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 二人の学院生活は穏やかに過ぎて行く筈だった。図書館に行く途中でサイラスが友人と話している所に近づいていなければ。


「学院でもいつも一緒じゃないか、休日も会ってるんだろう。結婚したらずっと一緒だぞ。いい加減飽きないのか?」


「まあな」


とサイラスが答えたのだ。ローザリアの事だ。ドクンと心臓が嫌な音を立てた。


そんなふうに思われていたなんて思いもしなかった。サイラスは婚約者だから仕方なく一緒にいたんだ。涙がこみ上げて来たが泣くわけにはいかない、ぐっと耐え急いでその場を離れた。


彼のためなら解放してあげるのに何故言ってくれなかったのか、心は重く沈んだ。




 婚約は家同士の契約だ。本人同士の我儘で中止出来ない所に来ていた。もっと早く言ってくれれば解消出来たのに遅すぎる。


気持ちが沈み学院は三日ほど休んでしまった。サイラスに会いたくなかった。

知らせを出して休むことを伝え、送迎の必要が無いと言ったのに学院の帰りに見舞いに来ているらしい。




家令が断ってくれているようなのでベッドに潜り込んで涙を零した。食欲もなくなり喉を通らなくなった。母が心配して部屋に来た。

「酷い顔色ね、目が腫れているわ。何かあったのね、サイラス君のことかしら、母様に打ち明けてはくれないの?取り敢えずスープでも食べなさい、果物でも良いわ」



話せなかった。サイラスがあんなふうに思っていることを誰にも知られたくなかった。惨めさが胸を貫いていた。それに要らない心配をかけたくなかった。政略結婚なんて貴族にとっては普通のことだ。幼馴染という立場に甘えていたのは自分だ。勝手にサイラスの好意を信じていたのだから。


何とかスープを食べミリーに手伝って貰い着替えをした。

夫人は娘の悩みを何となく察してはいたが口に出すことはしなかった。

打ち明けてくれるまで待とうと賢明な選択をしたのだった。




 最終学年になりお茶会は月に一回になりほっとした。かなり感情は繕えるようになり、胸の痛みにも慣れてきていた。結婚の準備が忙しくなったためでもある。


結婚式は卒業式の一年後に決まっていた。迎え入れるローザリアの方がやる事が沢山ある。出席者の選定や招待状は両家で話し合って決めた。

ドレスも両家の母とローザリアの三人で王都で人気のデザイナーを呼んで沢山ある見本の中から選んだ。

楽しそうな母親達にサイラスが乗り気ではないとは言えなかった。




街へ一緒に出かけた時は花をプレゼントしてくれたり髪飾りを買ってくれた。

何とも嘘の上手い婚約者だとローザリアは思った。サイラスはローザリアを想っている振りが上手過ぎる。ずきずきと心が痛かった。



私といるのが飽きたなら言えばいいのに楽しそうにして見せるのだ。

辛すぎたがこれが政略だと思おうとしても気持ちの置きどころがなかった。



結婚してもこれが続くのかと思うとたまらない思いがした。誰か助けて欲しいと心が悲鳴をあげていた。





 ある日ローザリアは学院の友人で公爵令嬢のマーガレット様と街に来ていた。

マーガレット様は第二王子殿下の婚約者だった。一番腕の立つ護衛と侍女が付いて来た。伯爵家からも離れて護衛と侍女が付いて来ていた。



普通の女の子の様に店を冷やかして歩いたりカフェに入りスイーツを楽しんだ。

「今年で卒業ですね、早かったです」


「お互いに忙しいんですものね、こうして街に来られて良かったわ。いい経験になったわ」


「気晴らしになりますね。近頃街で流行っている恋愛小説を読まれた事はありますか?」


「侍女に聞いて読んだことはあるわ。身分を超えて高位貴族の令息と平民の女性が結ばれたり、王子様と低位貴族の令嬢が結ばれたりする話が多いの。実際起こることがないから面白がって皆読んでるみたい」


「そうなのですか?」


「ありえない話だから流行しているのでしょうけど。あまり人気になると真似をする方が出たりして風紀が乱れると困るかもしれないわね。ところで彼とは上手くいっているのかしら」


「お陰様でまあまあ順調だと思います」


苦しい胸の内は明かせなかった。貴族は政略が当たり前なのだから。


「メグ様は益々綺麗になられて羨ましいです」



マーガレット公爵令嬢は元々綺麗な女性だったが、この頃は輝きを増している。

王子殿下から溺愛されているという噂がある。本当なのだろう。羨ましかった。



迎えに来た帰りの馬車に乗っている時にサイラスを見かけた。平民らしい女性と一緒だった。可愛い人だった。後ろには護衛のキースもいた。

先程の恋愛小説の話が浮かんできて胸を塞いだ。



二人ではなかったことに安堵している自分がいたが、黒い染みはじわじわと胸を染めていった。こんな気持ちは初めてだった。




屋敷に帰りデイドレスに着替えてソファーに座ると専属侍女のミリーがお茶を持って来てくれた。

「お嬢様サイラス様のことをお調べしましょうか?」


「自分で聞かなくてはいけないけど怖いの。平民みたいだったわ、貴族ではなかった。あんな知り合いいたのね」


「婿に来ていただくのですから不安は拭っておく方が良いと思います。今までのサイラス様のことを考えればお嬢様を蔑ろにはされないとは思いますが」


「幼馴染との婚約だからといって安心は出来ないそうよ」


「何処情報ですか?」


「マーガレット様よ。街でそんな恋愛小説が流行っているのですって。貴族と平民の恋が人気らしいわ。聞いたばかりで目撃してしまったから動揺してるのかもしれないわ」


「間が悪いですね。やっぱり調べてみますよ、お嬢様がそんな顔をなさるなんてミリーは我慢できません」


「そんな顔って、ミリーったら過保護なんだから。調べなくて良いわ。真実だったら怖いから。自分で決心するまで待って欲しいの。たまには手合わせしましょうよ、体を動かせばすっきりするかもしれないわ」


「お身体に傷がついては申し訳ありませんから走るだけに致しましょう」


「そうね」

リリーは臆病な自分に嫌気が差した。




☆☆☆☆☆




 お茶会には流行の焼き菓子やケーキに必ず花束を一緒にプレゼントしていた。

昔は一週間に一度だったが徐々に月に一度になった。送迎は毎日しているしクラスも一緒でランチも一緒に食べている。友人に

「いつも一緒で飽きないか?結婚したらもっと一緒にいるんだぞ」

と言われたが幼い頃から一緒に過ごしているし好きなのだ。それが何か?という感じだったが面倒なので

「まあな」

と答えておいた。



それに月に毎週会っていた休日は三日も顔を見なくなったのだ。

妙に落ち着かないので、その時間は剣の練習を増やしたり友人と街へ出かけることにしていた。



リアが体調を崩して休んでいる。見舞いに行っても会わせてもらえない。寝間着姿なんて子供の頃から見ているのに何故だ。

リアが足りない。





 いつもの花屋の近くを通った時店先が騒がしい事に気が付いた。店員に絡んでいる男がいた。

「この間は時化た花を売りやがって、すぐ萎れたじゃないか」


「申し訳ございません。けどそんな事は無いはずです。朝早く店長が仕入れて来た花なんです」


「じゃあ嘘を言っているとでも言うのか、店長を出せ」


「配達に行っていますがもうすぐ帰って来ます」


「待たせて貰おうか」


「他のお客様の邪魔になりますのでお帰りください」


「嫌なこった、帰って欲しければ金返してくれ。じゃなければ暴れてもいいもんだぜ」


「困ります、騎士団に通報しますよ」


「やってみろよ、直ぐに来るもんか」


見かねたサイラスは


「キース、助けてやれ」

と命じた。


「畏まりました。お前店先で何をしている」



キースはあっという間に男を捕らえ、所持していた縄でぐるぐる巻にした。


「助けていただきありがとうございました。理由のわからない文句を言われ困っていたので助かりました。いつも買ってくださるお客様ですよね」


「偶然通りかかって良かったよ。黒いチューリップを一本貰おうか」


「畏まりました、ありがとうございます」




騒ぎを聞きつけた近所の住民が騎士団に連絡したらしく騎士達が迎えに来た。


「ご協力に感謝します。段々行動がエスカレートしていまして、苦情が多くなっていましたので捕らえなくてはと思っていたのですよ」


「それは良かった」


サイラスは笑顔を貼り付けた。早く捕まえておけと思いながら。



「お客様、ありがとうございました。またよろしくお願いします」


「ああ、また」




「主、行くんですか?」


「行かないよ、もう関わり合いにはなりたくない。騎士団の仕事だ」


「お嬢様への花を買っておられたから、てっきりまた利用されるのかと思ってしまいました」


「リアへの花じゃない。気持ちを落ち着かさせるためだ。手が震えていた」


「お優しいですね」


「優しくなどない、捨ててくれ。花言葉は私を忘れてだぞ」


「お嬢様一筋の主らしくて納得です」











読んでいただきありがとうございます。

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