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――ピコン。
「ういーす」
「クロさん遅いっすよ」
夜も更けた頃、通話アプリのトークルームにいつもの面子が揃っていた。
「悪い悪い、ちょっと家族に呼ばれてさ」
「それはしゃーない、さっさと準備してリッチ周回行こうぜ」
「あたし水弓欲しいから水竜も回りたいんだけど、リッチ終わったら行かんー?」
「オーブ落とすまで何回かかるか賭けようぜ」
「5回行って出なかったら水竜挟むか、飽きるし」
登録セットから『いつもの』と書かれた装備一式を選択して待機状態にする。
「クロは水と氷ばっかで飽きないねぇ」
「でも拘束してる分討伐早いだろ?パーティーで回すならこれが最適よ」
「クロさんソロでもそうじゃんww 今月のスコアボード見たよ、また1ページ目に居るぅ」
「ばれたか。がんばってるけどあれからスコアが伸びねえんだよなぁ。1位の人動画とか上げてないかな」
「1位、雷炎で双剣だしバカ火力でごり押してそう」
「ありうる。自傷ダメージどう管理してんだろ」
「鋼竜が落とす装備にミリ耐える奴あったじゃん、あれじゃね」
「あー、あったなぁ。今日ワンチャン鋼竜も行く?試したいかも」
「全然話変わるんだけど、そういえばSSSの新情報が今度のTGSで出るらしいぞ」
「マジ?ぜってーリアタイで追うわ」
わちゃわちゃと雑談しながら準備をし、ほどなくして出発の効果音が鳴った。
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クロノはうすらと目を開けた。窓を見るとほんのりと明るい。だがまだ日は登っていない。
まだ寝てていいだろ、と布団の裾を引き寄せて潜った。
「結局TGSの前に事故っちゃったから何がくるか見れなかったなぁ……」
毎夜毎夜一緒に遊んでいたゲーム友達は、今もまだSSSで遊んでいるだろうか。
顔は知らないが懐かしい顔ぶれの夢を見て、クロノは少し郷愁を感じていた。
「―っつ」
また、ピリッ、と右手に付けた石のところが痛む。
登録で見せる時だけ剥がれなければいいだろ、と、薬草摘みの時にこっそり残していた粘性のある草の汁で留めていたのだが、気づけば肌に触れていた部分の魔石が溶けて右手の甲にべっとりとくっついていた。
ジェシカに見せたときに一旦剥がそうとしたのだが、皮膚ごともっていかれそうだったので止めた。
「取れねぇけどほんとに大丈夫かなこれ……」
右手についたままの魔石をぼーっと眺めながら、クロノは昨日のことを思い返した。
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朝の便で王都を発ったが、ルーノ村までの馬車内は耐え切れないほどの沈黙だった。
≪姉さん明らかに怒ってるんだけど、どうしようジーク≫
≪あー、こうなったジェシカは俺も無理。何もできない。受け入れろ≫
ジークが念話を取得してくれたおかげでだいぶ気は紛れたが、それでもなお重い時間は余る。他の乗客が寝ていたので、クロノも寝たふりをして村までの時間を潰すことにした。
家に帰り着くと、ジェシカはまっすぐに応接室へと向かった。
「そこに座りなさい」
「はい……」
「あと、一旦ジーク渡してもらっていい?」
「はい……」
真顔のジェシカに言われるがままに、クロノは剣を渡した。ジェシカは深呼吸を繰り返して魔素を取り込むと、魔石を通してからジークの宝玉に流し込む。
「びっくりするかもしれないけど、ちょっと見てなさいね」
「はい……」
はいしか言えないbotと化したクロノが頷く。
「クロノにジークを預けていたじゃない?預けてた理由はね、クロノが無茶しないように見守ってもらうためなのよ。出てきてもらえる?」
注がれた魔力を使い、ジークが促されるままに実体化した。もはや見慣れた銀髪碧眼のイケメンが出てくる。
せんせー!そいつも共犯です!一緒に食人鬼倒しました!
と言うわけにもいかないので、一応驚いたふりをする。
「わぁ、人が出てきた、どういうこと?」
「いや棒読みにも程があるだろ、せめてもう少し上手く驚け」
「無慈悲!誤魔化そうとしたのに!」
「誤魔化す気があるならもうちょっとちゃんと演技しろよ」
「いやお前も初対面装う気無いじゃん!」
まぁこのやりとりをやっちゃった時点で終わりなんですけども。
「え、クロノ、もうジークのこと知ってたの?」
「弁明しないといけないこと増えたじゃん!」
「こいつ最初から俺が喋れること知ってたぞ」
「は?え?なんで?もしかしてこっそりしゃべってたの聞かれてた?」
先ほどまでむすっと怒っていたジェシカが、毒気を抜かれたようにぽかんとしている。
「……とりあえず姉さんもジークも座ろう。で、何から聞きたい?姉さん」
聞かれたことには答えよう、とクロノは腹を括ってジェシカに向き合った。
「ええと……ちょっと待って、頭がパニックになってるわ……そうね、とりあえずその右手の魔石のことを聞かせてくれる?」
「……仮登録の時に魔石なしだと目立っちゃうから、それを避けるために氷狼の魔石を加工して手に貼ってました」
グローブを外し、右手の甲をジェシカに見せた。右手の痣の上にきらきらとした石がまだくっついている。
「薬屋の手伝いをしたときにいろんな草をちょっとずつ拝借しててさ、その中に粘性のある奴があったからそれを接着剤代わりにしたんだ」
「接着剤の方はどうでもいいわ、氷狼の魔石なんてどこで手に入れたの」
「薬屋と森に行ったときにフェンリルを倒したからそれからはぎ取……あっ」
ジェシカの視線がジークに向いてる。ジークは所在なさげに目を泳がせている。
「ジーク、あの日は何もなかった、頬の傷も草で切っただけとか言ってなかった?」
「いやほら、余計な心配させたくないと思ってさ、かすり傷で済んでたし、な?」
「嫌な予感、当たってたんじゃない……無事に帰ってきてくれてて本当によかった……って、それで赦すと思った?ジークもあっち側に座りなさい」
説教対象が増えた。クロノとジークは横並びに座らされる。
「魔石は試験前に付けたのね。まさか、フェンリルは剣術だけで倒したの?」
「魔法使いました……」
「それはそれで安心したわ。稀代の剣豪が爆誕してたかと思った。それじゃあ、魔石なくても今まで魔法が使えていたってことね?」
「限定的だけど使えてました……黙っていてすみませんでした……」
ジェシカは大きくため息を吐いた。
「もう。魔法が使えるのなら、何を教えるかが全然変わってたわよ。魔石がないから魔法が使えない、って思い込んでいた私も悪いけどさ」
「いや一般的にはそうだし、姉さんは悪くないです。俺が黙ってたのが悪いだけで」
「ん?クロノ、一人称『俺』だったっけ?」
「あっ」
「普段の態度も作ってたわけかぁ、そっかー……」
ジェシカはめそめそと泣く真似をして目の端を押さえた。
「姉さんは悲しいよ、弟にも相棒にも嘘を吐かれてさ」
「いや俺は要らない心配をかけないようにだな……」
「私を想ってんなら、嘘つかれるのがいちばん嫌いなこと思い出しておいてよね」
あたふたとジークが取り繕おうとするが、ジェシカがジト目でそれを睨みつける。
「魔法も使えるなら、問題なく冒険者として身を立てられると思うけど……」
ジェシカは目を細め、静かな声で言った。
「覚えておきなさい。確かな信頼を得ていればそれ相応の縁も情報も舞い込むの。小さな嘘や不真面目な態度が積み重なって信頼を損ねれば、良い情報は手に入らないと思いなさい……冒険者稼業をやるのであれば、情報は命の次に大事よ。それを踏まえたうえで立ち回りを考えて」
「……肝に銘じておきます」
「ジーク、あんたもよ」
「……胸に刻んでおきます」
「魔法がどれくらい使えるかとかはあとでみせてね。私から教えられることもあるだろうし。……そうだ、右手を診せなさい。魔物の魔石なんだから、そんな長時間触れてたら何が起きてもおかしくないわよ。ギルド証の偽装に使っただけなのなら、すぐ外してしまえばよかったのに」
「同伴してた組の人らにもバレたくなくて、外せなかったんだ。たまにチリッとした痛みがあるけど、むしろこの魔石を経由して普通の氷魔法が使えたよ」
クロノは再度右手をジェシカの前に出す。その手をとったジェシカが石を剥がそうとそっと触ったが、思ったよりもかなりしっかりと留まっている。
「いだだだだ」
ジェシカが石を剥がそうとおもむろに引っ張るが、触れていた部分の皮膚が引っ張られて痛みが走る。
「めちゃくちゃしっかりくっついているわね……粘性草でこんなになるわけないわ。ってうわぁ……」
石と手の隙間を見たジェシカが心底引いた声を出す。
見れば魔石と痣の間の皮膚が溶け混ざるようなくっつき方をしていた。血管のように筋張った管が幾本か石につながり、痣との接地面は少し肉が盛り上がるような形で石をしっかりと固定している。石の大きさ自体も、溶けた分なのか付けたときより小さく、魔剣でカットして整えた面も少しだけ角がとれ丸みを帯びていた。
「魔石が溶けてるなんて、こんなの初めて見たわ」
「俺もだ。冒険者をやっていた頃に魔石自体は何度も取り扱ったが、溶けるなんて聞いたことが無い。ましてや肌と同化してるなんて」
ジークが顔を近づけて右手の魔石を凝視してくる。
「これじゃ取れそうにないし、こんな状態だと村のお医者さんに診せても騒ぎになるだけね……もし気分が悪くなったりとかしたらすぐに言うのよ、教会にダッシュで運んであげるから」
「こんなわけわからん状態でも、教会ならなんとかなるの?」
「逆に教会でなんともならんものは諦めるしかないな」
「わぁ……もしかしなくても、なかなかまずい事態か」
「そうだなぁ……」
「そうやって並んでると、私よりあんたらのほうが兄弟みたいね」
うーん、と二人して同じ顔をしながら首をかしげているジークとクロノを見て、ジェシカはふふっと笑みをこぼした。
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結局昨日はそこで切り上げて、移動で疲れた体を休めようと夕飯ののちすぐに眠りについた。
早く寝すぎたせいで明け方に目が覚めてしまったが。
今日はジェシカに何の魔法が使えるかを見せることになっていた。ゆっくり朝を食べてから、剣の稽古のついでに見せろとのお達しだった。
「ジーク…はまだ寝てるか」
目が覚めてしまったクロノは、話し相手にできないかとジークを立てかけている枕もとを見るが、宝玉も動きが止まっているし、眠っているようだ。
それなら頑張ってもう一眠りするか、と目を閉じようとしたその時、外に何かの気配がした。
聴覚強化をかけて音を探る。どうやら家の入り口に向かって誰かが歩いてきているようだ。足音の大きさや早さからして、ガタイが良さそうな、おそらく、男。
クロノは寝床から出るとジークの柄を掴んだ。
「ん、どうしたクロノ」
「外に誰か居る。こんな阿呆な時間の来訪者なんて絶対碌なもんじゃないから、万一に備えようかと」
ジークを携えて階下に降りると、ジェシカも同様に降りてきていた。
まだだいぶ眠いのか瞼が重そうだ。
「外に誰か来てるのよね、こんな時間に」
「泥棒かな?数日空けてたし目星つけられてたのかも」
顔を近づけ、できるかぎり声を殺して話す。
すると、何か思いついたようにジェシカがぽんぽんと肩を叩いてきた。
いいこと思いついちゃった、と、悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。
「ねぇ、なんでもいいから魔法使って不審者を捕まえてみせてよ」
「え」
「大丈夫、もしダメでもフォローするする。じゃあがんばって」
背中をそっとトン、と叩いて促される。
「しょうがないなぁ……やってみるけど期待はしないでよね」
聴覚を強化し、侵入者の正確な位置を測る。おおよそ門から家のドアまでの中頃。
もう十数秒でドアの前まで辿り着くだろう。
窓を少しだけ開けると、ひんやりとした朝の空気が流れ込んでくる。
癒着した魔石に力を集め、細い線状の魔力を窓から壁伝いに静かに下ろす。地面を這うようにスルスルと対象に向けて進める。足音の主は、フード付きマントを深くかぶった、見るからに怪しい大柄な人だった。
勘づかれないように細く細く魔力を伸ばし、不審者の歩む先に輪の形に置いておく。
「かかった」
足が踏み入れられた瞬間、魔力の輪を鏡像を作った時と同じ要領で物体化した。円周をぎゅっと縮め、円の中にあった草花の朝露を払い、巻き込みながら不審者の足を捉えた。弾いた露はそのまま冷気に巻き込まれ、棘状の鎖となり締め上げる。
不意を突かれた不審者は大きく体勢を崩すが、もう片方の足で踏み込んで耐えた。足に絡まる氷棘に気が付くと、腰から一振りの剣を抜き、叩き切ろうと振り下ろす。
「甘いねぇ」
得物を持つ手にもう一本の魔力線を走らせる。高速で射出されたそれは、不審者の手首に絡みつく。
そのまま双方の魔力線をぐっと引き寄せると、流石に片足だけでは踏みとどまることができなかった不審者がその場に倒された。起き上がろうと藻掻く前に追加の線を放り、全身をがんじがらめにする。
「よし、捕獲完了。拘束系得意でよかった~」
「おー、お見事。わたしが教えられること無さそう」
ぱちぱちとジェシカが拍手をしている。
ドアを開け、二人は不審者の元へ歩み寄る。
「それで、こんな朝っぱらから何の御用ですか?」
ジェシカが問う。クロノはしゃがみ込み、フードを剥がす。
『あ』
転げられている男の顔に、二人とも見覚えがあった。
「ギルド長!?なんで!?」
ギルベルト・フォン・ヴァルツァー。
数日前にギルド本部で見た彼が、目の前で芋虫のように転げられていた。