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「はい、お預かりいたしますね」


陽が落ちかける中、冒険者ギルドの本部に戻ってきたクロノたちは、獲ってきたレッドスライムの核15個と、それぞれの仮ライセンスを受付に提出した。


「その、申し訳ありませんが、今回大きなトラブルがあったため、通常であればすぐに合否のご連絡ができるのですが、一週間ほどかかる見込みになっています。早馬での連絡をご希望であればあちらの受付でお名前と住所をご記入ください。結果をお送りいたします」


例の化物の件で、ギルド内は大騒動だった。管理下にあるはずの洞窟で幾人も死者が出たのだから、騒ぎになって当然だろう。今回の試験に参加した54人中、17人が消息不明だ。化物の餌食になった者が殆どだろう。異様なほど多かった受験者の中で、目標達成のために洞窟奥へ潜ろうという気概のあった人々ばかりが犠牲になる結果だった。


「目標達成したのって、もしかして僕たちの組だけなのかな」


クロノは辺りを見回すが、同じように受付に報告に来ている人間がいない。


「上の方にいた人たち、騒ぎが起きてからすぐ撤退したから目標数に足りてないらしいわよ。今回は事が事だから、そこら辺も加味して目標未達でも場合により合格にするって」


ほら、とアンリが貼り出されている掲示物を指差す。

試験結果発表が遅くなることと、目標緩和のこと、今回の事象の調査が済み次第詳細を公開することが書かれている。末尾には試験中に亡くなった受験者への追悼が記されていた。


「正直、ライセンスどころじゃないわ。合格できていたとしても、暫くは部屋でじっとしていたいくらい」


洞窟内での凄惨な情景を思い出してしまったのか、アンリは目を伏せた。


「あんなの見ちゃうとトラウマになるよなぁ」


同調するテオも、顔にかなりの疲れが出ている。あんな場面に出くわした上に人ひとり抱えて走ったのだから、心身共に疲れているのは必然だった。


「大変でしたね、テオ。無事でなによりです」


疲労困憊の三人の元に、澄んだ声が届く。

背の半ばまである淡い金の髪をゆらし、すらりとした細身の女性がこちらに歩いてきた。ゆったりめの白いオーブをはおり、少し開いた胸元から、拳大ほどの淡い緑色をした大きな魔石が覗いている。

すっとテオの横へと立つと、彼女はふわりと笑った。


――ヒロインだ。精霊石の神子だ。

普通の人間は両手のどちらかに石を持って生まれてくるが、精霊へ祈りを捧げる天命を持って生まれた神子だけは、胸元……心臓に近い位置に魔石がある。

この先の物語を知っているクロノは、これから神子の旅を課される、この華奢で儚げな女性の今後を思って目を細めた。主人公……テオの選択次第ではワンチャン死ぬからな、この子。


「プレセア!紹介するよ、今回一緒になったクロノとアンリだ」

「クロノ・アークライトです」

「アンリ・ウォークラフトです。初めまして、神子様」


「はじめまして。私の名前はプレセア・クラウディオと申します。どうかプレセアとお呼びくださいませ」


「そんな、恐れ多いですよ。今代の神子様を呼び捨てなんて。プレセア様と呼ばせてください」


微笑むプレセアを前に、アンリがわたわたとうろたえている。有名人を目の前にして緊張しているのだろうか。


「ところでプレセア、用事は終わったのか?」

「ええ。ギルド長に旅の同行者の選定をお願いしてきました。テオの他に2人ほど声をかけてくれるとのことです」


神子の旅自体は王宮からの依頼となるため、多額の報酬が出るはずだ。それに加えて25歳以下でなければならない、という制約もある。魔素の根源たる精霊を視ることができるのは、若いうちだけだとされているためだ。だから、神子の旅の護衛につく冒険者も若者に限定されていた。

旅のことを考えるなら手練れの冒険者を付けた方がいいのだが、視えないことで足手まといになる可能性を懸念してのことだった。

その同行する若手を選別するための試験がこの様子ではあるので、まぁおそらくアンリはシナリオ通りに確定で声がかかるだろう。

……事態が既にシナリオ通りではないので、若干怪しくはあるが。

シナリオ通りであれば、あともう一人アレンという魔法主体で戦う青年が付くはずだ。神子、テオ、アンリ、アレンの四人パーティーで、王国の安寧のために各地の精霊を訪ねて回る。


「テオのライセンスが貰えるまで、少しかかるのですよね?」

「ああ、何日かかかるらしい。ごめんな待たせちゃって」


しゅん、と申し訳なさそうに目を伏せるテオは、まるで小型犬のようだった。


「司教様にお話して、もうしばらく今滞在している離れを貸していただけるようにお願いしてみます」


わたしにできることはこれくらいしかありませんから、と微笑みながらプレセアが言った。


「みんなは結果発表までどうするんだい?」

「あたしは宿屋に泊まりながら王都を見て回るつもりよ。さっき受付で長期滞在可能なギルド提携の宿を教えてもらったの。元からライセンス取れたら王都で暫く依頼を受けようと思っていたから、滞在費用は余裕があるし」

「僕は早馬での連絡を依頼して、明日朝の便で一旦家に帰ろうと思っています。姉にもどうするか確認しないとですけど」


ジェシカとジークと三人で話がしたいとなると、半日かかろうと一旦自宅に帰るのが賢明な気がした。

ジークに防音結界を張ってもらうにしても、出先で話せる気がしなかった。

ちなみに当のジェシカ本人は、談話スペースで複数人と話している。ヴァンのように冒険者時代に知り合いだった人から声をかけられたらしい。


「それでは、暗くなってしまいますしわたしたちは先にお暇させていただきますね」


プレセアがテオの服の端を握り、ぺこりとお辞儀をした。


「クロノ、アンリ、またな」

「テオも、神子様の護衛、頑張ってね」

「また会えるといいわね。プレセア様!旅の幸運をお祈りいたします!」


三人はそれぞれに帰路についた。……といっても、クロノとジェシカは一泊してから明日朝に発つことになるのだが。


「姉さん、宿に行くよ」


少しお酒が入ってふにゃふにゃになっているジェシカを回収したクロノは、アンリと泊まった宿屋へ向うのであった。



-------------------------


翌日深夜、ギルド本部、執務室。

遅い時間にもかかわらず、ギルド内にはまだ幾ばくかの灯りがあった。


「おう、ご苦労さん。今日はもう帰れ。戸締りは俺がしておくから」


ギルド長――ギルベルトは、残っていた男性職員を帰すと、机上に17枚の金属片を置き、椅子に身を投げ、深く座り込んだ。靴は血と泥で汚れている。


「ただでさえ神子関連でクソ忙しいってのに、こんな事態が起きるなんてな」


丸一日以上かけて、自身を含めた高ランク冒険者数人で洞窟内を捜索した。不明者全員の仮ライセンスの回収はできたが、遺体はすべて持ち帰れるような状況ではなかった。酸でぐずぐずに溶けた者、首の無い者、四肢が潰されていた者――あまりにも酷い惨状に、場慣れしているはずのギルベルトですら辟易していた。


「しかも肝心の化物が姿かたちもないと来た」


深夜まで捜索したが、化物はどこにも見当たらなかった。転がる屍たちだけが、化物の存在を示していた。


「暫く要警戒だなぁ……いっそ封印しておくか。聖属性の鎖が解かれてたとなると、それに加えて物理的に入口を潰しておいた方がよさそうだ」


ギルベルトは椅子に沈んだ身体を起こし、金属片を手に取る。机の端に付けている解析機にそれを一枚放り入れると、亡くなった受験者の情報が出てくる。名前、属性、倒した魔物の数、手助けした数と内容、数値化された最大攻撃力、最大魔力出力、その他様々な情報が解析機の上部に投影された。


「この子は討伐数クリアできてたんだな、魔力量も高かった」

「この少年は一匹も倒せてなかったか。でも味方の手助けはしっかりしてる」

「あと1匹だったんだな、悔しかっただろうな」


亡くなってしまった受験者の情報を確認したギルベルトは、銀の箱の中にそれらをしまった。どの子も冒険者として世に出られていれば、それ相応の活躍ができたであろう戦歴だった。


「歴代最多ってくらい人が来たのに、歴代最低数の合格者になりそうだ」


机上には二つの銀箱があり、片方には3枚、もう片方には数えるのが面倒になるくらいの金属片が入っていた。目頭を押さえて上を向き、いくらか時間を置いて深呼吸したギルベルトは、3枚の方の箱に手を伸ばす。


「生きて目標クリアできたのが1組だけとはな」


おもむろに1枚取り出し、解析機にかける。


「テオ・ヴァイス……ああ、こいつが神子様の幼馴染ってやつか。能力も高いし片方無属性とはいえ魔石2種持ち。戦歴は、ん?ゼロ?」


元気な片手剣の剣士――事前に聞いていたテオの情報からすれば、討伐数……とどめが0というのは些か意外だった。


「いや補佐が15入ってるな。弱点を突いた水での鈍化か。魔法や魔物の知識もある、と」


水ってことは属性液でも使ったのか。

そして1人の人命救助。彼は、化物と対峙して発狂してしまった女の子を担いで上層まで逃げ帰ってきた。


「勝てないであろう相手への咄嗟の判断力、人を担いだまま逃げ切れる体力、どれも新人とは思えないな。神子の護衛に自ら志願しただけのことはある」


続いてもう一枚。


「アンリ・ウォークラフト……この娘も討伐ゼロで補佐15か。土魔法での拘束、と。平均よりやや高いくらいの数値だが、特筆すべき部分はなさそうだな。まぁ化物と出くわして逃げ切ってきた時点で、十分か」


となると、きっちり役割分担して15匹のスライムを倒していたことになる。最後の一人がトドメ役だろう。

ギルベルトは、箱に残った最後の1枚に手をかける。


「クロノ・アークライト。氷属性か。討伐数は16。やっぱこいつが……ん?16?」


1体多い。

端末を操作し、内訳を表示したギルベルトの顔色が変わった。


『レッドスライム15 食人鬼1』


「おい!至急誰かこいつの詳細を……ってもう俺しか残ってないんだった。明日朝イチで調べさせるか……」


大きく声を上げたギルベルトだったが瞬で我に返り、クロノの仮ライセンスを別に退けると、帰り支度を始めた。


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