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10.日常の間で

  「京一くん、木工用ボンドの在庫切れたんで品出ししておいてくれない?」

  「了解しました。」

  「京一くん、お客さんが買った腐葉土運ぶの手伝ってあげて」

  「了解しました!」

  「京一くん、お客さんの絨毯を車に積むの手伝ってあげて」

  「了解しました!」

  「京一くん、」

  「了解しました!!!!」

  「いや……お昼行ってきていいよwww」

  「あ…………行ってきますー。」


  ホームワークは今日も忙しい。

  京一がここにアルバイトとして勤めるようになって、既にひと月近くが経とうとしていた。

  ひと月と少し前、京一から仕事が決まったと報告を受けた陽一と陽子は大変驚いた。

  会長の見舞いへ行くのは予想が付いていたが、まさかそこでアルバイトまで決めてくるとは思わなかったのだ。

  当面の間は陽一の資料整理を手伝ってもらって、京一の仕事に関しては、まあボチボチと……等という大雑把なビジョンで考えていたのだから、驚くのも無理はない。

  京一が岩倉家へ着いて間もなく、陽子のスマートフォンに着信があった。

  相手は膳場会長だった。

  内容は、来月の頭から京一に店を手伝ってもらうことになったこと、判子と住民票を用意しておいてほしい事、給与振込用の口座を作っておいてほしいこと、制服を支給するので、サイズを確認しておいてほしい事、等であった。

  身元保証人は膳場会長が請け負うということで、二人は更に驚いたが、身元が不明の京一を会社に対して保証する為には、自分くらいの強力な保証人が付いていないと、他ではどこでも仕事は出来ないだろうと言われては、二人も納得するしか無かった。

  振込口座は、陽一か陽子の口座を新しく作って、そこに振り込んでもらう形にすれば良いとして、問題は住民票だった。

  以前の記憶がなく、どこに住んでいたか分からないことには、住民票の取りようもない。

  なので今回は特別ということで、身元が分かり次第に住民票を取るということを、会長権限で収めてもらった。

  「まるっきり役に立たんようなら、すぐクビにするからそのつもりでな。」と、会長は言った。

  「そうにでもしとかんと、ゴリ押ししたわしの顔が立たんからの」と、重ねて言ったが、スピーカー・モードで話を聞いてた京一は「大丈夫です。お役に立てるように頑張ります。」と言った。

  「じゃあ期待しておるよ。来月一日8時半に店の事務所に顔を出してくれ。」と言って電話を切った。

  それからの岩倉家は大変な騒ぎだった。

  二人は、京一君就職おめでとうと言って拍手してくるし、腕を両手で掴んでブンブン振るし、面映い気持ちったら無かった。

  じゃあ今夜は京一君の就職祝いも兼ねて外で食事しようかとか、夫婦で勝手に盛り上がっていた。

  京一は恥ずかしい気持ちもあったが、就職を自分の事のように喜んでくれる二人に対して、ありがたい気持ちで何だかジーンとした感情が湧き上がってきた。

  やがて昼食の時間になり、三人は陽子が茹でてくれた月見そばを食べていたが、二人は尚もああだこうだ言いながら盛り上がっていた。

  食べながら、京一は「陽一さん、写真資料の作成と整理、昨日の晩出来るところまでやったんですが、あれで良いかどうか、ちょっと見てもらえませんか?」と言った。

  陽一は、ああ言ったものの、一晩で作った量には教えたばかりで不慣れだろうと思って、多くは期待していなかった。

  しかし昼食後に離れへ行って内容をチェックしてみて驚いた。

  膨大な量の写真ファイルがあったはずなのだが、一晩で作成する量としては十分過ぎる量が作成されていた。

  画像の枠外への整理番号の書き込み、パンチ穴を空けてのバインダーへの収納。

  教えた通りの仕事ぶりだった。

  「一晩でこれだけやったのかい?君すごいね。教えたばかりなのに。助かるよ。」と言って、嬉しそうに京一の手を握ってブンブンと振った。

  そうこうしているうちに、美祢が帰ってきた。

  京一の就職が決まったと聞いて、大喜びしてくれた。

  そして「じゃあ今夜はお祝いしなくちゃね!どうしようか。」と言って目を輝かせた。

  皆で外へ食事に行こうと言われて更に喜んだ。

  「じゃあ、お姉ちゃんが帰ってきたら、どこに行くか相談しないとね。」

  嬉しそうにそう言ってるところに、陽一のスマートフォンが鳴った。

  相手としばらく何か話している様子だったが、電話を切ると、仕事の相手からだという。

  「現時点で出来てるところまでで良いから、出来てるファイルを持ってきてくれないかと言うことなんだ。折角の休みなのに、一日早く切り上げることになっちゃったよ」と、残念そうに言った。

  「でも京一君が作っておいてくれたお陰で、とても助かったよ。ありがとう。」と言われ、京一も嬉しそうな顔をした。

  夕方近くになって麗華が帰ってきて、その日あった出来事を聞くと、「凄いじゃん!やったね!」と言ってサムズアップしてきた。

  夕食はどこにしようか、麗華と美祢の間で散々揉めたが、最終的にはこの街一番のバイキングレストランにしようということになり、その店で一同乾杯の仕儀となった。

  翌朝。

  迎えに来た車にバインダーを積み込んで、陽一は助手席から顔を出した。

  「京一君、仕事頑張ってな。それから、僕が居ない間、3人の事をよろしく頼む」

  そう言って、陽一は京一へ頭を下げた。

  京一は「あ、頭を上げて下さい。よろしくと頭を下げなきゃならないのは僕の方なんですから。なんか色々と……ありがとうございます。」と言って頭を下げた。

  陽一はニコニコと笑いながら頷いた。そして陽子の方へ顔の向きを変えると「また来月の末に帰るよ。それまで家のこと、よろしくな。」と言った。

  陽子は「分かってるわよ。ドライバーの方待たせちゃ悪いから、早く行きなさい。」と言ったが、名残惜しそうな顔をしていた。

  麗華と美祢は既に登校しており、二人は陽一へ、行ってきます、お父さん行ってらっしゃいと、アッサリしたものだった。

  「大歓迎も初日だけか。」と陽一が言うと、陽子は「あなたが辛くならないように二人して気を使ってるのよ」とフォローした。

  「じゃあ、もう行くよ」と言って、車は岩倉家を後にした。

  そうして、翌月の1日から店に出勤するようになって、ひと月近く経つ訳だが、その間に京一も大分仕事に慣れた。

  どうやら膳場会長の顔は潰さなくて済んだようである。

  当面のところ、京一の出勤ペースは一日おきということになっている。

  初日に人事からそう説明を受けた時、京一は毎日でも出れますがと言ったが、これは会長からの指示なのだという。

  京一は不思議な気分だったが、会長からの指示となると仕方がない。

  京一は期待を失望に変えないように頑張ろうと思った。

  仕事は簡単なものが多かったので、すぐに慣れることが出来た。

  覚えが早く仕事が早いので、職場からの信頼を得るのも早く、徐々に仕事の幅も広がっていった。

  そうして日々が過ぎていき、話は現在に至る。

  京一は休憩所で食事を取っていると、そこへ膳場会長が訪ねてきた。

  「か、会長!お疲れさまです。」

  京一はそう言って、立ち上がって頭を下げた。

  「ああ、いちいち立ち上がらんでもいい。食事を続けなさい。ちょっと様子を見に来ただけじゃでな。」

  そう言って、会長はニコニコと笑いながら京一に言った。

  「しばらく仕事ぶりを見させてもらってたよ。すっかり慣れたようじゃな。」

  京一は「全然ですよ。まだ指示されないと動けないので、役に立ってる感じがしません。」と言って恐縮した。

  「なあに、そのうち指示されなくても自然に動けるようになるさ。やってるうちに、自然と身体が覚えてきて反応できるようになる。」

  そう話してるうちに、別の従業員がどうぞと言って出してくれたお茶を一口すすりながら「今日来た用向きは、店の様子を見たり、君の働きぶりを見に来たというばかりじゃ無いんじゃよ。」と言った。

  「そうなんですか。てっきりお店の視察にでも伺ったのかと思いましたけれども……。」と京一は意外そうな顔をした。

  京一は先輩の従業員から、会長は時々店に顔を出しては店内をブラブラ見て歩いて、気がついたことがあれば店長に何やかんや改善点を指摘して帰っていくという事を聞いたことがある。

  現役を退いても現場感覚が抜けないと、会長の息子である社長は苦い顔をしていると、先輩は苦笑しながら話していた。

  「何と言っても創業者だし、会長の顔を見ると、みんな引き締まるし強烈なカリスマ性があるしね。お陰で後を継いだ社長は影が薄くて苦労してるみたいだよ。」

  先輩社員は、休憩時間に会長の話題が出たときに、京一へそんな話をした事があった。

  この店舗は数あるチェーン店の中でも一号店で、統括本部もこの店の上の階にある。

  売り場面積も一番広いし、従業員用休憩所兼用の食堂も充実した作りになっている。

  京一と膳場会長は、入り口に近い隅の方の席で話をしていた。

  「仕事にもまあまあ慣れてきたことだろうし、君の身元を調べて、君の失われた記憶を掘り起こすということに、本腰を入れてはどうかと思ってな。」

  会長はそう言って、フーッと煙を大きく吐いた。

  「このまま記憶がない宙ぶらりんの状態で生活してても、君も腰が落ち着かんじゃろう。」

  会長は京一の目を見ながらそう言った。

  「ありがたいお話ですが、僕自身もどこから手を付けていいのか見当がつかないのです。」

  京一は途方に暮れたように言った。

  「それについては、いい方法がある。実はわしには不肖の孫が居るんじゃが、そいつがちょっとした変わった商売をしておってな。」

  膳場会長はそう言って、ニヤッと笑った。

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