6 戦士の決意
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人はよく言う。
人生とは、無数の選択の連なりにすぎない、と。
そしてまた、人はこうも言う。
自分の選んだ道を後悔しないのなら、その人生にはきっと意味がある、と。
だが、ザグフィ―に言わせれば、どれもクソみたいな戯言だ。
そもそも多くの人間には、選ぶ権利すらない。考えてみろ。もしおまえが貧しい農家に生まれ、ある年の干ばつで飢饉が起き、生き延びる唯一の手段が武器を取って国の殺人兵器になることだとしたら……それを選択と呼べるのか?
それに、人間という生き物は、どんな最低最悪の選択であっても、後から必死に「これは意味のあることだ」、「価値があったんだ」と自分を納得させようとする。そうでもしないと、心がもたないからだ。自分を守るための、ちっぽけな防衛本能。だが、ザグフィ・フェイトは、そんな自己催眠をするバカにはなりたくなかった。
子どもの頃、彼は「武器を取る」という選択をしたわけではない。ただ、そうしなければ飢えて死ぬだけだった。
軍に入った後でも、史上最年少で名高い将軍に仕えることにしたわけではない。そうしなければ、自分の属する部隊が敗北してしまう。それだけだ。
もちろん、生涯で唯一愛した相手を手放したのも同じだ。そう選んだわけではない。ただ、その相手の目に自分は映っていなかっただけだ。
まして、あの女の子どもを育てたことなど、あれも選択ではない。そうしなければ、子どもが死んでしまうからだ。
もし彼に「選択」があったと言うなら、それはただひとつ。あの子と一緒に過ごす時間を投げ捨て、復讐へと身を投じたこと。なぜなら、権力を何よりも重んじる王族を苦しめたかったし、力を失うことを何より恐れてきた風使いたちを、徹底的に絶望へと叩き落としてやりたかったのだ。
それが彼の選択だった。
もう後悔し始めていた選択。
隠された山道を抜け、国境を越え、ようやくサーチの領土へ潜り込んだその時。出口に繋いでおいた自分の馬のそばに、自分の終わりを告げる女が立っていた。
クリスト・ミスリ。
「……久しぶり。」
夕暮れ。雪山の向こうに沈みゆく陽の最後の光が、彼女の細くしなやかな輪郭をぼんやり照らし出す。
「やっぱり気づいてたか。」
クリストは静かにうなずく。
「当然よ。誰でも簡単に儀式を覗けるようじゃ、臨界者の存在なんて、とっくに世に知れ渡ってるもの。」
「で?王族の命令で俺を捕まえに来たってわけか?」
「あなたが隠れていたことは、まだ彼らには言っていないわ。命令も……まだ下りていない。」
「……まだ、か。」
「ええ、まだよ。」
短いやり取り。それだけで、お互いに分かっていた。これはザグフィへの最終判決だ、と。長い沈黙のあと、こみ上げる後悔を無理やり押し殺し、ザグフィは口を開いた。
「一族を自由にする計画、進んでるのか?」
「今のところは順調。でも、彼がいなければ、次のシルシは手に入らない。」
その言葉に、ザグフィの目が鋭く細まる。
「あの子を巻き込むな。あいつには、おまえらの未来を背負う義務なんてない。」
クリストはゆっくり首を振った。
「私の意思じゃないわ。どう転んでも、あの子は運命から逃げられない。風の都へ向かわなければ、何も終わらないし、何も始まらない。」
「出たよ、それ。俺とホーンが一番嫌ってたの、まさにそれだ。おまえらの、その『予言に従ってればいい』っていう弱っちい性格。」
「弱さじゃないわ。あの歌が真実だってことは、あまりにも多くの証拠が示している。」
ザグフィは鼻で笑った。
「好きに言えよ。で、本題だ。捕まえに来たんじゃないなら、何しに来た?」
そう言いながら、そっと右手を太ももの横──ナイフを忍ばせている隠しポケットへと滑らせた。普段なら、この距離は一秒あれば投げナイフで相手の喉を貫ける自信がある。だが、目の前の女は現代最強の風使い。この状況は絶対に普段とは言えない。当然、クリストも彼の動きには気づいていたが、表情は微動だにしない。
「ただ、あの子に何か異常がないか、確認したいだけよ。」
「……あいつには、普通の人生を歩ませたい。それが俺たちの願いだ。」
「私は選択肢を与えるつもりよ。」
その単語を聞いた瞬間、ザグフィの堪忍袋は切れた。
「ふざけるな!おまえ、あの二人には選ばせなかったくせに!」
クリストは痛むように瞳を閉じ、そして冷たい声で言った。
「……これ以上、私を追い詰めないで。儀式を覗いた以上、あの子を消す理由なんていくらでもあるのよ。」
出た、露骨な脅し。ザグフィは唇を噛んだ。悔しくて、腹立たしくて、だが……あの子のためには、引くしかない。
「……あいつは、風の声が聞こえる。」
「聞き手。なるほど、他には?」
「青い目をしている。」
クリストの目が一瞬だけ大きく見開き、そして深く、重く息を吐いた。
「そう。やっぱりね。もう十分よ。あなたの邪魔はしないわ。好きに行きなさい。」
ザグフィは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「王族から手を出せって命令が来てなけりゃ、の話だがな。まぁいい。もう覚悟は決めてる。」
それだけ言うと、彼はクリストの脇を通り過ぎ、木に繋いでいた馬に飛び乗った。背を向けた彼女にナイフを投げつける案が脳裏をよぎるけど、即座に却下した。愚かすぎる自殺行為だ。手綱を握りしめ、陰に立つクリストを見下ろして尋ねる。
「あいつを守ってくれるんだろ?」
「当然よ。ペスとも約束した。」
「……頼んだぞ。」
そう言い残し、ザグフィは馬腹を蹴り、夜の平原へと駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村へ戻ったとき、太陽は山脈の向こうへ沈み、空はすっかり暗くなっていた。村の入口では、腕を組んだジョアンが待ち構えており、ウィンデルの姿を見るなり深い皺がようやく緩んだ。
「この野郎、山で何してたんだ!もう真っ暗じゃねぇか!」
ウィンデルは頭をかき、曖昧に笑うしかない。幸い、ジョアンは詮索しなかった。それどころか、彼に驚くべき知らせを告げた。
「昼間に、ザグが戻ってきていたらしいぞ」。
ウィンデルの目がわずかに見開かれる。
「戻ってきていた?じゃあもういないのか?」
ジョアンが頷くと、ウィンデルは矢継ぎ早に聞く。
「さっき出てったの?」
「いや、朝私たちが山へ行ったすぐ後らしい。人に伝言を頼んで、それでまた出ていったそうだ。」
「伝言って……何を?」
「この二日間、近くを大量の軍が通るらしい。だから明日ヴィーゲルの祭りには絶対行くな、だとよ。」
ウィンデルは言葉を失った。そして、昼間に風の中で見た映像が頭に蘇る。
……まさか、父さんはそれを知っていた?じゃあ、あの丘で見た影は本当に父さんだったのか?でも、どうして分かった?しかも、この二日間なら、あの映像が「まだ起きていない未来」だと?もしかして、あの虹色の風は未来を見せる?
考え込むウィンデルの肩を、ジョアンの大きな手が掴んで揺らす。
「おい、聞いてんのか?」
「あ、悪い。ちょっと考えごとを……でも、祭りに行く連中ってもう出てるんじゃ?」
「大丈夫、ザグが戻る途中で大半を引き返させたらしい。」
ジョアンの渋い顔を見て、ウィンデルは大丈夫じゃないと悟った。
「大半って……戻らなかったのは何人?」
「六人だ。下山したやつらが言ってたが、山の麓に軍が本当に集まってたらしい。」
「じゃあ……どうするんです?」
ジョアンは重く首を振った。
「どうしようもねぇよ。今から追っても追いつけねぇ。無事を祈るしかねぇな。で、もう一つ。ザグは、おまえにも伝言があるってよ。」
ウィンデルは目を瞬かせた。
自分に伝言なんて、父は一度もそんなことをしたことがない。そんなに急いで、何をしようとしてるんだ?
「……なんて?」
ジョアンは短く告げた。
「明日は何があっても、家から出るんじゃねぇ。」




