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遭遇

  とある日。

  陽子はホームセンターへ寄った後で、スーパーへ寄ろうと思い、学校から帰ってきていた美祢に留守番を頼み、出かけようとしていた。

  「みねー!お母さんちょっと買い物行ってくるから留守番しててー!」

  自分の部屋で着替えてた美祢へ、大きい声で呼びかける。

  パタパタと二階から駆け下りてきた美祢は、「どこまで行ってくるの?」と聞いてきた。

  商店街で一通り見てからホームセンターへ行くことを告げると、「ホームセンターに行くの?じゃ、私も行くから一緒に行く!!」と来た。

  陽子はちょっと驚いた。

  何故なら、美祢はちょっとマイペースなところのある子で、買い物を誘ってもあまりその誘いに乗ってきたことは無いからだ。だから美祢を買い物に誘わなくなって、絶えて久しい。

  小柄な小学二年生で少し天然な所があるとはいえ、しっかりしているし、知らない人が来ても鍵は開けちゃだめだよと、普段から言い聞かせて忠実に守っているので、一人にしておいても安心して買い物に出かけていた。その美祢が、珍しく買い物へ付いてくるという。

  商店街を歩きながら、陽子は念を押す様に美祢に言う。

  「つい最近今月分のお小遣いをあげたばかりなんだから、お母さん買わないわよ」

  「大丈夫大丈夫!ちゃんと自分のお小遣いで買うから」と、美祢は自信満々だ。

  「で、何を買いたいの?」という陽子の問いに、美祢の説明はこうだった。

  最近、学校で昭和の遊びを体験してみようという授業があったらしい。

  けん玉だとか、ビニール風船だとか、紙風船だとか、竹とんぼだとか、シャボン玉だとか。

  美祢の世代は遊びといえば、テレビゲームかスマホゲームと相場が決まっていて、そういう昭和の遊びが古臭いというよりも、何だかとても新鮮だったらしい。なので友達同士でそういうおもちゃを持ち寄って、皆で遊ぼうということになったらしいのだった。それで担任の先生に何処で買ってきたかを聞いたらホームセンターで買ってきたという話だった。

  実は最近昭和のそういったおもちゃのリバイバルブームが起きてるらしく、近年ホームセンターでも売っている種類が増えているのであった。

  「ふーん。で…美祢は何を買っていく予定なの?」

  「えーっとねぇ…ビニール風船でしょ?紙風船でしょ?竹とんぼでしょ?それからぁ……シャボン玉!」

  それらを持ち寄って、皆で遊ぼうということらしい。

  それを聞いて、陽子は何だか少し懐かしい感じがした。

  自分も小さい頃は、まだネットもパソコンが主だった時代で、今ほど一般化はされていなかったし、SNSもそれほど主流では無かったし、テレビゲームも現在のような精緻な絵柄ではなく、ドット絵が主流だった。なので実際に身体を動かして遊んだり、ビニール風船を膨らませて遊んだ覚えもある。

  少なくとも、テレビゲームやスマホゲームに興じるよりは健康的だ。

  「ねえ、美祢?」

  「なあに?」

  「そういうことなら、足りなかったらお母さん少し援助してあげても良いわよ。」

  その言葉を聞いて、美祢は目を輝かせた。

  「ホント?やったー!」

  そう言いながら、美祢は身体をピョンピョンと飛び跳ねさせた。よっぽど嬉しかったらしい。

  「じゃあお母さん、早くホームワークにいこ?」

  ホームワークと言うのは、地域で展開しているホームセンターのチェーン店である。授業で買ってきたおもちゃは、そこで買ってきたと先生は言っていた。

  あまりの嬉しさに、美祢は走り出してしまった。

  「美祢、待って。走ると危ないわよ。」

  アーケードを抜けて横断歩道を渡ると、ホームワークはもうすぐだ。美祢は青信号の横断歩道を走って駆け抜けようとした。

  その時、信号をロクに確認しないで曲がってきた車がいた。

  タイミング悪く、美祢は車の真ん前に飛び出した形になってしまった。

  「美祢!危ない!!」

  陽子は思わずそう叫んだ。

  その時の状況は、誰が見ても美祢が車に轢かれる状況に見えた事だろう。

  だが、そうはならなかった。

  誰かが美祢を庇ったのだ。

  通りがかった男性が、咄嗟に飛び出して、美祢を庇うように抱きかかえて道に倒れていた。

  「美祢っ!美祢っっ!!」

  そう連呼しながら急いで駆け寄る。

  半ばパニックになりつつも、男性の腕の中の美祢に呼びかける。

  「お母さん。」

  突然の出来事に頭がボーッとして、美祢はそれだけ答えるのが精一杯だ。

  「あなた大丈夫?怪我はない?」

  腕の中から這いずり出てきた美祢を立たせてホコリを払いながら、陽子はそれだけ聞くのが精一杯だ。

  「うん、私は大丈夫。」

  美祢も最初の驚きから回復してきて、受け答えもしっかりしてきた。

  「でも…このお兄ちゃんが…。」

  陽子はそこでやっと倒れてる男性へ意識が向いた。

  どうか陽子のこの姿勢を非難しないでやっていただきたい。

 自分の子供が事故に遭遇した場合、やはり先ず第一に意識が向くのは自分の子供なのだ。親である以上それは仕方のないことである。そうして、一時的なパニック状態を脱して、やっと周囲の状況を見る余裕が生まれるものなのである。

  それでも陽子が美祢の無事を確認して、一時的なパニックから脱して、冷静に周囲の状況を俯瞰出来るまでに40秒ほど。

  青年がまだ気を失っているのを確認すると、すぐに救急車を呼んだ。

  脳に何らかの損傷があるといけないので、下手に体を揺するのは控えることにした。

  2分もすると、商店街の人々がワラワラと集まってきて人だかりができた。

  車が危ないので青年を移動しようかとも思ったが、後でどんな影響があるか分からないので、それも出来ない。

  親切な誰かが車を迂回するように誘導してくれたりしていた。

  数分して、やっと救急車がやってきた。

  救急隊員が、青年を慎重に担架に移す。

  「連絡をくれた方は誰ですか?」と、救急隊員は人々に向かって問いかける。

  間髪入れず「あたしです!」と答え、「お身内の方ですか?」と問われた陽子は「いいえ、身内ではありませんが、娘を助けてくれたんです。どうか病院まで連れて行って下さい!」

  救急隊員はそれを聞き「では一緒に乗ってください。」と言い救急車に乗るのを促した。

  陽子は「美祢、行くわよ!」と言い、「うん!」と答える美祢を最初に乗せた。

  その後に陽子が乗り込む。

  乗せる前にも乗せたあとにも、青年には救急隊員からの呼びかけがあったが、気を失った青年からはなんの返答も無かった。

  陽子はその様子を見ながら内心で色々な考えが頭を巡っていた。

  美祢を助けるために、この人には大変な目に遭わせてしまった。

  もしこのまま意識が戻らなかったらどうしよう。

  この人の親御さんに、なんてお詫びすればいいだろう。

  美祢の命の恩人に、出来るだけのことをしなければ。

  陽子の頭の中にぐるぐる回っていた想念の中心は、主にこんな感じのことであった。

  しかし時には全く無関係な事柄も頭に浮かぶ。

  そういえば麗華に遅くなるかもって連絡したほうがいいかしら。

  今日のご飯はとても作ってる余裕は無さそうだわ。店屋物にしようかしら。

  そういえば買ったもの、気が動転しちゃったんで置いてきちゃったわ!等々。

  娘を命がけで助けてもらった人間を運んでいる救急車の中で、とんでもないと思われるだろうが、緊急事態と無関係そうな、こういう事柄が色々浮かんできてしまうのも、また人間である。

  一時期の軽いパニックがすっかり収まった陽子は、落ち着いた気分で改めて青年をよく観察してみた。

  まだ若く、十代後半か二十代前半に見える。

  救急隊員の所見では、脈拍にも呼吸にも異常は無い。ただ気を失っているように見える。

  だが仮にも娘を庇って車にぶつかったのだ。実際には医師の診断を待たねばならない。

  そうこうしているうちに、救急車は病院に着いた。

  担架からストレッチャーへ移されて、救急病棟へ移される。

  陽子と美祢は、待合室で青年の診察が終わるまで待つことになった。

  処置が終わったらお呼びしますのでと看護師に言われ待つ間に、事故処理に当たった警察官が事情聴取にやってきた。

  なんとその警官は、美祢と同級生で仲の良いクラスメートである山田さんのお父さんで、陽子もPTA役員会等で顔を合わせたりしてよく知っている人間だった。

  普通は職務上あまり教えないのだが、美祢の命の恩人という事で、ここだけの話として特別に教えてくれた。

  運転していたドライバーはまだ二十代前半で、スマホを見ながら運転していたらしい。

  それで信号を見落としたということらしかった。

  信号見落としの過失人身事故ということで、被害者が大したことなければ書類送検で済むだろうということだった。

  ドライバーの親御さんとも連絡が取れて、できる限りのお詫びをしたいとの事らしい。

  警官は現場に置きっぱなしになっていた荷物も拾って持ってきてくれていた。

  一つはエコバッグに入った、商店街で買った食材色々。

  もう一つは青年が持っていたらしいショルダーバッグだった。

  警官は、身元を確認する必要から、バッグの中身を確認したことを陽子に告げた。

  警官は、大したものは入っていないと言った。

  数着の着替えとお守り、それに何か懐中時計の様なもの。それだけだと告げた。

  身分を証明するようなものは入っていず、これでは身内に連絡も取れないと嘆いた。

  とりあえず救急に運ばれたが、入院が必要になったとしても病院代が払えるのかどうか分からない。

  見た感じでは現金も所持していないという事だった。

  陽子は間髪入れず、「病院代はうちで何とかします」と言った。

  「娘の命の恩人ですもの。出来る限りのことはさせてもらいたいです。」

  警官は「そうですか。では岩倉さんが当面彼の身元引受けということで構いませんか?」と聞いてきたので、陽子は「ええ、それで構いません」と答えた。

  「それではまた何かありましたら、よろしくおねがいします。困ったことがありましたら、いつでも連絡をください。」

  警官はそう言って、それではと敬礼して帰っていった。

  そうして間もなく、陽子は看護師から診察室に入るように促された。

  美祢に、ここで待っていなさいねと言ったが、私も聞くと言ってきかないので、医師の説明を一緒に聞くことになった。

  やり取りを細々と描写しても仕方ないので、ここでは箇条書きに要点だけ記すことにしよう。

  まず青年の身体には打撲や骨折等の異常は見受けられないこと。

  CTや脳波も撮ってみたが、脳にも異常は見受けられないこと。

  身体も調べてみたが、ぶつかった痣なども見受けられないこと。

  結論として、気絶しているに近いが、念の為に一晩入院させて様子を見ましょうということだった。

  ただ青年の身内に連絡しようにも、連絡先も分からない。

  身分証的な物も無いので名前さえも分からないということだった。

  「それでですね…出来るようでしたら、岩倉さん。差し支えなければ、患者の身元保証をお願いしたいのですが。」

  普通なら患者の身内でもない相手に、ここまで情報を開示する事はしないのだが、病院とて商売だ。

  取れる可能性の高い所から治療代金を徴収したいと考えるのは無理からぬことだろう。

  普通に考えたら割とリスキーな申し出だったが、陽子には迷う余地は無かった。

  「承知しました」と言って、当面の手続き、入院費用の手続き等を岩倉名義で行った。

  ただ名前も分からないのではどうしょうもない。

  病室に移されたは良いが、名札には仮に岩倉とかかっている。

  手がかりを掴むためには青年のバッグを調べてみるしかなかった。

  『勝手に見てしまってごめんなさいね』

  心の中で青年に詫びながら、バッグを開けて内容を調べていく。

  警官からは予め内容は聞いていたが、実際にその通りの内容だった。

  下着類が何枚か。

  少しサイズが大き目のお守り。

  そして警官が言っていた、懐中時計の様なもの。

  しかし、それを取り出した陽子は、それを見たときに目を見張った。

  それは懐中時計とは似て非なるものだった。

  それには短い鎖が付いていた。

  しかしその鎖にもいちいち彫刻が施されていた。

  彫刻されてるのは何かの植物の草のようにも花のようにも見えた。

  本体は全体的につや消しされた銀で出来ており、文字盤に相当する部分は水晶がはめ込まれたように薄く歪曲に盛り上がっていた。

  その部分を見ていると、あまりの透明感に、水底を見ているような感覚に陥ってしまいそうになる。

  そのはめ込まれた水晶のような部分の周りを、ラッパを吹く天使が取り囲んでいるような彫刻が施されていて、これはかなり精緻な彫刻に見えた。

  美祢もこれを見た瞬間「わあ!綺麗!」と思わず言ってしまったほどだ。

  そして裏側を見ると、懐中時計の裏側のようになっており、その中心部にギリシャ文字でθ(シータ)と書かれた文字が掘ってある。

  これが一体どういう意味か、そもそもこれが何なのか、陽子にはさっぱり分からなかった。

  なので陽子は次にお守りの中を見てみることにした。

  お守りの中には写真が入っていた。

  和服を着たとても美しい女性が生後数ヶ月と思われる赤ん坊を神社と思われる場所で撮った写真だ。

  裏を見ると、一行目に加賀美家第一子。二行目に命名京一と書かれている。

  手がかりが見つかった!と陽子は思った。

 

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