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よろしくお願いします
次期女伯爵としては自分で何とかしないといけないのだろうと思ったが、ローザリアは既に恋する乙女だった。政略結婚は貴族としての務めだから乗り越えようと覚悟をした。しかし彼女が恋人で別れるつもりは無いと言われたら、こちらから毅然として別れなければならない。
愛しい人が他の女性と愛し合っているところなんて見たくもないし、婿入り前に恋人がいる男なんて御免だ。最悪な場合お家乗っ取りも頭に入れておく必要もある。
怒りがこみ上げて来たり気分が沈んだりと心が落ち着かない。
領民からの血税でこの身体は出来ている。日々の贅沢な暮らしも綺麗なドレスも皆が働いてくれているおかげだと小さな頃から叩き込まれてきた。
顔を合わせたくはないが会わない訳にもいかず、学院への送迎は変わらず一緒だ。休めたらどんなに楽だろうか。心から血が流れていた。
サイラスに変わった様子はなかった。元気のないローザリアの顔を覗き込んで
「どうしたの、何かあった?」
サイラスが原因よと言えたらどれだけすっきりするだろうか。私といるのは嫌なの?あの娘は誰?と聞けたらどんなに良いだろう。醜い想いが鉛になって胸に詰まって沈んでいく気がした。恋は人を苦しめるのだと初めて知った。
「何でもないわ。サイラスは何か言うことはないの?」
「無いけど。今日のランチはローストビーフのサンドイッチとフルーツサンドだよ」
「サイラスの馬鹿」
そういえば好きだとか愛してるとか言われたことがないなと悲しくなった頭で考えていた。
街歩きの時に迷子になったらいけないからと手を繋がれたことはあったが、それだけだ。他の婚約者達のようにキスもしてくれないし、それ以上のことは勿論なかった。
令嬢たちのお茶会は婚約者との話があけすけでローザリアは真っ赤になって俯いているだけだった。
そんな時に助けてくれるのがマーガレット様だった。第二王子殿下の婚約者で未来の公爵夫人の言う事を無視するわけにはいかないので話題が変わるのだ。
「馬鹿ってローザリア変だよ。泣きそうな顔をしてる。僕何かした?何かしたのなら謝るよ。それとも医務室で休むかい?」
頓珍漢なサイラスは鈍すぎる。一緒にいるのが嫌なくせにこれだ。わざとなのか天性のものなのかずるいのだ。嫌いになりきれないではないか。
「結構よ、サイラスなんて知らないわ。恋人が・・・」
その先は言葉にならずに消えた。これを言ったら終わってしまう、なんて臆病なのかしら、嫌になる。
その時マーガレット様が現れた。助かったと思ったローザリアは
「マーガレット様おはようございます」
と出来るだけ明るく挨拶をしたが見破られたようだ。
「おはようございます、ローザリア。どうして泣きそうな顔をしているの?
サイラス様何かしたのですか?」
「何もしていないと思うのですが、今日のローザリアは気分が不安定なようで、私にもよく分からないのです」
「ではお話を聞きましょうか。お借りしますわねサイラス様。先生に具合が悪いので休みますと伝えてくださいますか」
「分かりました。よろしくお願いします」
「王族用の部屋でお話をお聞きするわ、ここなら誰も来ないから安心して頂戴。それで何か不安になることがあったのね」
ローザリアは彼が友人と話していた内容と、この前サイラスが平民の女性と歩いていたことに加え、以前から愛の言葉がないこととスキンシップがないことで不安になっていることをどうにか話すことができた。
「いつも一緒で嫌にならないか、ですか?わたくしたちも婚約して長いですわ。貴族の婚約なんてそんなものではありませんか。ローザリア様達は幼馴染なので余計に今更ですわね。
長くいますと婚約者という立場が当たり前になって慣れてしまうというか、難しいものがございますわね。
わたくしも不安になる事もありますのよ。
今は忙しくてなかなか一緒にはいられないのでローザリア様達が羨ましいと思っていたのですけど、殿方は考えが違うのでしょうか?殿下にお聞きしてみようかしら。
お茶会では皆様あけすけで困ってしまいますものね。ご自分からは聞きにくいですわよね。
他の殿方にアプローチされているところを見せるとかどうかしら。少しくらい妬かせても良いと思いますのよ」
「殿下にはそのようなことはくれぐれも内緒でお願いします。私ごときの悩みなどお恥ずかしい限りです。
殿方でお付き合いがあるのはサイラスのお兄様だけなのですけど、思い切って相談してみます」
「あの方のお兄様なら相談しても安心よね。落ち着いた方だと評判だわ」
「マーガレット様、話を聞いていただきありがとうございました。気が楽になりました」
「良かったわ、少しは役に立てて。元気を出してね」
☆☆☆☆☆
この頃ローザリアが元気がない。何があったのだろうか、心配だが自分では役に立てそうもない。女性の心は難しいと思うサイラスだった。
マーガレット様にお聞きしてみようかと考えたが相手は公爵令嬢で第二王子殿下の婚約者だ。話しかけるタイミングが見つからなかった。
厄介事は向こうから飛び込んで来るらしい。街を歩いている時に
「あの時のお客様、お助けください。あの男が追ってくるのです」
と腕に縋りつかれた。今日はキースがいない。取り敢えず横道に入った。
「腕を離せ、私には愛する婚約者がいる。貴族に馴れ馴れしくするなど何を考えている。人にもよるが切られても文句は言えないのだぞ」
「申し訳ございません、いつかの男が逆恨みをして追ってくるようになりました。怖くてお客様をお見かけしましたので頼ってしまいました。大変失礼いたしました」
「田舎に帰るとか出来ないのか。王都にいれば危ないだろう。騎士団まで送って行こう。ビル近くに来い。一緒に行ってくれ」
「はい、畏まりました」
キースは都会的な爽やかイケメンだがビルはがっしりとした軍人タイプだった。
騎士団に行き事情を話して、この間の男から目を離さないようにしてもらった。
伯爵家の地位が役に立った。男は牢から一晩で出てきたようだったが見張りがつけられ、今度何かやったら炭鉱送りになるそうだ。
騎士団も破落戸を野放しにするとは良い度胸だ。泥を塗られたと思わないのだろうか。おかげでこっちは迷惑を被ったというのに。
花屋の女性は騎士団の下働きで雇って貰えることになった。騎士のいる所に押しかけては来ないだろうという団長の考えだった。下働きは洗濯や掃除などがある。田舎には弟や妹がいて働いてお金を送らないといけないと話したそうだ。
ローザリア以外の事には関心のないサイラスは直ぐに忘れてしまった。
☆☆☆☆☆
別の日ローザリアはマーガレット様とのお茶会の帰りに、偶然サイラスがあの時の女性に縋りつかれているのをまた見てしまった。直ぐに横道に入っていった。あの辺りは連れ込み宿が多いとミリーに聞いて知っていた。
「お嬢様、決して近づいてはいけません。気を付けてくださいね」と以前言われていたのだから。
ローザリアは苦しくなり涙が溢れてどうしようもなかった。サイラスには恋人がいたのだ。恋人のいる人と結婚は出来ない。二人を引き裂く悪者にはなれないし、恋人と睦まじくしているサイラスを見るのはもっと嫌だった。
だから私には手を出さなかったのね。ストンと落ちてきた。自分では綺麗になったと思ったのに響かなかったんだわ。幼馴染のまま関係は変わっていなかったのだ。
家に帰ってお母様に報告しなくてはいけないけど、もう少し泣きたい。ローザリアは一目散に部屋に戻り着替えもせずベッドに飛び込んで泣いた。
好きだと言っていなかったサイラスとローザリアの恋は結婚が近づいて拗れてきました。
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