ポイントとワールド
エミリーナこと絵梨花は、地球というワールドにダイブしていた俺の…香住大吾という名だった人間の頃の妻である。
記憶を消去し、ゼロからフルダイブして育ち、小学校5年生の夏に彼女に出会った。可憐で、透き通るように綺麗な女の子だった。
転校してきた初日に一目惚れして、それから10年ずっと思いを寄せ続け、20歳のバレンタインデーにようやく結ばれた。
ずっと絵梨花が運命の人だと思い大切に付き合い、子供たちも大事に育てた。でもそれは、生まれる前の「思い人」とは違うなんて……。
「なんて酷い物語だ!」
「ひどいのはレッドG! あなたよ!」
双剣を深く構えた元嫁、双剣のニーナことレイレイが、間髪入れずにダブルストラッシュを入れ続ける。仲間なのでダメージはないものの、当たり判定があるため、吹き飛ばされてはまた吹き飛ばされる。
「あんなに……あんなに愛を誓ったのに!!」
レイレイがとどめの大技を繰り出そうと大きくジャンプした。その背後にいつの間にか回り込んだエミリーナ(かつての絵梨花)が、「やりすぎよ」と両手の人差し指で何度も円を描く。
その動きに同調するようにレイレイの体は太いツルで巻き付けられ、なぜかいやらしく縛り付けられた状態で地面へと激突した。
その目の前に風魔法でそっと降り立ったエミリーナ。見下ろすエミリーナを睨みつけるレイレイ。
その様子をあわあわしながら止めることもできない俺を、ライザンは楽しそうに見ている。
「ひどい男だキミはw」
「お前! すべて見て知っていたな!」
「フフ……キミの地球での人生はとてもつまらなかったが、この瞬間のための伏線でもあったと思うと、あの80年はとても楽しい時間だった」
「80年も見ていたのか!!」
「ああ、キミが一人で色々楽しんでいる様もね」
「あああ! お前は! お前はそういう奴だったよな」
ライザンの耳を引きちぎれんばかりに掴む。
「あーっはっはっは! そうそう、全くキミといると退屈しないね。ほら、ちゃんと見ておかないと大事なセリフを聞き逃して、イベント進行をまた誤るよ」
「くっ……」
嫌なことを言う。まるで地球での俺の選択が間違っているかのように。
「ずいぶんと言いたい放題ですね。前の奥様でしたっけ?」
冷たい…というよりは、禍々しい暗い光を瞳の奥に灯したような目でエミリーナが言った。
「この! ほどきなさい! 私を誰だと思っているの!」
「あら? この現実では全員立場は同じはずですが? いつまで別世界のフルダイブを引きずっているのかしら。その時はお姫様でしたっけ?」
(こわ……こんな怖かったっけ、絵梨花って……今はエミリーナか。ああ! ややこしい)
「私の大切な旦那様に、今更言い寄ってこないでくださる? こちらは70年も一緒に過ごしていましたの。死別しただけで、離婚はしておりませんのよ」
エミリーナは俺の左肩にそっと手を添え、顔を傾ける。
「たった20年そばにいただけの、ただの妹だった程度の方が、何を今さら」
「うう……好きで妹になったわけじゃないのに……。必死に、必死に魔王たちと戦ったのに……二人で幸せになる為に命がけでレッドGと世界を救って……。それで……地球で幸せになろうねって誓っただけだったのに! どうしてこうなったのよ~!」
子供のように本気で泣きじゃくるレイレイ。
「ちょっと言い過ぎでは……エミリーナ……」
「あら? あちらを庇うのですか? やはりあちらの方を愛していたのかしら? 私に誓った愛は偽物だったとでも? 本当はレイレイさんと結ばれる運命だったのに、私が邪魔したからだと?」
「違……」
「違わな~~い!」
泣きじゃくり、足元から叫ぶレイレイ。
「それで記憶を取り戻して間違いだったから私とのフレンド申請をスルーしていたと?」
「それは……」
「おっと、いいところだけど、敵さんが来てしまったね。いったんこのゲームはクリアーしてみようか」
火種を巻きまくったライザンがレイレイのツルを切り落とす。だがその顔は、まるで『メインディッシュはスープの後で』と言いたげだ。
確かに周囲を囲まれている。久々の感覚だ。この世界で死んだとしても特に本体が消えるわけではないが、ポイントが大幅に削減される。この世界はポイントがすべてである。
作られた世界。だが確かにこの世界で俺たちは生きている。地球にいた時も生きていたが、あれは地球というワールドの中の「人間」という高解像度のアバターの中にフルダイブしていたに過ぎない。
その後戻ったこの世界こそが、本来生きる場所…マスターワールドだ。
今、ライザンたちと共闘しているワールドは、ログイン・マスターポイントフリーの「ロストマインド」。4人組で複数のチームと戦い、生き残ったチームに戦い方に応じた様々なポイントが振り分けられるゲームワールドだ。
フリーなだけあって解像度はそこそこで、地球に比べたら10分の1ほど荒い。
「フレアバースト!」
敵チームの1人が炎系の爆発魔法を繰り出してくる。予備動作でそれがくると踏んでいた俺は、ダメージを食らわないギリギリの状態で交わしながら相手に突っ込み、日本刀で切りつけた。
「ふう、もったいない。こんなゲームにマジックポイント5も使うフレアバーストなんて」
倒れた敵から散らばった必要なアイテムを拾いながら俺は呟いた。
ピコン! と音がなり、左手首から浮かぶ簡易モニターに通知が表示された。
『バトルポイント+10』『マジックポイント+10』取得。
「ふむ、初心者か」
倒した相手の経験レベルが高いほど取得できるポイントが多くなるが、俺はこの世界に生まれてからかなりの経験をしているため、よっぽどの経験者でなければ高いポイントは取得できない。
地球で80年生活したが、あの世界では特に激しいバトルがない場所を選んでダイブしたので、ほどほどのマスターポイントを取得して終わった。
まあ、もともと魔法も天使も悪魔もないワールドだったので、そんなものだろう。
80年生きたが、結局の所、心は思春期を抜けてから老後にかけては何も変化がなかったな。心とはいくつ生きても変わらぬものなんだろう。ここに戻って全ての記憶が戻っても、情報量が増えただけでそれは変わらないようだ。
そうこうしているうちにいつの間にか無事俺たちのチームは最後まで生き残って、ゲームは終了していた。
「ふう、終わったな」
クリア報酬を確認している俺にライザンが近づいてきて、「いいや、メインディッシュはこれからさ」と、睨み合う2人を握りしめた拳の親指で指差して楽しそうに言った。
「お前は、そういう奴だよ」




