16 探り合い
「ターゲット?」
フレイヤの一言に、ウィンデルは思わず瞬きをした。
「その人たちに……何をするつもりなんだ?」
「ん……正確に言うなら、彼らの安全を確保したいんです。」
ますます意味がわからず、ウィンデルは眉をひそめる。
「ボーンひとりじゃ守りきれないってこと?あの人、かなり強そうだけど。」
「強さなんて相対的なものです。それに、正面からの戦いが強くても、背後からの暗殺までは防げません。」
「暗殺?あの二人って一体……」
フレイヤはほんの少しだけ疲れたようにため息をついた。
「時期が来ればお話しします。あなたはこれから数日わたしに合わせてくだされば十分です。覚えておいてください、今のわたしは『シャーロット・メグ』、メグ商会の令嬢。そしてあなたはわたしの従者です。基本的に黙っていていただければ結構ですし、わたしに対する態度も丁寧に。ボロが出ますから。」
まるで鼻先を引っ張られているような感覚に、ウィンデルは不満げに眉を寄せた。
「なんでそこまで従わなきゃいけないんだよ。」
「いやなら、今ここで引き返してもかまいませんよ?」
「……」
言い返せず、ウィンデルは口をつぐむ。気づけば、彼女の掌の上で転がされているのは自分の方だった。
翌朝。目を覚ましたボーン兄弟は、ウィンデルたちも西へ向かうと知ると、四人で道中を共にしないかと持ちかけてきた。フレイヤは快くその提案を受け入れ、にこりと微笑む。
「優しい方ですね。昨日の盗賊相手に、わたしたちがあまり戦えないのを見て、守ってくださるつもりなのでしょう?」
図星だったのか、ボーンは頭をかきながら苦笑した。
「い、いや、決して二人を軽く見てるわけじゃないよ。ただ……せっかく縁があったし、少しの間一緒に歩けたらと思ってさ。」
その反応にフレイヤはくすりと笑い、ウィンデルもつられて微笑んだ。ただし心境はやや複雑だ。正直ボーンの素直さは好感が持てる。だが同時に、守られる側と判断された事実に、言い返せない悔しさもあった。
旅を再開すると、ボーンが再び二人の素性を尋ねてきた。フレイヤは簡潔に「商家の娘です」とだけ答えたが、その瞬間、普段は寡黙なリヴァが口を開く。
「失礼ですが、シャーロット様のご家族は、メグ商会と関係がおありですか?」
フレイヤはほんの僅かに目を見開き、困ったように視線を泳がせる。そしてゆっくり頷いた。
「……はい。メグ商会の主は、わたしの父です。」
横で見ていたウィンデルは、フレイヤの演技に内心舌を巻いた。
偽名が相手をそう勘違いさせることなど、彼女は最初から分かっていたはずだ。それなのに、まるで本気で驚いたみたいに、平然と戸惑った顔まで作ってみせるなんて……まったく、恐ろしい女だ。
案の定、リヴァは疑いもせず笑顔を見せる。
「お会いできて光栄です。メグ商会の香水は、貴族の間で大変な人気ですよ。」
そこから話題は香水の製造や商会の裏側などに及び、フレイヤはどの質問にも流れるように答えた。その完璧さに、ウィンデルはただただ舌を巻く。自分なら絶対に二分も持たずに正体がバレる。だが、今度はリヴァの興味がウィンデルへ向いた。
「ということは、ウィンデルさんもメグ家の方なのですか?」
一瞬ドキッとしたが、すぐに取り繕う。
「いえ。僕はお嬢様の従者なだけで。」
「では、どうして二人だけで旅を?」
「それは……お嬢様が家に閉じこもってばかりで退屈だとおっしゃって……旦那様から外の空気を吸わせるよう命じられまして。」
苦しい言い訳に、ボーンは眉をひそめた。
「こんな辺境まで?」
「え、えっと……」
詰まり始めたウィンデルを見て、フレイヤは小さく息を吐く。
「ボーン、それ以上は家の事情です。深入りはしないでください。」
「そ、そうか……すまん。」
気まずい空気を振り払うように、ボーンは話題を変える。
「そういえばさ、ウィンデルさんの――」
「ウィンデルでいいよ。そんなに堅苦しくしなくて。」
「じゃあウィンデル。君のお父さんも商会で働いてるのか?」
ここでも嘘を重ねれば破綻すると思って、ウィンデルは観念して正直に言った。
「いや、父さんは軍人だったんだ。」
「軍人?じゃあ、ひょっとすると会ったことがあるかもな!俺、昨日言ったろ?武人の家系だって……」
「すまない。父さんの話は、あんまりしたくないんだ。」
重苦しい沈黙ののち、リヴァが静かに尋ねた。
「……ご存命、なのですか?」
ウィンデルはしばらく黙り、ゆっくりと首を振る。謝罪の言葉が二人の口から漏れる。フレイヤもどこか複雑な表情で彼を見つめていた。少しして、用を足しに行ったボーン兄弟が離れると、フレイヤが声を掛けてきた。
「お見事ですね。ああして話題を断てば、質問も止まります。ただ父上が亡くなられていると嘘をつくのは……」
「本当だ。」
「……え?」
フレイヤは目を瞬かせた。何か言おうとしたが、ちょうど兄弟が戻ってきて会話は途切れた。歩き出した後も、フレイヤの視線が時折こちらへ向く。どこか探るような、しかし優しい眼差しだった。
午後。いつの間にか一行はヒューズ伯爵領へ入っていた。刈り取られた麦畑にはまだ白い雪がわずかに残り、ところどころの傾斜地は牧草地として使われ、牛や羊が雪の下の新芽を探していた。農家もぽつぽつと見えるが、ウィンデルはふと眉をひそめる。
「……大人の男性が、ひとりもいない?」
不思議そうに呟いた瞬間、ボーンとリヴァがどこか訝しむような視線をこちらへ向けてきた。
「そりゃ徵兵令だよ。知らなかったのか?」
……やば、また変なこと言った。
フレイヤを見ると、案の定、彼女は不機嫌そうに細い目を向けていた。だがすぐに彼のフォローに入る。
「でも、他の領地では普通に男の人を見かけましたよ?」
「それは……強い領主の領地だからだな。」
とボーンは苦笑した。
「兵士や騎士を優先的に徴兵するから、平民まで大量に取られない。けど、商人自治区は違うだろ?」
「ええ。わたしたちの所は、各家庭ごとに徴兵でした。」
「だよな。聞く限り、ヒューズ伯爵には兵がほとんどいない。だから領地の男の九割以上が軍に取られたはずだ。」
ウィンデルは「なぜそこまで兵が必要なのか」と疑問を抱いたものの、下手に聞けばまた墓穴を掘る。ぐっと飲み込んだ。その時だった。
「きゃああああああっ!!!」
鋭い悲鳴が、静かな農村に響き渡った。




