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6

クロノが化物に接近すると、化物は右肩を大きく上げ、鋭い爪を叩きつけるように振り下ろした。


「遅せぇわ」


左足で踏み切り緩慢な動きのそれを躱すと、背後に回る。化物がクロノを見ているうちにジークも同様に化物を追い越す。


「第三層までこいつを誘導してから戦いたいんだよなぁ」

「戦いやすいとこに連れ出すわけだな、この通路だと流石に狭すぎる」

「理解が早くて助かるぅ。その通りで、ボス部屋……広めで戦いやすいフィールドが最下層にあるんだわ」


のそ、っと右腕を持ち上げ振り返る化物。前傾姿勢となりクロノを捉えると、脚の筋肉を膨らませる。


「鎖が掛けられてた入口があったろ?あの先まで行くぞ」


加速、加速、加速

四つん這いになった化物が、全身を奮わせる。

加速、加速、加速

クロノとジークの脚がほの明るい白い光に包まれる。


――来る。


二人は地を蹴り、下層へと駆ける。

化物が地を蹴り、洞窟の空気を揺らす。


ほぼ一本道ということもあり、封鎖された下層の入り口まではすぐに到達した。鎖が解けている道へためらいなく進む。化物と同じ強烈な腐臭が、そこら中に漂っている。


「しっかし酷い臭いだな……」

「クロノも遮断できるなら嗅覚切ったほうがいいぞ、俺は切ってる」

「そも鏡像って嗅覚あったんだ」

「五感を再現してるからな、飯も食えるぞ。栄養を摂る必要はないがな……よっと」


時折、黒雷が足元に光り、そのたびに跳躍して黒い棘を躱す。変わらぬ形相で化物が迫っているが、走るペースをそのままに、クロノとジークは辺りを見回していた。


様々な臓物が、骨が、捥がれた四肢がランタンの仄かな光に照らされている。下層にはより強い魔物たちが巣食っていたはずだ。はずだったが、今のところ生きている個体に出くわしていない。


「ここらの魔物ぜんぶ喰っちまって、鎖を切って上に出てきたんだろうかなぁ」

「……いや、さっきの鎖自体は聖属性付与がされていたから、魔物が解けるものじゃないと思うぞ」

「じゃあ誰か人間が鎖を解いて入ったってことか、受験者だとしたら――まぁもう命は無いだろうね」


途中に転がっている躯の中に、もしかしたら人間の物もあるかもしれない。

走りながら少し目を閉じて祈りを捧げ、目的の場所まで急いだ。


暫く走った先で、二人は開けた空間に出た。

足元に薄く水が広がり、両腕で抱えきれないくらいの太さの柱が、円形に並ぶように幾つも建てられている。その先に祠のような建物があり、周囲に白く光る杭が打たれていた。ここがボス部屋だ。

ボスを倒すとあの杭がとれてワープポイント周りの結界が解ける。ゲームではその手前に宝箱が置いてあって、そこにHPドレイン効果のある鉤爪とか、換金アイテムとかが入っていたはずだ。

クロノとジークは跳躍し、それぞれ円柱の上に降り立つ。


「ここなら暴れられるだろ」

「充分だな」


一拍置いて、化物が広場に躍り出る。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア」


クロノとジークが立っている柱それぞれに黒雷が走り亀裂が生まれる。白磁の柱を割るように黒い棘が弾けた。崩れる足場から跳躍し、二人はそれぞれに魔力を練る。

着地したクロノは脚を回して周囲の水を蹴りあげると、その蹴上げた水を纏うように冰狼の魔石から細い魔力の線を放った。放たれた魔力は茨のような棘を纏い、こちら側に駆けていた怪物の左足に絡みつく。

バランスを崩した怪物は転げ、顔面を地面に擦りつけた。体勢を崩した化物に、ジークが背面から無数の球体を放つ。さながら散弾銃のようなそれは、化物の頭部に風穴を開ける。


「ほう?弾丸は効かないか」


空いた穴の周囲の肉がボコボコと膨らみ、瞬で塞がる。両肩の魔石が鈍く黒く光っていた。化物は脚に絡みついた氷の茨を引き千切ると、今度はジークに向かって跳びかかり、挟むように巨大な両腕が襲い来る。

地を蹴って宙に逃げたジークは身を翻すと、細い鋼線を射出する。白磁の柱に突き刺したそれを巻き取るように縮め、化物との距離を取る。空を切った化物の着地が洞窟を揺らし、逃げたジークの方へ再度跳ぶ。体勢を立て直したジークは両手を構え、幾重にも束ねた鋼線を延ばし柱に噛ませると、化物の足に絡ませる。


「それなら斬撃ならどうだろうな!」


空中で右脚を獲られた化物の体躯が、柱を支点に弧を描くように宙を舞う。水飛沫を上げながら化物に肉薄したクロノは、振り被った一撃を脚の付け根に叩き込んだ。斬り飛ばされた本体が慣性に乗ったまま吹っ飛び、化物は白磁の柱に身体を打ち付けられ、水面に倒れ伏した。叩き切った骨が切断面から白く覗き、どす黒い液体が溢れ、足場の水面を染め上げる。


「ガアアアアアアアアア」


唸る化物。切断された断面はボコボコと泡立ち、少しずつ肉が盛り上がっている。


「欠損しても再生しようとすんだな、こいつ」

「だが完全に切り離してしまえば再生には時間がかかるようだ」

「それならバラバラにしてから核をかち割るか」

「俺も同じ考えだ」


クロノはにぃっと笑みを浮かべると、大きく息を吸い魔素を溜めた。右手に意識を集中させ、氷属性の魔力を練り上げる。


片足を失った化物は、再生させながら両腕を脚代わりに身体を起こそうとしている。

全身ずぶ濡れになっている化物に、網状に練り上げた魔力線を投げつけた。化物に触れたそれは拡散するように氷の魔力を放ち、化物を巨大な氷塊へと変える。


「俺がこのゲームの戦闘が好きな理由の一つがさ、属性の相互作用があるところなんだよね」


水に濡れていれば凍るし、雷も水を伝って感電する。炎は風で広範囲に拡散できるし、岩に炎を纏わせて隕石みたいな攻撃もできる。主人公なら最初に選んだ属性に加えて、もう片方に自由に属性を持てるから、その組み合わせが試しやすかった。


「って言っても氷は不遇で連携先が少ないんだけど、俺は好んで氷を選んでたってわけ」


氷の連携先は――水と物理……つまり無属性。


「最大効率が叩き出せるのは、拘束技だからな」


氷漬けになった化物が、様々な角度から切り崩された。ジークの両手から鋼線が延び、凄まじい速度で化物を切り刻む。バラバラになった化物のパーツから核のある頭部を見つけると、クロノは魔喰いの剣……ジークの本体で突き刺し、破壊した。

核の破壊が完了すると祠の白い光が消え、奥に淡い緑色の光が灯った。


「やっぱりこいつがボス判定か。外に出るぞジーク、たぶんだけど洞窟の入り口に出るから、姿は戻しておいたほうが良い」

「お前は本当に何でも知ってるんだな……承知した。派手に使ったから、集めてもらった魔力ももう尽きかけてるしな」


ジークはふっと姿を消すと、意識を剣の宝玉に戻したようだ。


「魔力といえば……こいつの魔石、両肩のこれだよな?」


黒曜石のような、黒く鈍く光る真っ黒な鉱石。黒い棘の技に覚えがあったように、これも見た覚えがある……はずなのだが、靄がかかったように思考が濁り、思い出せない。

何かの手掛かりになるかもしれない、と少し魔石を削り取ると、位相から薬屋から借りたままになっていた毒草用の袋を取りだし、破片を放り入れた。禍々しい魔力を湛えた石を、両肩分全て収納するのは無理だ。侵されてしまう。


「戻ったら姉さんになんて説明しようかなぁ」


ついでにワープポイント前の宝箱から鉤爪と換金用の宝石類を回収すると、姉への言い訳を考えながら緑色の光に入っていった。


---------------


「おや、こんな姿になってしまったか」


クロノとジークが転移して程なく、広間に人影が現れた。カツカツと踵を鳴らしながら、化け物の残骸へ歩み寄る。


「もう少し魔石が育ってから回収したかったんだがなぁ、ひよっこ如きに負けるとは」


右手を掲げた先に、黒い空間が生まれる。


「今度はもっと人が来なさそうなところで育てねばなるまいよ」


化物だった残骸が、氷漬けのまま吸い込まれた。


「……天然ものじゃ、もう間に合わないのだから」


地下に無い空を仰ぎ、声の主も黒い闇に消えた。


----------------


クロノが戻ると、洞窟前は鎖で封鎖され、ギルド職員であろう人たちが何人も駆け付けていた。

転移した先は洞窟入口から少しずれた森の中で、出てきたところは運よく人に見られずに済んだ。


「クロノ!」


ジェシカも街からこちらに来ていたようで、クロノを見つけるやいなや駆け寄ってきた。


「大丈夫!?怪我はない!?……ってびしょ濡れじゃない、それに凄い臭いもするし」


抱き着こうとしたジェシカは寸で止まって鼻と口を手で覆った。第三層はずっと腐臭がしていたし、化物と対峙している間に臭いがついてしまったのだろう。そしてボス部屋の床は水浸しだったから、あの空間で暴れたクロノは全身しっかりと濡れている。


「逃げる途中で転んでしまって、水たまりに入っちゃったんだ。怪我はしてないよ、ちょっと臭うけど」


愛想笑いを浮かべながらクロノが応えていると、もう二人ほど駆け寄る姿が見えた。


「クロノ!無事か!?」

「もう!心配したんだからね!」


テオとアンリだ。


「心配かけてごめんね、ちゃんと生きて逃げ帰ってきたよ」

「本当によかったよ……。置いてきてしまったことを一生引きずるところだった」


テオが脱力したようにへなへなとしゃがみ込む。


「姉さんを呼んできてくれたのはアンリさん?」

「そうよ。助けを呼ぶためにギルドに行ったら大騒ぎになって、ジェシカさんも狼狽えてたから、連れてこなきゃなって」

「ありがとう」


アンリは少し照れたようでふいと顔を背けた。少し目が赤いのは気のせいだろうか。


「とりあえず酷い臭いだから、すぐそこにある森の泉で身体を洗おうか……服は炎で乾かしてあげるから」


ジェシカが義手でクロノを掴み、森の方へ入っていく。


「ちょ、自分で歩けるから引っ張るのやめて!姉さん!」

「……流石に心配したんだからね。本当に無事でよかった、あまり無茶はするんじゃないよ」


引き摺る手が、心なしかいつもより強い気がした。


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