13.調査依頼
テーブルを挟んで、長椅子のソファーには京一と陽子、反対側の椅子2脚の片側には慎一という構図で対峙している。
二人は最初こそ面食らったが、慎一の落ち着いた物腰に気分も落ち着き、事情を話すことにした。
美祢が轢かれそうになったときに京一が助けたこと、その時の影響かどうかは不明だが、記憶らしい記憶を失っていること、京一の幼少期と思われる写真を所持していたこと、不思議なアイテムを所持していたことなどである。
「ほう…」と、慎一は興味深そうに話を聞いた。
「というと、写真を手がかりに、彼の出身地や出自を調べてくれと言うことなんですね?」と、二人に確認した。
「ええ、そうなんです。膳場会長さんも、記憶が無いままでは腰の座りが悪いだろうと仰って。何だか当初から気にかけて下さってくれてまして。自分の経営してるお店に働き口まで紹介して下さったんですよ。」と、陽子は言った。
「へぇー、あの爺さまがねえ。そりゃあんたら、よっぽど気に入られてるんだな。でなきゃ、そんな色々世話を焼いたりしないよ。」
慎一は如何にも面白そうにそう言った。
そうして二人を興味深げに見て、心のなかで呟いた。
『あの爺さんが興味を持った連中か。こりゃ仕事の出来次第で臨時ボーナスも期待できるかもしれんな。』
「それでは写真を見せてもらって良いですか?それと調査に必要ですのでコピーを取らせてもらいたいのですが。」
了承を貰ってコピーを取り、ついでにスマートフォンで画像データも保存した。
次に京一の所持している時計のような不思議なアイテムも見せてもらう。
水面が揺らめいているかのような、不思議な輝きを見て、慎一は「ほう……これは……。」と言うのが精一杯だった。
「流石にこれは預からせてもらう訳にはいかんでしょうな。」
慎一が恐る恐る聞くと、京一は「別に構いませんよ。でも預けたところでこちらに戻ってきちゃうでしょうけど。」と言った。
「え?一体どういう事ですか?」
慎一は面食らったように相手に聞いた。
「信じられないでしょうけど……これをどこに置いておいても、誰に預けても、いつの間にかひとりでに手元に戻って来ちゃうんですよ。そうとしか思えない現象が、よく起きてるんです。」
慎一には俄には信じ難かった。
そして昔子供の頃に読んだ本に書いてあったアポーツ現象を想起した。
昔子供の頃に、よく興味本位で超常現象の本だとかを読んだ程度の知識しか無いが、物体が消えては戻ってくる現象だとか、物体引き寄せ現象だとか、そういう内容をアポーツ現象と呼んでいた気がする。
しかし本で読んだ現象としては、そういう物体はランダムで、特定の物体に限った話では無い。そうして考えてみると、これはアポーツ現象ともまた違うものなのだろうか。
眼の前の青年が引き寄せているのか、それとも慎一の手の中にある物体の意思なのか……話だけでは俄には信じ難い。まるで冗談みたいな話だ。
「信じられないのも無理はないです。僕だって最初体験したときには信じられなかった。」
京一がそう言って話した体験はこうである。
ある日美祢が京一に、仕事から帰ってくるまでで良いので、その時計のようなアイテムを貸してほしいと頼んできた。
その日は学校が休みで、一日家でゴロゴロする予定だった美祢は、暇なときにそれを眺めていたいのだという。
「最初に見たときから気になってたんだ!絶対大切に扱うから貸して?お願い!」
手を合わせて美祢に頼まれた京一は、気軽にいいよと言って貸してあげた。
陽子はいい顔はしなかったが、京一はまぁまぁととりなして家に置いていった。
休日の昼下り。
陽子は部屋でリモートワーク。美祢はリビングで本を読んだりテレビを見たり。
美祢はいつしかウトウトとうたた寝をしてしまった。そして目を覚ますと……そばにあったはずの京一のアイテムは姿を消していた。
いくら周囲を探しても見当たらない。
美祢は泣きそうな顔で陽子に応援を頼んで二人して大騒ぎで探してみたが見つからない。
そのうち外出から帰ってきた麗華も巻き込んで、三人で大騒ぎして探してみたが、それでも見つからなかった。
そうしているうちに、京一が仕事から帰ってきた。
何かを探しまくってる様子の三人に、京一は不思議そうな様子で「なにか探しものですか?」と尋ねた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい。」
京一を見て美祢はわあわあと泣き出した。
京一は三人から事情を聞いても「家の中にあるんでしょうから、いつか出てきますよ。美祢ちゃんもそんなに泣かないで。」と事も無げに言って、美祢の頭を優しく撫でた。
京一は、陽子が弁当入れにと与えてくれた鞄に手を突っ込みながら「いつもありがとうございます。今日も美味しかったです。」と言って弁当箱を出そうとした。
そこで何か違和感を感じて、違和感の原因である物体を取り出した。それは正に探していたものだった。
三人は、え~っ!?と驚いて顔を見合わせた。
それは本当に不思議な出来事だった。
京一の仕事中にそのアイテムは美祢の手の中にあったし、陽子もそれを目撃している。
京一が仕事中に、美祢がうたた寝してる間に取りに来る等ということも無理だ。
しかもこれは一例で、似たような事例はその後何度もあったと言うのだ。
慎一は狐に鼻をつままれたような気分で話を聞いていた。
嘘だと思いたいが、そんな話を自分にした所で、彼らにはなんの得もない。
「信じられないようでしたらお貸ししますよ」と京一は言ったが、慎一は丁重にお断りした。
完全に信じた訳ではないが、一人で居るときに、それ以上の現象が何か起きたらと思うと、とても借りようという気にはなれなかった。
とりあえず、京一の持つ時計に似たアイテムは、様々な角度から写真を取らせてもらうことで済ませることにした。
「とりあえず、調査はお受けします。料金に関しては、爺さんに聞いてください。これは爺さんが引き受けた案件なので、僕は爺さんから料金を受けることになってますので。」
慎一は二人にそう言ったが、陽子はそれでは申し訳ない、料金はきちんと払うから言ってほしいと言ったが、慎一は断った。
「爺さん経由の案件はいつもそうなんですよ。調査結果は爺さんも知りたがっているので、一枚噛む事で関係者で居たがってるんです。それがお嫌な様でしたら、別の調査会社をご紹介しても良いですが、どっちみち結果は爺さんにも伝えるつもりですよね?」
慎一がそう言うと、二人はその問いに否定はしなかった。
「僕も出来るだけ早く報告できるように、すぐ動き出しますよ。写真に写ってる神社を手がかりに、色々と当たってみます。」
そう言った後で、慎一は二人を一階のビル玄関まで見送った。
二人はよろしくお願いしますと言い残し、バス停に向かっていった。
慎一は二人が角で曲って姿を消したのを確認すると、腕に書いた番号を見ながらチコに電話をかけた。約束通りに迎えに行かなければならない。