38.覚悟を問う
慎一は祖父である会長に電話をかけた。
何度かの呼び出し音のあと、もしもしと重みのある声が聞こえてきた。
「ああ、爺さんかい?俺だよ。警察辞めちまって、ヤクザな探偵やってる──不肖の孫だけど。元気してたかい?」
慎一は多少おちゃらけた感じでそう言った。
「お前は一体何者だ?オレオレ詐欺になら引っかかるつもりは無いぞ。」
そう言って電話はいきなり切れた。
『マジかよ~。』
慎一は慌ててもう1度かけ直した。
会長が電話に出ると、彼は開口一番に言った。
「爺さん、酷えじゃんか!いきなり切るなんて!」
「おや、お前さんまたかけてきたのか。しつこいな。詐欺になら引っかからんから無駄だと言ったはずだが?」
会長の声は落ち着いたものだった。
「いやいやいや!俺、あなたの孫の慎一ですけど。ていうか、そちらもスマホで受けてるんだから、俺の名前出てるはずでしょうが!」
慎一は、多少憤懣やる方ないといった感じで捲し立てた。
「何だ、慎一か。それならそれで、ちゃんと言わんか!近頃は物騒なんでな。きちんと確認しないと、ろくな目に遭わん世の中じゃからな。」
会長は、そう言って、ワハハと笑った。
「で?何の用じゃ?京一くんの調査は進んでおるのか?」
慎一は、やっと通常運転に戻ったよと思いながら、会長に概要を伝えた。
「分かった。じゃあ要するに、今乗っている車では山道に不安じゃから、それに適した車を貸してほしいと、そういう事じゃな?」
「ああ、そういう事だよ。
多分現地へ行って裏を取れば、後は報告リポートを書いて、京一って子にそれを見せれば、この件はそれで終わりだ、多分。」
慎一は会長にそう言いながら、タバコに火をつけた。そして溜息のように大きく煙を吐き出した。
「何じゃ、お前、この調査で何か溜息をつきたくなるようなことでもあったのか?」
会長は探るように聞いてきた。
「そ、そんなことないさ。ちょっとタバコの煙を吐き出しただけだよ。」
慎一は会長に見透かされたような気がして、慌てて否定した。
「嘘をつけ。
お前はいつも、やるせない気分になった時は、タバコにかこつけて大きな溜息をついとるじゃろうが!」
会長から図星を突かれて、慎一はボリボリと頭を掻いた。
「まったく!爺さんには敵わねえなあ。」
「お前は赤子の頃から見てるからな。それくらい分かるわい。亅
慎一はこれを会長に言おうかどうしようか迷っていたのだが、促されて言うことにした。
「なあ…爺さん。本当にいいのか?」
「何がじゃ?」
「そもそもこの調査は、あんたに促されてうちに依頼に来たんだろ?あんまり積極的な様子じゃなかったから、それくらいは分かるさ。多分世話になってるあんたの顔を立てて来たってとこだろうってことは。」
慎一はそこまで言うと、またタバコの煙を大きく吐き出した。
「それがどうしたと言うんじゃ?」
会長は慎一の思わぬ言葉に、少し意表を突かれたように返した。
「あの子の身元を探ることで、あの子の知りたくないことまで知っちまうかもしれないぜ。それでもいいのか?」
しばらくの間、考え込んでいるような沈黙の時間が支配した。そうして会長は言った。
「とりあえず調べるだけは調べてくれんか?
そうして、リポートを読ませる前に、あの子にそれを読む覚悟があるかどうかをよくよく確認してみておくれ。
その結果、あの子がそれに腰が引けてしまうようなら、それはそれで仕方がないわい。」
「せっかくの調査が無駄になっちまうかもしれないぜ。爺さんはそれでも良いんだな?」
慎一は念を押した。
「構わんわい。そもそもがワシから持ちかけたことじゃ。」
会長は肚を決めたような感じで、慎一にそう言った。
「分かったよ。あんたがそこまで言うなら、俺も本腰を入れて動くさ。
ついては、モノは相談なんだが…今貸してくれてる車じゃ、現場までは厳しそうなんだ。オフロードでも走れそうな車を貸してくれないか?」
慎一は車のコレクターである会長に頼んだ。
彼は会長の車の調子を一定に保つために、又は用途に応じて、定期的に色んな車を借りて乗り回しているのだ。
「分かったわい。
では、明日8時にうちに取りにおいで。
遅刻するんじゃないぞ。」
そう言って電話は切れた。
『チェッ。毎度毎度向こうから頼んできておいて、いつも一方的に電話を切りやがる。』
慎一は呆れたように笑い、スマホの画面を閉じた。
そして加賀美村までの地図をプリントアウトし、ファイルに綴じる。
同時に、スマホにもその地図を転送した。




