52.懸念
三人はしばらくの間、その場から動けなかった。
今まで張り詰めていた緊張が解けたせいだ。
特に三太と京一には、その反動は大きかった。
二人は思った。
無事で良かった。
とにかく無事で良かったと。
頭の中は、今はそれだけだった。
「おい…美香…大丈夫か?」
三太は美香ちゃんに、途切れとぎれに声をかけた。
美香ちゃんは、少し顔をしかめていたが、「うん。」とだけ返事をした。
きっと身体の節々がまだ痛むのだろう。
「美香ちゃん、大丈夫?」
京一も美香ちゃんに、そう声をかけた。
「うん。京一くん、助けてくれてありがとー。」
美香ちゃんはそう言いながら京一に抱きついた。
「ゔぇーん!」
橋の穴にハマっていた恐怖を思い出したのか、美香ちゃんはまた泣き出してしまった。
「おい、お前ら。広場に戻るぞ。」
三太は立ち上がってホコリを払いながら言った。
「あいつら、待ちくたびれてるだろうからな。」
三太はそう言いながら、空を見上げた。
太陽は、中天からほんの少しだけ外れた位置に輝いていた。多分もう昼は過ぎていることだろう。
「行くぞ。」
三太は二人を促した。
「美香ちゃん、歩ける?」
京一は、気遣ってそう尋ねた。
「身体が痛くて歩けないよう。」
「しょうがねえな。ほら、おぶさりな。」
三太は美香ちゃんに背中を差し出した。
「うん。ありがとう。」
美香ちゃんは素直に、三太の背中に身体を預けた。
「京一、お前も辛いだろうけど、頑張って歩けよ。」
三太は、京一にそう声をかけた。
きっと本人にとっては励ましているつもりなのだろう。本人にそう言ったところで、きっとムキになって否定するだろうけれど。
三太は背中の美香ちゃんに、歩きながら声をかけた。
「なあ美香、お前なんだってこんな所まで来たんだ?怒らないから言ってみな?」
三太は出来るだけ何気ない調子で、美香ちゃんにそう尋ねた。
「ウ~ン…」
美香ちゃんは必死に何かを思い返しているふうである。
「最初はねえ…チョウチョを追いかけてたの。」
そう言ってひと呼吸置いたあと「でも、こんな所まで来るつもりじゃなかったの。いつの間にか橋の上に居たの。
あわてて帰ろうとしたら…穴にハマっちゃった。」
そこまで言った美香ちゃんは、その時の恐怖と不安を思い出したのか、また泣きそうな表情に、顔を歪ませた。
「泣くな泣くな。今は俺も京一も居るだろうが。」
背中で泣きだされちゃ堪らないとばかりに、三太は必死に美香ちゃんを宥めた。
しかし…と三太は考える。
気が付いたら橋の上に居たということになると、事は他の子供たちにも及ぶかもしれない。だとしたら…。
「お前らに言っておきたいことがあるんだけど…良いか?」
三太は躊躇いがちに二人に言った。
なあに?と二人は同時に三太に問うてきた。
「美香には悪いけど、美香はトイレに行きたくなって俺達から離れて、戻るときに道に迷ったってことにしてくれないか?」
二人は声を揃えて「えー?!」と言い、三太にどうしてかと訊いてきた。
「皆を不安にさせたくないんだ。本当の事は、後で俺から皆に説明するから。ただし帰ったら、相談すべき大人には今日のことは相談するよ。」
そう言われては、二人も納得するしかなかった。
そうこうしているうちに、三人は広場に着いた。
待ってた皆は、戻るのが遅いとか、もう昼過ぎたよとか、口々に言っていた。
「ごめんごめん。ちょっと手間取ってな。じゃあ急いで戻ろうか。
お前らの親には俺のせいにしていいから。」
三太はそう言って、自分が先頭になって、村へと向かって歩き始めた。
三太と美香ちゃんは一番前。
京一は三太の要請により一番後ろだった。
「お前は一番最後に頼むよ。何でかは分かるよな?」
列を作る時に、三太は京一にさり気なく言った。
京一は、黙って頷いた。




