55.探索
二人は走り続けた。
やがてしばらくして、森の中の広場に着いた。
ゼイゼイハァハァと息をつきながら、周りを見回した。
美香ちゃんと京一と三太を除いた、グループの他の子供たちが、それぞれに好きなことをして遊んでる様子だった。
「おい、お前ら!」
三太は大きな声で、みんなの注意を自分に惹きつけた。
「ゲッ!三太!!」
思わずそんな言葉を漏らしたのは、省吾といつもよくつるんでる、三年生の久だった。
「お前らに言ったよな。美香が道に迷ったから、今日はもう森に行くのはやめようって。それを無視して、なんで又ここに来たんだ?」
三太は森に来ていた一人ひとりを見回しながら言った。
「だ…だってよ。省吾が、三太は横暴だ、あんな奴の言うことなんて聞くことないって。美香と違って俺らは迷わねえし、遊びに行ったって問題ないって言うからさぁ。」
久は三太に対して言い訳っぽく、しどろもどろになりながら説明した。
そんなふうに説明しながらも、久は三太と決して目をあわせようとはしなかった。
「な…殴るのか?殴るなら殴れよ。先生に言うぞ!お前の親にも言うぞ!」
久はビビりつつも、精一杯の虚勢でそう言った。
握りしめた拳が震えていた。
三太はみんなを見渡しながら、しばらくの間黙っていた。
そして言った。
「別に殴りゃしないさ。俺もお前たちに言ってねぇことあるし。」
その口調は、妙に穏やかなものだった。
「え?」
周囲は少しザワついた。
「な…なんだよ!言ってなかったことって。」
久は想定外の答を聞いて、面食らったように三太に訊いた。
「午前中に美香が居なくなったよな?その本当の理由さ。」
そうして、三太は美香ちゃんを探してから救出するまでの一連の出来事と、気が付いたら橋の上にいた事などを説明した。
「ど…どうして。どうしてあの時それを説明しなかったんだよ!そうすりゃ省吾の口車に乗せられて、またここに来ることなんてしなかったじゃんか!」
久は取り乱した様子でそう言った。
他の子供たちも目に見えてザワつき始めた。
「だってよ…本当の事なんて言ったら、お前ら不安がるだろ?京一の父さん帰ってきたら、橋の所を見てもらおうと思ってたんだよ。
それを…勝手にまたここに来やがって。」
三太はそう言って、久を見つめた。
その目には諦念の色が浮かんでいた。
「お前が悪いんだろ?本当の事知ってりゃ、ここになんて来なかったさ。なあ、みんな?」
久は助けを求めるような目で、周囲の子供たちを見回した。
しかし子供たちは返事もせず、無言でバツの悪そうな顔をするばかりだった。
今更どちらにもつけない、という雰囲気だった。
「そんなに俺にリーダー面されるのが嫌なら、俺はもう降りるよ。お前達の好きにしてくれ。後で先生や大人達にも言っておくから。
でも、今日のところは村に戻ってくれないか?何かあってからじゃ遅いんだ。」
そう言って、三太は改めて周囲を見回した。
「そういえば…省吾はどうした?」
三太は、何でもっと早く気付かなかったのかと歯噛みしながら久に訊いた。
「ちょっとションベンしてくるって言って、奥に行ったよ。」
「それで、時間はもうどれくらい経つ?」
「さあ…時計無いから分からねえけど、もう結構経つんじゃねえの?」
「バカ!何で早く教えねえんだよ!」
三太の顔に焦りの色が浮かぶ。
「だってよ、途中でウンコしたくなったのかもしれないじゃねえか。見られたら恥ずかしいだろ?」
久は事もなげに言った。
先程の話を全然分かってなかった。
「俺は省吾を探しに行く。お前らは、頼むから今日は帰ってくれ!俺がリーダーなのが嫌なら降りていいから。今日だけは言うこと聞いてくれ!」
三太は皆に懇願せんばかりに言った。
三太のそんな様子を見るのは、みんな初めてのことだった。
「分かったよ。お前がそうまで言うなら帰ってやるよ。」
久は、仕方ないなというような表情を浮かべて言った。
「みんな、良いよな?」
皆に確認するように大声で言い、皆も頷いた。
「すまんな。じゃあ頼むよ。俺は省吾を連れ戻してから帰るから。」
「じゃあ、帰ろうぜ。」
久が歩き出すと、皆も列を作って久の後をついていった。
「気をつけて帰ってくれよ。」
三太は祈るような気持ちを込めて、皆を見送った。
姿が見えなくなると、二人は橋に向かった。
可能性として、もうそこしか考えられなかった。
「居ない…。」
三太は途方に暮れたように呟き、二人はその場に佇んだ。
「もっとよく探してみよう。」
京一が提案するも、周囲は割と見晴らしが良かった。人が倒れていたとしても、遮りそうなものもない。
「じゃあ、橋の下は?」
京一がそう言うと、三太はなんとも言えない目で京一を見た。
「お前…それを言うか。本当は避けたかったけどな。」
もし省吾が橋から落ちていたら…それは認めたくない現実だ。
良くて大怪我。下手をしたら死んでいるかもしれない。
二人は橋のたもとに近づき、恐る恐る下を覗き込んだ。
幸い省吾は落ちていなかった。
二人は安堵のため息をついた。
「一体何処に行ったんだ、あいつ。世話かけさせやがって。」
三太はイライラした様子で頭を掻いた。
「じゃあ、二股に別れた反対の道を探してみようよ。」
京一がそう提案すると、三太も渋々ながら賛成した。
「もう、そこしかないもんな。」
二人は焦る気持ちで、左右に別れた道の反対側の方へ行ってみた。
反対側の道は、割と村から近く、省吾がそこに居る可能性は低く思われた。しかし、二人はもうその可能性に賭けるしかなかった。心当たりはもう思い浮かばなかった。
『京一!お父さん帰ってきたわよ。』
今まさに三太と走りだそうとしたその刹那に、京一の脳裏に母鈴音からの呼びかけが響いた。
京一は、鈴音からの『使っていいんでしょ?』という出がけのときの言葉を思い出した。
『お母さん。お父さんに伝えて。省吾が見つからないんだ。』
京一は、三太と走りながら、鈴音に念話でそう伝えた。
『あら、そうなの?それは大変じゃないの。分かったわ。あなたも気をつけてね。』
心で伝え合う分、母の気持ちがストレートに飛び込んでくる。
幼い頃はそれが心地よかったが、年齢に似つかわしくない自立心が芽生えてきてからは、むしろ苦手になった。こちらから何かを伝えるときには、自分の気持ちも丸見えになってしまってるんじゃないかと思うと、気恥ずかしさのほうが先に立ってしまう。なので普段は心にゲートを設定して、母でさえも容易には侵入出来ないようにしていた。
『大丈夫だよ。三太も一緒だし。』
『分かったわ。一人よりも安心だけど気をつけてね。』
母との念話はそれで終わった。
そうこうしているうちに、二人は森を抜けて村に出てきてしまった。
「一体どうなってるんだよ、ちきしょう!」
ままならない状況に、三太は怒りを爆発させた。
二人は考え込んだ。
考えられるとしたら、森で探索してないところはあと一ヶ所。
禁断の洞窟と呼ばれている、森の外れにある洞窟だ。
「可能性があるなら探しに行くべきだ!」
三太はそう言うが、大人達からは、近付かないようにと厳しく言い含められていた。
「僕たちだけじゃ危険だし無理だよ。お父さん帰ってきてるから頼んでみよう。」
京一は三太にそう言って、二人で神社に向かった。
境内に回ると、大人が何人か集まっていた。
「京一!ちょうど良いところに帰ってきた!源さんとお母さんから聞いたよ。省吾くんが見当たらないんだって?」
「お父さん、お帰りなさい。そうなんだよ。広場にも橋のたもとにも居ないんだ。」
「じゃあ、考えられるのは洞窟だけか。」
流はそう言って、渋い顔をした。
「お前達はここで待っていなさい。私達で行ってみるから。」
父がそういうのは、本当に危険な時だけだということを、京一は知っていた。
「お父さん、お願い。僕達も連れてって。洞窟に行くんでしょ?僕たちは外で待ってるから。省吾が心配なんだ。」
流は二人を見て溜息をついた。
この子達は強引に置いていっても、コッソリと後を付いてくるだろう。
禁忌の場所として、村人達には周知してある。撒いた所で意味はない。
「分かった。ただし絶対に勝手な行動は取るなよ。」
目の届かない所で勝手に行動されて、身を危険に晒すよりはマシだと流は考えた。




