魔法街一丁目
たどり着いた街。青空の下、文人は街の喧騒の中を歩き、自分の置かれた状態を整理した。
「まず俺は家にいた。ゆったりと1日を過ごそうとしていた。そしたら、家のチャイムが鳴った。廊下には箱が届いていた。箱を開けたら猫がいた。そいつと目が合うと中世ヨーロッパのような街に飛ばされた」
「いや、どういう状況やねん!!!!!!あと何なんだこの超人揃えましたよ的な社会は!」
光を操る少女や、書物を抱えた老魔法使い、馬車を操る文人——街の生活の中に溶け込む多彩な人々を、文人は不思議そうにキョロキョロ見渡した。彼の目に映るこの街の人々はまさに化け物のようであった。
「なんかどこでもドア的な何かを探して、いち早くマイスイートホームタウン下北沢に帰還してやる。そのためにはまずあの猫をとっちめて、、、」
「ん??」
元いた場所に既に黒猫の姿はなかった。
「おいいいいいい。俺が悲劇の主人公を気取っている間に消えやがったのかあいつ。大体、こーゆー時は静かなる相棒として後ろにたたずんどくのが普通じゃないの?」
消えた猫を探すべく文人は街へ繰り出した。赤茶色の瓦屋根が連なる街路に入る。猫の行方を知るべく文人は路地をゆっくり歩き眺め回った。石畳に足音を響かせながらも、すれ違う人々の顔に目を向ける。すると突然、小さな子どもが転びそうになる。少年の顔には大きなあざがあった。さりげなく手を差し伸べてみるが、少年はこちらを見向きもせずに体勢を立て直すと何事もなかったかのように通り過ぎていった。
「んー。それにしても、ここはいったいいつのどこなんだろう」
商人の前を通るときには軽く頭を下げてみる。この街の人々は、優しい気配を感じるだけで微笑み返してくれるようだ。
街の中央広場に差し掛かると、文人の視線は自然と塔に向かう。塔はこの街の中心で静かに佇むだけで、誰もその周りに近づこうとはしないようだ。
「何なんだ。あのいかにも現実世界に帰る手がかりは、ここにありますよ。と言わんばかりにたたずむ塔は。怪しすぎるを通り越して、逆にあそこに何かなかったら詰みだろと思わされ、、、」
中央広場の噴水の陰から、先程の黒い子猫がひょっこりと現れる。
「あ!!お前!!!」
文人は思わず手を伸ばし、猫に近づいた。猫は体勢を素早く翻すと文人とは逆方向にひらりと消えていった。
「ちょっ、待ちやがれ!!」
猫を追いかけて、人の網目を抜けながら通りを駆ける。
文人は路地を抜け、広場に出た。振り返ると、今度は抜けてきた人ごみの中から黒猫がゆっくりと出てきた。
「のやろう。馬鹿にしやがって」
目が合う。
——ただの猫、のはずなのに、なぜか視線に重さがある。文人はほんの一瞬、言葉にできない圧力を感じた。
「……お前、なんだか偉そうだな。何かこの世界について知っていることがあるなら教えてくれ」
「。。。」
「些細なことでも何でもいいから教えてほしい!』
「。。。」
「どうやったら俺は現実世界に戻れるんだ」
「。。。」
痛いくらいの沈黙に噴水の水が落ちる音が響く」
「マジでどこなんだよ、ここは」
そう呟いてみても、返事はない。ただ尾の先がぴくりと揺れた。まるで「気づくのが遅い」と言わんばかりに。
「俺、何してんだろう。猫に何が起きたかを尋ねるなんて。どうかしちまってる。これは夢だ。きっとそうだ」
そう呟いて、文人は苦笑しながら歩き出す。だが角を曲がると、また猫が前方にいた。
「おいおい、いつの間に追い越したんだ?」
思わず声を上げる。返ってきたのは、ふわりとした欠伸ひとつ。
その仕草に肩の力が抜け、文人は小さく笑った。妙に威厳を漂わせたり、急にただの猫らしくしたり、掴みどころがない。だが確かに、ついてきている。
こいつ。。。
試しに文人は歩調を早めた。
猫は少し遅れて、しかし必ずついてくる。
さらに足を止めて待ってみる。
……数秒後、影のように現れ、何食わぬ顔で前を横切る。
「やっぱりついてきてるな!」
文人が半ば呆れ半ば嬉しそうに笑うと、猫は石畳の上で堂々と座り込み、じっと文人を見上げた。
ほんの一瞬だけ、その瞳が底知れぬ光を宿したように見える。けれど次の瞬間にはただの無邪気な光に変わり、にゃあと小さく鳴いた。
文人はため息をつき、同時に心のどこかで安心する。
「……まあ、ついてくるなら好きにすればいい」
そう言って歩き出した足取りは、心なしかさっきよりも少し軽かった。