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26 船室の再会 

 そのあと、フレイヤはしぶしぶウィンデルの同行を受け入れた。


 ただし、こちらにも条件があるとして。


「どうしてもついて来るとおっしゃるなら、私の指示に従ってください。


 私が立ち上がって船室へ突っ込んだら、すぐについてきてください。私から三歩以上離れないで。安全な場所へ着くまでは、絶対ですよ。」


 ウィンデルが力強くうなずき、身構えた。次の瞬間――


「行くぞ!」


 フレイヤの鋭い掛け声とともに、二人は同時に駆け出した。


 船室の扉へ一気に走り寄り、フレイヤが取っ手をひねって開けた途端、ぴたりと息を合わせて中へ飛び込む。


 直後、背後で「ドドドッ」と矢が突き立つ音が響いた。


 振り返ると、ついさっき二人が立っていた場所に、二十本を優に超える矢がびっしりと突き刺さっている。尾羽がまだ震えていた。


 あの弓兵たちの命中精度は本当に恐ろしく高い。あと一歩でも遅れていたら、二人とも今ごろは矢の刺さったハリネズミみたいになっていただろう。


「……メッシを助け出した後が本番だね。」


「そんなの、後で考えればいいわよ。」


 と口では言うものの、フレイヤは仲間の言葉が正しいことを理解していた。膝に手をつき、立ち上がろうとしたその時、ふいにめまいがした。


 よろめく彼女の様子に気づき、ウィンデルがすぐに支えた。


「大丈夫?」


「……問題ありません。」


「無茶するな。昨日のあの儀式……相当きつかったんだろ?」


「問題ないと言っているじゃないですか。」


 しかし、このところの付き合いで、ウィンデルにはもうよく分かっていた。


 もしフレイヤに弱点というものがあるとすれば、それは体力があまり強くないという点だ。


 とくにここ数日、風の術を頻繁に使ってきたせいで、彼女の身体も精神も、目に見えて消耗してきている。


 風の術は、使い手に大きな負担をかける能力なのか?それとも、これはフレイヤ個人的な事情によるもの?


 そんなことを考えつつ、ウィンデルはフレイヤの後について船室へと降りていったが、中の惨状を目にした途端、激しい吐き気に襲われた。フレイヤでさえ、思わず視線をそらした。


 鼻腔を刺す強烈な血の匂い。床一面に転がる、十数人もの死体。


 木の床は血で黒ずみ、裂けた腹からは腸がこぼれ落ち、どろりとした悪臭が漂っていた。


 ウィンデルは吐き気をこらえつつ、一体ずつ顔を確認する。


 幸いなことに、ボーンとメッシの姿はない。服装からすると、船員と乗客が多いが、黒衣の者も混じっている。おそらく伯爵の部下だ。


 そのときウィンデルは気づいた。壁際に重傷の黒衣の男たちが数人座り込み、船室の奥を睨んでいる。


 視線を向けると、その先では、七人が入り乱れて激しく刃を交えていた。


 ボーンは船員と思われる男とともに、それぞれ一人ずつ黒衣と戦っている。ボーンの相手は手練れらしく、なかなかの剣速だ。しかし、流れはすでにボーンへ傾きつつあった。


 一方、船長帽をかぶった褐色の大男は、二人の黒衣に囲まれている。相手はボーンの敵ほどの腕ではないが、男の身体には無数の傷があり、とても長くは持ちそうにない。


「おい、見ろよ!」


「どうやって中に入ってきやがったんだ?外の弓兵は一体何をしてるんだ!」


 壁際の黒衣たちがこちらに気づき、怒号を上げた。それを聞きつけ、戦っていた黒衣たちも攻勢を強める。


「騒ぐ暇があるなら、死ぬ前に神様へ己の罪でも懺悔なさったらいかがですか?」


 凍りつくような冷たさを帯びた声だった。怒りは確かにそこにあるのに、一片の激情もなく、ただ静かで、容赦がない。


 フレイヤが特別な動作を取ったようには見えなかった。だが次の瞬間、どこからともなく強烈な突風が襲いかかり、その場の全員が目を開けていられないほどの勢いで吹きつけた。


 もちろん、手を動かす余裕などあるはずもなかった。


 今まで無風だった船室に、彼女を中心として気流が集まり、渦を巻き、形を成す。それは瞬く間に、四本の鋭利な風の槍へと変わった。


 城で大木を切り裂いた時ほどの破壊力は感じないけど……十分、人を殺せる。


 ウィンデルはそう確信した。


 風の槍が一列に並んだ瞬間、彼女は右手を前に差し出し、指を大きく開いた。


 次の瞬間、風が静まり、槍だけが一直線に飛び出した。四人の黒衣の胸を貫き、金属が落ちる音が遅れて響く。


 他の者たちが目を開けると、床に転がる刃と、信じられないと目を見開いたまま息絶えた四人の姿だけが目に入った。


 最後の瞬間まで、何が起きたのか理解できなかっただろう。


 フレイヤはそのまま、壁際の黒衣へと視線を向ける。男たちは呆然と仲間を見ていたが、彼女の眼差しが自分たちへ向いた途端、ようやく危機を悟った。


 でも、死神の手は、もう振り下ろされていた。


 悲鳴すら上げられず、壁際の黒衣たちは一瞬で絶命した。


 静まり返った船室で、フレイヤの表情は微動だにしない。罪は罪――そう言わんばかりの冷たい無表情。だが、ウィンデルの胸には重いものが残った。


 裁いた者と、裁かれた者。


 無言のフレイヤと、血に染まった床。


 ……命って、こうして消えていくんだな……


 傷から流れ出す鮮血が、木の床の隙間へ吸い込まれ、どこまでも深い闇へ落ちていくように思えた。


 父さんの時と、まったく同じだ。


 ウィンデルは思わず胸の奥がきゅっと痛むのを覚えた。


 あまりにも脆い……人の命というものは、あまりに脆すぎる。


 必死にもがき、生きようと望み続けていても、落ち葉のように風にさらわれ、あまりにも簡単に消えてしまう。跡形ひとつ残さないままに。


 ウィンデルがそんな感慨に沈んでいた時、ボーンは目の前に倒れ伏した敵を、呆然としたように見つめていた。


 つい先ほどまで死闘を繰り広げていた強敵が、次の瞬間にはただの死体になっている……その現実を受け止め切れないのだろう。


 しばらくして、ようやく彼はフレイヤへ視線を向けた。


「君たちか。」


「そうよ。また会ったわね。」


「いったい……何が起きた?」


「彼らは死にました。そしてあなたたちは生き残りました。それだけよ。」


 フレイヤは多くを語る気はないようで、そう言い放つと船室をぐるりと素早く見渡した。


「殿下は?」


 それを聞いた途端、ボーンの目が細まった。


「……どうして俺たちの正体を知ってる?そんなこと、一言も言ってないはずだが。」


「それについては後で説明します。今はまず、どう逃げるかを考えるほうが先です。残りの方たちは、あなたの後ろの部屋に隠れているのでしょう?


 まずは出てきてもらって、負傷者がいる方は急いで応急処置をしてください。時間はありません。」


 そう言われても、ボーンは扉の前から退く気配をまったく見せなかった。


「……君たちを信用できるか、俺には分からない。」


「私を信用していただく必要はありませんわ。でも、もし本当にあなたたちを害するつもりなら、わざわざこんな説明などいたしませんよね?」


「……つまり、お前にとって俺なんざ、敵に回しても指一本動かす価値もないってことか?」


 フレイヤは答えなかった。ただ、足元に転がる黒衣の死体へちらりと視線を落としただけで、その意図は十分すぎるほど伝わった。


 二人のやり取りを聞きながら、ウィンデルにはボーンが不愉快になる理由がよく分かった。


 強い者というのは総じて自信家だ。だがその自信を、さらに上の存在に無造作に踏みにじられれば、感じる挫折は倍にもなる。


 そして一番堪えるのは、その差を自分で理解してしまうことなのだ。


 ボーンは馬鹿ではない。これが現実だと十分理解している。だが職務上、彼は扉の前から退くわけにはいかなかった。


 ボーンとフレイヤが互いに譲らず視線をぶつけ合っていると、船長帽をかぶった男が口を開いた。


「おいおい、誰か説明してくれねぇか。こいつら、なんで一瞬で全滅してんだ?」


 それにはフレイヤもウィンデルも沈黙するしかなかった。原因である本人たちが黙り込めば、当然誰も説明などできない。


 返答が得られず、船長は今度はボーンへと向き直った。


「それとだ、小僧。さっきこの綺麗なお嬢さん、殿下って言ったよな?ってことは……お前が連れてるあの子が、王国の王子様ってことか?」


 もう隠し通せないと悟ったボーンは、気まずそうに小さくうなずいた。


「すまない、船頭さん。隠すつもりはなかった。ただ……騒ぎを大きくしたくなかっただけだ。」


 聞き間違いだと思っていた船長は、その答えを聞いた瞬間、驚きのあまり顎が外れそうになった。


「な、なんで王子殿下がこんな船に……?」


「船頭さん、説明はあとだ。それより先にここをどう脱出するか考えよう。」


 ボーンの背後から声がして、皆がそちらを向くと、メッシともう一人の男の乗客、そして怯えきった表情の女客が扉から出てきた。


 彼らが最後の生存者なのだろう。


 男の方は冷静さを保っているが、女は顔色が真っ青だ。メッシはまず船長へ軽く会釈し、次にフレイヤへ視線を向ける。


「あなたも同じ考えですよね、ミスリさん?」


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