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40.不思議な少年との邂逅

  慎一がハンドルを握るジープ・ラングラーは加賀美村を目指してひたすら走る。

  もう、何時間走ったことだろう。

  少なくとも、もう昼は大幅に過ぎてるはずだ。

 街を抜け出すのに2時間。

 途中まで舗装だった山道が砂利道になってから一時間。

 運転の合間に腕時計を見ると、もう3時は過ぎていた。

  長時間運転してきて、流石に尻と腰が少し痛くなってきたし、腹が減ってきた。

  車を止めて、身体を伸ばすのを兼ねて、加代さんの作ってくれたおにぎりを食べることにする。

  場所は山間の森の中。

  車一台通れるのがやっとという道の狭さだ。

  もし対向車がやってきたら、すれ違うことのできるスペースが空いてる道まで、どちらかがバックしなければならないだろう。

  道路が砂利道に変わってから、そんなスペースが空いてる道に出会った記憶がない。

  向こうの方がスペースに近いようなら、頼まなきゃいけないな。

  そんな事を考えながら、慎一は車を降りた。

  ひとまず身体を伸ばしてから、加代さんがくれた包みを開く。

  中には、アルミホイルに包まれた、普通より少し大きめのおにぎり2個とタクアン、それとご丁寧にペットボトルのお茶まで入っていた。

  有り難いなあと思いながら、腰掛けるのに丁度いい石があったので、それに座って食べることにした。

  陽はまだ高かったが、木々に囲まれた森は静かで、時おり鳥の声が聞こえるくらいだ。

  ナビの通りだと、このまま走っていれば加賀美村に着くはずだが、初めて向かうので今ひとつ心許ない。

  しかし今は空腹を満たすほうが先決だった。

  おにぎりにかぶりつくと、程よい固さで、かつお節のしょっぱさが身に沁みた。

  おにぎりを食べてると、誰かの視線を感じて目を上げると、半袖に半ズボンをはいた、小学2年生位の男の子が、物欲しそうに慎一を見ていた。

  慎一は驚いて、思わずうわっ!と叫び声を上げたが、子供と分かると安堵した。

  「坊や、どうした?」

 慎一は思わず尋ねた。

  「おじさん。美味そうだな、それぇ。」

  男の子は今にもヨダレを垂らさんばかりに慎一の食べかけのおにぎりを見つめていた。

  「なんだ、腹減ってるのか?」

  そう聞くと、男の子は黙ってうなずいた。

  おにぎりならもう一個ある。

  あるのに空腹の子供に何もやらないのも目覚めが悪い。

  「しょうがないな。もう一個あるから、お前さんにやるよ。ほら。」

  そう言って、アルミホイルに包まれたおにぎりを少年に渡した。

  「立って食べるのも何だから、俺の隣に座って食べな。」

  その石は、丁度もう一人分だけが座れるスペースがあったので、少年は素直にうなずいて、隣に座って食べ始めた。

  あまりに慌てて食べたので、少年は喉を詰まらせてしまった。

  「あ~あ、しょうがねえな。ほら、飲みな」

  慎一はそう言いながら、蓋を開けたペットボトルのお茶を少年に渡した。

  驚いたことに、少年はペットボトルのお茶を一気に飲んでしまった。

「どうだい、少しは落ち着いたかい?」

  慎一が聞くと、少年はうなずきながら「うん、ありがとう」と答えた。

  「ところで、お前さんのお父さんやお母さんはどうしたんだ?こんな山奥の寂しい所で一人っきりって事も無いだろう?」

  慎一が心配してそう聞くと、少年は「父ちゃんも母ちゃんも仕事だよ。俺、帰ってくるの待ってるんだ。」という答えだった。

  子供一人こんな山奥に置き去りにして仕事かよ、と思ったが、さりとて放っておくわけにも行かない。

  「坊やの名前は何ていうんだい?」

  慎一は一旦引き返して、途中にあった駐在所までこの子を乗せていこうかと思った。

  その為には名前など分かっていたほうが良い。

  「俺、亮太って言うんだ。」

  「そうか。亮太くんの家はどこだい?おじさんの車で送っていってあげるよ。」

  少年は「大丈夫!」と言って、座っていた石からストンと降りた。

  「美味しかった。ありがとう。」

  空になったペットボトルを慎一に突っ返すと、山道を駆け出していった。

  「お…おい、待てよ!」

  慎一は子供を捕まえる為に追いかけようと、腰を浮かした。

  一度慎一の方を振り返り「じゃあね、バイバイ」と手を振ると、再び駆け出していった。

  多少強引にでも車に乗せて交番か、あの子の家にでも送り届けようと、本腰入れて追いかけようとしたその時…後ろ姿を見せていた少年は、まるで蜃気楼のように掻き消えてしまった。

  「何だ、ありゃあ…」

  慎一は夢でも見ていたのかと思った。

  しかし、自分の手には飲んだ覚えのない空のペットボトル、座っていた岩の上にはおにぎり2個分の開かれたアルミホイルがあった。

  「季節外れの真夏の夜の夢ってか?」

  慎一はゴミを片付け、車のエンジンをかけ、加賀美村を目指して車を発進させた。

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