33 風の思い出 其の一
合衆国暦三十七年
夏のある夜。
風の都の外れ、柔らかな草に覆われた丘の上で、二人の少女が並んで寝転んでいた。
そのうち、空に瞬く星座を指先でなぞっている少女――彼女の名はクリスト。
「ねえ、わたしたち……この宿命から逃れられる日って、来ると思う?」
「宿命って、どれのこと?」
「分かってるくせに。予言とか、王家との誓約とか、村の争いとか、それから……」
クリストの言葉の続きが何なのか、親友には分かっていた。彼女は少し黙り、それから明るい声色で空気を変えようとする。
「ずいぶん暗い宿命だね。でもさ、それって『わたしたち』の宿命じゃなくて、ほとんどは『クネイト様』の責任じゃない?」
指を止めたクリストが、じとっとした目で睨む。
「ほんと、薄情なんだから。」
すると親友は、鈴の音のように笑った。
「冗談だよ。でも、真面目な話ね、ペラメル様が王家と結んだ誓約について、そんなに落ち込む必要はないと思う。」
「どういう意味?」
「だってさ、村が誓約の代償で本当に壊れる前に、予言の『あの子』が全部終わらせるはずだから。」
「……それって、いい知らせなの?」
「わたしは悪くないと思うよ。だって、この力……祝福だなんて一度も思ったことない。どちらかと言えば、恐ろしい呪いのように感じてる。」
クリストはその言葉に沈黙し、しばらくしてから静かに問いかけた。
「じゃあ……あの予言の未来って、もうすぐ起きると思う?」
「近いと思うよ。テレニの野望と実力を考えれば、合衆国が大陸を制圧するのなんて、あと二、三十年の話じゃない?」
「つまり、予言はわたしたちの代か……その次の代に?」
「おかしくないでしょ?もしかしたら、予言の子はあんたか、わたしの子どもかもしれないし。」
その瞬間、クリストの顔色がさっと変わった。声も震えている。
「やめて……そんな怖いこと言わないで。」
クリストの怯えを察し、親友はため息をついた。
「わたしだって嫌だよ。でもね、この重荷が最後に誰の肩に落ちるかなんて、誰にも分からない。それに、わたしたち、もう運命の残酷さを嫌というほど見たでしょ?」
「……」
返事はない。公開処刑されたあの親子の姿を思い出すだけで、吐き気がこみあげる。
親友はクリストの暗い表情に気づくと、そっと話題を変えた。
「そうだ、うちの母さんがね、あんたのためにカステラを焼いてくれたの。あとで一緒に食べよ?」
「……今その話?」
「じゃあ食べないの?」
「……食べる。」
親友はくすくすと笑う。
「ほんっと甘いものに弱いよね。もしかして、作れないからじゃない?」
「わたしだって練習すればできるし!どれだけ忙しいか知ってるでしょ!」
しかし親友は、まったく信じていない様子だ。
「知ってるよ、未来のクネイト様。でもね、人は万能じゃないってこと、たまには認めた方がいいんじゃない?」
「どういう意味?」
「だってさ、あらゆることができちゃう絶世の美少女クリスト様が……料理だけは壊滅的なんて、誰も思わないでしょ?」
「……ふーん、よくもそんなこと言えるわね。」
クリストが頬をつねろうと手を伸ばすが、親友は笑いながらひらりとかわす。だが、逃がすクリストではない。
やがて二人は草の上で転がるように笑いながらじゃれ合った。その楽しげな笑い声に、少し離れた木の家から親友の両親が顔を見合わせて微笑む。
澄んだ鈴のような笑い声。
涼しく優しい夏の風。
星明かりを受けて淡く翠色に浮かぶ丘。
これを夏の夜と呼ばずして、何を夏の夜と言うのか。
しばらくして、二人はようやく息を整え、再び星空を見上げた。
この静かで幸福な時間を壊したくない――そんな想いが互いにあった。
だが、先ほどの話を思い出し、クリストがぽつりと口を開く。
「……ペス。」
「ん?」
「本当は……わたしも予言が現実になってほしいと思ってる。でも……できれば、あなたもわたしも、予言とは無関係でいたい。」
ペス・ベイルはその気持ちをよく分かっていた。左手を伸ばし、クリストの右手をそっと握る。クリストも握り返し、二人は草の上で星空を見上げたまま静かに寄り添った。
永遠に続いてほしい……二人とも、そう願っていた。
「このままずっと……今みたいにいられたらいいのに。」
ペスは聞くと同時に、握った手に力を込める。
「わたしも、そう思う。」
夏の夜風が二人のささやきをさらっていく。その刹那、クリストは気づかなかった。
親友の顔に、一瞬だけ影が差したことに。
その夜は月のない夜だった。だからこそ、満天の星々も、天の川も、息を呑むほど輝いて見える。
そのとき、二人の視界に、ひと筋の光が流れた。
「流れ星!」
「ねえ、リス。知ってる?流れ星ってね、願いを叶えてくれるんだって。」
「そうなの?初めて聞いた。」
「どう?お祈りしてみる?」
親友の提案に、現実主義者のクリストは眉をひそめる。
「願い?迷信じゃない。」
「そういうとこだよ、彼氏できない理由。」
「単に時間がないの!」
「はいはい、言い訳しないの。願い事してみなって。」
押し切られたクリストは、次の流れ星を待つことにした。銀色の光が夜を横切った瞬間、心の中でそっと願う。
予言が叶いますように。そして村のみんなが幸せに暮らせますように。
「何てお願いしたの?」
「内緒。」
二人は視線を交わし、同時に吹き出した。
そのときクリストは、三十年以上の未来で、自分の願いが本当に叶うのだと、まるで想像もしていなかった。
ただし、それは彼女が望んだ形ではなかった。




