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12.訪問

  慎一とチコが急いで服を着ているときに、慎一はチコへ名刺を渡した。

  「これに俺の番号が書いてある。何かあったら連絡してくれ。」

  チコは「うん、分かった。」と言って、スカートのポケットに名刺を入れた。

  「それとな……言い辛いんだが、調査依頼の客が来ちまってるんだ。依頼内容には守秘義務ってやつがあってな。部外者の立ち会いはご法度なんだよ。」

  慎一は申し訳無さそうに言った。

  「だからな……これで近くの茶店で飯食うなりコーヒー飲むなりして、時間潰しててくれねえか?後で迎えに行くから。」

  慎一はそう言って、マスターから借りたタクシー代の残りを、全額チコの手に握らせた。

  「分かったよ。そういう事情じゃ、しょうがないもんね。」

  チコは名残惜しそうにそう言って慎一を見つめた。

  「依頼主が帰ったら連絡するよ。番号を教えてくれ。俺のは名刺に書いてあるから。」

  チコに教えてもらった番号を掌にメモすると、急いで身支度を整える。

  客を部屋に入れる前に、急いで階下に降りていくように頼んだ。

  身支度を整えたチコは「ねえ、最後にもう一度キスして」と言ってキスをし、慎一が来客を招くと、三人が入ってくる前にドアから小走りで去っていった。


 

  「どうもすいませんね。色々ゴタ付いちゃって。」

  慎一は洗面所から戻りしなに寄った冷蔵庫から飲み物を注いだコップを両手に持って戻り、二人の前に置きながらそう言った。

  二人は再び顔を見合わせ、なんと言ったものかという表情をした。

  訪問した早々ああいった場面を見せられては無理もない。

  「いえ、とんでもないです」と二人は言いながら飲み物に口をつけた。

  京一は飲み物に口をつけながら、前日の膳場会長とのやり取りを思い出していた。


 


  「わしの孫がちょっと風変わりな商売をしておってな。探偵をやっておるんじゃよ。つなぎをつけておくから、明日行ってみるといい。調査能力はまぁまぁあるから、何か分かるかもしれん。」

  会長はそう言って、お茶を一口啜った。

  「でも……探偵さんに調査を依頼するとなると、結構な費用がかかるのではないですか?僕の給料ではとてもとても。」

  京一は不安げな表情で、会長にそう言った。

  「なに、そう心配したもんでもない。何と言ってもわしの孫だ。サービス価格で請け負うように言っておいてやるよ。そこら辺は任せておきなさい。」

  そう言って、会長は取り出したタバコに火をつけて、美味そうに煙を吐き出した。

  「何よりわし自身も君の身元には興味があるしな。

  このひと月、君は仕事もよくやってくれていると報告も受けておる。職場で君の身を預かっておる身としては、君の身内の事も出来るだけ早くハッキリさせておきたいと思ってな。費用の事は気にしないで、ここを訪ねてみるといい。」

  そう言って、会長は京一に一枚の名刺を手渡した。

  そこには膳場慎一探偵事務所と記載があり、所長 膳場慎一と記載されていた。そこには住所と電話番号も記載されていた。

  「分かりました。そこまで言っていただけるのでしたら、一度訪ねさせてもらいます。」

  京一は、意を決したように会長にそう言うと、会長は「おお、そうか。その気になってくれたか。けっこう、けっこう。」と言ってガハハと笑った。

  京一は岩倉家へ戻ってから、会長から聞いた話を陽子に報告した。

  陽子は最初は驚いてたが、折角の会長がそう勧めてくれているのなら、それに乗っかった方が良いのじゃないかと京一に言った。

  そうして名刺の住所を見たときに、そこは慣れてないと分かりづらいところだから、私も一緒に付いていくと言い出した。

  「でも、それじゃ申し訳ないですよ。陽子さんには陽子さんの仕事があるんじゃないですか?」

  京一が心配そうにそう言うと「大丈夫!今の時期は仕事はいくらか落ち着いてるし、処理しなければならない要件がもしあったら、帰ってから片付けるようにするわ。明日朝イチで会社に連絡しとく。それに探偵事務所を訪ねるなんて生まれて初めてだもの。何だかワクワクするわ。」

  その様子だと、京一が何を言おうと、何がなんでも付いてくる勢いである。

  「お母さんイイなあ。私も付いていっちゃ駄目?」

  美祢が羨ましそうにそう言うと、「あら、あなたは明日は普通に学校があるでしょ?ちゃんと行かなきゃ。何があったか、後でちゃんと教えてあげるから。」

  「ホント?帰ってきたらちゃんと教えてね?約束だよ?」

  そう言って、二人で勝手に盛り上がっている。

  翌日に陽子も一緒に探偵事務所を訪ねるのは、既定路線になってしまったようだ。

  「で、明日何時頃にそこを訪ねればいいの?」と、陽子は京一に聞いた。

  「ええ、それなんですが……」

 


  「ああいう商売だ。依頼が入ってる時は早朝から深夜まで居ないことが多いが、奴は現在は仕事にあぶれとる。昼過ぎに行って丁度いい位じゃろうよ。もし事務所に人の気配が無いようなら、管理人室にいるビルの大家に聞いてみると良い。2階建ての小さなテナントビルじゃ。すぐ分かるわい。大家の婆さんとはわしと昔ちょっとあってな。少々気が強いが、わしの名前を出せば良くしてくれるはずじゃ。気のいい婆さんじゃよ。」

  会長はそう言ってお茶の残りを一気に飲み干して、タバコの火を揉み消すと、じゃあ仕事頑張ってなと言って休憩室を後にした。

  京一がお見送りしますと言うと、そんな時間があったら、お客様のために仕事を頑張ってくれと言って一人で帰っていった。



  翌日。

  最寄りのバス停からバスに乗って三十分余り。

  バス停から歩いて5分程で、中通りにあるテナントビルに到着した。時計の針は二時を少し過ぎた所を指している。

  「ここですよね」

  京一は、確かめるように陽子に尋ねた。

  「住所はここで間違いないわ」

  陽子は名刺の住所と現在地を確認しながら京一に言った。

  ゼンイチビルと入り口に書かれたそれに入り、管理人室の受け付け窓に目をやるが、誰も居ない。

  仕方ないのでそのまま二階に登っていくと、ドアのすりガラスに膳場探偵事務所と書かれている。

  何度かノックしても、人の気配はすれど出る様子もない。

  二人で顔を見合わせて、登ってきた階段を降りる。

  「どうやら留守みたいね。帰ろうか、京一君。」

  陽子は諦めたような顔でそう言った。

  「ちょっと待って下さい。会長は管理人のお婆さんに聞いてみるようにと言ってましたので、聞いてみませんか?」

  京一がそう言うと、陽子は分かったわと言って一応同意したが、無人の管理人室を指差して「でも誰も居ないみたいよ?」と言った。

  だが、見てみると受付台のような所に呼び出しブザーが設置してある。

  押してみると、奥から年配の女性がノッソリといった感じで出てきた。

  陽子は「こんにちは」と言って頭を下げた。

  「ああ、こんにちは。どうしましたか?何かうちに用事でも?」

  年配の女性はそう尋ねてきたので「上の探偵事務所を訪ねてきたんですが、お留守のようでしたので、何か分からなかと思いまして。膳場さんという方からの紹介で訪ねてみたんですが。」

  陽子がそう言うと、女性の目がキラリと光ったように彼女には見えた。

  「膳場って言うと、上の階のあいつの爺さんの事かい?」と言って、上の階の方向を顎でしゃくった素振りを見せた。

  「ええ、そうです。」と京一が言った。

  「でも、ノックしても全然出ないものですから、いつ頃帰られるか分かるようでしたら教えてもらえないかと。」と、言葉を陽子が引き継いだ。

  「そういうことかい。ちょっと待ってな」

  管理人の女性はそう言うと、しばらく管理人室に引っ込んでたが、しばらくすると戻ってきた。

  「多分居ると思うよ。ついてきな。」

  お婆さんを筆頭に、三人は階段を登っていった。

  お婆さんは事務所のドアの前に立つと、勢いよくドアをドンドンと叩き始めた。

  それは周囲にかなり大きな音で響き渡るほど強い調子だった。

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