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壊れた家庭

  タクシーで実家に戻ったチコは、その後どうなったであろうか。

  タクシーから降り立ったチコは、憂鬱そうな表情で実家を見上げた。

  その家は住宅街の一等地に建っており、広い敷地に2階建ての住宅が、その威容を誇っていた。

  前の晩に両親と喧嘩して、着の身着のまま飛び出してきたチコは、慎一のアドバイスで帰ってきたは良いものの、また両親と顔を合わせる事を想像すると、憂鬱な気分になった。

  父親にしてからが、取引先の企業の重役の息子と結婚しろなどと、平気で(のたま)うような人間なのだ。

  『女に生まれてきたくせに、何の為にここまで育ててやったと思ってるんだ。』

  チコは多分、父親のこの言葉を一生忘れないだろうと思う。

  そこにはチコの意思など何ら関係なく、自分のビジネスを進めるための駒としか考えていない様子がありありと感じられた。

  それでも、親が勧める一流校を大学まで修める気力を保ってこられたのは、それなりの学力と学歴を身に着けて、出来るだけ早くこの家を出る気持ちを保ち続けて来られたからだった。

  その間に何度横道に逸れそうな誘惑があったのか、それは数え切れない程だ。

  しかし、彼女は家から出て独立するその日まで、親とその財力を利用する事に決めたのだ。

 こう書くと相当酷い娘に見えるが、チコを一個の独立した個人の人格と認めず、ビジネス戦略の単なる駒としての扱いしかしようとしなかった両親にも相当問題がある。

  とは言え、母親は父親よりはまだ幾分マシで、チコの不満や愚痴等を一見聞いてくれてるように見えても、夫たるチコの父親に対しては、特に意見を申し立てることもない。

  熱心に聞いてくれてるように見えても『あなたの気持ちはよく分かったわ。でも、今のような生活が出来ているのは誰のおかげだと思って?お父様に捨てられたら、今のような贅沢な生活は出来なくなってしまうのよ。辛いのは分かるけど、我慢してちょうだい。』

  申し訳無さそうな顔でこんな事を言われた日には、もうどうしていいか分からなくなる。

  だが、それでも人間の我慢には限界というものがある。

  前日の晩、とうとう父親と大喧嘩して、発作的に家を飛び出してしまったのだ。

  その時のやり取りは、当時興奮状態だったので、断片的にしか覚えていない。

  『お前は一体誰のおかげでこういう暮らしが出来てると思っているんだ!大学まで入れてやって、もう卒業も決まって、やっとお前を育てた元を取り返そうという所まできてるんだぞ!』

  『私はお父さんの道具じゃない。何で好きでもない男と結婚しなきゃいけないのよ。』

  『お前は親の為に協力してやろうという気は無いのか?何不自由ない暮らしが出来ているのは誰のおかげだ?親の役にも立たない娘なら、もうこの家から出ていけ!』

  『分かったわよ、出ていってやるわよ!』

  こうなっては売り言葉に買い言葉。

  引っ込みの付かなくなった両者は、とりあえずチコが発作的に家を出るという形でオチが付いた。

  だが、やはりいくら何でも着の身着のままというのは宜しくない。

  チコもそう思ったからこそ、一度大見得切っておん出た実家に戻ってきたわけだが……。

  荷物を取りに来ただけ。

  自分にそう言い聞かせたところで、また戻ってきたバツの悪さは抑えようがない。

  玄関の鍵が開いてるようなら、そっと入って自分の部屋に侵入し、最低限の荷物を取りまとめて、またそっと出ていこうと思って玄関の前に立った。

  誰にも気付かれたくない。気付かれたらまた一悶着あって面倒なことになる。彼女はそう思いながら、玄関のノブをそっと回した。

  普段なら、誰かが家に在宅していても、鍵がかかっていて入れるはずも無いのだが、この時はどういう訳か、アッサリと入ることが出来た。

  チコは意外に感じながらも、足音を忍ばせて、ソロソロと二階の自分の部屋へと上がって行った。

  一度入ってしまえば、勝手知ったる自分の部屋だ。

  押し入れに置いてある大きめのカバンを取り出し、衣類等を素早く詰め込んで、引き出しに入ってた通帳とカード、印鑑も詰め込んだ。

  そうやって荷造りに忙殺されてたその時の事だ。

  「あらあら。どんな泥棒が入ってきたのかと思ったら。」

  その声に驚いて振り返ると、チコの母親の志津子が、呆れた表情で立っていた。

  「お母さん……。」

  チコはバツの悪そうな表情で志津子を見つめた。

  「急いで荷造りなんて、いったいどうしたの?旅行でも行くの?」

  志津子は穏やかな声でそう言いながら、落ち着いた目でチコを見つめていた。

  「違うわ。この家を出ていくのよ。お父さんが帰ってくる前に。」

  そう答えながら、チコは一心不乱に荷物を詰めていた。

  「お父さんが心配するわよ。」

  志津子はそう言いながら、少しずつチコの背後に近寄っていった。

  チコは荷造りに夢中で、それには気付かない。

  「お父さんなんて私を自分の仕事の駒としか思ってないじゃない。心配なんてしやしないわよ。」

  チコがそう言いながら振り向こうとしたとき。

  鼻と口にクロロフォルムを染み込ませたハンカチを押し付けられた。

  チコはそこから逃れようともがいたが、それも叶わず気が遠くなっていった。

  気が遠くなっていく中、チコは何度も慎一の名を呼んだ。

  『慎一……助けて……タスケテ……た………』

  がっくりと身体の力が抜けて、チコは部屋の床に横たわってしまった。

  志津子はそんな娘の姿を、どことなく哀しげに見下ろしていた。

  「万智子さん。ごめんなさいね。でも貴女が悪いのよ。ちゃんとお父さんの言う事聞かないから。この後どうするかは、お父さんが帰ってきたら決めてもらいましょうね。 」

  志津子はそう言って、階下から手錠を持ってきて、チコの足と手にかけて、ドアを閉めて階下へ降りていった。

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