49 黃昏
連休が始まりました!
12/27〜1/4まで、毎日不定期で3回更新予定です。
そして少し早いですが、皆さん、良いお年を!
フレイヤは、声を聞いた瞬間に誰のものか悟り、思わず眉をひそめた。
ウィンデルが振り返ると、小径の反対側、木の下から金髪の少年がゆっくりと歩み寄ってくるところだった。
「それに、そもそもこいつが何を目的にここへ来たのか、俺たちは何一つ分かっていないだろう。」
距離が縮まるにつれ、ウィンデルは少年の姿をはっきりと捉える。
背丈は自分よりやや低いかもしれないが、体型は同じく細身で長身寄りだ。整った鼻筋にやや薄い唇、削ぎ落とされたような頬が、冷ややかで端正な雰囲気を形作っている。
正直、かなりの美形だ。そりゃ女子にもモテるだろう。
そう思う一方で、ウィンデルは彼に対して一切の好意を抱けなかった。
碧色の両目が、まっすぐこちらに向けて、露骨な敵意を放っていたからだ。金髪の少年の言葉を受け、ナイヴがすぐさま反論する。
「ウィンデルのこと、何も知らないくせに。どうしてそんな悪者みたいに言うの?」
そう言いながら、ナイヴは宙に浮いたままのウィンデルの右手をぎゅっと握り、これ見よがしにぶんぶんと振った。さらに彼の耳元に顔を寄せ、小声で囁く。
「気にしなくていいよ。リヴィアスって、疑い深さだけは一流だから。」
声を潜めてはいたが、その言葉はしっかり全員の耳に届いていた。
フレイヤが思わずくすっと笑い、リヴィアスと呼ばれた少年は、露骨に不機嫌そうな顔で鼻を鳴らす。
この人が、リヴィアス。でも、何か彼の気に障ることをしただろうか?それとも、他の風使いたちと同じで、理由もなく敵視しているだけなのか。
ウィンデルがそんなことを考えていると、リヴィアスが再び口を開いた。
「どう言おうと構わないが、フレイヤ、そいつとは、あまり近づかない方がいい。ろくなことにならない。」
フレイヤは不快そうに眉を寄せる。
「私が誰と親しくするかに、あなたの許可が必要だった覚えはありません。それに、ウィンデルと一言も話したことがないでしょう?その状態で人となりを評価なさる資格があるとは思えませんが。」
思いがけないほど冷静かつ辛辣な返答に、リヴィアスは一瞬言葉を失った。フレイヤはそれ以上取り合わず、ナイヴへと向き直る。
「ここ数日は、あなたとリヴィアスが風域の見張り番だったわね?」
「うん。今日までだよ。」
フレイヤは空を見上げ、傾き始めた陽を確かめる。
「もうすぐ夕暮れだし、今日は少し早めに戻っても構わないよ。」
「え……でも、決まりでは完全に暗くなるまでって……」
「問題ない。残りの時間は、私が代わりにするから。」
フレイヤがそう言うと、ナイヴはぱっと表情を明るくして頷いた。
規則を重んじる性格でもなければ、この仕事自体が退屈極まりないのだ。早く解放されるに越したことはない。
一方で、リヴィアスは明らかに不満げだった。
「まさか、そいつと二人で、日が沈むまでここにいるつもりか?」
フレイヤはじっと彼を睨む。
「ええ、そうですが。何か問題でも?」
「変な噂が立つかもしれないと言っているだけだ。」
「例えば?」
「……本当に、聞きたいのか?」
フレイヤは溜息まじりに言った。
「大方、想像はつきます。ですが、ご心配なく。そんなことは起こりませんから。」
「ならいい。」
二人のやり取りを横で聞いていたナイヴは、思わず小さく息を吐いた。
一方、話の流れがまったく掴めていないウィンデルは、こっそりと彼女に尋ねる。
「なあ、二人は何の話をしてるんだ?」
ナイヴは力なく彼を一瞥してから、小声で答えた。
「別に。あの二人の問題だよ。」
「そっか。」
ナイヴがそう言うなら、これ以上踏み込む気はない。だが、なぜかその反応を見たナイヴは、ため息をついた。
「ところでウィンデル、今どこに住んでるの?まさかフレイヤの家じゃないよね?」
「いや、モーンっていうお年寄りの家に世話になってる。」
その名を聞いた瞬間、ナイヴは目を丸くした。
「えっ、モーン様の家!?嘘でしょ?」
そこへフレイヤが近づき、代わりに答える。
「それは本当よ。」
「でも、モーン様って導き手が大嫌いじゃなかった?」
「それは誤解ね。ウィンデルは私たちとは違う。彼は聞き手よ。」
「えっ?」
ナイヴは再び驚きの声を上げた。少し離れた場所にいたリヴィアスも、その言葉を耳にしたのか、わずかに目を見開く。だが次の瞬間、ウィンデルを見る視線は、より一層険しいものへと変わっていた。
ナイヴは興味深そうにウィンデルを上から下まで眺める。
「へえ、聞き手なんだ。そういえば前から聞きたかったんだけど、風域の風が止まったのって、あなたがやったの?」
「え、いや……」
「馬鹿なことを言うな。」
ウィンデルが覚えのない話に否定しかけた時、リヴィアスの苛立った声が飛んできた。
「こいつにそんなことができるわけがないだろ。ただの偶然だ。」
ナイヴはきっと彼を睨みつける。
「なんで、あんたに分かるの?」
リヴィアスは鼻で笑った。
「まさか、お前まで『フェイト・ワインダー』なんて信じてるのか?」
「信じてたら、何か悪い?」
「くだらない。」
それ以上言い合う気もないのか、リヴィアスは肩をすくめ、森の奥へと歩き去っていった。そのまま村へ戻るつもりなのだろう。
姿が見えなくなると、ナイヴは露骨に顔をしかめた。
「ほんと、嫌な男。」
ウィンデルは困惑した様子で尋ねる。
「どうしてあんなに僕のことが嫌いなんだ?」
「さあね。ああいう嫌な男の考えてることなんて、分かんないよ。」
そう言ってから、ナイヴは気を取り直したように笑う。
「じゃ、私も帰るね。フレイヤ、あとは任せたよ。」
「ええ、気をつけて帰って。」
ナイヴは木の下へ戻り、小さな背負い袋を肩に掛けると、ウィンデルに手招きした。訳も分からず近づくと、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ねえ、フレイヤって、本当に森で歌ったの?」
「うん。そうだけど。」
「しかも、あなたの目の前で?」
理由は分からないが、妙にこだわる様子に、ウィンデルは正直に頷いた。
「うん。」
「へえ……それは大したもんだね。」
「……どういう意味?」
ナイヴは少し離れたフレイヤにちらりと視線を向ける。
彼女はわざと別の方向を見て、二人の内緒話にまったく興味がないふりをしていた。その様子に、ナイヴは心の中でくすりと笑う。
「だってさ。私以外で、フレイヤの歌を聞いたことがある人、村にはいないんだよ?でもこれ、私が言ったってことは内緒ね。」
そう言ってウィンデルの肩をぽんと叩き、フレイヤに大きく手を振ると、ナイヴは鼻歌交じりに、木々の生い茂る森の中へと軽やかに消えていった。
ナイヴがぴょんぴょん跳ねるように去っていくのを見送りながら、フレイヤは疑わしげな表情を浮かべてウィンデルのもとへ歩み寄ってきた。
「……イヴ、何を言ったの?」
「別に、何も。」
「何もないなら、わざわざ隅に行って話す必要があるのかしら?」
ウィンデルは肩をすくめ、黙り込んだ。
フレイヤを相手に、下手に嘘をついて見抜かれない自信はない。ならば最善策は……聞こえないふりだ。
フレイヤはしばらくじっと睨みつけていたが、まったく答える気配がないと分かると、苛立たしげに地面を踏み鳴らした。
「もういいわ。帰ったら、私がイヴを捕まえて、きっちり白状させるから。」
「……ところで、ここに来た目的って何?まさか、ナイヴたちの代わりに見張りをするだけじゃないよな?」
「おや?ようやく聞く気になったのね。それとも、話題を逸らしたかっただけ?」
一瞬で意図を見抜かれ、ウィンデルは観念したように答える。
「……両方、かな。」
「イヴに口止めされたから、言えないってわけ?」
少し迷ってから、ウィンデルは小さく頷いた。フレイヤは彼を見上げ、複雑そうな表情で、ふうと息をつく。
「……そういうことなら、いいわ。」
「それで追及しないんだ?」
「追及したら、あなたは話すの?」
「話さない。」
「でしょう?それにね、他人の秘密をしつこく詮索する人も、約束を破る人も、どっちも私は嫌いなの。あなたも私も嫌な人間にならないために、聞かないでおくわ。」
その理屈に、ウィンデルは思わず笑ってしまった。
妙なのに、どこか納得できてしまう。やはりフレイヤは、ひと筋縄ではいかない人物だ。
「……変わってるよ、君。」
「お互いさまでしょ。」
森の中で交わしたのと、まったく同じやり取り。それに気づいたフレイヤは、くすっと笑った。
「さて、話を戻すわね。あなたをここへ連れてきたのは、見せたいものがあるからよ。」
「見せたいもの?」
「何だと思う?」
やっぱり、素直に答える気はないらしい。
ウィンデルは自嘲気味に笑い、周囲を見渡しながら必死に考える。だが、彼の目には、わざわざ足を運ぶほど特別なものがあるようには見えなかった。
また難題を投げられたと悟り、ウィンデルは思わずフレイヤを睨みかけるが、すぐに視線を逸らす。
フレイヤが挑発するように、いたずらっぽい笑みを浮かべていたから、というだけではない。夕陽の残光に照らされたその微笑みが、あまりにも綺麗で、正視できなかったのだ。
けれど、その笑顔のおかげで、ふとひらめいた。
「あ……夕焼けか。」
「……どうして分かったの?」
「直感。」
フレイヤは一瞬きょとんとし、すぐに楽しそうに微笑んだ。そして彼の右手を取る。
「じゃあ、直感が冴えてたご褒美に、本当の夕陽を見せてあげるわ。」
そう言うと、彼女は目を閉じ、顔を上げて、魔法のような言葉を静かに紡いだ。
――風よ。どうか、私に空を歩む翼を。
次の瞬間、ウィンデルは、どこか覚えのある、そして不安を掻き立てる変化を感じた。
足元を見下ろし、これから起こることを悟った瞬間、反射的にフレイヤの手を強く握る。
その表情が一気に強張ったのを見て、フレイヤは楽しそうに笑った。
「まだ慣れない?」
「こんなの、一、二回で慣れるわけないだろ。」
フレイヤは、どこか意地悪そうな笑みを浮かべる。
「でもね、もっと高く行くわよ?」
ウィンデルはごくりと唾を飲み込み、思わずもう一度足元を見た。
その怯えた様子が可笑しかったのか、フレイヤは腹を抱えて笑う。やがて、高度およそ四百メートルほどの空中で、二人は静止した。
「どう?綺麗でしょう。」
唐突な問いに、ウィンデルは顔を上げ、彼女の指差す先を見る。その瞬間、言葉を失った。
「わあ……」
この高さから見渡す風域は、果てしなく広がる平原であり、土煙を巻き上げる大地であり、そして夕陽に染め上げられた橙紅の世界だった。
澄み渡る空は、茜から群青へと移ろうグラデーションに染まり、まるで七色のキャンバスのようだ。
遠く、すべての色の源である茜色の夕日は、山並みの向こうに半分だけ顔を覗かせ、柔らかく温かな微笑みを浮かべている。
何度も似た光景を見てきたはずのフレイヤでさえ、しばらく見惚れたまま、やがて小さく呟いた。
「……今日は、特別きれいな夕陽な気がする。」
「よく、ここに来るのか?」
「ええ。数少ない、私の宝物の一つよ。」
「その宝物の中に、あの店のコーンスープも含まれてたりして?」
フレイヤの口元が、わずかに緩む。
「正解。」
それきり二人は言葉を交わさず、沈みゆく夕陽と、次第に夜に包まれていく大地を、ただ静かに眺めていた。
――やがて。
「フレイヤ。」
「なに?」
「さっき、リヴィアスが言ってた『フェイト・ワインダー』って……何なんだ?」
フレイヤは、山の向こうに残る最後の残光を見つめたまま、しばらく黙っていた。そして、ようやく口を開く。
「……あれは、臨界者である私たちが持つ、最初の予言であり、最後の予言でもあるよ。」
明らかに矛盾したその言葉に、ウィンデルは首を傾げる。
「最初なのに、最後って……どういうことだ?」
そのとき、夕陽は完全に姿を消し、夜の帳が下りる。闇とともに、風の唸りも一層強くなっていった。
フレイヤは目を閉じ、先ほどの光景を、心に深く刻みつけるかのように静かに息を吸う。
「それが、臨界者である私たちが……臨界者でなくなる日を、予見しているから。」




