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「ここからでも上に繋がってる道があるんだ!そこからいくよ!」


突然床に空いた大穴に、預かっている少年が一人落ちてしまった。

ギルド長が話を持ってきたときに、今回の新人で一番強いと推していた、クロノという黒髪の少年だ。


「どうしましょう、私のせいでクロノさんが……」

「プレセア、気にしないでいいわよ。クロノは怪我もしてないみたいだし、追いつくって言うからにはなんか策があるのよ。信じましょ」


目に涙を浮かべるプレセアを、アンリが背を擦りながらなだめる。

確かに、地下から上階に通じる転送装置があることは書物に記されていた。ただし地下にはより強い魔物が生息しているともあった。書物を読む限り、地下に降りて上階に転送で行くよりも、確実に1階ずつ登って行った方がまだ幾分か安全に見えた。

だが何故、彼がそのことを知っているのか。精霊碑関連の情報は研究棟でしか見られないはずだ。


「オレ、風魔法で飛べるから地下まで降りてクロノと一緒に行ってくる!」


テオは足回りに風を纏わせ、今にも穴に飛び込もうとしている。


「待て、お前が行ったらこの部屋の仕掛けはどうする。一旦落ち着け」

「でもクロノが!」

「彼が言っていたように、地下からこの上の階層に繋がる装置がある。その出口で待とう。テオ、さっき言った順番で仕掛けを動かしてくれ」

「わ、わかったよ……」


テオが指示通りに仕掛けに風を当てると、部屋の奥の扉からカチリ、と音が鳴った。

扉へ進み手を当てると、ゆっくりと扉が開き、階段が現れる。


「次の階も多少だが魔物が出る。気を引き締めていくように」


ギルド長が言っていた通りの少年なら、強い魔物が居ても逃げきるくらいなら可能だろう。

こいつらも思ったより戦えているからまだいいが、やはり人の面倒を見るのは骨が折れる。

ひとまず、上の階に連れて行かなければ。

約束した対価を貰うまでの辛抱だ、と己に言い聞かせながら先を急いだ。



-----------------



「おい、俺は松明じゃないんだが」

「仕方ないだろ、媒体にできるものがジークしか手元にないんだから。手に付けてた魔石も消えちゃったから、外部出力が維持できねぇんだよ」


クロノは剣先に集めた魔力の光を頼りに地下を進む。指の腹を噛み、僅かに出た血液でジークの宝玉横をなぞってジークに魔力を渡した。

神殿の地下は上階より更に荒廃がひどく、壁は所々崩れている。神殿建立時には動いていたであろう、壁に埋められている魔素式ランタンも、全て死んでいた。


「しかしシルフィードの庇護下でコレとはなぁ、もっと綺麗だったはずなんだけど」


クロノの記憶の中にある風の神殿と、中の印象が少し異なっていた。外観を見たときには興奮しすぎて気づいていなかったが、明らかにゲームで見た神殿よりボロくなっている。造形がちゃちぃとかそんなんじゃなく、手入れがされていないというか、風化しすぎているというか。


「よっと」


ワープポイントを目指して歩いているクロノの前に、時折魔物が現れる。そいつらを明かりを灯したままのジークをひと薙ぎして捌きつつ、仕留めた魔物の魔石を回収する。


「流石にみんなの前じゃ我慢してたんだよね。いちいち拾ってたら、みみっちく見えそうだから」


魔石はいろんな装備品やアイテムの原料になるし、余ったら余ったで売却すればそこそこの額になる。SSSでお金を集めるってなると、魔石のドロップ率の高い鉱石系のゴーレムを5人くらいで嵌め倒すのが最高効率だった。今寄ってきている敵の魔石は小さいものが殆どだが、回収しないのはもったいない。

……それに、家を出る前に工房のストックにあった風の魔石を使っちゃったから、またこっそり補充しないといけないし。


地下に落ちて最初に仕留めた風兎の魔石を、再度右手につけようともした。だが、小さな魔石だったからか手の甲に充てた途端に溶け消えた。チリ、という痛みはあったが、痣の濃ささえ変わらないまま、何もなかったかのように、親指の爪ほどの大きさの風の魔石はそこから消えた。

SSSのメディアミックスも設定資料集も、なんならリアルイベントで配布された短編漫画だって漏らさず全部見た。そのはずなのに、そのどれにも出てきてない現象が起きる自分の躰。クロノとして生きる中で一番解せない物だった。


壁伝いに暫く進んだところで、開けた空間に出た。どこからか光が差しているのか、この空間だけほんのりと明るい。その奥の方に、試験の洞窟で見たものと似た装置が見える。

開けた空間の真ん中に、クロノの2〜3倍はあろうかという大きさのそれが居た。

頭は雄鶏、尾は大蛇。対の竜翼を大きく開いたそれ――コカトリスは、クロノを認識すると、啼いた。


「さてと、さっさと片付けてテオ達と合流しますかね」


加速、加速。

自己強化を2段掛け、戦闘を開始する。


「コカトリス攻略法その1。正面で戦ってはいけない」


コカトリスに向けて走ったクロノは、右回りで旋回しながら距離を少しずつ詰める。


「その2。近づきすぎてはいけない」


一定距離まで近づきながら、クロノはジークに魔力を流す。

これ以上近づくとコカトリスの一番厄介な攻撃、毒のブレスの射程範囲に入ってしまう。


「その3。射程外から眼を潰す!」


剣先に込めた魔力が朱く光る。血を伝って譲渡された朱い魔力は炎の塊となり、剣を振り抜くと気弾のように放たれた。コカトリスの顔面目掛けて飛んだそれは、両目を射貫いて焼き焦がす。


「キュルワアアアアアアア」


甲高い鳴き声が地下道に響き渡る。目を焼かれた痛みに耐えかねるように、身をよじり暴れ出した。苔色の喉袋を膨らませ、嘴から煙が溢れ出す。目的をもって吐き出されたわけではないそれは、拡散するでもなくだらだらと漏れだしていた。

呻くコカトリスは首を大きく振り回し地面に叩きつける。数度叩きつけた後、後ろ足に力を込め、地面を蹴って突進する。

クロノがそれを跳躍して躱すと、雄鶏頭の魔物は壁にぶつかって怯み、床に倒れた。起きあがりに、体重を乗せて剣を振るう。コカトリスの喉袋を、一太刀で付け根から切り落とした。


「コカトリスは、ターゲッティングされてなければブレスを撃ってこないので、できるだけ早く目を潰しましょう!ってね」

「今回も無駄がないな。なんでそんなに手慣れてるんだお前は」

「はは……ちょっといろいろありましてね」


切り落とした喉袋の断面からは、苔色の煙の奥に魔石が覗いている。

クロノは、ぴっ、と剣を振るって付いた血を飛ばした。


「さてと、毒は排除したけど。コカトリスはこっからが面倒なんだよな」


喉袋は柔いが、他の部分は竜鱗で覆われており、容易くは両断できない硬さがある。斬りつけは殆どダメージが通らないため、打撃か鱗ごと貫通できる弱点属性の攻撃じゃないと倒せない。視界と喉袋を失ったコカトリスは更なる痛みに悶絶し、暴れ狂っている。


「魔石は切り離したから魔法は使ってこないとして、こいつにどうやってとどめを刺すか……弱点は氷だったはずだから、魔石が消えてなきゃ楽だったんだけど」


ううむ、と考えながら広間を縦横無尽に突進し続けるコカトリスを躱す。壁にぶつかるたびに一瞬動きが止まり、また体を起こして突進する。幾度目かの激突が空間を揺らした。傷が増えているようなので、暫く放っておけばいずれ死ぬだろうが、それでは時間がかかりすぎる。


「倒れてるタイミングで氷魔法が叩き込めればなぁ。氷槍とかで一撃なのに」


ハハ、と苦笑しながら、クロノは二本の指をひゅっと向け、氷槍を撃つ真似をする。魔力を渡す時に噛んだ箇所の小さな瘡蓋が剥げ、指先に僅かに血が滲んだ。


――刹那、指の軌道に沿うように氷の棘が生成され、飛んだ。腕ほどの大きさの氷の杭が、起き上がろうとしているコカトリスの胸部を貫いた。奇声を上げたコカトリスは、ばたばたと暫く暴れた後、ぴくりとも動かなくなった。


「……は?」

「何で飛ばした張本人が呆けてるんだ」

「いやほら、ジークも見ただろ。付けてた氷狼の魔石はもう無いんだよ」


ほら、と右手の指貫グローブを慌てて捲る。もちろんそこには魔石は無かった。ただ、捲られた下にある大きな痣が、青白い光を放っていた。


「これは……氷属性の魔力を確かに感じるな」

「でももう魔石は消えたんだよ、何で氷属性魔法が撃てるんだ?」

「聞かれてもわからん。どうなってんだお前の身体は」

「俺が一番知りたいよ……」


暫くすると痣の光は消えた。


「クロノ、氷属性の魔力を意識して使ってみてくれないか」

「わかった、ちょっとやってみる」


ジークの提案に乗り、氷塊をイメージしながら右手に魔力を集中する。指先に付いたままの血がほのかに熱くなったかと思えば、再び痣が青白く輝き、手の中に拳大の氷が形成された。


「魔石無しで氷ができた……ちゃんと冷たい……」

「となると、だ。魔石は消えたわけではなく、お前の体内に吸収されたのかもしれない」

「え!?じゃあ、小さい風の魔石がすぐ消えたのも……?」


再び指先に魔力を集中させる。指の先に小さな風の渦が生まれた。


「わぁお……」

「本当になんなんだ、お前は」

「俺が一番知りたい……本当に……」

「とにかく、色々バレたらお前が研究棟に直送されるレベルの異常な奴だってことは改めてわかった。これが終わったら一度村に帰らせてもらおう、ジェシカにも相談すべきだ」

「そうだね、どうにか話を付けて一旦家に帰らなきゃだ」


クロノは話しながら先ほど斬り落としたコカトリスの喉袋に歩み寄る。嘴型をした拳大の魔石を剣先に引っ掛けて取り出し、苔色をした毒属性の魔石を位相に放り込んだ。


「ここから転移装置で上がればすぐシルフィードの碑の部屋のはずだし、さっさと神子様たちに合流して終わらせよう」


コカトリスを倒したことで起動した装置に触れ、クロノたちは上階へと向かう。


「顔がにやけてるぞ、突っ込まれないようにちゃんと顔作っとけ」

「わかってるわかってる。いやぁちょうど欲しかったものが手に入ったらにやけちゃうよねぇ……」


転移装置前の討伐報酬宝箱から、いいものを拾ったクロノは、にやけ顔をひっこめきれずにいた。



------------------------



「アンリ!そっちは大丈夫か!?」


プレセアを背に守りながら、襲い来る獣たちを切り伏せるテオは、息も絶え絶えに呼びかける。

雷で範囲スタンを当ててもなお沸いて出てくる魔物の群れに、かなり消耗させられていた。


「うん!こっちの大鳥は倒せたよ!テオの方に加勢に行く!」

「頼む!小さい奴が多すぎる!」


アンリは大鳥を1羽落としきり、テオの元へ駆け戻る。

仕掛けを解いた上の部屋は、先ほどの階層同様に魔物の巣窟となっていた。


「こちらは片付いた。あとはその雑魚共だけだ」


大鳥を3羽片付けて合流し、群がる風属性の魔獣たちを退ける。全ての魔物が息絶えた時、カチリ、と奥の扉から音がした。


「皆さん大丈夫ですか!?今治します!」


魔物が片付いたのを確認し、プレセアが皆に治癒魔法をかけた。一番ダメージが大きいのはテオだった。1体1体はそこまで強力な個体ではなかったが、数の暴力は如何ともしがたかったようだ。

プレセアがそっとテオの傷口に触れると、暖かな光の粒が患部を覆い、修復した。裂けた袖から覗く肌には痕すら残っていない。

体力的な損耗はプレセアの治癒魔法で回復できるが、一行には精神的疲労が溜まっていた。

無理もない、冒険者となって日も浅く、魔物の群れの急襲も経験したことのない奴らだ。

頑張ってはいるが、顔に滲む疲労は隠しきれていない。


「みなさん、大丈夫ですか!」


奥の扉が開き、先ほど穴に落ちた少年が広間に入ってきた。


「クロノ!無事に上がってこれたんだな!」

「うん、なんとか転移装置を見つけられたよ。テオ達はどう、怪我はない?」

「怪我は全部プレセアが治してくれてるよ、大丈夫だ」


にっこりと微笑むテオだが、声や仕草に疲労は滲み出ていた。


「……ごめん、僕がはぐれちゃったから負担が大きかったね」


黒髪の少年――クロノは、テオが隠す疲労に気づいたようだ。伏し目がちに詫びていた。

なんとか見つけた、と言っている割には疲れた素振りが無く、余裕すらあるように見える。


「むしろ俺こそすまなかった、プレセアを助けてくれたこと、改めてお礼を言うよ。……あれ、クロノって指輪してたっけ?」

「あ、ああ。これは地下の宝箱から拾ったんだ」


クロノの左手中指に翡翠色の石がついた銀の指輪が嵌っている。


「より凶暴な魔物が棲むとされている地下で、宝箱を開ける余裕があっただと?」


アレンの呟きに、クロノはびくっと身を震わせた。


「……魔物があまりいなかったので、急いで駆け抜けつつも途中でちょっと拾いまして」

「そうか。結果論だが、それであれば全員で地下に降りたほうが安全だったかもしれないな」


何か隠しているような素振りがある。……あの少年からは、目を離さないようにしよう。

嵌めている指輪には見覚えがある。おそらくあれは書物で見た転移の指輪だ。術式で規定された地点を一定時間移動可能にする、高級魔具。

――あんなものが、拾ったなんてレベルで手に入るわけがないだろう。


「さて、少し休んだら進むぞ。いよいよ風の精霊様との対面だ」


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