その途中。


 細い路地を通りかかったとき、ウィンデルの視線がふと、ある一点に留まった。


 角の隅で、ひとりの男の子が身体を震わせながら蹲っている。怯えと無力感が、はっきりと顔に浮かんでいた。


 先ほどの会話が脳裏をよぎり、ウィンデルは悟る。


 この子が、争いの原因かもしれない。


 助けるべきか、関わらぬべきか。


 逡巡する彼の横で、ナイヴもまた男の子の存在に気づき、すでに歩み寄って膝をついていた。


「ねえ、大丈夫?迷子になっちゃったの?」


 突然見知らぬ相手に声をかけられ、男の子は怯えたようにナイヴとウィンデルを交互に見たが、言葉を発しない。


 その様子を見て、ナイヴはできるだけ優しく微笑んだ。


「安心して。お姉さん、悪い人じゃないよ。もし迷子なら、お家まで連れていってあげる。どう?」


 男の子は少し迷った後、恐る恐る口を開いた。


「……ほんとうに?」


「うん、もちろん。」


 自ら厄介事に首を突っ込むナイヴの姿に、ウィンデルは深く眉をひそめる。


「ナイヴ……やめておいたほうがいい。」


「この子を放っておけっていうの?まだ子どもよ!」


 言い返そうとした、その時だった。


 どっどっどっ。


 密集した足音が背後から迫り、振り返る間もなく、黄衣の一団が路地の入口を塞いだ。


「いたぞ!プロシの息子はここだ!」


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