37.板挟み
ここで少し時間を巻き戻そう。
京一の持っている写真のスキャン・データを元に、照合アプリを使って、神社の特定まであと少しというところまで来たときに、マスターから電話がかかってきた場面だ。
マスターからの声を聞きながら、慎一はどうしようかと思った。
仕事が増えること自体は喜ばしい。しかし自分の身体は一つだけだ。先に受けた依頼を中途半端に投げ出すわけにもいかない。
「マスター、ちょっと待ってくれ。そちらの依頼の方は急ぐのかい?急ぐ…んだろうな。」
慎一は歯切れ悪い感じで、マスターにそう返答した。
「そうだね。そのお客さんの様子だと、結構切羽詰まってるみたいな感じだったよ。
警察にも相談したみたいな感じだけど、娘さんは二十歳過ぎてるし、自分の意志で出ていったのなら警察の介入する余地はないって話してた。」
マスターの声色からも、出来れば早く取り掛かってほしいというニュアンスを感じる。
しかし…だ。
「マスター、依頼を受けることはやぶさかではないけど、少し待ってもらうように言ってくれないか?先に受けた調査が、あと数日で終わりそうなんだ。それが終わり次第詳しい話を聞くからって。」
現時点での慎一には、こう言うのが精一杯だった。
下手に同時進行で引き受けてしまうと、どちらも中途半端な結果になりかねない。
「分かったよ。こちらからは上手く言っておく。先に受けた案件、出来るだけ早く片付けて、こちらに取り掛かってね。そのお客さん、もう結構憔悴してる雰囲気だから。」
そういうマスターの声色も、 どことなく切羽詰まって聞こえたのは気のせいだろうか。
そうしてるうちに、パソコンの作業終了を知らせるピロリンというチャイムのような音が聞こえた。
「分かったよ。パソコンの方も、どうやら調査が終わったようだ。出来るだけ早くこちらの方を終わらせるようにするから、お客さんには、そう伝えておいてくれ。」
そう言って、慎一は電話を切った。そうしてモニターに目をやった。
アプリによる調査は半分成功で、半分は失敗と言って良かった。
モニターには、京一の写真とよく似た鳥居が写った神社が映し出されていたが、そこには数年内にダム建設により水没予定と書かれていたのだ。
「加賀美村…か。」
慎一は思わず呟いた。
地図検索アプリで調べると、村の所在は随分山奥にありそうだ。
裏取りに、現地へ赴きたいところだが、果たして車で何時間かかるのか。
「こりゃあ爺さんに別の車を借りないとなあ。」
これから先の長距離ドライブを想像して、いささかゲンナリした様子で、思わずそう独り言を言って頭を掻いた。




