表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/48

35.きっとまた…

  美祢を送り出したあと、京一は踵を返して家に戻った。

 家の中には、陽子と二人きりだ。

「京一くん。家を出るまでは、まだ時間あるでしょ? それまでどうするの?」

 陽子がキッチンから顔を覗かせる。

「そうですね。いつものことですが、陽一さんから送られてきた写真がまだ残ってますから……出発の時間まで、それを整理しようと思います」

 京一は淡々と答えた。

「そう。じゃあ私も仕事開始の時間までまだあるし、コーヒー飲むわ。ちょっと付き合ってくれない?」

 そう言うと、陽子は棚からインスタントコーヒーを取り出して、お湯を沸かし始めた。

「ありがとうございます。いただきます」

 休日の朝、こんなふうにふたりでコーヒーを飲むことは、たまにある。

 たいてい陽子が話して、京一が静かに頷く。そんなやりとりが心地よいのだ。

「昨日はね、美祢が面倒かけてごめんなさい」

 陽子は湯気の立つカップを手に、少しだけ頭を下げた。

「い、いえ。むしろ僕のほうこそ……なんか、美祢ちゃんを悲しませた気がして、申し訳なかったです」

 京一は小さく頭を下げて、熱いコーヒーを一口すする。

「違うのよ。京一くんは悪くない。ただ……思ってた以上に、あの子があなたに懐いちゃったのね。

 ……いずれ記憶が戻って、あなたが出ていってしまうかもって、分かってたつもりなのに」

 陽子の声が少しだけ揺れていた。

 京一は黙って聞いていたが、やがて口を開いた。

「あの……出てけって言われたら別ですけど、僕は、自分から出ていくつもりはありません。

 だって、陽子さん、昨日言ってくれたじゃないですか。……僕たちは、もう、家族だって」

 その言葉をなんとか絞り出すと、恥ずかしさに耐えきれず、残りのコーヒーを一気に飲み干した。

「熱っ……」

 カップを置くなり立ち上がり、キッチンに駆けて水道水をゴクゴクと飲む。

「ふふ……そうだったわね」

 陽子はふわりと笑った。

「そう言ってくれて、安心した。美祢も、きっと安心するわ」

「……それに、今朝も美祢ちゃんに怒られましたからね。『ちゃんと帰ってくるよね』って、すごい顔で迫られました。まるでヤクザですよ、あれは」

 京一が肩をすくめると、陽子はプッと吹き出して、声を立てて笑った。

「やんなっちゃうわね、ほんと。あの子ったら」

 しばしの間、静かで穏やかな空気がふたりを包んだ。

 やがて、陽子が少し真顔になって言った。

「……じゃあ、結果がどうあれ、調査結果は教えてちょうだいね?」

「もちろんです」

 京一は頷き、ふたりはそれぞれの仕事に取りかかることにした。

  そして時計の針は11時半を指し示そうとしていた。

  陽子は、離れにいる京一に、少し早いけどお昼にしましょうと、母屋に呼び寄せた。

  「この間お弁当用に焼いたシャケが余って冷凍してあったので、その身を解してシャケ炒飯にしましょう。」

  陽子は、そう言って手早く作って京一にシャケ炒飯を出した。

  京一はそれを一口食べて美味しさに驚き、バクバクと続けざまにスプーンを口に運んだ。

  「ウフフ…どうやら気に入ったようね。」

  京一の食べる様子を、陽子は満足そうに眺めていた。

  「す…すごく美味しいです。」

  そう言いながら、休む間もなく食べ続け、皿はあっという間に空になってしまった。

  「ごちそうさまでした。」

  京一はそう言って、深々と頭を下げた。

  「もう少ししたら、バスの時間だわねえ」

  陽子はそう言って時計を見た。

  「はい。」

  京一は腹が満たされた満足感と、家を出なければならない名残惜しさで複雑な気分だった。

  「じゃあ行きましょうか。バス停まで見送ってあげるわ。」

  いつもなら陽子もそんなことはわざわざしないのだが、今日は何かを感ずるものがあるらしい。

  京一も特に遠慮することなく、ハイとだけ言って、二人で家を出た。

  バス停への道すがら、二人は特に何を話すことなく、黙々と歩き続けた。

  岩倉家からバス停までは、そんなに遠くはない。せいぜい5分くらいだ。

  そうこうしてるうちに、バス停に着いた。

  あと数分くらいでバスは到着するだろう。

  まっすぐで見通しのいい道路なので、一つ手前のバス停を出発するバスがおぼろげに見えた。

  「京一くん。ちゃんと帰ってきなさいよ。」

  突然陽子が京一に言った。

  「陽子さん……」

  それ以上、京一は何も言えなかった。

  「美味しいもの作って待ってるから…ちゃんと帰ってきなさいよ。」

  そう言って、陽子は京一の肩をポンポンと叩いた。

  そんな話をしてるうちに、京一の前でバスは止まって、ドアが開いた。

  「はい。」

  京一は努めて明るく返事をして、バスに乗り込んだ。

  「行ってきます!」

  そう言うのと同事に、バスの扉は閉まった。

  陽子はバスの姿が見えなくなるまで、いつまでも走り去るバスを眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ