48.朝の冷気の中で
慎一は深い深い意識の底へ落ちていった。
まるで水の底へと沈められるかのように。
今自分の感じてるものが、現実世界ではないことは、何となく認識はしているが、これがいつ醒めるのか…
そしてこのまま醒めないとしたら、自分は何を見るのだろうかと思った。
無意識下でそんな事を感じるのも変な話だ。
慎一は自嘲気味にそう考えると、遠くに微かな光を感じた。
その光を目指せば、自分の意識も覚めるかもしれない。
心許ない考えではあるが、慎一はその光に向かって歩き始めた。
すると、どうだろう。
光の方からグングンと近付いてくるが如くに、光量の勢いが強くなってきた。
側まで近付くと、それは一種のゲートのような形をしていた。
これを潜れってか…。
慎一は躊躇う気持ちを抑えて、そのゲートを潜った。
潜ったその先にあったのは、何とも拍子抜けするような光景だった。
そこは見覚えのある場所。
鳥居を潜って歩いた、加賀美神社の境内だった。
自分は戻ってきたのだろうか?
そんな事を考えながら見回すと、一人の巫女姿の女性が境内を箒で掃除してるのが見えた。
慎一は戸惑った。
ここは清吉爺さんの他には誰も居ない村だったはずだ。
自分が意識を失ってる間に、誰か村に帰ってきたのだろうか。
とりあえず挨拶しなくては。
慎一は、相手を警戒させないように気を使いながら、境内を掃いてる女性に近付いた。
「どうも…初めまして。こんにちは。」
女性は慎一を無視するかの如く、境内を掃き続けた。
更に近づいて声をかけるが気付かない。
耳が聞こえないのかと思って、真正面から頭を下げて挨拶するが気付かない。
事ここに至って、慎一はようやく気がついた。
これもまだ無意識下で見せられてる光景なのだと。この光景には干渉出来ないのだと。
慎一は、俺はこれから何を見せられるんだ?と思いながらこの光景を見ていた。
ただ一つ分かっていることがある。
ここでこの先何が起ころうと、撮影されたビデオを見てるように、自分はただ見てるだけで、何も干渉出来ないのだと。
「鈴音!」
本殿からやってきた男性に声をかけられ、鈴音と呼ばれた女性は顔を上げた。
「流さん!」
神主姿の男性は、掃除してる女性に寄り添い、気遣う様子を見せた。
「もう早朝は寒いんだから、あんまり無理するな。残りは俺がやっておくから!」
流と呼ばれた男性は、女性を気遣って箒を取り上げようとした。
「ううん、大丈夫。むしろ、この冷気が清々しいわ。この冷気の中で境内を掃除してると、心が整うような気分になるの。」
鈴音と呼ばれた女性は、流という神主姿の男性にそう言って、箒を自分の手に戻した。
「そ、そうか?それなら良いけど、風邪とかひいて身体を壊すなよ。」
流は心配そうに鈴音を見ながらそう言った。
「はい。」
鈴音はニッコリと笑いながら答えて、境内の掃除を続ける。
「自分は本殿の掃除をしてるから、何かあったら言いに来ておくれ。」
流はそう言い残して、心配そうに何度も振り返りながら本殿へ向かった。
いつものように磨き上げられた本殿で、流は朝の務めを果たす。
それがちょうど終わった頃、鈴音が朝食の準備が出来たことを知らせに来た。
「ありがとう。今行くよ。」
そう言って、鈴音と一緒に本殿の階段を降りる。
「あんまり無理するなよ。」
流は心配気に鈴音に声をかけた。
「何と言ってもお腹に子供が居るんだから。」
鈴音はそんな夫に、涼やかな笑顔を向けて言う。
「大丈夫よ。お医者さんも、安定期に入ったら、少しは運動したほうが良いって言ってたじゃないの。」
「まあ…そうには違いないだろうけどさ。」
流は、不承不承ながらも妻の意見に同意する様子を見せた。
「大丈夫よ。無理はしないようにするから。」
鈴音は味噌汁を飲みながら、流にそう言った。
「安定期に入るまでは、ホントに注意してくれよ。」
流は心配げに妻を見つめながら焼き魚を口へ運んだ。




