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「まさかじゃじゃ馬ジェシカの身内だったとは……」


応接室に通されたギルド長は、酷く疲れ切った様子でソファに腰を下ろした。


「お久しぶりですギルド長、その呼称は止めていただけると嬉しいです」


少し眠いのか、はたまたじゃじゃ馬と呼ばれたことが気に障ったのか。不機嫌気味のジェシカが対面に座った。

クロノはそんな二人の間に薬草茶をそれぞれ置き、部屋を退出しようとする。


「待て、今日はジェシカじゃなくて君に用事があって来たんだ。座ってもらえるかな」

「え、僕ですか?なにかやっちゃいましたかね……」


ギルド長に呼び止められ、クロノはジェシカの隣に座る。


「なにかやっちゃいましたかね、じゃないよ。試験中に出た化物、倒したのは君だろう」

「何のことでしょうか、僕はただ逃げ延びただけですよ」


最下層の化物の死骸が見つかってしまったのだろうか?

でも流石に氷は解けただろうし、切断面に関してはクロノではなくジークによるものだ。

平静を装いながらニコニコと笑みを貼り付けてやり過ごそうとする。


「とぼけても無駄だよ。仮ライセンスには戦歴記録機能があるんだ。不正防止のためにな。君の仮ライセンスには、『食人鬼』という討伐記録があった」


ジェシカの視線が痛い。えっこれまたこの後に弁明パート入る?


「君たち受験生を退避させた後、俺を含む高ランク冒険者たちで丸一日かけてあの洞窟を調査した。化物が暴れた形跡はあちこちに残っていたが、肝心の化物本体が全く見当たらなかった」


はて。死骸は残っていた筈だが。もしかしてボス部屋の存在って、ギルドは知らないのだろうか。


「調査を切り上げて君たち受験生の情報を確認したところ、君のライセンスに討伐履歴があった。試験結果の早馬通知に住所の記載があったから、それを頼りに飛んできたというわけだ」


となると、馬車で半日かかる道程を倍の速度で駆けてきたことになる。風系魔法なら可能だ。

ギルド長がひどく疲れている様子なのは、きっとそのせいだろう。


「さあ、化物討伐の顛末を教えてもらおうか」


ギルド長が眼前で手を組み、こちらをまっすぐに見てくる。翡翠色の眼から感じる威圧に身震いしそうになる。

しらを切り通すのが無理だと判断したクロノは、正直に答えることにした。


「化物は倒しました。核も破壊していますし、再生することはないでしょう」

「死骸はどうなった?最奥の柱の空間までくまなく探したが、どこにも死骸がなかった」

「ええ!?その場所でとどめを刺しましたよ」


どうやらボス部屋は認知しているらしい。


「もちろん柱の傷や、べっとりとついた体液など、戦闘が行われた形跡はあった。下層の他の生物は死に絶えていたから、死骸が喰らわれることもないはずだ。だが、どこにもなかった」

「……僕は奴を倒した後、有効化された転送装置で外に出ました。死骸は魔石を少し持ち帰るために触りましたが、それ以外は触っていません」

「魔石を持ち帰ったのか。もし今あるなら見せてもらえるかい」


頷くと、クロノは位相の亀裂を呼び出し、亜空間に格納していた革袋を取り出す。毒草の保管用の魔法がかけられているはずの袋なのだが、今見ると袋の端が黒ずんでいる。


「ジーク以外でそれ使えるの初めて見た」


その様子を見ていたジェシカは目をぱちくりさせている。位相……言ってしまえばメニュー画面のバッグやアイテムボックスのような物なのだが、この世界では使える人が稀なんだろう。

空間から出したそれを、袋ごとギルド長に渡す。


「その袋の中に剝ぎ取ってきた魔石の欠片が入っています。あまりに禍々しい魔素に呑まれてしまいそうだったので、全て持って帰ることは諦めました」

「滲出防止用の解毒魔法を貫通しているのか……」


袋を受け取ったギルド長は懐から白い手袋を出すと、それを嵌めて魔石を取り出した。

吸い込まれそうなほどの黒さを持つ石を、ジェシカも食い入るように見ている。


「真っ黒な魔石か。確かにかなり気持ちの悪い魔素……もはや瘴気だろう、これは」

「全て持ち帰るのは無理だなと思うくらいに、それが化物の両肩にびっしりとついていました」

「魔石が外皮に出ていたのか?体内ではなく?」

「……はい。だから普通の魔物ではないだろうなとは思っています」


基本的に、魔物の魔石は体内にある。アートブックから得た知識だ。大迫力のモンスターイラストの傍に解剖図も載っていて、例えば氷狼の魔石は狼の肺の近くにあるし、草蛇の魔石は頭の中にあった。ゴーレムでさえ、胸部をたたき割った内側にある。

先日散々倒して回ったレッドスライムだって、抉りだして集めていた核は、言ってしまえばレッドスライムの魔石だ。体外に魔石が出ているのは人間か精霊――つまり、あの化物は。


「魔物ではなく、精霊が豹変した姿の可能性がある、か」


ギルド長は深く溜息をついた。


「それなら俺らが探しても死骸が見当たらないのも当然か……捜索隊は年喰ってる連中だけだったからな」


精霊は若者にしか視えない。神子の旅のメンバーを若い登場人物だけで固めるための、ただのご都合設定と思いきや、その特性のせいでこうやって支障が出ている。

ギルド長は納得した様子で、魔石を袋に戻した。


違う。


クロノはあれは精霊ではない、と確信を持っていた。

思い出してしまった。

あれは、人間だ。

見た目こそ食人鬼とは異なるが、妙な薬で怪物化させられたジェシカも、黒い魔石を身に纏った化物になり果ててしまうのだ。

ただ、それを口に出そうとすると、思考がグワッと歪み、声が出せなくなる。


「クロノ、顔色が悪いけど大丈夫?」


ジェシカが心配そうに背をさする。


「大丈夫、ちょっとめまいがしただけだから」

「すまない、魔石を長く外に出しすぎたな。瘴気にあてられたのかもしれない」

「一旦部屋の換気をしましょうか、窓を開けますね」


ジェシカが立ち上がり窓をあけると、朝の涼しい風が吹き込んでくる。

陽も少し登り、辺りはだいぶ明るくなっていた。


「とにかく、君のおかげで謎が解けた。若い冒険者を連れて再度化物の死骸探しをして、戻り次第入口の物理封鎖と、対魔物ではなく対精霊用――なんてものは覚えがないが、おそらく対魔法用の結界のほうがいいか、それらで洞窟をふさぐとするよ」

「お役に立てたならなによりです」


ギルド長は改めてこちらを見る。先ほどのような威圧は感じられない。


「ついでに、もう1つ君に頼みたいことがある」

「僕にできることでしたら。一体なんでしょうか」

「神子の旅に同行して、君が倒した精霊がどの精霊の成れの果てなのか特定してほしい」

「お断りします」


即答でクロノは拒否した。

だってあいつは精霊じゃないから。謎の頭痛のせいで伝えられないのが本当にもどかしい。


「神子の旅の随伴者だぞ?報酬も弾む。あの化物を倒したのは君だけなんだ、力を貸してくれないか」

「対峙した、というところであればテオも該当すると思います。彼は同行するでしょう?それであれば事情を話して彼らに託すのが賢明かと思います」


神子の同行はフラグ管理のために知りたいが、長期でジェシカと離れたくはない。

世界を救うのは勇者たちに頑張ってほしいし、姉の死亡フラグを回避した後は悠々自適に村の周囲で狩りをして過ごそうと思っている。


「ジェシカからも言ってやってくれないか。クロノ君なら実力もあるし、神子の旅も問題なく付いていけると思うんだが」

「弟の意思を尊重したいので、わたしから強いることはないです」


ジェシカも面倒事が嫌いなタイプなので、ギルド長の提案を拒否する方向に手助けしてくれようとしている。


が。


「王立研究棟の検査用魔道具」

「あ」

「ギルド入口にあった旧ギルド長の石像」

「いやあれは」

「スヴェン伯爵の高級馬車」

「ああああ」

「他には……」

「……クロノ、是非いってらっしゃい。いや、行きなさい」


しばしの沈黙の後、ジェシカはクロノの肩に手を当て、申し訳なさそうな顔で言った。


「は!?俺の意思を尊重するって言ってたじゃん!?」

「いろいろと事情があるのよ!つべこべ言わずにギルベルトさんの頼みを聞きなさい」


何をそんなにやらかしたんだよ、じゃじゃ馬ジェシカ。


「わかりました、神子様の旅に同行します。旅立ちはいつですか?」


観念したクロノは全てを諦めた顔でギルド長に向き直る。


「無理を言ってすまないね。3日後の朝には先日の試験結果を出すから、冒険者ライセンスを受け取った後、昼前にギルドの執務室に来て欲しい。そこで神子と他の同行者を紹介しよう。といっても1人以外は君たちの班だけれどね。目標を達成できていて生還したのは君たちだけだったから」

「……わかりました、では3日後に伺います」


話を終えたギルド長は、すぐ戻らなければいけないから、と凄まじい速度で、王都へ文字通り飛んで帰って行った。やはり風魔法での飛行と加速を使っていたようだ。


「ごめんねぇ、色々とギルベルトさんには世話かけちゃってて……昔のことを持ち出されると何も言えないのよ」


謝ったジェシカも眠いとのことで、もうひと眠りすると自室に帰って行った。


「どうするんだクロノ。ジェシカをフラグとやらから守らないといけないんだろう」

「神子チーム側をどうにかして誘導するしかないかな、逆に言えば行き先自体の決定権を握れれば、そもそも村に近づけさせないこともできるだろうし」


クロノは伸びをし、音を立てないようにそっと、工房横の倉庫へ向かう。


「さて、姉さんが寝ているうちにちょっと実験するか。材料あるかなぁ」



----------------



「一体何を作ろうとしているんだ?」


倉庫で素材を漁るクロノを見て、ジークが尋ねる。


「ん?ああ、転送装置を家に置いておきたいなって」

「洞窟奥にあったあれか?作れるような物なのか、あれは」

「素材さえあれば作れる……と思う、たぶん」

「たぶん、ってなんだ。曖昧だな」


洞窟からの脱出に転移が使えたのだから、転移システム自体はこの世界に存在している。となれば、ゲーム中にあった転移ポイント設置のアイテムが作れるはず。よく使う店だったり、周回ボスモンスターの傍だったりに設置していたので、かなりお世話になったアイテムだ。


「楔だけ打っておけば、転移用のアイテムさえ見つければいつでも帰ってこれるからね」


白金の塊を2つ、水晶の塊を1つ、風属性の魔物の魔石をなんでもいいから1つと、魔力を通した紐。

魔法炉に火をくべ、白金を溶かした中に風の魔石を入れる。溶け混ざったそれを三角錐の型に流しいれ、水晶の塊をその尻に押し付ける。待てないので冷気で冷やし、固まったそれを取り出すと、魔力を通した紐で規則通りに編み上げる。

……ゲーム内では3回くらいポチポチしたら完成したんだが、実際作るとなると大変だ。


「こんなんでいいのか?洞窟で見た奴よりだいぶ貧相だが」

「大丈夫……だと思う、実際に使うまではわからないけど」


あとは地面にこの杭を刺すだけ。本当は自室に置いてばれないようにしたかったが、地面に打つ必要があるので致し方ない。

裏庭に移動した二人は、木陰の目立ちにくいところに今作った杭を埋めた。地面に打ち込むと仄かに水晶が白く光り、数回瞬いたのちに消えた。


「なんかそれっぽく光ったし、大丈夫でしょ」

「本当に大丈夫か……?お前もジェシカに似て大概楽観的だよな」

「一緒に過ごすうちに似ちゃったのかもしれない」


ふと空を見ると、太陽がだいぶ高く昇っている。


「もうお昼か、そろそろ昼ご飯作って姉さんを起こそうかな」


んー、と伸びをして、クロノは台所へと向かった。


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