19 リヴァの正体
扉を蹴破って飛び込んできた大男たちは、ウィンデルたちを見つけるや否や、まるで腐肉の匂いを嗅ぎつけたハイエナのように、一斉に突進してきた。
ウィンデルとボーンは即座に立ち上がって前に出たが、その大男たちは二人など歯牙にもかけず、貪るような視線をフレイヤへと向けた。
「おい、こいつ……レノ家の小娘より何倍もいい女じゃねぇか。」
「何倍どころじゃねぇよ。あの小娘なんて、こいつの小指にも及ばねぇっての!」
「しかもよ、こいつ、けっこう金持ってるって噂だぜ?こりゃ二度おいしいってやつだな」
「ぐだぐだ言ってねぇで、さっさとこの男どもをどかせ!みんなで楽しもうじゃねぇか!」
下卑た言葉が次々と飛び出す中、平然としているのはフレイヤだけで、ウィンデルたちの顔色は明らかに険しくなっていった。ボーンの視線は大男たちを一人ずつ舐めるように流れ、やがて入口に斜に寄りかかっている山羊髭の男で止まった。
「お前がこいつらの頭か?」
自分たちを無視されたのが気に入らなかったのか、ボーンの前に立ちはだかっていた二人の大男は目配せを交わすと、棍棒を振りかざし左右からボーンの腰めがけて振り下ろした。
その瞬間、灰色の影が閃く。ボーンは一歩踏み込み、二人の懐へ同時に飛び込むと、それぞれの顔面へ拳を叩き込み、その勢いのまま腰の剣を抜き取って卓の前まで下がった。
あまりにも一瞬の出来事で、一歩退いた二人が鼻血を撒き散らしながらよろめくまで誰も状況を理解できず、ようやく全員が声を荒げた。
「てめぇ、命がいらねぇのか!」
「やっちまえ!ぶっ殺せ!」
ボーンが剣を抜いているのを見た途端、大男たちは棍棒を放り捨て、腰の剣を一斉に引き抜いた。まさに切っ先が交わる寸前、山羊髭の男が怒号を飛ばす。
「全員、やめろ!」
突っ込もうとしていた大男たちは、不満げにその男を振り返った。
「兄貴、なんでだよ?こいつ、ジョイとリストをぶっ飛ばしたんだぜ!」
抗議する部下を、山羊髭の男は鋭く睨みつけた。
「やめろと言ったらやめろ!文句を言うな!」
「でもよ……」
「お前ら、目ぇ腐ってんのか!あの身のこなしと剣の構え、見りゃ分かるだろうが。あいつ、間違いなく騎士だ!死にてぇ奴だけ行けよ、止めねぇからな!」
その一言で、大男たちはボーンを睨みつけながらも、誰一人として前へ出ようとはしなかった。しかしボーンは剣を構えたまま山羊髭の男を見すえる。
「お前も騎士か?」
「そうだ。」
「ってことは、こいつらの尻拭い役か?それとも暴走しないように見張る係か?」
「両方だ。」
「なら――」
ボーンが続きを言おうとした瞬間、山羊髭の男が手を上げて遮った。
「次はこっちの番だ。お前ほどの腕を持つ騎士が、仲間を連れてこんな所へ何の用だ?」
ボーンが答えを躊躇した時、リヴァが代わりに口を開いた。
「ヒューズ伯爵にお目にかかりたい。」
山羊髭の男は眉をひそめてリヴァを見る。ウィンデルには分かった。もしリヴァがボーンの仲間でなければ、とっくに「黙っていろ」と叱りつけられていただろう。
「騎士であろうと、領主様は簡単に会えるお方ではない。」
「……ケイン。」
リヴァが自分の名を呼ぶと、ボーンは確認するように視線を送る。それにリヴァは小さく頷き、ボーンはため息をついて言った。
「外で話せるか?ここでは言いにくいことがある。」
山羊髭の男は少し訝しげにしながらも了承し、出て行く前に大男たちへと再び釘を刺した。店内には気まずい静けさが満ち、誰もが困ったように顔を見合わせるだけだった。幸い、二人の話し合いは長くは続かず、戻ってきた山羊髭の男は入店するなり大声を張り上げた。
「野郎ども、全員戻れ!それと……ルード、来い!」
呼ばれた大男が慌てて駆け寄り、数語言葉を交わしたかと思うと険しい顔で店の外へ走り去る。その後、山羊髭の男はリヴァの前に立ち、恭しく一礼した。
「ご案内いたします。領主様のもとへお連れします。」
態度が一変したのを見て、ウィンデルは思わず目を丸くした。ちょうどその時、ボーンが席へ戻ってくる。
「ウィンデル、シャーロットさん。すまないが、ここから先はヒューズ伯爵と話すことがある。俺たちはここで失礼する。心配するな、もう兵が君たちにちょっかいを出すことはないだろう。道中、無事を祈っている。」
ボーンが何も説明しないことから、彼とリヴァが本当の身分を明かすつもりがないのは明らかだった。ウィンデルが返答に迷う中、フレイヤが一歩前に出た。
「承知いたしました。またお会いできますことを願っております。お二人も、どうか道中お気をつけて。」
そして彼女は意味深な視線をリヴァに送り、静かに言葉を添えた。
「道端の賊や無頼漢よりも……権力と地位を持つ者、それもあなた様の身近にいる方々のほうが、よほど危険でございますから。」
リヴァは眉をひそめ、フレイヤの言葉の真意を測るように見つめた。
「ご忠告、感謝いたします。肝に銘じておきます。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、翌朝は早く起きなければならないという理由で、フレイヤは早々に床についた。そのため、胸の内にいくつもの疑問を抱えていたウィンデルも、結局は一人でベッドに横になり、あれこれ考えを巡らせるしかなかった。思索はいつの間にか霞のように薄れ、気づけば深い眠りへと落ちていった。
翌朝、二人が馬に跨り、西へと向かって駆け出してしばらくしてから、ようやくウィンデルは昨夜からずっと胸につかえていた疑問を切り出すことができた。
「それで……ボーンとリヴァって、いったい何者なんだ?」
だがフレイヤは答えず、逆に即座に問い返してきた。
「あなたは、どう思うの?」
まるで試されているような気配に、ウィンデルはしばし思案した末、慎重に口を開く。
「もし昨日あの山羊髭の男が言っていた『ボーンは騎士だ』って話が本当なら……リヴァは、おそらく王族だと思う。」
「ほう?その根拠は?」
「二人の関係が、どう見ても兄弟には見えない。それに、あなたも前に言ってたよね、二人の立場は『守る者と守られる者』だって。あれほど腕の立つ騎士を護衛につけられる相手なら、リヴァの身分が低いはずがない。」
「でも、お金持ちの商人が騎士を雇うことだってあるでしょう?どうしてそれだけで王族と決めつけられるの?」
やはりフレイヤは自分を試している――そう確信し、ウィンデルは昨夜じっくり考え抜いた結論を口にする。
「理由は三つある。
まず一つ目、あの山羊髭の男は最初、領主様はそう簡単に会えないと言っていたのに、ボーンと何か話した途端、領主の了承も取らずに案内を引き受けた。
あれは、領主本人も同じ判断を下すと確信していたからだ。つまり、リヴァの地位は少なくとも領主と同等、あるいはそれ以上。でも、あれほど若い子が伯爵以上の地位を継いでいるとは考えにくい。だから、残る可能性は王族しかない。」
「……続けて。」
「二つ目、あなたは『風使いの存在は決して知られてはならない。見られたら殺すしかない』とまで言っていた。となると、風使いの存在を知るのは、おそらく王族だけ。
さらに、あなたが二人に偽名を使ったという点も考えると、彼らはあなたの本名を知っている可能性が高い。つまり、リヴァが風使いでない限り、王族である可能性しか残らない。」
「三つ目は?」
「昨日、徴兵令の話をしたとき、リヴァの表情がすごく曇ったんだ。罪悪感……みたいなものが見えた。誰が徴兵令を出したのかは知らないけど、最終的に権威の源は王家にある。だから、リヴァも王家の一員じゃないかと考えた。」
フレイヤはちらりと振り返り、まるでウィンデルを見直すようにじっと観察した。
「悪くない推理ね。世間知らずで常識には欠けるところがあるけれど、頭は十分に回るし、観察力もある。じゃあ、あなたはリヴァが王家の中の誰だと思う?」
「たぶん……王子だ。」
ウィンデルのあまりに簡潔な回答に、フレイヤはしばし眉をひそめる。そして、ふと、恐ろしい可能性に気づいた。
「……あなた、まさか自分の国に王子が何人いるかも知らないの?」
「え、えっと……三人だっけ?」
「二人よ。一番下の子は、生まれてすぐ亡くなっていますわ。じゃあ、その二人の王子の名前は?」
「……忘れた。」
フレイヤはこめかみを押さえ、深々とため息をついた。それから簡潔に説明を始める。
「第一王子は、メッシ・ディーゼル。もうすぐ十四歳。第二王子は、アンビソン・ディーゼル。去年の終わりに十二歳になったばかり。」
「ってことは、リヴァは……」
「そう。彼こそがメッシ・ディーゼルよ。」




