表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

龍姫

末黑野(すぐろの)の昔の農夫ゆらめけり 涙次〉



【ⅰ】


 カンテラは悦美と同衾してゐた。そして彼女が眠ると、するりとベッドから脱け出、外殻(=カンテラ)の中に入つて行つた。

 カンテラが眠るのは、外殻の中でだけであつた。それは、眞夜中、悦美を始めとする一味の皆を守る為、なのかも知れなかつた。「人性を解き放たれた」自由なアンドロイドの身、とは云へ、自分は人間たちを警護する番犬、に過ぎない- そんな自嘲が每夜カンテラの、人造の心に去來した。

 カンテラは夢をみない。とした方が、リアリティがあつたかも知れぬ。だが、彼は夢を見る。昔はかうぢやなかつた。ただ黑々とした夜が、彼の脳裏に拡がるだけであつた。段々と、安保さんの云ふ通り、「造り主・鞍田の魔術が解けて行つてゐる」昨今、彼の明け方は、やはり夢に侵されてゐた。



【ⅱ】


 と云ふ譯で、彼の夢- チャイナドレスを着た、すらつとした美女、美女はいゝが、右眼にアイパッチを着けてゐる、が夢枕(?)に立つた。

「かんてらヨ」さう彼に呼びかけてゐる。「コノ日本随一ノ武者ヨ」。彼女の名は謝遷姫(しや・せんき)。彼女は、清代、まだ科挙と云ふ制度に、中國が縛られてゐた頃のと或る悲戀の物語を、問はず語りした。彼女は浙江省の士大夫の娘。父親は、前途多望の一書生との婚礼を用意してゐた。

 が、彼女は、その地方に現れる、野武士集團の頭目と、戀を誓つた仲。その頭目は、他集團(略奪などを常とする、謂ふなれば「惡の野武士」。村人A曰く、「奴らが通つた後は、草一本殘らぬ」)との戦ひに破れ、河に身を投じた。瀕死の重傷を負つてゐた彼は、敢へ無く河の藻屑となつた。

 悲観した遷姫は、或ひはあの世での邂逅もあり得るかと、自分も河に身を投げた。女の力では大河の波に抵抗出來ず、彼女の遺骸は、河に巣食ふ(みづち)の餌になつた...。



【ⅲ】


 ところが、である。こゝで不可思議な現象が起きる。彼女の水死體をついばんだ蛟が、一頭の巨大な龍に變貌したのである。平手みきの、先日の短歌の云ふとおり、中國では龍は、神なのである。村人たちは、あゝ我らが姫が、龍におなりになられた、南無- と手を合はせたさうである。


 こゝまで話をすれば、彼女が、牧野の體内にゐるあの「龍」の精だと、皆さんにはお氣づきであらう。入れ子狀態。遷姫←「龍」←牧野。と云ふ順に、収まつてゐる。因みに彼女がアイパッチを着けてゐるのは、カンテラが龍の右眼を射拔いたからである。

「かんてらヨ、コレヲ」と、夢の破れ間際、彼女は翡翠と金との(かんざし)をカンテラに手渡した。彼女が、何故、日本に渡り、牧野と云ふ一介のヤクザ者の體内に身を潜めたのかは、分からない。もしかしたら、「武闘派」集團である、雪川組に、野武士の面影を見たのやも知れぬ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈春の熱冬を記憶に閉ぢ込めて蹂躙するは雪か時雨か 平手みき〉



【ⅳ】


 カンテラは、目醒めた。長い夢だつたやうな氣もするが、それはほんの一瞬間の出來事であつた。翡翠の簪を、彼は握つてゐた...。


 テオの調べによると、その簪は、はるか古代の遺物で、時価かなりのお寶なのだと云ふ。これを託して、彼女・遷姫は、何をカンテラに要求してゐるのか。それは、カンテラのみが知り得る事であつた。


 カンテラは「修法」を使つて、じろさんの夢と自分の夢を融合した。喧嘩は、やはりじろさんとぢやないとね、とカンテラは謎めいた事を云ふ。

 翌夜はじろさん、カンテラと悦美の寝室の端に、毛布を敷いて、「合宿」のやうな夜となつた。



【ⅴ】


 夢の中。それは、遷姫の夢の河が流れる、その村。じろさんは、そこでカンテラと落ち合ふ。「カンさん、こりや一體?」とじろさん、夢の中乍ら、不審さうな顔。

 カンテラ「しつ! 奴らがやつて來る」。見ると、例の無法者集團が、馬に跨り、狼藉を働かんと、村に攻めてきた處だつた。「さ、じろさん、思ひ切り暴れてくれ!」

 じろさんの體術は、さしもの拳法の本場、中國の連中にも齒が立たない。「此井殺法、逆流鏑馬(やぶさめ)!!」じろさんは、巧みに連中の矢籠の中から矢を奪ひ、しかして無法者集團の悉くの者の胸に、それを突き立てた。

「さつすが!」そして、遷姫・「龍」の仇である、無法野武士の頭目を

「しええええええええいつ!!!!!!」と、カンテラ、斬つて捨てた。



【ⅵ】


 それは夢の中だけの仇討ちだつた。實際には、遷姫は、河の蛟の餌食である事、相も變はらないのである。だが、牧野の體内でその仇討ちを夢見た「龍」=遷姫は、「ヤハリ我ノ見込ンダ強者(つはもの)!!」と、快哉の聲を上げた、らしい。


「たゞ~いまつと」じろさん、やうやく事の次第を知つて、「ふん、『龍』の仇討ち、惡い氣分ぢやないね」、と。


「何か、あつたんスか?」眠い目をこすつて、牧野が起きてきた。「何か、ぢやねーだろ、フル!」こつん、と杵塚、彼の頭を叩く。「いてゝ、(あに)さん、なにするんスか」


 チンピラ時代の名殘りもあり、牧野は料理・洗濯・掃除、家事一般なんでもこなした。悦美「わたし、フルちやんから、納豆のかき揚げの作り方、教へて貰つたのよー」。


 世は並べて、平和。だといゝんだがね。含みを殘して、作者は去る。アデュー。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


厩出し(まやだし)の逞しき腹馬持ちぬ 涙次〉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ