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38 夢見たい少女

 ウィンデルが必死に想像を巡らせているその頃、ナイヴはすでに風の都へ戻っていた。


 もっとも、「風の都」とは名ばかりで、風使いたちにとっては中規模の村にすぎない。そもそもこの呼び名だって、村に踏み入ったことのない外の者たちが勝手な想像でつけたものだ。


 人の足が届かぬ風域の奥には、美しくて神秘的な都市が隠れている──彼らはきっとそう思い込んでいるのだろう。


 そう考えると、ナイヴは思わず微笑んでしまった。


 現実はまるで違う。それでも、何事も理屈で捉えがちなフレイヤと違い、ナイヴはこういう幻想が嫌いではない。


 年頃の少女にとって、夢を見るのは当然のことだと彼女は思っている。


 誰だって胸に憧れの一つや二つは抱くものだ。それに、もし本当に嫌っていたのなら、臨界者たちがこの呼び名をそのまま使い続けることもなかったはずだ。


 それにしても、夢見がちな性格のどこが悪いというのだろう。ナイヴ自身、よくあれこれと想像を膨らませてしまう。


 たとえば、いつか自分の風の術の腕がフレイヤを超える日が来るとか、村の二つの派閥が突然手を取り合って和解するとか……


 現実にはおとぎ話よりよほどあり得ないことだとしても、幻想とはそもそもそういうものだ。そして彼女がもっとも頻繁に思い描くのは、恋にまつわるあれこれだった。


「はあ……早く私の王子様現れないかなあ。」


 ナイヴはため息まじりに呟いた。彼女は村でも一、二を争う美少女として知られ、言い寄ってくる同年代の男子は少なくない。だが、彼らに心惹かれたことは一度もなかった。


 理由は単純だ。彼らはあまりにもつまらない。


 臨界者の社会では、風の術の腕前が人の価値を決める最重要の要素とされる。だが、ナイヴはそこまで重視していない。


 一つには彼女自身の才能が並外れており、同世代ではフレイヤとリヴィアスに次ぐほどの実力者ということもある。


 しかし最大の理由は、彼女が幼い頃から姫と騎士の物語を数え切れないほど読み、運命的な出会いやロマンティックな恋に強く憧れてきたからだ。


「そんな物語が、私にも起こればいいのに……」


 そんな取り留めのない思考に沈んでいたとき、背後から声がした。


「よっ、イヴじゃないか。」


 その声に、ナイヴはほんの少し眉をひそめたが、とりあえず振り返って挨拶を返した。


「あ、リヴィアス。」


 リヴィアスは金髪に緑の瞳を持つ少年で、女の子に好かれそうな顔立ちをしているうえ、村では将来を嘱望される存在でもあった。だがナイヴは彼をあまり好きではない。


 理由は簡単。彼はあまりにも打算的で、横柄で、そして何より器が小さい。要するに、男らしさに欠けているのだ。


「昨日ミラージへ行ったとき、フレイヤに会ったって聞いたけど?」


「うん。」


「じゃあ、なんでまだ戻ってないんだ?」


「まだ用事があるって言ってたし、それに……」


 ナイヴはウィンデルという少年のことを話そうかと思ったが、言えばリヴィアスが不機嫌になり、フレイヤとの関係をしつこく聞いてくるのは目に見えている。


 余計な火種を抱える必要はないと判断し、言葉を飲み込んだ。


「それに?」


「別に。」


 言いかけて急に黙り込んだナイヴを見て、リヴィアスは怪訝な表情を向ける。


「そう言うときは絶対なんかあるんだよ。」


「あっても教えない。何か?」


「……ちっ、お前って本当めんどくさい性格だよな。」


「それはこっちのセリフだよ。」


 幼い頃からの顔見知りである二人は、軽口を叩き合いながら村の広場を歩いていく。


 広場の中央にそびえる古跡を見上げ、リヴィアスがぼそりと言った。


「にしても……なんでクネイト様は、こんな時期にフレイヤを外に出したんだ?春分まであと三ヶ月もないんだぞ。急すぎないか?」


「フレイヤなら大丈夫でしょ?」


 ナイヴの気楽な返しに、リヴィアスは眉をひそめる。


「歌の準備ってのは、少なくていいことなんてないんだ。まして十年ぶりの儀式だぞ。あの慎重なクネイト様なら、万全を期したいに決まってる。」


「何それ、まるでフレイヤの味方みたいに言うじゃん。あんた、本当は彼女に失敗してほしいくせに。」


「そんなわけないだろ?」


 リヴィアスが驚いたふりをしているのを見て、ナイヴは鼻で笑った。


「はいはい~うちの家もあんたの家も、儀式には反対なんだから。あんたが反対してるのも知ってるし。」


「……ってことは、お前は賛成なのか?聞き手たちにつく気?」


 ナイヴは肩をすくめ、素直に答える。


「正直、成功しようが失敗しようが、私にはどうでもいい。ただ、フレイヤの決めたことを応援したいだけ。」


「親父さんが反対してても?」


「父は父。私は私。」


「へえ、褒めていいのかね?主張がしっかりしてるって。それとも友情が尊いって言うべきか?」


 露骨な皮肉を込めた口調だったが、ナイヴは引くどころかすぐ言い返した。


「どっちでもいいよ。でも、自分の未来の妻すら気に入らないような人に言われても、別に嬉しくないけどね。」


 この一言は、リヴィアスの急所を的確に突いていた。彼の顔はみるみる険しくなり、何も言わずにそそくさと歩き去っていった。


 その背中が角を曲がって見えなくなったのを確認すると、ナイヴは小さくため息をついた。


「……はあ、フレイヤにも、たまには夢を見る余裕があればいいのに。」


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