66 推測
「モーン様、ウィンデルの具合はいかがですか?」
ウィンデルの訓練を見張っていたモーンは、その声に振り返り、相手がナイヴだと分かると、そっけなく答えた。
「まあまあだな。」
口調こそ相変わらず素っ気ないものの、以前に比べれば敵意は明らかに薄れている。その変化に気づいたナイヴは、思い切ってさらに踏み込んだ。
「覚えるのは早い方ですか?」
「……ああ、習得自体はかなり早い。ただし、風乗りを覚えるまでにかかった時間と比べると、使いこなすまでが妙に遅い。」
その言い方に、ナイヴは首をかしげた。
「それはどうしてですか?」
「今のところ、はっきりとは言い切れんが、一番の原因は風乗りを使うとすぐに疲れてしまうことだろう。」
「でも、風乗りって、もともとかなり体力を消耗する術じゃありませんか?」
「それはそうだがな。これまで教えてきた弟子たちと比べても、ウィンデルは休憩の回数が群を抜いて多い。そうだな……お前は、風乗りを使い続けてどれくらいで休憩が必要になる?」
「一時間に一回くらい、でしょうか。」
予想と大きく外れていない答えに、モーンは小さく頷いた。
「妥当だ。一時間なら平均より少し多い程度で、大差はない。だがウィンデルは、だいたい三十分に一度は休まなきゃならん。ほら、ちょうど今みたいにな。」
モーンの言葉どおり、数十メートル離れた二本の大木の間を風乗りで往復していたウィンデルは、急に動きを止め、荒い息をつきながら地面に倒れ込んだ。
少し離れて見ているだけのナイヴにも、彼の疲労がはっきり伝わってくる。
「もしかして、ウィンデルって体力がないとか?」
「それはないだろう。本人いわく、伐採の経験が豊富だそうだ。あれほど体力を使う仕事をしていたなら、俺たちより体力が劣るとは考えにくい。」
「え?伐採って、そんなに体力いります?『シュッ』てやれば、木は倒れるんじゃ……」
モーンは呆れたように、ナイヴを横目で見た。
「伐採を甘く見るな。風の術の使用禁止、斧一本だけ、という条件なら、丸一日与えてもお前には一本も倒せんだろう。」
ナイヴは悔しそうに頬を膨らませたが、冷静に考えると、老人の言葉もあながち間違いではなさそうだった。
「じゃあ、単にこの数日、調子が悪いだけとか?」
「……そう言われてみれば、朝起きた直後から、死にそうな顔をしていたな。」
「起きたばかりでも、そんなに疲れてるんですか?」
その瞬間、ナイヴの脳裏に、ウィンデルが夢の中で他人の未来や過去を見る、という話がよぎった。
もしそれが原因だとしたら……今回は、いったい何を見たのだろう。
考え込むナイヴを見て、モーンは眉を上げる。
「何か思い当たることがあるのか?」
ナイヴは少し迷った末、以前ウィンデルと一緒にクリストを訪ねたときの出来事を、正直に話した。
話を聞くにつれ、モーンの表情は驚きに変わり、その視線はナイヴと、少し離れた場所で休んでいるウィンデルとの間を行き来する。
「つまり……ウィンデルは予知夢を見るだけでなく、夢を通して他人の過去まで見られる、ということか?」
「彼とクネイト様のやり取りからすると……たぶん、そうです。」
「……蒼い瞳、夢で未来と過去を見る力、母親の顔を知らない……まさか……いや、父親の名前が違うか……偽名?だとしたら……」
その場に立ち尽くし、ぶつぶつと独り言を続けるモーンを、ナイヴは邪魔する気になれなかった。代わりに、地面に座って休んでいるウィンデルの背後に忍び寄り、思いきり背中を叩く。
「お疲れさま。順調?」
ナイヴの大雑把な性格にはすっかり慣れているウィンデルは、これが好意の表れだと分かっており、肩をすくめて苦笑した。
「まあね。心配しなくていいよ、ちゃんと期限には間に合わせるから。」
「別に、そこを心配してるわけじゃ……」
そう言いながら、ナイヴはちらりとモーンの方を盗み見てから、声を潜めた。
「ねえ、ここ数日、また変な夢見てるんでしょ?」
「……なんで分かるの?」
「勘。」
「……それなら、ひとつ聞いていい?フレイヤの父親って……まだ生きてる?」
思いがけない質問に、ナイヴは不思議そうに首を傾げたが、すぐに何かに気づいたように目を見開いた。
「まさか……フレイヤの過去を夢で見たの?」
「いいから、答えて。」
「……もう亡くなってる。十年くらい前かな。」
その瞬間、ウィンデルは黙り込んだ。彼の中で、フレイヤの父の死と、十年前に臨界者が初めて誓約を破ろうとしたあの儀式が結びつく。
もし、あのときフレイヤが啓によって父の死を見ていたとしたら……だからこそ、必死に止めようとしたのではないか?では、その後、いったい何が起きたのか。
考え込むウィンデルのもとへ、モーンが歩み寄ってきた。
「休みすぎだ。サボるな、さっさと続きをやれ。ナイヴ、お前もだ。見学は構わんが、訓練の邪魔はするな。」
「……モーン、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「先日、風乗りの使い方を説明してくださったとき、特別に才能の高い弟子を三人教えたことがある、とおっしゃっていましたよね。」
「それがどうした。」
「そのうちの一人……フレイヤの父親、ですか?」
「なぜわかる?」
「彼は和者……いえ、あなたと同じ歌い手だったんですよね?」
モーンは目を細め、疑うような視線を向けた。
「何のために聞く?」
はっきりとは答えていないが、その反応自体が肯定に近かった。
「……いえ、ただの興味です。」
そう言って、ウィンデルは意識を切り替え、再び風乗りの訓練に戻った。だが心の奥底では、ひとつの考えが、静かに形を成しつつあった。
もしかすると……フレイヤの父親の死は、彼女自身が招いたものだったのかもしれない。




