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ベビーカーの人

作者: モモモタ

 ある日の深夜。残業仕事を終え、帰ろうと思った時には0時を回っていた。明日も仕事なので、流石にきついと思いながら車に乗り込もうとした。



「はいはい、泣かないの」



 周囲に街灯はない真っ暗な路地。付近には駐車場や民家があるだけで、なおかつ深夜のこの時間に人がいるとは思う由もなく、体を震わせて驚いた。声の方を見ると、女性がベビーカーを押しながら歩いていた。どうやら子供をあやしているようだ。



「なんだ……」



 安堵したのもつかの間。こんな深夜に散歩をしているのか? しかも懐中電灯も持たず、真っ暗な中を散歩? 理解できず、私は車に逃げるように乗り込む。ドアを閉める音は聞こえただろうが、エンジンをかけることで起きる音で、これ以上あちらに認識されたくない。そう思い、そのまま息を潜め、様子を窺うと。



「ん?」



 女性はきょろきょろと周囲を見渡し、やがて路地から駐車場に入ってくる。そして停まっている車の中を覗き込み始める。音をたてた私を探しているのだろうか? 駐車場には私を含め3台しか停まっていない。車を出してしまおうか。そう思ったが、すでに女性は2台目を調べ始めている。しかも、2台めは向かいに停まっているので相手の動き次第で事故を起こしかねない。


「何なんだ……?」



 結局車を出せず、女性は2台目を調べ終え、こちらに向かってくる。まずい。いや、何を恐れているんだ。相手はただの女性だ。ただ、音がしたから誰かいるのかと思っているだけだ。そう言い聞かせるように念じるが、結局運転席でスーツの上着を頭から被り、縮こまる。



「………」



 ザッザッザッ、ジャリジャリと砂利を踏む足音、ベビーカーの車輪の音が聞こえる。それは少しずつ大きくなり、やがてドアの前で止まる。上着を被って下を向いたのは失敗だった。相手が今どこにいるのか分からない。いや、動けば砂利の音がするから、それまでは絶対に動いては駄目だ。なぜそうしなければいけないのか、ただ奇妙なものを見て勝手に怖がっているだけなのかもしれない。しかし。私は、ある噂を思い出してしまった。それは、会社で流れている噂。



ーーーーーーーーーーーーーー---------------------------



「『ベビーカーの人』って知ってる?」


「何それ?」


「この辺では有名らしいんだけど……深夜、ベビーカーを押してる女の人がいるんだって」


「うーん……確かに変だけど、まだ夜の散歩でありえない話じゃなくない?」


「それがね。ベビーカーには、赤ちゃんは乗ってないの。乗ってるのは、人形なんだって」


「……例えば、亡くなった赤ちゃんを今でも忘れられないとかそういうのあるんじゃない?」


「何でそんなに擁護するのよ、もう」


「ありえない話じゃないし、そんな話聞いたことあるし」


「そうなんだけど、この話は少し違うのよ。その人は、確かに昔子供を亡くしてるそうなんだけど、昼間とかは普通の人らしいよ。けど、深夜出歩いている時は、別人みたいなんだって」


「別人って?」


「見られたら、激怒して追いかけてきて、こういうんだって」



ーーーーーーーーーーーーーー---------------------------



「私がおかしいのか!」


「ひぃ!?」



 突然、外から聞こえてくる怒号。同時に、ドンドンと車の窓を叩く音。見つかっている。だが、顔を上げる勇気は出ない。



「私がおかしいのか!」



 そのままじっと耐え続ける。言葉の意味は分からないが、5分ほど経っただろうか。静かになる。ようやく去ったと思い、上着をどけて顔をあげる。



「あ」



 窓の外には、ボサボサの髪が顔に貼り付き、髪の間からこちらを睨みつける女性の姿があった。なぜ、砂利の音で確認しなかったのか。あまりの恐怖に失念していたのかもしれない。



「私がおかしいのか! そんなにおかしいのか!」



 ガチャガチャとドアを開けようとしてくる。鍵が掛かっているので開く心配はないが、女性は石を拾い、窓を割ろうとしてくる。



「お、おいおいおい!」



 このままだと危険だ。無理矢理にでも逃げようとエンジンをかけ、アクセルを踏む。と、バキバキバキッ! と何かを踏んだ音がした。



「え」



 少し進んだところでサイドミラーで確認する。テールランプで照らされたのは、破壊されたベビーカー。こちらを感情のない顔で見つめてくる頭が凹んだ人形。そして、それを呆然と見下ろす女性。



「や、ヤバイヤバイヤバイ!」



 ベビーカー、車の前に置いていたのか!? 人を轢いたわけではなくて安堵しつつも、あの女性がどういう行動に出るのか分からない恐怖から、私はそのまま走り去った。



ー----------------------------------------




 翌日の早朝。結局あれから寝られなかったので、まだ陽も上りきらないうちに私は出勤した。あの駐車場だと女性にバレるかもしれないので、違う駐車場に車は停める。もういないだろうが、恐る恐る駐車場を覗き込むと。



「ひっ!?」



 女性は、まだ立っていた。そして、声に反応してこちらを見ると。



「お前のせいだ」



 女性は目尻を下げ、口角を上げながら不気味な笑みを浮かべ、こう続ける。



「お前が殺した。お前がおかしい」



ーーーーーーーーーーーーーー---------------------------



「……で、話しかけられてからどうなるの?」


「ベビーカーの人形を持たされるの」


「え」


「それで、壊させるのよ。そうしないとずっと叫び続けてついてくるらしいのよ。けど、壊したら途端に笑いだすんだって」


「気味悪いけど、それで終わり?」


「そうなったら、毎日夢に出てくるようになるんだって。その人の笑い声や、姿。それと、壊した人形が」


「呪われるってこと?」


「うん。後はおかしくなって、自殺しちゃうんだって」


ーーーーーーーーーーーーーー---------------------------



 あの体験以降、毎日夢であの女性が笑いながら、壊れた人形を手渡してくる。私はそれを受け取ると、地面に置き、何度も、何度も踏みつける。人形は悲鳴を上げ、女性は笑い声を上げる中、私はひたすら踏み続ける。



「もう、駄目だ」



 除霊も神頼みも全て試した。けど、駄目なのだ。あの日、あの女性に出会い、ベビーカーを壊した瞬間に私は罪悪感と共に呪いを受け入れてしまったのだ。逃げられないと悟った私は、人生を終わらせる為……会社の屋上から、あの駐車場に向かって飛び降りた。



                         完

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