31 病床での戸惑い
「やつらの背後にいる黒幕は、もう突き止められたの?」
「申し訳ありません、まだ吐かせるには至っておりません。二人とも口が固くて……特にあの女の方が。」
「そう……なら、男の方からうまく聞き出して。できれば……あまり苦しませないように。」
その言葉を聞いたボーンは、深くため息をついた。
「殿下は……お優しすぎます。こういう連中には、拷問が妥当でございます。」
「でも……いくらなんでも、拷問なんて……」
「殿下!」
ボーンが突然声を張り上げ、メッシは叱られた子どものように、しゅんと目を伏せた。
「殿下、こちらをお向きください。」
メッシは顔を上げ、ボーンの強い意志を宿した瞳を、逃げずに見返そうと必死に目を凝らした。
「慈悲深いことは、決して悪くありません。特に、一国の王となるべきお方が慈悲を持つというのは……民にとって、この上ない幸せです。」
その言葉に、沈みかけていたメッシの表情が、わずかに和らいだ。
「ですが、王には慈悲だけでなく、鋼の仮面が必要です。」
まるで年長の兄が、幼い弟に人生を説くかのように、ボーンは厳しい面持ちで続ける。
「威厳を示す時、覚悟を問われる時……賢王は決して迷わない。躊躇も妥協もしない。なぜなら、ひとつの誤った判断、ひとつの甘さが……」
そこでメッシは、ボーンの続きが分かったように、ふと遠くの方へ視線を向けた。もちろん、そこには誰の姿もなかった。
「……多くの民の犠牲を生むからです。王を信じ、王に守られるべき人々の。」
メッシは、小さくつぶやくように言った。
「……あの客船の乗客たちみたいに。」
「はい、その通りでございます、殿下。」
自責の念を浮かべるメッシを見て、ボーンの声も少し和らぐ。視線を前の道へ戻し、二人は王国の大路を南へと黙々と進んだ。長い沈黙のあと、メッシがそっと口を開いた。
「ケイン?」
「はい、殿下。」
「あなたが言っていた『王の資質』……そんなもの、本当に一人の人間に両方備わるの?」
「もちろんです。私は……そういう人を一人知っています。ただ……この話は少し不敬に当たるかもしれませんが。」
「大丈夫、聞かせて。」
少しの逡巡のあと、ボーンは静かに言った。
「その人物は、合衆国の歴代の王ではありません。」
「じゃあ他国の王?」
ボーンは苦笑いを漏らした。
「いえ、それも違います。皮肉な話ですが……彼は王に向いているかもしれませんが、本人は王位など全く興味がないでしょう。」
「会ってみたいな。その人。」
「殿下、残念ながら……彼はもう誰とも会うことはできません。」
ボーンの声に微かな哀惜が混じったのを察し、メッシはそっと頷き、話題を変えた。
「……それより、みんなは……大丈夫だよね?」
「ええ。必ず大丈夫です。あの女の人がいる限り、何だって好転します。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フレイヤがぱちりと目を開けた瞬間、差し込む光に瞳が慣れず、何度もまばたきを繰り返した。
起き上がろうともがくものの、全身に力が入らない現実を悟った途端、すぐにその動きを諦めた。
体が動かないだけじゃない。
頭痛は、まるで頭蓋を内側から叩き割ろうとしているかのようだった。
半身を支えきれずに、ふわりとベッドへ倒れ込んだ瞬間、古い木枠がみしみしと軋む。鼻をくすぐったのは、薄く残った湿った布の匂い。
フレイヤは、このベッドが随分使われていなかったのだと悟った。
「起きたの?」
声の方へ顔を向けると、白いロングドレスに身を包んだ成熟した女性が、扉にもたれながらこちらを見ていた。
「……母さん。」
反射的に口をついて出た呼び名と同時に、無数の疑問が胸の中で渦を巻く。
だがフレイヤは理解していた。
問題を解決する最短の道は、ひとつずつ順番に片づけること。
それは、まさに目の前の人が教えてくれた習慣だった。
「ここ……どこ?」
「昔の友達の家よ。」
そう答えたクリストは、どこか苦みを含んだ微笑を浮かべた。
フレイヤには、その笑みの理由までは分からない。けれど、深く追及する気もなかった。
「他の人は?ウィンデルは?」
「メッシ殿下の依頼で、船長とその水夫たちはあの二人の暗殺者を連れて宮廷へ先に向かったわ。殿下と従者たちも、一晩休んでから王都に出発したところよ。
ああ、言い忘れてたけど、あんたもう二日も寝てたのよ。で、ウィンデルは……」
そう言って、クリストは意味ありげに娘を見つめた。その視線に、緊張が隠せない様子が浮かんでいた。
「安心して。隣の部屋でぐっすり眠ってるわ。止血は間に合ったけど、あの出血量じゃ、数日は寝かせないといけないだろう。」
「そっか……」
胸の奥の重しが外れ、フレイヤはほっと息を吐いた。
「心配してたんだ?」
からかうような母の調子に、フレイヤの頬が一瞬赤くなる。しかしすぐに平静を取り戻す。
「当たり前でしょ。母さんが『連れて帰れ』って言ったんだから。何かあったら……私の責任になるんだから。」
「……ほんと、素直じゃないな。」
その言葉は聞こえないふりをして、フレイヤは次の質問を重ねた。
「母さん、私たちを助けたのって……やっぱりあなた?」
「そうよ。着いた時には、あなたは疲労で、ウィンデルは失血で……二人とも気絶してたわ。本当にあと数秒遅かったら……あなたたちも殿下も、矢の的になってたところ。」
「でも……どうやって危険を知ったの?」
「サーチの討伐が一段落したから、いったん村に戻るつもりだったの。あなたがウィンデルと一緒なら、何も起きないと思ってたしね。
でも念のために、啓を使ったのよ。そしたら、予想外の光景が見えて……急いで駆けつけたってわけ。」
「そうだったんだ……で、その後は?」
「後腐れが残らないよう、弓兵たちは全員片付けたわ。それからあなたたちをここへ運んだ。私が知りたいのは、あなたがいるのに、どうしてあんな状況になったのかってこと。」
責める気配を含んだ母の声に、フレイヤは視線を落とした。
「私が……欲をかいたから。殿下に偶然会えたこの機会で、計画を一気に進めようと思っちゃって……」
「……気持ちは分からなくないが、もう少し上手くやれたんじゃない?」
「判断ミスよ。第二王子が暗殺者を客船に乗せてるなんて、思わなかった。」
「何事も最悪を想定するの。いい? あなたはまだ、詰めが甘い。」
その一言に、フレイヤはむっと唇を結んだ。
「確かにその通りかもしれないけど……私だって啓に基づいて最適の手を選んだつもりだったの。ウィンデルがいなければ……」
そう言って、フレイヤは出来事を最初から最後まで、自分の見た未来までも含め、すべてを余さず語った。
話を聞き終えたクリストは黙り込み、ゆっくりと考え込んだ。
しばらくの間、母が何の反応も見せないのを見て、フレイヤはつい口を開いた。
「母さん、さっき言った、駆けつける前に啓を使ったっていうのは……その時、どんな光景を見たの?」
「基本的には、あんたが体験したことと変わらないわ。」
その答えを聞いた瞬間、フレイヤの顔に失望が広がった。
「やっぱり……私の力不足で正しい未来を見通せなかったってこと?実際に起こったことは、私の啓と違ってた。でも、母さんの啓と完全に一致してる……」
「違うわ。問題はウィンデルにあったんだと思う。」
フレイヤは驚き、瞬きを繰り返した。
「どういう意味?」
「どうして彼が無理やりあんたを抱えて川に飛び込ませ、客船に一人残さなかったと思う?」
「どうして私にわかるのよ……あの人、勘とか予感とか言って……」
そう言いながらも、フレイヤの心にひとつの可能性がぼんやり浮かんだ。
クリストは娘が反抗しているだけだと察し、ため息交じりに首を振る。
「意地張らなくていいの。あんたも気づいてるでしょ。ウィンデルがどうやって見たかは分からないけど、たぶん未来を見ていたのよ。しかも、あんたが客船に一人残って死ぬ未来を。」
「そんなはずない。たとえ客船に残ってても、私は絶対無事だった。」
「どうしてそう断言できる?あんたが小舟を守るのに集中していた時、あるいは対岸の弓兵に備えていた時、あの黒服の連中が背後から奇襲してきたら、防げるの?
あの時、あんたは二種類の風の術を同時に使える状態じゃなかったでしょ?違うわ、状態や能力の問題じゃない。そもそも誰かが奇襲してくることに気づけないの。気づいた時には、すべてが手遅れなのよ。」
その言葉に、反論できないフレイヤは黙って視線を落とした。しばらくして、ようやくかすれた声で尋ねた。
「つまり……ウィンデルは正しい未来を見て、私を守ってくれたってこと?」
クリストはベッドのそばに椅子を引いて腰を下ろし、そっと娘の髪を撫でる。
「バカね、まだ分かってないの?あんたたち二人がそれぞれ見た未来には、正しいも間違いもないのよ。だって、それが『運命』ってものなの。」
その言葉に、フレイヤは驚きで目を見開いた。
「運命……?」
「そうよ。あんたが見た未来では、ウィンデルが死ぬ。あの未来を変えたくて、あんたは客船に残ることを選んだ。
でも、ウィンデルが見た未来では、客船に残ったあんたが死ぬ。その未来を変えたくて、自分も一緒にあんたと客船に残ることを提案した。あんたが拒否したため、やむなく船から引きずり降ろしたわけ。
二人がそれぞれ見た未来に基づいて行動し、互いに影響し合った結果、事前には予測できなかった第三の未来が生まれた。間違いなく、これが私たち臨界者の言う『運命』なの。」
「でも、母さんの啓は……」
「私の啓は、『運命』がすでに定まったあとに現れる産物に過ぎないのよ。」
フレイヤはしばらく考え、苦い表情で言った。
「じゃあ、あの時ウィンデルを客船に残して一緒にいることを許すべきだった?そうすれば、母さんが駆けつけなくても、二人とも危機に陥らなかったのに。」
クリストは優しく娘の頭を撫でる。
「バカね、もしそうしていたら、あんたたち二人は無事かもしれない。でも殿下は、小舟に二人の暗殺者が潜んでいる状態よ。
あのボーンと言う侍衛をしばらく抑えるには、女暗殺者一人で十分で、男の方と挟み撃ちになったら……殿下は助からなかったかも。」
フレイヤは信じられないといった顔になる。
「つまり……今回の『運命』は、すべての未来の中で最善の結末ってこと?」
「最善?そんな結論はとても出せないわ。未来には無限の可能性があるんだから。でも、いずれにせよ、あの子には感謝してる。もし彼がいなければ……」
クリストは身をかがめ、そっとフレイヤを抱きしめた。言葉は続かなかったが、二人とも心の中で言いたいことを理解していた。
自分がもうこの暖かい抱擁に触れられないかもしれないと思うと、力の抜けた手でも、フレイヤは精一杯腕を回して母の肩に手を添える。その瞬間、目にうっすらと涙が光った。
二人はしばらく抱き合ったあと、フレイヤは小さく声を出す。
「母さん……最初、私にウィンデルを村に連れ戻せって言ったけど……考えれば考えるほど、やっぱりおかしい。彼は……」
疑いの視線を向ける娘に、クリストはゆっくりと頷いた。
「あんたの思った通りよ。」
「じゃあ、最初から教えてくれればよかったのに。」
「一つには、その時は私も確信がなかったの。もちろん、今はもう明らかだけど。」
フレイヤはしばらく黙り、複雑な表情を浮かべた。クリストは柔らかく言った。
「それが、最初にあんたに言わなかったもう一つの理由。先入観を持ったままじゃ、人の本質は見えにくいから。今なら、少しは彼の人となりが分かるでしょ?」
「……まあ、そんなところかな。」
娘の疲れた顔を見て、クリストはもう少し寝るよう促し、立ち上がろうとした。その時、フレイヤは背後から呼んだ。
「母さん……未来って、本当に変えられるの?」
クリストは振り返らず、しばらく思索に沈んだあと、静かに答えた。
「さあ、どうだと思う?」




