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一話

 私は気づいてしまった。自分が"偶然"話題だったから始め、"偶然"世界観が自分好みだったが故にやり込んだというだけのギャルゲー、そしてあろう事かその酷い目に合うタイプのヒロインに転生してしまった、ということに。


 汐月 葵が登場するゲーム、『アルメリアの花束を』はオープンワールド型のロールプレイングゲームだ。プレイヤー扮する主人公は魔術や異能の入り交じった現代風異世界を舞台に、敵対組織の構成員達や魔獣と呼ばれる超常生物との戦いを通じて成長し、その中でヒロイン達と出会って仲を深めていく。

 また、オープンワールド特有の行動の自由度に加えキャラメイクの幅も広く、外見以外にも生まれ持った魔術適正やいずれ目覚める異能の種類まで好きに設定することが出来た。


 発売前の時点では"いかにも"な魔法学園ものギャルゲーだと言わんばかりの宣伝をしていたが、発売後、そのあまりの自由度の高さやストーリーの奥深さから一気に話題作となる。まぁその後少しも経たぬうちに再度、今度は全く別の意味での話題作となるのだが。



(待って、なにこれ……?)



 失意のままにへたり込む。

 前世においては所謂オタクであった私だ、流石に"異世界転生"に関する知識は豊富であり、なんなら大好きな乙女ゲームの主人公に転生する妄想をした回数など、数えるだけ無駄と言わざるを得ない程である。

 それでも。いや、だからこそ此度の転生の衝撃は大きく、かつて何度も目にした"葵の死に際"に関する記憶が、絶望感と化して牙を剥いた。


 環境の劣悪さも絶望に拍車をかけていたと言えるだろう。六畳あるかないか、といった広さの屋根裏部屋、たった一つの小さな豆電球に照らされて、ヒビの入った鏡が小学校高学年くらいだろうか……まだまだ幼さの残るやつれた少女の顔をどんよりと映し出している。


 ───少女は、天才"だった"らしい。


 かつて四六時中向けられていた、両親からの好奇心と狂気に満ちた瞳はもうここにはなく、あるのはひび割れた鏡の他には薄く埃を被った机や椅子、そして数少ない着古した衣類くらいなものであった。



 瞳を閉じれば瞼に浮かぶ数多の"スチル"。転生者として多少なりとも成熟した精神をもってしても、たとえ一瞬でも気を抜いてしまえば瞬く間に絶望に呑み込まれてしまうような予感が絶えない。


 ……それでも。


「私だって、死にたくないし……!」


 半ばに強引に四肢を奮起させて立ち上がる。


 たとえ前世の記憶が甦ろうとも忘れはしない。白い部屋の中、狂気のままに刃物を光らせる両親の顔を。異能が不発だった瞬間の、落胆の、失望の表情を。

 両親の関心は今や強力な異能を有する妹にすっかり移り、週に1度血液を採取し提供することだけが汐月 葵の存在意義であった。


 しかし、ただ一つだけ、今の私が"汐月 葵"に勝っている点があるとするならば。それは前世においては人一倍欲望に忠実で、そして人一倍の行動力を有していたことだろう。

 そう。搾取されている少女の現状を哀れみ、眼前の小さな窓から"脱出する"という選択肢を見い出せる程度には。




 窓から這い出し、屋根瓦の上で夜空を見上げ大きく息を吸い込む。

 3月の夜の空気はやはり冷たく、一気に体温を奪われる感覚に「ひっ」と体を震わせるが、その心はどこか晴れやかで。

 無論死への恐怖が、絶望感が消えた訳では無い。だが同時に「前世の記憶を以てすれば案外何とかなるんじゃないか」という半ばやけっぱちの推測が、小さくとも確かに希望となって荒んだ心を満たしていた。


 一息ついて目下の街を見下ろせばそこは住宅街で、まだ灯りの付いている家も多いため今は8時頃かな、などと軽く予想を立ててみる。

 下からは家族の楽しげな話し声が聞こえてくる。……心に一抹の未練が湧き上がる、が。


『お姉さま傷だらけでかわいそうっ……』


『そうかい?短い間だったとはいえ私達の役に立ったのだからあの子も幸せだろうに。それに、今は菫が頑張ってるんだからあの子は必要ないんだよ。』


 ……。


(……っ!)


 ひんやりとした屋根を滑り降りて庭を抜け、敷地を囲うフェンスの隙間をこじ開けて道路に出る。


「あ〜、やっちゃったなぁ〜……バレたらどうなっちゃうんだろ……」


 焦ったような言葉とは裏腹に、その声色はどうしようもない程に晴れやかで。


 人通りの少ない夜の街を軽やかな足取りで進んで行く。無論、アテはない。警察に助けを求めようにも、交番に行った時点で両親に伝わりあの部屋へ連れ戻されてしまうだろう。ここら一帯における汐月家の権力はそれほどまでに強大だった。


「どうしよっかな……まぁとりあえず遠くにでも?……ふふ。」


 ───その時のことだ。


 突然、寒気が走る。


 葵の後方……少し離れた位置に気配を感じた。さっと振り返った後、思わず体が強ばる。

 ───濃密な死の気配を放つ黒い人影。

「まだ本編始まってないし」と油断していなかったと言えば嘘になる。だが……どうして忘れていたのだろうか。


(え……誰……?なんでどういうこと?え?)



 ……もはや立ち竦む余裕すらなかった。





 おまけ 黒いやつについて


 汐月葵ルート死因ランキング第4位。葵を夜間に連れ出すと低確率で出現する謎の黒い煙状の敵。すごく強い。葵を連れ出した時のみ出現するため彼女個人に原因があるものと考察されていたが結局真相は闇の中。また、他のヒロインのルートでは全く出現せず、かつ本当に何の伏線もなく襲いかかって来る謎仕様で批判がすごかった。

 なお、仮に逃げ切れたor撃破できたとしても目を離した隙に葵が死ぬ。



評価、ブクマ、感想、いいね……なんでもいいので何かしら反応を頂けると作者のテンションが上がってフリック入力が速くなったりならなかったりします。

今後ともよろしくお願いいたします。

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