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視界が、白い。
眼を開けるとそこには見慣れぬ天井が!なんていうよく見るシチュエーションに、黒野明人は遭遇していた。
涙声の女の声がする。何を言っているかは聞き取れない。
ぼんやりと視界の端に黒髪が見える。顔は、ぼやけて、見えない。
京香か……?泣いてる……?誰だ京香を泣かせた奴は。
いや、泣かせてるのは俺か。
バッと通ったトラックが俺を轢き摺って泣き叫ぶ――
小さいころに流行った歌が頭を過るがそんなこと考えている場合じゃない。右腕が焼けるように痛い。
意識がだんだんと遠ざかるのを感じる。
俺、死ぬのか?妹を残して?
――まぁ、京香が生きているなら。ごめんな、兄ちゃんの分まで生きてくれ。
視界が消え、痛みが消え、感覚が消え、意識が消えた。
視界が、暗い。
眼を開けるとそこには見慣れぬ天井が!なんていうよく見るシチュエーションに、■■■■は遭遇していた。
赤い光が視界の端にかすかに見える。身体に何か管のようなものがたくさん繋がっている。
人の気配などは何もない。
気持ちが悪い。
今すぐにこの管を全て引きちぎってしまいたい。
ただ何もできない、思考は霞み、身体は動かせず、そのすべてが自分のものではないような奇妙な感覚がある。
気持ちが悪い。
――気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
視界を閉じ、思考を閉じ、感覚を閉じ、意識を閉じた。
視界が、広い。
眼を開けるとそこには見慣れぬ天井……すらなく、満天の星空が広がっていた。
嗅ぎなれたアスファルトの匂いとはまるで違う、幼いころに祖母の家で嗅いだような、青々とした草の香り。
ぼんやりと霞む視界の端に、赤い綺麗な髪の女の人が見える。
彼女は心配そうな顔で覗き込んだあと、俺の頬をぺちぺちと叩いてきた。
辛うじて首を少し振った俺を見て、意識があることを知った彼女は、俺を抱え上げ、歩き出した。
ひんやりとした腕に抱えられ、俺は再び瞼を閉じた。
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目を開けるとそこには見慣れた天井が!
クロノ・アークライトは自室のベッドで目を覚ました。二年ほど見上げた煤色の天井は、もうすっかり見慣れたものだった。
「ひっさしぶりに夢を見たな」
頭を搔きながら身を起こし、思い切り伸びをする。窓の外では小鳥がさえずっていた。
「京香、元気にしてるかな……」
長らく見ていなかった黒野明人としての最後の記憶――病院のベッドの上で、妹が傍らで泣いている記憶。
スマホに夢中になっていた妹が、突っ込んできたトラックに轢かれそうになったところを駆け寄って掴んで引き戻した。ただ、反動で前に出てしまった自分の体が跳ねられた。一度病院の天井を見たし、夢に見たように妹の京香の泣いている声も聴いた。
ただそこで記憶は途切れ、気が付いたらこの家にいて、かなり衰弱していたところをジェシカに介抱されていた。
行くあてがないならうちの子になるかい?とジェシカに誘われ、この世界のことが何一つわからなかったクロノは、ジェシカの弟として生活することになった。
部屋の姿見には、13歳程に見える黒髪の少年が居る。
「成長期だとは思うんだけどなぁ…」
2年前、ジェシカに拾われた時と身長が変わらないのが、クロノの最近の小さな悩みであった。
拾われたときが見た目通り13歳ならば、今年でおそらく15歳となるはずだ。
というのも、この世界の今自分が何歳なのか、いつ生まれたのかの記憶がない。
前世の記憶を得るまで、どこで何をしていたのか。ジェシカに拾われる以前の記憶は、前世の記憶と入れ替わったかのようにすっかりさっぱり消えていた。
ただ、代わりに得た前世の記憶からして――
「クロノ―!起きてるなら朝ごはん食べちゃってねー!」
階下からジェシカの声がした。
「わかったー!すぐ食べるー!」
着替えを済ませたクロノは、ドア越しに返事をしてすぐ食卓へ向かった。
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「それでさ、もうクロノもここに来て2年になるじゃない?そろそろ王都のギルド本部で冒険者の試験を受けて、ライセンスを発行してもいいと思うのよね」
朝食の野菜スープをスプーンでくるくると混ぜながら、ジェシカが話す。
この世界では、冒険者が職業として成り立っている。冒険者といっても、言ってしまえばなんでも屋さんで、薬草の採取から魔物の退治、要人の護衛、果ては未踏破地域の開拓まで、その仕事は多岐に渡る。
「だいたい15歳くらいで取得しにいく子が多いから、もしかしたら同い年くらいの友達もできるかもしれないし。どう?」
「うーん」
問いかけるジェシカに、わざとらしく右手の痣を擦りながら、困ったような顔でクロノが答える。
「僕、魔法が使えないけど大丈夫かな」
「魔法がダメでも、剣術はそこらの子より鍛えてあるから大丈夫。クロノなら余裕で試験突破できるよ!なにせ元2等級剣士の私が教えているんだから」
ふふん、と上機嫌に鼻を鳴らした。
ジェシカ・アークライトは15歳で冒険者になって以降、市街地近隣のダンジョンの踏破・解体や、難所とされていた地域の大型魔物の討伐など大きな依頼を数多くこなし、若くして2等級――最高ランクの一つ下まで上った、という設定があったはずだ。そしてその傍にはいつも
「それで、冒険者試験を受けるならジークも持って行って欲しいの」
ジークが居た。
「またどうして姉さんの大切な剣を僕に預けようとするの」
クロノは困ったように笑っている。そろそろ困り顔で表情筋が固まりそうだ。
「それはジークの希望……こほん、せっかく人前で剣術を披露する機会なんだから、カッコいい剣握って行って欲しいなって。私もクロノのかっこいい姿見たいし!」
「街に行って試験を受けるわけだから姉さんは見れないでしょ……そこまでいうなら預かろうかな、姉さんの大事なものだから丁寧に扱うね」
クロノは部屋の置台に掛けてある剣の宝玉に目くばせしたが、目?を逸らされた気がする。
「せっかく預かるんだから少し剣の重さに慣れておきたいし、この後裏庭で素振りしてくるね」
食べ終えた食器を姉の分までまとめつつ、クロノは食卓を立った。
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「クロノ―、私ちょっと出かけてくるからねー」
「わかったー、留守番しておくねー」
ジェシカが出かけたのを確認すると、凄んだ声音でジークが話しかけてきた。
「さて、この間の続きを話してもらおうか」
クロノは裏庭には出ず、テーブルにジークを立てかけ、その傍のソファに身を投げた。
ジェシカの前でのニコニコスマイルとは印象がまるで違う気だるげな表情で、ソファの肘置きに寄りかかる。
「そうピリピリするなって。で、何から聞きたい?」
「山ほどありすぎる。お前は何者か、何故魔石が無いのに魔法が使えるのか、そもそもなんで俺が話せることを知っているのか……」
宝玉の中の黒目のようになっている部分がスッっと細くなる。
「特に、ジェシカの身に危険が及ぶとはどういうことか、早急に説明してもらおうか」
「信じてもらえる気が全くしないんだけどさ」
口元に手を当てながら、クロノが話し始めた。
「俺がこの世界でこの先起きる出来事や、過去にいろーんなところで起きたあれこれを知ってるって言ったら、信じられる?」
――精霊石物語。
かつて学生時代の黒野明人が単位を溶かす程に夢中になった、アクションロールプレイングゲーム。
この世界は、「それ」だった。
広大なマップを、友人たちと一緒に駆け回った。美麗なアートワークに惚れて設定資料集も買ったし、ゲーム雑誌に特集が載った回は漏れなく確保した。クリア後のやりこみ要素もしっかりやったし、フィールドの宝箱はすべて開けたし、サブイベントもきっちりこなした。だからこそ、知っていた。
「俺の記憶が正しければ、ジェシカ姉さんはこの先大きく2回、命を落とす可能性のある出来事に巻き込まれる」
「未来視ってことか?そんな馬鹿げた話があるわけないだろう」
怪訝な声音でジークが文句を言う。実体があったらおそらく、机の上とかで人差し指をトントン叩いているような、明らかな苛立ちがあった。
「やっぱ信じないと思ったよ、そうだな……そうだ」
何かを思い出したクロノは、ニィと悪い笑みを浮かべた。
「俺の言っていることが本当かどうか信じられないって言うなら、ジークの昔のこと言い当てたら一旦話聞いてくれるか?」
「お前が俺の何を知っていると言うんだ」
「おおよそのことなら知ってるよ。ねぇ、イグナーツ家嫡男のジークハルト・フォン・イグナーツさん?」
カッ、と一瞬、部屋が薄紫の光で覆われた。
光が消えると、ローブ姿の銀髪の美青年がクロノの胸倉を掴んでいた。もたれていたクロノにつかみかかったため、ソファに押し倒すような姿勢になっている。
「なぜお前がその名を知っているんだ。まさか家の手の者だったのか?それならすぐにでも……」
「顔がちけぇよ、落ち着けって。知っていることを話す、って言っただろうが最後まで聞け」
吐息がかかるほどの距離でも怯まず、クロノはジークの鏡像の眼を見据えて、続けた。
「次の質問当ててやろうか?『どうしてジェシカにも教えていないのに、お前が俺の本名を知っているんだ』じゃない?」
図星だったのか、ジークの力が少し緩んだ。
ジークの手を振りほどいてソファを抜け出し、対岸に座りなおして首元の衣服を整えたクロノは、やれやれといった顔で実体化したジークを見る。
「しかし立体鏡像って実体に触れるんだな、てっきりホログラムなんだと思ってたよ」
むすっとした顔で、ジークは先ほどまでクロノが居たところに座っている。
「ジークハルト・フォン・イグナーツはジーク・アドラーという偽名を使い、ジェシカ・アークライトと共に冒険者稼業に精を出す。名が通り始めたころのとある依頼の最中に命を落としたことになっているが、ジェシカが所有していた剣『魔喰いの剣』に魂のみ残っており、喋る剣となっている。であってるよな?」
って、設定資料集に書いてあったはずだ。
「ちなみに剣の効果は『攻撃が命中した相手の魔力ゲージを3%奪取する、ただし攻撃1回につき最大取得量は300を上限とする』な」
まだ不服そうな顔をしているが、ジークは一応話を聞く気にはなってくれたようだ。
「……お前の言うことを信じてやらんこともない。ジェシカの命が危ないという件について、教えてもらえるか」
「やっと聞く気になったか。じゃあ先に起きるほうについて話をしよう……」
精霊石物語のメインストーリー、『精霊神子の旅』が始まって暫く経った頃、村に精霊神子が訪れてしまうとそのイベントフラグが立つ。
精霊神子サマご一行が新しい武器を求めて、腕利き職人であるジェシカを訪ねてこの村に来る。
その時に何者かによって村の子供たちが攫われ、ジェシカは神子様一行と共にその救出に向かう。
子供をかばって敵につかまったジェシカは、誘拐犯の謎の薬によって怪物化させられてしまう。
その怪物化したジェシカが、かろうじて残っていた意識で帯剣していた剣を、神子パーティーに居た剣士に投げ渡して、その魔剣――つまりジークで、怪物化してしまったジェシカを殺す。
犯人には逃げられるが子供たちは解放。神子一行は小高い丘にジェシカの墓を作り犯人と薬の正体を追うことを誓う。
「ってワケ」
クロノは淡々と述べたが、ジークの顔色はあからさまに悪かった。
ちなみに当時、このイベントをこなさないと魔喰いの剣が手に入らなかったので、なんとも言えない思いをしながらこのサブイベントをこなした。後々資料集でジェシカとジークのあれこれを読んで、シナリオライターへの殺意が沸いた。
「なんだその胸糞悪い展開は」
「俺もそう思う。だから俺はこれを阻止したい」
「なるほどな。だからジェシカのところに転がり込んできたわけか」
「いや実はそれはちょっと違って……このことを思い出したのは、ここに拾われた後なんだよ。それまで自分が何をしていたのかの記憶は一切ない」
前世の記憶はあるので一切、は少し違う気がするが、少なくともこの世界に生まれてから拾われるまでの記憶はないのだ。嘘ではない。
「拾ってもらって世話してもらってる人に待ち受けてる死を知っているんだから、なんとしてでも回避したいんだ。協力してもらえる?」
「拒否する理由もないだろう。そもそも俺はこうやって実体化して動くのに魔力を使うから、単独行動なんてできないしな」
クロノはほっと胸をなでおろした。
「具体的にどう動くかは、とりあえず今度冒険者ライセンスのために街に行くだろ?その時に神子様たちが今どうしているかとかの情報収集をしてから決めようと思ってる」
「承知した。もう一つ聞いておきたいが、魔法の件はどうやってるんだ?魔狼と戦ってた時、魔石無しなのに魔法使ってただろ。身体強化系と炎付与、あと収納魔法」
ジークからの質問は止まない。
「あー、これね……」
クロノは自身の右腕の痣を見る。手の甲から肘の手前まで、大きく摺ったような痕が残っている。
「ジークは魔法学と人体学についてどの程度知ってる?」
基礎の説明からしたら死ぬほどめんどくさいと悟ったクロノはジークに問うた。
貴族だったんだし教育を受けていたはずだから基礎くらいは知ってるだろう。
「その質問をするということは魔石の身体的役割についてだろう。もちろん知っている。魔石は血液に含まれる魔素を集めて濃縮・排出を行う部分だ。魔素は大気中を漂っているため、呼吸と共に体内に取り込まれ、血液と共に体内を循環する。許容量を超えると頭痛や発熱など身体に影響が出るため、魔素の濃い地域での活動の際は風系統の魔術を使える者に周囲の魔素を払わせるか、防魔素装備を着用する必要がある」
「百点満点の回答だな、さすが貴族嫡男」
「おい、次その呼び方したら絞めるぞ」
「まぁ、つまりは俺の魔素排出器官は『表面的には見えない』ってワケ。なかったら許容量オーバーで発熱して死んでる」
「言われてみればそうだ、魔石がなく生まれた人間はそもそも魔素を取り込むことができない。だから魔法が使えない。ただし濃すぎる魔素が魔石のある人間にさえ有害なように、取り込めない魔素は毒となる。魔素の薄い地域でないと、体内から魔素に焼かれて死ぬ。ジェシカはその点についてあまり案じていないようだったが、正直なところ、お前が魔素の強いドラグノの森に行くとなった時、倒れてもおかしくないと思っていた。……薬屋がお前が魔石無しと知っても案じている素振りがなかったから、一般人は魔石無しの人間の特性なぞ知らぬのだろうな」
「なんと俺の場合、魔力の揮発は毛穴から起きてる」
「は?」
「もう一回言おうか?全身の毛穴から魔力が排出されてる」
ジークは口をあんぐりとあけて驚愕している。ジェシカが見たら普段カッコつけてるイケメンのあまりの間抜け面に腹を抱えて笑うだろう。
「そんなの聞いたことないぞ……王立研究棟にでも知られたら、即刻被検体コースだ」
「俺だって最初は信じられなかったさ」
精霊石物語のあらゆるコンテンツを見てきたクロノであったが、全身から魔力が排出されるキャラクターなんて一人も見た覚えがなかった。
何か情報がないかと、暇な時間を見つけては家にあった書物を読み漁った。ゲームのチュートリアルで見た属性相性のことが書かれた本もあったし、魔石への魔力の込め方だとかもあった。より強い魔力を使えるようになるために呼吸器系を鍛えましょう、なんて書いてある本もあったが、どの本にも「魔石無し」の人間に関する記述は無かったし、魔石以外から魔力を排出するなんて事例は載っていなかった。
「さっきジークが言った通り、体内に魔素が溜まりっぱなしになっていたとしたら、どこかに異常を来たしているはずなんだ。ただ、俺は、少なくともここで暮らしている2年の間、魔素がらみで体調を崩したことは一度もない」
クロノが右手を伸ばすと、腕に白いもやのようなものがかかった。仄かに発光したそれは、数秒で霧散した。
「こうやって自分の身体に纏うことができる。そのままだとこうやって纏うことしかできないんだけど、ある方法でなら魔力を収束させることができる」
「なるほど、それが血液か」
ジークは魔狼との戦闘で炎付与や収納魔法を展開した時に、クロノが傷口を触っていたことを思い出した。
「正解。俺の体の一部であれば髪とかでもいいっぽいんだけど、色々試してみたら血が一番魔力の収束率が高いみたいなんだよね……と、いうことで、何故魔法が使えるか、の答えはこれでいい?」
「実例見せられちゃ何も言えん……魔法を使えないことにしているのも、その体質を隠すためなんだろう?魔石無しというのが外見的に知れてしまう以上、知識がある奴には怪しまれると思うが」
「まぁそうだね。俺の身体が規格外なのはすぐわかったから、なるべく隠すようにしてる。姉さんに知られると騒がれそうだし、変に大事になって救出プランに影響が出ると困る……おっと、そろそろ姉さんが帰ってきそうだよ。誰かと話してるし、客人が居るらしい」
聴覚強化をかけていたクロノの耳が仄かに光っている。姉さんの声の他に、若そうな女の人の声がする。
「……俺には全く聞こえなかったぞ、本当にお前は末恐ろしいよ」
客人が居るならなおのこと、ジークの実体を見られるわけにはいかない。青年の姿がすぅ、と消え、剣の宝玉に瞳が戻った。
「ただいまー!クロノ、お客さんいるから応接室に飲み物もってきて!」
それから程なくして、ジェシカが帰ってきた。先ほどまでジークと語らっていた部屋に、その少女が通される。
すんでのところで間に合ったことに安堵しつつ、魔石冷却式の食糧庫――言ってしまえば冷蔵庫から、冷えた薬草茶を二人分用意し、クロノは応接間に戻った。
庭で素振りをしていた体裁にしているため、ジークは腰に下げている。
部屋に入ると、東雲のような紫の髪を高い位置で二つに結わえた、背の低い少女が腰かけていた。クロノと同じくらいの歳の小柄な少女だが、その姿にあまりにも不似合いな程の大きな剣が傍らに置かれている。
クロノは顔に出さないよう平静を務めつつも、内心驚きを隠せなかった。
彼女は、アンリ・ウォークラフトは、ゲームの主人公パーティー……神子一行の、メンバーだ。
「それで早速本題なんだけど、クロノ、この子と一緒に冒険者試験を受けに行って欲しいの」
「はいぃ!?」
突然すぎるお願いに不意を突かれ、茶を持って入室したクロノは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あたしの名前はアンリ。アンリ・ウォークラフト。アクスの村……ここから言うとドラグノの森の向こう側にある村の出身よ。冒険者になるために王都にライセンスを取りに行く必要があるんだけど、王都には初めて行くから案内を頼みたいの」
はきはきとした気丈そうな声音で、アンリはそう告げた。
「さっきクロノの王都行きの馬車を予約しようと思って受付に行ってたんだけど、その時、馬車の乗り換えのためにこの村に立ち寄った、っていうこの子と居合わせてね。王都に冒険者ライセンスを取りに行くんだー、って言うから、じゃあクロノと一緒に行ったらちょうどいいなって思って提案したの」
ニコニコとジェシカが補足する。
「確か何度かファーリーさんの付き合いで王都に行ったことがあったでしょう?王都に行ったことのあるクロノなら道案内できるかなって。クロノも冒険者ライセンス取りに行くって決めたところだし、なんてナイスタイミングなんだろうって思ったのよ」
一連の説明を聞いたクロノは、柔和な笑みを作った。
「そういうことなら、ついてからの宿と食事処、ギルドまでであれば案内できると思います」
正直なところ一旦この状況を、頭を整理する時間が欲しい。
ただいくら整理したところで断る道はなさそうだ、と察したクロノは、求められている回答をした。
「助かるよ、クロノ君?だよね。案内よろしくおねがいね!」
アンリの、本編ヒロイン候補のまぶしい笑顔が炸裂した。とはいえ生前の妹と同じような歳の子にときめいている場合ではない。
「それで姉さん、いつの便を予約したんです?王都までは半日かそこらかかるから、できれば午前中の便だと嬉しいんですけど」
「えっとね、今日の昼過ぎの便」
「は?」
もう太陽は真上に上ろうとしているような時刻――昼だ。今。まさに。昼。おそらく真昼間。
「というわけで、急いで乗り場に向かってね!」
てへっ、と可愛さアピールして笑うジェシカに頭を抱えつつ、クロノは急いで身支度をして出発することとなった。
あまりに濃密すぎる午前中の出来事に、果たしてこれは王都の宿屋まで己の心身が持つかどうか、とクロノは辟易しながら考えていた。