4 11人の集まり
肢体の解体が終わる頃には、他の連中も戻ってきていた。ウィンデルが無事なのを確認すると、クリフだけは気まずそうにしていたものの、他の皆はホッと胸を撫で下ろした。戦利品を担いで村へ戻る道すがら、ウィンデルは丘の上で見たあの光景を思い出し、思わずジョアンに尋ねた。
「隊長。今日イノシシを仕留めた場所からさらに北東って、冷杉の森があっただろ?」
「ああ、あるけど、それが?」
「なんで森の真ん中に裂け目なんてあるんです?」
「ああ、あれな。九年前の冬至の日に地震が続いただろ? 覚えてるか?」
「つまり……」
「そう、その時にできたんだ。」
ウィンデルは黙って記憶を手繰った。九年前の冬至──ちょうど九歳になった頃か。そういえばあれもその時だった。風の声が聞こえるようになったのも、「あれ」を見たのも。思い返すにつれ、古い記憶が泡のようにゆっくり浮かび上がってくる。
父さん、あの時誰かを連れて帰ってきて……何日か山の中を探し回ってた。そしてあの日だ。俺が初めて風の声を聞いて、導かれるように森を抜けて、あの空き地へ行ったのは。あの頃は、まだ裂け目なんてなかったはずだ。
そうだ。あそこだ。もうすぐ始まるわ。
その瞬間、風の囁きが唐突にウィンデルの頭の中へ滑り込んできた。意味不明なその言葉に、ウィンデルは条件反射でつぶやいた。
「なにが始まるって?」
しかし風は答えない。代わりに、前を歩くジョアンが怪訝そうに振り向いた。
「今、なんか言ったか?」
「い、いえ。ただの独り言です。」
「……お前、今日はいつも以上におかしいぞ?」
ウィンデルはジョアンのコメントを受け流しつつも、胸の奥のざわつきが止まらなかった。あの空き地へ行かなきゃいけない。強くそう思った。
「隊長、先に戻っててください。」
いきなりの発言に、ジョアンが目を丸くした。
「はぁ? 一緒に下山しないってのか?」
「ちょっと寄りたい場所があるんです。」
「ダメだ。まだイノシシが出るかもしれんだろ!死にたいのか!」
「今日は休みだし、狩りも終わりましたよ。残りの時間をどう使うかは俺の自由じゃないです?」
ウィンデルの強気な態度に、ジョアンは眉をひそめた。しばらくにらみ合ったあと、やれやれとため息をついた。
「……好きにしろ。ただし日が暮れる前には絶対に戻れよ。」
ウィンデルは小さく頷き、仲間たちの視線を背に受けながら山の上へ向かった。
約二時間後。
広い雪原を抜け、冷杉の森の縁へ辿り着いたウィンデルは、ひとつの異変に気づいた。風の声が、まったく聞こえない。心を落ち着かせればいつでも聞こえるはずの風の声が、完全に沈黙している。
初めての状況に、彼は胸の鼓動が速くなるのを感じながら歩みを早めた。やがて広大な冷杉の森を抜け、例の空き地へ。そして、丘から見えたあの裂け目が、空き地の向こう側に黒々と口を開けている。
だがウィンデルは近づけなかった。崖の縁に、白いローブの女が背を向けて座っていたからだ。同じ白衣でも、前に会った少女とは明らかに雰囲気が違う。背中だけなのに、圧倒されるような威厳があった。
いや、そもそもあの人、何してるんだ?
疑問を抱えたまま、ウィンデルは身を低くして茂みに身を隠した。じっと様子を伺うが、白ローブの女は微動だにしない。足が痺れ始め、声をかけるべきか悩み始めた頃、背後で物音がした。振り返ると、一団がこちらへ向かって歩いてくる。ウィンデルは慌てて別の茂みに移動し、葉陰からそっと様子を伺った。
八人のうち、六人は白いローブ姿。ただし刺繍に天藍色の線模様が入っており、崖際の女の純白ローブとはデザインが違う。残り二人は淡い金色のローブで、赤い雫の紋章が縫い込まれている。一目見て、ウィンデルは眉をひそめた。
……王族の服だ。
そんなことを考えていると、一行が白ローブの女の後ろに立ち止まった。
「クネイト様、お待たせいたしました。」
大柄な白ローブの男が声をかけると、返事を待つ間もなく別の声が割り込んだ。
「クネイト様、お久しぶりです! お会いするのは七年以上ぶりでしょうね?」
軽薄な声の主は若い王族の男だった。歳は三十にも届かないほど。片眼鏡は金で作られているらしく、金色の縁までキラキラしている。絶対、虚栄心強いタイプだ。
「いやぁ、またこんな寒いところに来る羽目になるとは。できれば来たくなかったんですが、クネイト様もそう思いません?」
その軽さに、周囲の者たちが一斉に眉をひそめる。年上の王族がすぐにたしなめた。
「ブレット、真面目にやれ。我々は遊びに来たのではない。」
「ちぇっ、ちょっとくらいいいじゃないか。」
白ローブ六人は互いに嫌悪の視線を交わし、ウィンデルはその様子を見て察した。
こいつら、仲悪いな。
そのとき、崖の女が立ち上がり、ゆっくり振り返った。二人の王族に丁寧に一礼する。
「遠路はるばる、お疲れさまでした。」
栗色の髪に整った顔立ち。四十を過ぎているはずなのに、女王のような威厳をまとっている。その顔を見た瞬間、ウィンデルは息を呑んだ。
間違いない、彼女は夢で青い巨人と戦っていたあの女だ!
ウィンデルの脳裏を、いくつもの疑問が駆け巡った。
彼女と会った記憶なんて一度もない……そのはずなのに、だとしたらどうしてこの女は自分の夢に現れたのか?
ウィンデルは改めて彼女をじっと観察する。そのときふと、夢の中で見た姿と少し違うことに気づいた。具体的に言えば、夢の中の彼女は、今よりわずかに若かった気がするのだ。色々考えているとき、王族の二人も礼を返し、年長のほうが口を開いた。
「クネイト様。今日で間違いありませんね?」
「ご存じのはずです。誓約により、王族を欺く理由も、メリットも私たちにはありません。」
白ローブの女は淡々と答えた。冷え切った声には、どこか聞き覚えのある響きがあり、ウィンデルの背筋が妙に落ち着かない。年長王族は慌てて場を取り繕い、再び本題に戻った。
「では……儀式を始めてもよろしいでしょうか?」




