姫君と騎士
数十年続いた戦争にようやく終止符が打たれる時が来ました。
明日、私は敵国の王子と結婚します。
これにより和平が結ばれ、この国には平和が訪れることでしょう。
これで良かったのです。私一人の心より、国民の命の方が大切なのですから。
一冊の本を手に取り、ある一節を指でなぞる。
―どんなに離れていても僕たちは同じ月の元で眠り、同じ太陽の元で生きている。
これを最初に読んだ時はいまいちピンときませんでしたが、今なら理解できそうだ、と姫は思いました。
明日は早いため、もう寝ようと姫がランプに手を掛けたところで窓からかすかに音がしました。
姫は窓に近寄ってそっと開けると、そこにはこの世で一番愛しい人の姿がありました。
「姫、明日嫁がれると聞きました」
「えぇ、貴方と会えるのも今日で最後になるわ」
「姫、僕と一緒に逃げましょう。必ず、守りますから」
「……ありがとう。でも、もう決めたの。私が嫁げば長く続いた戦争が終わるの。沢山の国民が救われるのよ?素敵な事、でしょう?」
「そう、ですね。姫ならそう言われると分かっていました。ですが、覚えていてください。貴方が助けを求めた時、僕はすぐにあなたを助けにいくと」
そう言って彼は姫の手を取ると、一つ口づけを落として暗闇の中へと姿を消したのでした。
翌日、結婚式は盛大に挙げられました。
国民が歓喜の声を上げる中、姫は笑顔で手を振り続けました。
隣国へと嫁いだ姫は丁重に扱われました。
姫も粗相がないように気を付けました。
姫にとって彼の傍に居られないのはとても辛い毎日はまるで世界から色が亡くなったように思えました。
ですが姫は辛くなったら彼が助けに来てくれると自分に言い聞かせ、必死に頑張りました。
ですが、ある日母から一通の手紙が届きました。
彼が戦死したというのです。
姫は泣き崩れました。
もう、助けてくれる彼はいません。
どんなに辛くても一人で耐え忍ぶしかないのです。
姫はその日からより一層粗相がないように、完璧な妻を演じました。
ですが、ある日廊下で夫が悪口を言っているのを耳にしてしまった。
「あいつ、いつも笑って薄気味悪いんだよなぁ。ここらで一番の美姫だって話だったから親父の話に乗ってやったが失敗だったな」
その言葉で姫の心はポキリと音を立てて折れてしまいました。
許されるのならばこのまま死んでしまいたい。
けれど、死んでしまっては和平は破られるかもしれない。
また、多くの国民を苦しめることになるかもしれない。
姫は逃げることも死ぬことも許されず、一人苦しみました。
やがて、姫の心は苦しみから逃れるために何も感じなくなりました。
夫に罵られても陰口を叩かれても笑い続けました。
そして、数十年の時が経った姫は国民に慕われる立派な王妃となり、務めを果たしました。
今では髪が真っ白になり、手が皺だらけで目もよく見えません。
姫は最後に願いました。
どうか、この城から出して欲しい。と。
すると、今まで良く見えなかった目がだんだん見える様になってきたのです。
どうして見える様になったのか首を傾げていると、ふと、手に温かいものが触れた気がしてそちらを向くとそこには数十年前に死んだはずの彼が立っていました。
「姫、長い間助けに来られず申し訳ありませんでした。ですが、もう大丈夫です。僕が永遠にあなたをお守りします」
姫は目に涙を一杯にためて数十年ぶりに心からの笑顔を浮かべました。
「ありがとう、でも私こんなに年をとってしまって顔も皺だらけよ?それでもいいの?」
「貴方は今でも美しいですよ」
彼がそう言いながら差し伸べてくれた手を取ると、不思議な事に今までいうことを聞かなかった体が軽くなり、視界に映る髪も若いころの黒髪に戻っていました。
彼は片膝をつくと、姫の手を取りこういいました。
「姫、僕と一緒に逃げて頂けますか?必ずお守りいたします」
「えぇ、今度はどこまでもあなたについて行くわ」
そうして二人は手を取り合って城の外へと駆けだしたのでした。
使用人が部屋を訪ねた時には動けなかったはずの王妃がベッドから消えていたというはなしを聞いた彼女の娘は。
「母は、やっと幸せになれたのです」と空を見上げていたのでした。