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51.森の中の救出劇

 森の奥に向かって、二人はしばらく走った。

 走りながら、二人は人影を求めて周囲を見回した。

「止まれ。」

 三太は京一を制止し、二人は立ち止まった。

「どうしたの?」

「ちょっと黙ってろ。」

 三太は京一にそう言って、しばらく耳を澄ましていた。

 森の中は、小さく鳥の声や虫の音が聞こえるばかり。

 その中に微かに女の子の声が聞こえたような気がした。

  二人は顔を見合わせた。

「京一…聞こえたか?」

「う、うん。」

「確かこっちの方向だ。付いてこい。

 そう言って、三太はまた走り出した。

 京一は、その背中を追いかけた。

 やがて二人は分かれ道に出た。

 一体どちらの道に進めば良いものか…もたもたしてる暇はない。

 何かあったかもしれない美香ちゃんの身に、間に合わないかもしれない。

 焦燥感が二人を襲う。

 三太はしばらく躊躇した。そして左右の道それぞれの状況の記憶を必死に手繰り寄せた。

 彼は去年、父親にこの近辺に、山菜取りに連れてこられたことがあった。

 その時父親にこう言われたことがある。

「もし間違って、ここら辺まで来てしまったときに備えて、周囲の様子をよく覚えておけよ。お前が年下の子達と来てしまった場合、連れて帰ってやらなきゃならないんだからな。」

 三太は父親のその言葉を思い出していた。

「三太…三太!」

 考え込んでいる三太の耳に、京一の声が聞こえてハッとした。

「うるさいな…どうしたんだ。」

 三太はイラつき顔で言った。

「ここで二手に分かれよう。」

 京一の提案を、三太は一笑に付した。

「バカか?お前は。

 ここでお前まで何かあったらどうするんだよ。

 俺だけの問題じゃ済まなくなるかもしれないんだぞ。

 家族揃ってこの村から居られなくなるかもしれないんだ。」

 そんな三太の言葉に、京一は一歩も引かなかった。

「大丈夫だよ。そんなことはさせない。」

 京一は、冷静な声で三太に反駁した

「だって僕は…加賀美家の血を継ぐ人間だもん!」

 三太はその言葉に、溜まってたイラつきを爆発させて、京一の胸ぐらを掴んだ。

「ふざけんなバカやろう。そんな事はみんな知ってらぁ。

 この村がお前んとこの神社を中心に成り立ってるって事くらいはな。

 けれどな…俺は皆の安全に責任を持ってるんだ。偉そうなこと言うとぶん殴るぞ!」と怒鳴りつけた。

「殴りたかったら殴っていいよ。でも美香ちゃんが見つかった後ならね。そうだろ?」

 その目をみて、三太は内心ゾクッとした。

 しかしそれも無理はない。

 加賀美村における加賀美神社の血統を継ぐ者。それがどういう意味を持つのか、三太だって大人から聞かされて嫌というほど分かっていた。

 いわゆる加賀美家の奇跡というやつだ。

「きっとまだ間に合う。でも急がなきゃ。どちらかが無駄足にならないように。」

 三太は何も言わずジッと京一を見た。

 そしてチッと舌打ちをしながら言った。

「お前は右を行け。左には吊り橋があって危険だから俺が行く。そちらの方は少し行っただけで村に開けてるからな。」

 そう言いながら、三太は首を振って方角を指し示した。そして京一に言った。

「少し行って何もなかったら、急いでこっちに来いよ!」

 三太はそう言って、左の道へ走っていった。

「わかったー!」

 京一は大声で返事を返すと、右の方の道へ走っていった。

 三太が行った先には吊り橋があった。

 橋の側には、吊り橋の補修材を保管してある小屋がある。

  吊り橋の異常が発覚した場合、すぐに修理できるようにだ。

 誰でも補修出来るように鍵はかかっていない。

 もとより狭いコミュニティーゆえ、補修材を盗んでいく人間も居ないせいもあった。

 三太はまずぐるりと周囲を見回してみた。

 美香ちゃんの姿は見当たらない。

 次に吊り橋に目を向けてみる。

 居た!

 羽目板が一枚外れた隙間に落ち込んで、身体を半分出してしがみついてる状態だ。

「助けてー!」

 三太の姿を見つけた美香ちゃんは、必死で呼びかけた。

『あのバカ!何であんな所に…。』

 三太は心の中で毒づきながらも京一を呼んだ。

「きょーいちー!見つけたぞー!」

 橋に近付きながら、同じ台詞を何度も叫ぶ。

 呼びに行ってる暇はない。

 声を聞きつけて来てくれることを祈るだけだ。

「頑張れよ!すぐ助けるから!」

 大声で叫ぶと、何やら頷いてるように見えた。

 三太は小屋のドアを開けた。

 何か助けることに利用できそうな道具が入ってないかと思い覗いてみたのだ。

 ゆっくり見ている暇はない。

 もたもたしていたら、美香ちゃんが力尽きて落ちてしまうかもしれない。

 小屋の中にはロープがあった。

 吊り橋の補修用に使われているやつだ。

 美香ちゃんの所まで間に合うかどうかは、使ってみなければ分からない。

 とりあえず、三太はそのロープを近くの木にしっかり縛り付けた。

『まだか?京一。早く来い。』

 三太はジリジリする気持ちで待った。

 呼びに行ってる間に美香ちゃんが落ちたらと思うと、とても怖くて動けない。

 そこへ京一がやって来た。

『ばかやろう。何やってた。おせえぞ!』

 三太はそう言いながら、京一の身体に問答無用でロープを巻いた。

「いいか?京一。お前でなくちゃ駄目なんだ。」

 巻きながら三太は言った。

「俺の体重じゃあ橋が落ちてしまうかもしれない。だからお前しか行けないんだ。」

 京一はそれを聞いて頷いた。

「判ったよ。美香ちゃんは僕が連れてくる。」

 三太は唇を噛んで不安な表情を見せた。

 そんな顔は、その日初めての事だった。

「本当はお前なんかに行かせたくないんだが…もうどうしようもないからな。」

 三太はそう言って、ロープをしっかり縛った。

 京一は、吊り橋の両端をしっかりと握りながら、一歩ずつ確認するように進んでいった。

 もし、自分の踏んでいる羽目板も、いきなり外れてしまったら…そんな不安も脳裏に過る。

 橋の手前の方では、もしそうなった時に備えて、三太が素早く引き戻すために、ロープの端を握って待機していた。

 緊張度合いは二人とも一緒なのだ。

 そうして、どれくらいの時が経過しただろう。

 京一は、やっと美香ちゃんの側まで近付くことが出来た。

「美香ちゃん、今助けるからね!」

 そう声をかけた美香ちゃんの様子はグッタリしていた。

 おそらく長時間そんな体勢で居たせいなのだろう。無理もなかった。

「お願い、たすけてぇ〜。」

 声を出すのもやっとという様子である。

 美香ちゃんの様子は、幸いに羽目板と羽目板の間にスッポリとはまり込んでいる様子で身体が引っかかっていて、すぐに落ちる恐れは無かった。

「美香ちゃん、僕の首にしっかり手を回して!」

 京一はそれを確認すると、美香ちゃんの両脇に手を差し込んで、思いっきり引っ張り上げた。

 引っ張り上げた拍子に後方へ倒れてしまい、美香ちゃんが京一に覆い被さる形になってしまった。

「ゔぇーーーん!」

 助けが来て緊張の糸が切れたのか、美香ちゃんは京一の首に抱きついたまま泣き出してしまった。

「京一!なに遊んでる!早く戻ってこい!」

 背後から三太の声が聞こえる。

「美香ちゃん、戻ろう。」

 美香ちゃんを立たせて、自分に巻いてあるロープを美香ちゃんに巻き直す。

 美香ちゃんは、まだスンスン言ってたが、自分の腰に掴まらせてゆっくりと戻った。

 橋のたもとまではもう少しだ。

 ゆっくりゆっくりと、足元に注意しながら、一歩ずつ確認して進む。

 自分のズボンのたもとを美香ちゃんがしっかり握ってる感触も感じる。

「大丈夫?」と声をかけると「うん」という、思いの外しっかりした返事が聞こえてきた。

 目の前には三太の姿が近づいてる。

 二人が近づくにつれて、歩調に合わせてロープを手繰っている。

 そうして、やっとの思いで二人は橋から降りた。

 やっと終わった。

 何事もなく無事で。

 そう思うと、京一と三太は身体から力が抜けて、ヘナヘナとその場に崩折れてしまった。

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