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7 いやな予感

 ウィンデルは、またあの青い巨人の夢を見ていた。だが今回は、短い棍を巨人の眼に突き立てた瞬間、周りの景色が突然まっ暗になった。巨人だけじゃない。クリストと呼ばれたあの女も、そこにいたすべてのものも、黒い闇の中に溶けるように消えていった。ウィンデルは闇に触れようと手を伸ばした。だが驚いたことに、そもそも手がなかった。


「……え?」


 状況を理解しようとしていた矢先、その闇もふっと消えた。瞬きをすると、今度は広い天幕の中に立っていた。まわりには大勢の人がいるが、全員の視線はテントの中央に向いている。


 そこでは、ザグフィが二人の兵士に押さえつけられ、淡い金色の外套を纏った若い男――昼間裂け目の側で見た王族の一人を、心底軽蔑した目でにらみつけていた。


 若い王族は、今にも爆発しそうなほど怒りをため込んでいるらしく、天幕の空気は嵐の前触れのように張りつめていた。ウィンデルが状況を飲み込みきれずにいると、その王族が怒号を響かせた。


「父上と陛下を侮辱するとは……もう我慢ならん!衛兵、そいつをここで処刑しろ!」


 命令を受け、槍を持った二人の兵士がザグフィへ歩み寄る。夢だとわかっていても、ウィンデルの喉はカラカラになり、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。その時、ザグフィがこちらを振り返った。


 驚いたように目を見開き、そして、ウィンデルの隣を見た。その視線につられて横を見ると、ウィンデルのすぐそばに、あのクリストが立っていた。


「……ありがとな、リス。」


 その言葉を聞いた瞬間、ウィンデルが再びザグフィの方を向くと――二人の兵士の槍が、その身体を深く貫いていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「う、うわあああああっ!」


 ウィンデルが飛び起きた時、彼は馬の背でうたた寝していたことにようやく気づいた。深夜、ふもとの平野に響くのは、吹き荒れる雪風のうなり声――まるで妖女の歌のような不気味な響きと、寂しげに続く馬蹄の音だけだった。


 ふもとの平野は、大陸で最も広い平原だ。その名の通り、西から東へ、雪の山脈の影と並ぶように何百年も広がっている。学者の中には「雪解け水が運んだ土砂でできた平原だ」と言う者もいれば、「もとは北側の未知の大地とひとつの平原だったが、山脈が隆起して分断された」と主張する者もいる。


 だが、そんな学者の議論など、今のウィンデルにはどうでもよかった。彼が気にしているのはただ一つ――父さんを見つけること。ジョアンの話を聞いたあと、ウィンデルは急いでクリフに馬を借りに行った。昼間、置いて行ってしまったことを悪く思っていたのか、クリフは文句を少し言っただけで、父親が大事にしている馬をこっそり連れてきてくれた。


 しかし、馬があるからといって全てが解決するわけではない。確かにヴィーゲルはハサードの隣の村だが、北地の隣は南方の感覚とはまったく違う。晴れた日でも、休まず馬で走って五~六時間はかかる。まして吹雪の夜なら、倍かかってもおかしくない。ウィンデルにとってはこれが最大の問題だった。


 もう一頭馬があれば交代しながら進めるが、そうもいかない以上、馬の体力を考えて速度を落とすしかない。冷たい風雪に顔を刺されながら、ウィンデルは眠気をこらえ、必死に手綱を握りしめた。


 そろそろ国境のはずだ……そう思った時、遠くの闇にゆらゆらと赤い光が灯った。


「助かった。あそこで少し休めれば……」


 だが、その明かりに近づけば近づくほど、胸に不安が広がっていく。


 あれ……本当に松明の光か?いや、明るすぎるんじゃない?


 さらに距離が縮まり、ウィンデルは息をのんだ。何故なら、国境の詰所そのものが燃えていた。

 炎に包まれた詰所。開け放たれた基地のゲート。焦げついた黒い死体。肌を刺す、焼けた肉の臭い。


 ウィンデルは喉までこみ上げた吐き気を無理やり押し戻し、休憩を諦めて走り続けた。


 もしかして、あの映像は本当に未来を見せてたってことか?父さんも軍が来るのを知って、ヴィーゲルのみんなを逃がそうとして……?でも、他国の村人に避難を呼びかけたら、捕まれば反逆罪だ。


「頼む……もっと速く……!」


 焦りに胸を締めつけられながら、ウィンデルは馬の首を軽く叩いて速度を上げる。その時、雲の隙間から朝の光がこぼれはじめ、風雪が弱まり、進みやすくなった。まるで風が彼の願いに応えてくれているようだった。


 永遠とも思える時間が過ぎ、ついに……ヴィーゲルが見えた。まだ無事だ。あの映像で見たような惨状ではない。


 その事実に胸をなで下ろした瞬間、別のものが目に飛び込んできた。村の南、七、八百メートルほど離れた木々の陰に、数百の重騎兵の軍勢が潜んでいた。村からは死角になる位置。だが、ウィンデルからは丸見えだ。


 まさか、ヴィーゲルにいる全ての人の運命が……俺の判断にかかってる?逃げろと叫びに行くべきか?それとも父さんを探すべきか?


 迷ったその時、そよ風と共に、女の声が耳元で響いた。


「やっと見つけたわ。」


 ウィンデルの背筋が凍りつく。横を見ると、いつの間にか、白いローブの女が馬のすぐそばに立っていた。空き地で異様な力を使った、あの女だ。


「――くそっ!」


 ウィンデルは馬腹を蹴り、走り出そうとする。だが、馬は一歩も動かなかった。


「な、なんでだよ!?こんな時に駄々こねるなっての!」


 白い女はため息をつき、首を横に振った。


「馬のせいじゃないわ。止めてるのは私よ。ほら、あそこの木を見て。そして、私の手を。」


 ウィンデルは、彼女が指し示した方向へと視線を向けた。百メートルほど先に、確かにどこにでもありそうな一本のオークの木が立っている。次に白衣の女へ目を戻すと、彼女の右手の人差し指と中指の間には一本の矢が挟まっていた。


 なにをする気だ……?


 そう訝しんだ瞬間、女は手首を軽く弾いた。次の刹那、矢は残像を引きながら一直線に飛び、オークの幹へ鋭い音を立てて突き刺さった。ウィンデルは思わず口をぽかんと開けたまま固まった。しばらくの間、彼はただ呆然とオークを見つめ続けるしかなかった。


 弓矢というものは、ロングボウでも射程はせいぜい二百メートル前後。だというのに、彼女は軽く放っただけでその半分近くを飛ばし、しかもあの勢いで幹に突き立てたのだ。あんな芸当、腕力だけでできるはずがない。どうやっているのかは見当もつかない。だが、彼女が何を示したいのかだけは、痛いほど理解できた。


 ――逃げようなんて思うなよ。

 その気になれば、いつでもお前を仕留められるから。


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