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33.探偵からの電話

  着信音は鳴り続けた。

  それほど大きい音でもないはずなのに、今はやたらと大きく感じる。

  「お兄ちゃん。電話出ないの?」

  美祢が無邪気に、そう聞いてきた。

  出たら良いものかどうか迷っていたのだ。

  膳場探偵から電話だとすると、十中八九自分のルーツ調査に関する事だろう。

  しかし今、それがそんなに必要な事だろうか?

  もしかして、調査結果を聞いてしまったら、もうこの家には居られないかもしれない。

  美祢と約束した矢先なのだ。

  それを、手を翻したように破るなんてことはしたくなかった。

  出なければ分からない。

  話を聞かなければ分からない。

  しかし出た以上引き返せない。

  一体どうしたものか。

  一瞬でそこまで考えて、スマホに出ることを躊躇わせた。

  「京一くん!何してるの?早く電話に出なさい。」

  陽子に促されて、京一は、やっと電話に出る気になった。

  「もしもし」

  京一は多少緊張の面持ちで電話に出た。

  「もしもし、加賀美さんですか?」

  膳場探偵の口調は、あくまでもビジネスライクなものだった。

  「はい、そうですが何か?」

  何の話かはおおよそ見当が付いている。

  しかし美祢と陽子の視線がやたらと気になった。

  「調査報告の件でお知らせの電話をかけさせてもらいました。つきましてですね、ぜひ近いうちに一度こちらの事務所に来ていただきたいと思いまして、ええ。それでですね、できるだけ早いうちに、良かったら明日とか明後日あたりでも来てもらいたい所なんですが、お願いできますかね?」

  自分の所在が分かるかもしれないというのに、不思議とあまり喜ばしい気分にはなれなかった。

  もっと時間がかかっても良いくらいだったのだ。

  「分かりました。では明日の午後1時頃では如何ですか?丁度仕事も休みなので。」

  京一は、先延ばしにするわけにも行くまいという気持ちで、そう答えた。

  「分かりました。では明日の午後一時にお待ちしています。」

  そう言って膳場探偵からの電話は切れた。


  陽子と美祢は、固唾を飲んで京一の電話の様子を見守っていた。

  何せ京一のスマホに電話がかかってくることなど、岩倉家か職場からかかってくる位。他からかかってくるのは稀だ。

  「京一くん。今の電話…何処から?」

  陽子が恐る恐る京一に尋ねる。

  「探偵さんから…電話でした。明日調査結果の報告をしたいって…。」

  その話しぶりは、喜ばしいというよりは、あまり気の進まないような雰囲気を滲ませていた。

  それは無理もなかった。

  京一がここに寄宿するようになった経緯はともかく、今や互いにとっては一緒に過ごすのが当然のような関係になっていたのだから。

  一言で言えば、もうお互いに家族だったのだ。

  京一の言葉を聞いた美祢の表情は、みるみるうちに歪んでいった。

  「お兄ちゃん、自分の住んでるところ、分かったの?もう、ここを出てくの?」

  そう言いながら、涙がポロポロと溢れ始めた。

  「そ、そんな事無いよ」

  京一は慌ててその言葉を否定した。

  「美祢ちゃん聞いて。」

  そう言って、美祢をソファーまで抱きかかえて座らせた。

  「探偵さんは、明日調査の結果を報告しますって事しか言ってないんだから。それが何で僕がここを出てくことになるんだい?」

  京一は苦笑混じりに、美祢にそう説明した。

  「そうよ。探偵さんは結果を報告しますって言っただけなんでしょ?聞いた後でどうするか決めるのは京一くん自身じゃないの。」

  陽子も美祢の側までやってきて、しゃがんで目線の高さを合わせてそう言った。

  「でも…でも…亅

挿絵(By みてみん)

  そう言って肩をブルブルと震わせて、大粒の涙がポロポロと流れ続けた。

  「ゔああぁぁぁん!」

  美祢はとうとう泣き出してしまった。

  京一と陽子は困ったように顔を見合わせた。

  「困ったなあ」

  困り果てた表情で、京一は美祢を見つめた。

  「美祢。あんたもあんまり京一くんを困らせるんじゃないの。」

  陽子は美祢に、しょうがないわねという表情で涙を拭いてやった。

  「ただいまー!」

  そこへ長女の麗華が帰ってきた。

  「あら、おかえりなさい。」

  陽子が返事をするが、その場の空気を感じて「ど…どうしたの?一体。」と聞いてきた。

  「うん。実はね…」と、陽子が事情を説明すると「えー?京一くんここ出てくの?」と、思いっきり大きな声で言ってしまった。

  それを聞いて、美祢の目にまた涙が溢れた。

  「バカッ!あんたったらもう…やっと泣き止んだと思ったのに。」

  陽子は麗華を軽く叱りつけた。

  「ごめんなさ~い。あんまりビックリしたもんだからさぁ。」

  麗華はあっけらかんと返事した。

  この何物にも囚われない開放的な性格は、いくらか内向的な美祢の性格と、好対照を成していた。

  美祢が落ち込んでるときにはいつも麗華が励ましたり支えたりしていたし、よく勉強を教えてあげたりもしていたし、風呂も入れてやったりしていた。

  美祢にとっては第2の母親みたいな存在であり、年上の友達、そしてかけがえのない姉であった。

  麗華はかばんを足元に置いて、美祢の隣に座って肩を抱いた。

  「美祢、何も起こらないうちからそんなに落ち込んでるんじゃないわよ。探偵さんからお話聞くまでは何も分からないんでしょ?京一くんだって出ていくって決まったわけじゃないんだし。」

  麗華はそう言って美祢を慰めた。

  「でも…だって…」

  美祢は鼻をグスグスさせながら、尚も何かを反駁しようとしていた。

  「それにさあ、よしんば京一くんが出てったとしても、今度はこちらから会いに行っちゃえば良いのよ!旅行兼ねてさ。」

  それを聞いて、美祢はまた泣き出してしまった。

  「麗華っ!あんたったらもう…あんまり美祢を刺激しないで。」

  麗華は肩をすくめてやれやれという仕草をして「ごめんなさ~い。慰めたつもりだったんだけどね。私着替えてくるわ。」

  そう言ってトントンと二階へ上がっていってしまった。

  「京一くん、今日ちょっとお願いしたいんだけど、いい?」

  泣きじゃくる美祢を抱きながら、陽子は京一に言った。

  「何ですか?僕に出来る事でしたら何でも。」

  改まった陽子からの頼みに嫌も応も無かった。

  「今夜ね、ここに布団を敷いて皆で寝ようと思うの。良いかな。このまま美祢一人で寝かせるのも可哀相だし。」

  そんな事は京一がこの家に来てからは初めてのことだったが、内心はこの家族たちとそこまで近しい関係になれたかと思うと嬉しく、感慨深いものがあった。

  「分かりました。今夜はそうしましょう。」

 そうして、リビングのソファーを撤去して、3人で枕を並べて寝ることになった。

  麗華は自分の部屋でスマホを見ながら寝たいということで、一人だけ別に寝ることになった。

  美祢を中心に、三人で川の字に寝ようということになった。

  「美祢。今夜京一くんが一緒に寝てくれるから、あんたもいい加減泣き止みなさいよ。」

  陽子がそう言うと、美祢はやっと泣き止んだみたいだった。

  「うん…分かった。」

  それでもまだ美祢の表情からは笑顔は見えない。

  これが最後になるかもしれないと不安に感じるのを拭いきれないのだ。

  「京一くん。ごめんね。こんな事に付き合わせちゃって。あなたも明日は大変かもしれないのに。」

  蒲団を敷きながら、陽子は京一に言った。

  「いえ、全然何とも無いです。僕自身、こういうふうに家族と枕を並べて寝た記憶がないので。」

  手際よく布団を敷きながら、京一はそう言った。

  「そう。じゃあこれが家族と枕を並べて寝る君の初めての記憶になるのね。」

  え?という顔をして思わず陽子の顔を見る。

  「だってもう家族じゃない。私たち。」

  その言葉に「ああ…もう眠くなってきちゃいましたね。」と言いながら、軽いあくびのフリをして、目をこすった。

  「じゃあ、電気消しますよ。」

  そう言って京一は蛍光灯のスイッチを切って布団に入った。

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