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1-2

「クロノくん、ちょうどよさそうな場所もあるし、そろそろ休憩にしよう」

森の中の少し開けた場所に出た二人は、休憩を取ることにした。

横に伸びた大きな木の根もあり、腰を下ろして休むのにはちょうどよさそうだ。

2人の背負い籠は、道中で摘んできた薬草で半分ほど埋まっている。

ファーリーは木の根から少しだけ離れたところに小枝を組み、肩掛け鞄から取り出した金属の枠で足を作り、小さな鍋を置いた。


「さてクロノくん、今日のおさらいだ。摘んできた籠の中からフリル草とアム草を見つけてもらえるかな?」

摘んできた草は一緒くたに籠に放られている。クロノは根のそばに下ろした背負い籠の中を覗き込む。

「ええと、フリル草はレタ…葉の先のほうが紫色になっていて、葉っぱが波打っているもの…だからこれですね」

クロノは籠からフリル草を一束取り出し、ファーリーに渡した。

「用途や注意点は覚えているかい?」

にっこりと笑ったファーリーは追加の質問を投げかけた。

「そのまま食べるのが基本で、お腹の調子や肌の調子をよくする効果がある。魔法関係のポーションの素材にはならない。人工栽培も可能。で合ってますか?」

「正解!ちなみに萎れてしまったらお湯にすこしだけ漬けてあげると復活するよ」

クロノの答えに、ファーリーはパチパチと手をたたいて賞賛した。

「一発で覚えるなんて、さてはクロノ君もジェシカさんに似て頭いいんだな?流石は姉弟だねぇ」

「はは……もう一つはアム草でしたっけ」

クロノは苦笑いしつつさらりと流し、もう一つの指定された薬草を探し始めた。

「アム草は……ほんのりと黄色く光っていて、丸みを帯びた葉っぱが特徴。熱を加えると甘い香りと風味が出る。強壮効果があるうえに飲みやすい風味になるから、バフ系ポーションのベース素材としてよく使われる」

ここに来るまでに摘んだ草は光るものも結構な種類があった。詰んだら光らなくなってしまったが、まぶしいくらいの白色光を放っていた花もあった。

光っているものだけでもなく、黒いもやが出ている植物もあった。素手で触らないように、と言われた暗い緑色のツタのようなそれは、他の薬草と別にして革袋に入れている。

村でもある程度の薬草は育てているが、こうやって薬草を摘みにくるのは、これらの人の手で育てられない草たち……光やもやを宿した魔力をもつ草を摘むためだ。

ドラグノの森と呼ばれるここは、はるか昔に大きな竜の死骸があった場所にできたものだと言われている。その竜の加護なのか、はたまた骸から出た魔力の残滓なのか、この森で育つ薬草たちは王宮御用達品に引けを取らないほど高品質なものが多かった。

「あったあった。これですね」

クロノは4枚ほどアム草の葉を籠から取り出し、ファーリーへと渡す。

「おー、合ってる!説明もばっちりだったよ」

感心した顔でファーリーはまたパチパチと拍手をした。

「ファーリーさんの教え方がいいんですよ、ありがとうございます」

「いえいえ。僕なんかでジェシカさんやクロノ君の助けになれるのなら」

ファーリーは取り出したアム草を小鍋に入れ、左手を鍋の上にかざすと、鍋の半量ほどの水が湧き出した。

手の甲に付いた二粒の魔石が淡く青色に光っている。

「さて、お昼ご飯にしようか」

水を入れ終わると、甲の部分に金具がついたグローブを左手に嵌め、赤い液体の入った小瓶を取り出した。

金具の中央に、手の甲の石が透けて見えるくらいの乳白色の石がはまっている。

「漂白鏡つきのグローブですか?使うところは初めて見るかもしれません」

クロノが興味深そうにのぞき込んだ。

「あれ?ジェシカさんが使うところとか見たことないの?」

「あー……姉が家で魔法を使うのはほとんど炎だけなので、要らないって言ってました」

「ああ、炎なら素のままで使えるから漂白鏡使わないのか。それなら使うところを見せてあげるね」

漂白鏡、と呼ばれるそれは、魔力から属性を濾し取るものだ。

乳白色の石の奥に青い光がかすかに透ける。暫く待っていると、乳白色の漂白鏡と呼ばれるそれ自体が淡く白く光り始めた。

「生まれ持った魔力はみんな何かしらの属性が付いているのは知っているね?」

「はい、その属性によって持って生まれる魔石の色が違うと聞いています」

「そのとおり。詳しい原理は知らないけど、魔石の色によって使える魔法が決まるんだ。だから、漂白鏡で魔力の色を真っ白にして、そこから別な色を足すと別な属性の魔法を使えるようになるんだ」

ファーリーは小瓶の口を捻り、ほのかな光を放つ漂白鏡に赤い雫を数滴垂らした。

漂白鏡にこめられた魔力が、赤い雫を取り込むようにゆらゆらと揺れている。

「火球!」

鍋の下にある枝に向かってファーリーが人差し指を向けると、爪の大きさほどの小さな火の玉が枝の部分にゆっくりと着弾した。組んでいた小枝に引火してぱちぱちと燃えている。暫くしたら鍋の中の水も沸くだろう。

赤くゆらめいていた漂白鏡は真っ白に戻り、光も失っていた。

「こうやって、水属性しか使えない青い魔石の僕でも、魔力を変換して他の属性の魔法を使えるんだよ」


ファーリーは鞄にグローブと小瓶をしまうと、焚火に落ち葉を足していった。

アム草のお茶を鍋で煮だしつつ、ジェシカに持たされた肉を少し火であぶり、フリル草と一緒にパンに挟んで昼食を作っている。アム草茶のほのかに甘い香りが鍋から漂っていた。

「属性が違うとこんな小さな火球一つ起こすのも結構時間がかかるのか。これだとゲームみたいに戦闘中にころころ属性変えるのって普通は無理じゃね……?」

昼食の用意をするファーリーを横目に、樹の根に腰を下ろしながら、クロノは考え込んでいた。

漂白鏡での魔力漂白、魔力を均してからの染色、その後言葉による術式行使。魔法を放つまでに明らかに時間がかかりすぎる。

「何か気になることがあったかい、クロノ君?はいこれ君の分のパン。お茶は今冷ましてるから食後にね」

口元に手を当てて考え込んでいたクロノの元に、用意を終えたファーリーが昼食を持ってきた。


根に腰かけてパンを頬張りつつ、クロノは魔法について気になることを素直に聞くことにした。

「属性が違っても魔法を使えるの、初めて知りました。威力とかって今回は落としたとかですか?普通の火球よりかなり小さく見えましたけど」

「ああ、漂白鏡を使うときにかなり魔力の出力が落ちちゃうんだ。今回焚火用だからって小さくしたわけじゃなくて、私に出せる火球の最大の大きさがさっきくらいの大きさだよ」

そう言うとファーリーは左手人差し指で宙を指した。程なくしてその指の先に、手のひらを大きく開いたくらいの大きさの水球が生まれた。

「水だったらこのくらいはすぐ出せるんだけどねぇ」

ファーリーは人差し指をくるくると振り、生み出した水球を宙で回して手慰みに遊んだ後、少し離れた木陰に放り投げた。


「キャウン」


投げ込んだ草むらの方からなにか聞こえた。

水の塊の行方を目で追っていたクロノは、嫌な予感しかしなかった。


--------


「グルルルルルル……」

唸り声を上げながら、草の影から巨躯が姿を現した。尾の先がぐっしょりと濡れた、大の男二人分ほどの狼だ。お昼寝を邪魔されて大層ご立腹なのか、爛々とした金の眼が二人を睨みつけている。


「あらら……どうしましょう、ファーリーさん」

苦笑しつつクロノが振り向くと、ファーリーは顔面蒼白でわなわなと震えていた。

「な、なんでこんなところにこんなに大きな魔狼がいるんだ!普通の狼なら見かけたことはあるけど、僕でも追い払えるくらいの小さなやつしか見たことないのに!」

明らかに狼狽している。ファーリーは何度もこの森を訪れている筈なのだが、予想外の事態なのだろう。

「ファーリーさん、落ち着いてください。逃げる方法を考えましょう」

まだこちらを睨め付けるに留まっている狼を刺激しないよう、クロノは静かにファーリーに呼びかける。だがそんな考えを無に帰すように、ファーリーは頭を抱えて大きな声で喚いている。

「無理だ相手は魔狼だ、あの大きさに黄金の眼はただの狼じゃない!走ったってすぐ追いつかれる、ああもうおしまいだ」

騒ぐファーリーを金の眼光が捉え、動いた。前足を一歩出したかと思えば、次の瞬間には加速した巨体がファーリーの方へ飛び掛からんとしていた。

「チッ」

小さく舌打ちをしたクロノは、狼狽するファーリーの腹部を右腕で抱え、跳んだ。自身より大きな男を庇うように十数歩先の地面に転がる。髪を結わえていた紐が、草に絡まって解けた。

巨狼の爪は、ファーリーの後ろにあった薬草籠を切り裂いた。深く大きく抉られた痕を見るに、それが人であったらと思うとぞっとする。

クロノはパニックと着地の衝撃で完全に気を失ったファーリーを木陰に寄せると、腰に下げていた剣を抜いた。


「さて、どうすっかなぁ……薬屋のおっちゃんは暫くは起きないだろうけど」

背後のファーリーを一瞥しつつ、魔狼に対峙する。

「問題はお前なんだよな、ちょっと今からやること、見なかったことにしたりしてくれない?」

クロノは問いかけるが、この場には一見してクロノと狼と気絶したファーリーしか居ない。

人差し指でトントンと剣の柄の部分を叩いている。

「聞いてる?生きてる?もしかしてこの状況で寝てる?寝てるならいいんだけどさ」

「……」

両の手で構えていた剣を片手に持ち替え、深く息を吸い、吐き出す。

「まぁいいや、ちょっとの間気絶してて。もしくは今から少しの間の記憶を後から消し飛ばして」

前傾姿勢を取り、脚に力を込める。足元が、仄かに青く光った。

「これからやること、くれぐれも姉さんには絶対に言わないように!」


クロノが、駆けた。同刻、魔狼が吠え、駆ける。

正面で当たれば質量で負ける。姿勢を更に低くし僅かに軌道を変えたクロノは、魔狼の左前足をその勢いのまま切り付ける。

交差した先で脚の痛みにバランスを崩し、魔狼がよろけた。

「加速」

クロノが呟くと右手の痣が淡く光り、脚に白いもやのような光が纏わりついた。踵を返し魔狼へと向き合うと、地面を蹴り距離を詰める。

先ほどより数段、疾い。飛び上がり、体重を乗せて態勢を立て直そうとする魔狼に斬りかかる。


ガキャン


硬質な物体の激突音。弾かれたクロノは手にかかる衝撃を殺しながら後方へ跳んだ。

「なるほど、魔法も使えるから魔狼、ってワケね。そういえば確か周回ボスにいなかったっけ?フェンリルとかって呼んでた気がするんだけど、氷属性に用事なかったからよくわかんねぇや」

斬撃を受けた氷の棘が、魔狼の足元に数本散らばる。先ほどまでの陽気な森の中とは思えないほど、辺りの空気が冷え切っている。魔狼の冷気に当てられ、巨躯の足元の草が凍っていた。

「うお寒い……早く片付けないと風邪ひいちゃうな、これは」

「……」

「そういえばだけど、剣自体の効果は変わんねぇよな?」

問いかけには何も返ってこない。

「……イベント外だと話せないとかなんだろうか」

魔狼は全身に氷柱を纏った。負傷した足が痛むのか、動きは先ほどよりは遅くなっている。

「加速、加速、重撃」

クロノが呟くと、脚の光がより強く、次いで両手にも光のもやが纏わりついた。

「確か1HITごとに吸収できる魔力の上限があった気がするんだよな」

一撃、二撃……肉眼で捉え切るのがようやくといった速さの斬撃を、クロノは容赦なく魔狼に浴びせた。

叩き折られた氷柱が足元に散乱している。

折られる度に魔狼は棘を再生成するが、だんだんとその強度が落ちてきていた。

攻めねば死ぬ、と悟ったのか、魔狼が動きを変える。クロノを引きはがすように強烈な氷風を巻き起こし、一定距離を取る。

「うわっ、氷柱以外も使えたのかお前」

風に飛ばされよろめいたクロノに向け、宙に生成された幾本もの鋭い氷柱が、風を切って襲い掛かった。

討ち漏らした1本が、クロノの頬を掠め、赤い一筋が流れる。

「あー……被弾しちゃった。まぁそろそろいいか。自分で切る手間が省けたってことで」

頬の血を人差し指で拭い、そのまま魔狼に指を向ける。

「炎魔法は赤だからな」

ニィ、とクロノが笑うと頬の傷が淡く光り、血の付いた指の先に、三重に重なった炎の輪が生まれた。

そして、逆の手で持っていた剣をその輪に通すと、炎を絡め取るように剣を回す。

炎を纏い、朱く、輝く。

「己の魔力に喰われろ」


朱く燃える剣が、魔狼を真っ二つに引き裂いた。


------


「あったあった、折角だからこれだけ貰っておくか」

クロノは、両断した魔狼の亡骸から、拳ほどの大きさの魔石を取り出した。

素手で触ったものだから、魔狼の血で手が濡れている。

「位相」

クロノが呟くと、何もなかった空間に裂け目のようなものが現れた。それに先ほどの魔石を放り込むと、程なくして裂け目は消えた。

「さて、さすがに血まみれはまずいし、おっちゃんに死体見られてもまずいな」

溶けかけで残っていた氷柱を持てるだけ掴み、茶を沸かしていた鍋に放り込み火をつける。

茶交じりの溶かした水で手と剣身を洗うと、てきぱきと事後処理を始めた。

爪で割かれた籠の中身をもう片方の籠に移して籠を解体、焚火を片付けて鍋と金具をファーリーの鞄に放り込む。

「さて、どうやっておっちゃんと籠を馬車までもっていくか……」

流石に背負い籠と大人の男を、両方担いで森の入り口まで、となると身体強化しても少し厳しいか。

「位相が使えるんだから、籠を位相に入れれば良いだろうが」

はて、どうしたものかとクロノが思案していると、どこからか声が聞こえてきた。

「そういやそうだわ、生身は仕舞えないからおっちゃんは担いで行くか」

瘡蓋になっていた頬の傷を少し搔き、指先に血を付けると、空を切るように指を動かした。

先ほどより少し大きめの裂け目を呼び出したクロノは、こんもり薬草が詰められた籠をその中にしまった。

「って、ジークがようやく喋った!イベント起こしてないから喋らないんだと思ってたわ」

腰に下げていた剣を抜き、柄に嵌っている宝玉に話しかけた。

瞳孔のような黒い模様が動き、まるで宝玉からもクロノを見ているようだった。

「イベントとは何だ。そんなものは知らないが、本当にお前はクロノなのか?」

ジークと呼ばれたその剣から、声がした。低めの大人の男の声だ。

「気持ち悪いくらい聞き分けがいいガキだとは思っていたが、さっきのはどう考えてもガキのできる動きじゃねぇ。人間かどうかも怪しい」

「喋る剣に言われたくないかも」

困惑、疑念、警戒を煮詰めたような声音で、喋る剣…… ジークは続けた。

「そもそもどうして俺が喋れることを知っている。ジェシカの前以外では一切話していない筈だが」

「ま、まぁそれは同じ家に住んでるしバレない方がおかしいでしょ」

「それにさっきの魔狼との戦闘、『魔石なし』で魔法が使えないってのに魔法連発しただろ。今だって位相の収納魔法を展開した。あと普段と今では様子が違いすぎる。普段のいい子ちゃんはどうした、そっちがお前の本性か」

畳みかけるようにジークが問うてくる。

「だから持ってきたくなかったんだよなぁ……」

クロノはジト目でやれやれと首を振った。

「そんなにいっぱい聞かれても答えきれないって……俺にも事情があるんだよ」

その時、狼の遠吠えが聞こえた。近くではなさそうだが、血の匂いの残るこの場所に留まっているのも不味いだろう。

「話は後で。さっさとファーリーさんを馬車に運ばねぇと。魔狼の死骸に魔物が寄ってくるかもしれない」

右手の痣を僅かに光らせ、クロノは身体を覆うように光のもやを生みだす。

全身に強化を掛け、クロノはファーリーを背負った。


------------------


ゴトゴトと揺れる馬車の中、アム草の甘い匂いが満ちていた。陽も傾いて気持ちばかり涼しい風が隙間から流れてくる。

「うう……ん」

ファーリーが薄ら眼を開けると、見知らぬ天上……ではなく、くたびれた色の見慣れた幌が視界に入った。

「はっ!狼は!?僕死んだ!?」

「あ、起きましたかファーリーさん。ちゃんと現世ですよ。具合はどうですか?」

クロノが心配そうに御者台から振り返った。

「もうすぐ村に着きますから、そのまま寝ててください」

前へ向き直って手綱を握る。

「クロノ君、馬車走らせられたんだ……あれ、あの狼はどうなった?襲われたところから記憶がないんだけど……」

ファーリーは身体を起こし、壁に背を預けた。

暫く遠くを見つめた後、クロノは答える。

「……冒険者の方が通りがかって退治してくださいましたよ!剣で真っ二つに裂いていきました」

実際に真っ二つにしたのだから、もし死骸が見つかってもこの証言に齟齬はないだろう。

「あの狼、魔狼だっただろう!?そんなに強い冒険者が通りかかったのか、運がよかった……死んだと思ったよ。あのクラスを倒せるのであれば高ランクの冒険者だとは思うし、名前とか聞いてないのかい?有名な方かもしれない」

「あー、お名前聞きそびれてしまいました。金髪の方でしたよ。馬車の場所を伝えたらファーリーさんを運んでくれましたし、優しい方でした」

金髪なんて特徴にならないくらいたくさん居るし、該当者が絞られることはないだろう。

「そうか……お礼をしなければと思ったんだが、残念だ」

ファーリーは寂しそうな顔で外の景色を見ていたが、疲れがまだ残っているのかうつらうつらとしている。


「よくそんなするすると嘘が出てくるな」

ジークが呆れたように小声で話しかけてくる。

「半分本当だからいいだろ」

「真っ二つの狼以外は嘘だろうが。帰ったらどういうことかしっかり説明してもらうからな、もちろんジェシカも交えて」

「姉さんには本当に話せない理由があるんだ、勘弁してくれ。それも含めて話すから…あと本当に今日のことは言わないで欲しい。知らせてしまうと姉さんの身に危険が及ぶかもしれない」

「どういうことだ」

「それも含めて長くなるから後で。ほら村が見えてきた、姉さんが手振ってる」

夕焼けで赤く染まる視界の遠くに、誰かが手を振っているのが見えた。

「……よく見えたな」

「まぁこんなところで待ってるの姉さんくらいだろうし」


陽が沈み切る前に村にたどり着いたクロノは、薬屋に馬車を付け、薬草籠を下ろした。

「すみません、今日はかなり疲れてしまったので薬草の分別は……」

申し訳なさそうにクロノがファーリーに言うと、遮るようにファーリーも謝った。

「本当に申し訳ない、気絶してしまって大変世話をかけたね。薬草は僕で仕分けするから大丈夫だよ」

「ありがとうございます、また今度薬草について教えてください」

「ああ、もちろん。今日はもう遅いし帰ってゆっくり休んでね」

心ばかりだけど、と数枚の銀貨を受け取り、クロノは帰路に付く。

村の入り口で待っていた姉には、薬草の仕分けがあるから先に家に帰るように伝えていた。

ファーリーの店から少し山側に進んだところにクロノとジェシカの家兼工房がある。

「ただいま」

「あれ?早かったね!薬草の仕分けは?」

「遅くなったから仕分けはいいって。僕も疲れちゃったから、体を洗ってすぐ部屋で寝るね」

そして腰に下げていたジークを姉に渡した。

「そうだ、借りてた剣を返すよ。剣を抜くような場面がなくてよかった」

「……」

「あれ?私の勘が外れることなんてあるんだ……まぁ無事ならいいか」

一瞬ジェシカは不思議そうな顔をしていたが、にこっと笑ってジークを受け取った。



「じゃあ部屋に戻るよ、お休み、姉さん」

「おやすみー、ゆっくり寝るんだよー」

「……」

湯浴みを終えたクロノが自室に入ってドアを閉める音がしたのを確認すると、ジェシカは二人掛けソファへと腰掛け、傍らに剣を置いた。ランタンの明かりが仄かに剣身を照らす。

「それで、本当は何があったの?頬に傷もつくってるし、何もなかったは嘘でしょ」

ジェシカとジークが二人、もとい一人と一本きりとなった。

「……森の中に鋭利な草があって、それで切ってしまっていたよ」

しばし沈黙があった。これ以上だとちょっと気まずくなるな……くらいのタイミングでジークが零す。

「なぁ、少しの間でいいんだが、俺をクロノに預けてくれないか」

「やっぱり何かあったの?」

「……ほら、今日みたいにクロノに色々な仕事をさせてみることも増えるだろう?あいつもまだ子供だから、今日みたいに監視役が必要かもしれないと思ってな」

「ふーん……まぁジークがそんなこと言うの初めてだし、しばらくクロノに預けてあげてもいいよ」

まだ少し不審がっているようだったが、仕方ないなぁといった顔で許可を出した。

「じゃあ明日にでも渡そうかな……持たせる理由なんか付けないと。冒険者試験でも受けさせようかな?」

冗談っぽくジェシカが笑う。

「それは良いかもしれない。なんだかんだで君が剣術を教えてはいるが、他の人に実力を見てもらうことは無いからな」

「私たちの頃と変わってなければ、そろそろ新人さんが増える時期のはずだもんね、同年代のお友達もできるかもしれないし、丁度いいわ」


そうと決まればそろそろ寝ましょう、とソファを立とうとしたジェシカをジークが呼び止める。

「もう少しだけこうしていないか」

「あら?ほんとに今日はどうしたの?いいよ、ゆっくりしようか」

ジェシカはソファに座りなおしてジークに微笑みかけた。

「今日出かけたのはドラグノの森だっただろう?魔力を少しだけ吸えたから」

剣身が仄かに光り、暗いリビングを薄紫の粒子が舞った。

「立体鏡像」

魔力の粒子で実体化したそれは座るジェシカに寄り添い、肩に手を回し、額を付けた。

目鼻立ちの整った、銀髪長毛の美丈夫がそこには居た。

「魔力消費が多いから、少しだけ、な」

「……!」

ジェシカはジークの方を向くと胸に顔を埋め、ぎゅっと両の手で抱きしめる。

「すごく、甘い、匂いがする」

魔狼から吸った魔力の残滓だ。これくらいは秘密保持料金として貰っておこう。


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