プロローグ
後夜祭の喧騒が二重の窓越しに遠く響く中庭。少ない灯りに薄暗く照らされた1組の男女がいた。
「───なんで。なんで私なんかに優しくしてくれるんですか……?」
絞り出すように少女が問いかける。まだ九月といえども日没後となれば肌寒く、少女の不安と共鳴するかのような虫の声がいやに耳に残った。
「そ、れは……っ」
少し口ごもった後そっと一息、そして覚悟を決めた様子で少年は顔を上げる。
「……陽実のことが、好きだから。」
ぱん、と軽い破裂音とともに七色の光が夜空を、2人を照らした。締めの花火に湧く、学友達の歓声が響き渡る。
思わず涙を零した少女を抱き留める少年。
真昼であれば多くの生徒たちで賑わうこの中庭も、今だけは彼らだけの世、界───
───だったらどんなに良かったことか。
中庭の茂みの中……先程の2人からギリッギリ死角になる極限領域にて、ことの成り行きを眺めるこれまた男女が2人。
「ひぁ〜リアル『るいひな』たまらん……この記憶だけで白米50億杯くらいイケるかも……」
「なんだって他校に不法侵入してまで他人の恋路なんか……はぁ……」
「放って置けなかったから、かな。」
「……ごめんて」
うつ伏せでオペラグラスを構えたまま恍惚とした表情で呟く女を、呆れた様子で諫める男。
双方ともパッと見かなり顔が整っているように見えるのだが、状況や表情も相まって台無しそのものであった。
───これは、こいつら……の主に女の方が英雄に至るまでの物語である。
◇◇◇
少女は、天才だったらしい。
曰く、産まれた時から膨大な魔力を持っていた、と。
曰く、生後半年で軽い身体強化魔術程度なら扱えるようになっていた、と。
曰く、彼女の血液は魔術の媒体として最上のそれであった、と。
魔術の名門、汐月家。その長女として生まれた彼女の幼少期は常に痛みとともにあった。血を抜くためだったのか、身体の性質を調べるためだったのか。今となってもどうでも良いが、少女としての幸福な記憶が思い起こせない程度には悍ましい幼少期だったのだろう。
汐月 葵。それが少女の名、前───
「……え?汐月 葵?私が?」
『死亡フラグ六十刀流』『日常会話が死に直結する女』『心配事の96%が起きる女』『死ロインの到達点』
ゲーム内最凶の死亡率を誇る"不幸系ヒロイン"、汐月 葵が割れた鏡越しに座っていた。