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箱の中身「いじめ」  

 照りつけるような太陽が眩しい夏の日。中山文人は下北沢の街を歩いていた。

 太陽の熱を吸収したアスファルトの上の空気はウヨウヨとうねっていて、まるで謎の生命体のようである。


 文人はこの街のことが大好きであった。

 様々な文化がごちゃまぜになっていて、くるものも出るものも拒まない。街の組成は変わっても、下北沢は下北沢として成り立っている。夢を追いかけるお笑い芸人達が駅前で今日も声を上げてる。


「無料のお笑いライブはいかがですかー。涼しいところでお笑い観れますよー」

(いや、どうやって採算合わせてるんだよ)心の中であろうことか芸人にツッコミを入れながら、目当てのレコードショップに向かう。


 今日はマルーン5の『This Love』のレコードを求めて、重たい腰を上げて街へ出てきたのである。

 レコード屋の自動ドアからは腕に刺青の入ったモヒカンの大男が出てくる。令和のモヒカンには、並々ならぬプライドを感じた。開いたドアからは店内の涼しい空気と、レコードのいい匂いが漏れ出してきた。


 店内は金曜日の16:00と微妙な時間帯にも関わらず、たくさんの人でごった変えしていた。

 プロのような手つきで、レコードを次々に捲っていくおじさん。ヘッドフォンをして首を縦に振りながら自分の世界に入り込んでいる大学生。ザ・世代ですという顔をしたお姉さん。

 それぞれがそれぞれの時間軸の中で、目当てのレコードを探している光景は何故だか自分の文人心をくすぐった。


 何時間か店内を巡ったが、目当てのレコードを見つけることはできなかった。

 だけれども今日の一日、この街を闊歩し、レコードを探し求めた時間が何だか、自分にとってとても尊い時間であるという感覚が直感的に感じ取られた。


「まあ、ネットでも探してみるか」


 ***

 それから数日して、家の玄関のチャイムが鳴る。

「やっとお目当てのレコードが届いたか」心を弾ませて、ドアを開くと


 玄関先には、身に覚えのない箱が置いてあった。


 ——ネットで注文した荷物ではなさそうである。

「ん、なんか俺、頼んだっけ?」

 しかし、宛名は間違いなく自分。差出人は「YAMARU?」。

 その横には小さく「Dear Past」と書かれている。


 中身を確認すべくおもむろにガムテープを剥がし、箱を開ける。

 そこに入っていたのは——


「……猫?」


 箱の中には一通の手紙が同封されていた。


 Dear Past

 箱の中の猫は送られた人間の過去の中で1番のトラウマを体験させる。

 そのトラウマを乗り越えない限り、箱の届いた人間は箱の外の世界に出ることができない。外に出た人間は、その猫を最も大切だと思う人間に送らねばならない。

 ーーーや丸

「随分と手の込んだイタズラだな。警察に通報するか?」

 スマホを取り出そうとした瞬間、猫がゆっくりと伸びをした。


 目が合った。

 箱の中から覗く金色の瞳。

 ——ぞくり、と心臓が跳ねた。


 次の瞬間、玄関から吹き込む風が、夏にしてはやけに冷たい。

「え、ちょ、待って!風強っ!」

 視界がぼやけ、段ボールの底が抜け、吸い込まれるような感覚が襲いかかる。


 ***


 次に気づいたとき、文人は知らない石畳の道に立っていた。

 下北沢のコンクリートではない。

 路地の両脇には西洋風の石造りの家々。窓辺には花が揺れ、街灯が黄金色に光っている。


「え……え、シモキタどこ?マイスイートホームタウン、、、」

 口から漏れる言葉はそれだけ。


 そして目を上げる。

 街のど真ん中、天空を貫くように聳え立つ巨大な塔。

 雲を割って伸びるその姿は、あまりにも非現実的で、息をのむしかない。


 猫は、さっきの箱からするりと抜け出したまま、石畳をてくてくと歩いていく。

 文人は半ば呆然とつぶやいた。

「いや、待って。なんで俺、ネットショッピングで黒猫頼んで、異世界にお届けされてんの?」


 塔の影が街全体を覆い、鐘を打つ音がどこか遠くで鳴っていた。

 文人は、現実感を失ったままその場に立ち尽くしていた。


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