43.加賀美村での一夜
慎一は、しばらくの間、老人が泣くのに任せていた。
そうしているうちに、陽は傾き、空は茜色に染まりはじめていた。
「爺さん。ひとしきり泣いて気が済んだかい?」
慎一は、恐る恐る声をかけた。
「ああ。今日はもう陽が落ちてきた。戻るのは明日にして、今夜はここに泊まっていきなされ。」
老人の最初の勢いは、すっかり大人しくなってしまった。
「良いのかい?」
慎一は、安堵した表情を浮かべて老人に言った。
「ジープと言えど、ここら辺は夜に走るのは危険じゃよ。どうせこの村には、もうワシ一人しか居ないんじゃ。今夜はせいぜいこの年寄りの話し相手になっておくれ。お前さんに聞きたいことも色々とあるでな。」
老人はそう言って、神社の居室の方へと慎一を誘った。
それは慎一も同様だった。
老人も自分に色々と聞きたいだろうが、自分も聞きたいのだ。
「お邪魔します。」
居室は意外とよく片付けられていた。
全体には洋室風の作りだが、一部には畳敷きの小上がりもあった。
「立派なリビングだな。爺さんは、ずっとここに住んでるのかい?」
慎一はキョロキョロと室内を見渡しながら、老人に尋ねた。
「ここはワシの持ち物な訳じゃないよ。
ワシは留守を預かっているんじゃ。
本当の持ち主がここに帰ってくるまでのう。」
老人はそう言うと、慎一にお茶を出した。
考えてみれば、出発してからろくに水分を取っていなかった。
加代さんが弁当と一緒に持たせてくれたペットボトルも、妙な少年に全部飲まれてそれっきりだ。
今更ながらに喉がカラカラだったのを思い出し、ありがたく飲んだ。
「ありがとう。まず爺さんに自己紹介するよ。」
慎一はそう言って、老人に自分の名刺を渡した。
「ほほう。お前さん、探偵をやっているのか。」
老人は物珍しそうに慎一を眺めた。
「ああ。この間依頼が来てね。
それは依頼人の青年が持っていた写真からコピーしたものだよ。
背景に写ってる鳥居から、やっとここらしいと突き止めたんだ。」
老人は物言わず、しばらくの間、じっとその写真を見つめていた。
「その写真に関して、なにか知ってることがあったら、洗いざらい全部教えてほしいんだ。それなりの礼はするから。」
慎一は老人の反応を引き出そうと、熱心に頼んだ。
「まあ…明日まで時間はたっぷりある。
あんたも腹が空いたろう。
いま何か作ってくるんで、しばらく待ってなさい。一緒に食べよう。」
老人はそう言って台所に向かおうとした。
そこで慎一は、会長が日本酒の一升瓶を持たせてくれたのを思い出した。
「爺さん、酒は好きかい?車に積んであるんだ。」
老人の足が、その言葉でピタリと止まった。
「酒?あんた…酒を持ってきてるのか?」
老人は振り返って慎一に尋ねた。
「ああ、こういう場合に備えて持ってきたんだ。
飲みながらの方が、腹を割って話せると思ってな。」
老人はその言葉に目を輝かせた。
「酒はここ暫くご無沙汰じゃ。ご馳走になっても良いのかね?」
「ああ、せっかく泊めてもらうお礼さ。
好きなだけ飲んでくれ。とは言っても、一升瓶が一本きりだけどな。
ちょっと車から取ってくるよ。」
そう言って慎一は腰を浮かせた。
酒を取りに居室を出た時には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。




