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第八十五話 無常

前回


 久住(くずみ)双葉(ふたば)椿(つばき)陽子(ようこ)東瀛丸(とうえいがん)を渡されて再び神為(しんい)を身に着け、陽子(ようこ)と共に別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)の新華族令嬢二人を返り討ちにした。

 その後陽子(ようこ)双葉(ふたば)をも気絶させた後、気絶した黎子(れいこ)野愛琉(のある)の身体を担いで闇に消えた。


 一方その裏では神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)が何やら陰謀を動かし、とりわけ武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)のパワーアップに驚嘆していた。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)の搬送は即日で特殊防衛課の知るところとなった。

 神為(しんい)についての対策を目的とした特殊防衛課に関する法律は、これに特徴的な「外傷の異常な回復の早さ」が見られる事件を可及的速やかに彼らに報告するようになっていた為である。


 そして翌日、九月十四日、日曜日。

 椿(つばき)陽子(ようこ)から渡された東瀛丸(とうえいがん)を飲んでしまった久住(くずみ)双葉(ふたば)はその身柄を再び特殊防衛課で預かられることになった。

 迎えには課長の根尾(ねお)弓矢(きゅうや)、それと直前まで彼女と会っていた岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)が派遣され、根尾(ねお)の車で双葉(ふたば)は彼らの宿泊するホテルに向かう。


「どうして……黙っていたの?」


 友人である魅琴(みこと)の問い掛けにも双葉(ふたば)は不貞腐れた表情で窓の外を見たまま答えない。

 黙っていた、というのは言うまでも無く椿(つばき)陽子(ようこ)の事だ。

 (わたる)魅琴(みこと)にとっては、外れていて欲しかった嫌な推測が当たってしまっていたということになる。


 気まずい沈黙の中、自動車の走行音だけが景色と共に流れていく。

 堪らず、口を開いたのは根尾(ねお)だった。


「はっきり言おう、久住(くずみ)さん。貴女(あなた)の立場は今、非常に拙い状態にある。我々に黙って椿(つばき)陽子(ようこ)と密通していたこともそうだが、昨日より皇國(こうこく)から派遣された二人の支援人材、新華族の令嬢が二名、行方不明となっている。貴女(あなた)が倒れていた現場に椿(つばき)とその二名の血痕が残されていたことから、間違いなく三名は交戦となり、結果攫われたのだ。」


 窓に映る双葉(ふたば)の表情が険しくなった。

 おそらく彼女は今この状況が相当気に入らないのだろう。

 そう、彼女は帰国してからずっと、気に入らないことだらけだった。


(わたし)をどうするつもりですか?」

「まずは事情聴取だな。」


 根尾(ねお)の言葉に、双葉(ふたば)は露骨な溜息を吐いた。


「これ、黙秘権とかあるんですよね?」

「な、何を言っているんだ⁉」


 助手席の(わたる)が驚いて声を上げた。

 冗談にしては双葉(ふたば)の表情はいやに冷めている。


久住(くずみ)さん、さっき根尾(ねお)さんも言っていたでしょう。ただでさえ貴女(あなた)は立場が悪いの。椿(つばき)陽子(ようこ)との間に何が起きたか、事情を話してくれなきゃ状況は悪化する一方よ?」


 魅琴(みこと)も隣どうしに座っている双葉(ふたば)を説得する。

 しかし、双葉(ふたば)の態度は頑なだった。


「悪化したらどうするんですか? (わたし)狼ノ牙(おおかみのきば)の仲間にするんですか?」

「成程……。」


 双葉(ふたば)の言葉から、根尾(ねお)は何かを察したようだ。


「さっきから貴女(あなた)は『どうする。』『仲間にする。』と言っている。まるで我々には貴女(あなた)の処遇についての既定路線、ストーリーがあり、貴女(あなた)の言動弁明如何を問わず粛々とそれに従って処理しようとしているかのように……。つまり、久住(くずみ)さん、貴女(あなた)は我々を…」

「そう、信用してない。一切合切、これっぽっちも!」


 被せ気味に強い語調で双葉(ふたば)は言い放った。


「この際だから言うけど、おかしいでしょう⁉ (わたし)達、普通に生活していたらいきなり連れ去られただけの被害者なんだよ⁉ それをさも当然の如く監禁したり監視したり戦争に参加させたり残党狩りをさせたり……どうしてみんな素直に従うの⁉ 人権無視じゃない‼」


 珍しく捲し立てる双葉(ふたば)の声が車内に響いた。

 今まで溜め込んでいたものが(せき)を切ったといったところか。


「お叱りの通りだ……。」


 根尾(ねお)双葉(ふたば)の言うことを否定せず、静かに言葉を返した。


「国家の非常時に於いて、事態の収束と個人の私権に生じる衝突をどのように解決するか、それは難しい課題だ。我々はそれを安易に進め過ぎた。それが敗因となった。特殊防衛課に一度でも配属された皆は今なおその犠牲を強いられ続けていると言えるだろう。」

「何ですか? 開き直りですか?」

「……そう取られても仕方がないな。だが我々とて、徒に貴女(あなた)方を苦しめようとしているわけじゃない。それだけは解って欲しい。椿(つばき)陽子(ようこ)道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)姉弟には貴女(あなた)方の帰国を最後に助けて頂いたという恩がある。我々としては二人の事を助けたいと思っている。だから久住(くずみ)さん、その為に今からでも知っている事を話して欲しい。」


 双葉(ふたば)根尾(ねお)がそうこうやり取りをしている内に、滞在しているホテルが見えてきた。


「続きはホテルに着いてからにしよう。」

「随分豪華なホテルを使ってるんですね、(わたし)がいなくなってから……。」

「みんなにそれを言われるな……耳が痛い……。」


 この日は日曜日で、特殊防衛課の面々は全員ホテルに滞在している。

 話を聞くにはもってこいの状態だった。


 車はホテルの駐車場に入り、河岸は根尾(ねお)の部屋へと移る。



⦿⦿



 根尾(ねお)の部屋に入るや否や、双葉(ふたば)に一人の少女から怒りの込められた眼が向けられた。

 拳を固く握りしめている魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)は昨日行方を晦ませた二人の友人、別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)の身を案じているのだろう。


「まず、確認したい。」


 その視線を遮るように根尾(ねお)双葉(ふたば)に再度問い掛ける。


「さっきも触れたが、陽子(ようこ)陰斗(かげと)姉弟は我々の帰国に力を貸してくれた。このことから、必ずしも狼ノ牙(おおかみのきば)に心から従っているわけではないと踏んでいる。そのことについて、貴女(あなた)の見解を訊きたい。」

「それは……(わたし)もそう思います……。」


 双葉(ふたば)はこの質問に素直に答えた。

 根尾(ねお)、政府の人間に不信感を持つ彼女だが、陽子(ようこ)の不利になるようなことは避けたかったのだろう。


「そうじゃなきゃ、久住(くずみ)さんは一番強く椿(つばき)に裏切られたことになる。態々今も会おうだなんて思わないよな?」


 双葉(ふたば)陽子(ようこ)がどういう経緯を辿って来たか概ね知っている(わたる)もフォローを入れる。


椿(つばき)陽子(ようこ)貴女(あなた)に助けを求めているの?」


 同じく、双葉(ふたば)のことを信じたい魅琴(みこと)もなるべく好意的に彼女の行動を解釈できるよう真意を問い掛けた。

 これが双葉(ふたば)陽子(ようこ)に会おうとする理由として最も酌量できる可能性だと考えられる。


陽子(ようこ)さんは(わたし)が此処に居る人たちとコネを持っていることを見込んで助けて欲しいと言ってきていた……。でも(わたし)貴方(あなた)達を信用できない。だから黙っていた。」

「成程……。」


 根尾(ねお)は眉間に皺を寄せ、双葉(ふたば)の答えに頷いた。


「で、昨日会ったんだな?」

「はい。」

「そしてその現場を新華族の二人、別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)に押さえられた……。」


 根尾(ねお)双葉(ふたば)の身に起きたこと、その経緯を確認していく。

 しかし、新華族の二人の名前が出たところで再び双葉(ふたば)の眼に反抗的な光が宿った。


「ええ。それで向こうから襲ってきたんですよ!」

「何? それは妙だ。椿(つばき)陽子(ようこ)道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)に関しては我が国側で解決する為、皇國(こうこく)側の手出しは無用と言ってあったはずだし、同意も得ていた筈だが……。そうですね、水徒端(みとはた)さん?」

「然様に御座います。しかしあの二人は……その……。」


 新華族令嬢から選ばれた三人の精鋭、三羽烏の指揮を任されていた水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)は気まずそうに目を伏せる。

 彼女の言わんとしたことは、怒りを抑えきれない東風美(あゆみ)が補足する。


「あの二人は初めから水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)の言うことなんか素直に聞く気はありませんよ。表面上は従っていても、何か少しでも大義名分があれば自分の判断で動きます。(わたし)だってそうです。 (そもそ)も、水徒端(みとはた)家って新華族の中でも格下なんですよ! おまけに潰れかけだし!」

「では魅継(みつぎ)嬢、何故十堂(とおどう)様と公殿(くでん)様はそんな彼女に指揮権を? 態々(わざわざ)齟齬(そご)が起こるような指揮系統にしたのですか?」

「理由は三つ。まず、十堂(とおどう)様に仕えるこの女の願いである水徒端(みとはた)家再興の為に解り易い手柄を立てさせようという建前が一つ。それを名目として、(わたし)達がこっちでやらかした時の責任を一身に負わせる為、という裏の理由がもう一つ。最後に、 (そもそ)も疎いんですよ、六摂家ともなると。(わたし)達新華族間の格付けなんてね!」


 東風美(あゆみ)の表情、声色には苛立ちが見え隠れしていた。

 彼女の友人が今置かれている状況を思えば無理もない。


魅継(みつぎ)様の仰る通りですわ。(わたくし)達の確執など、(きのえ)様の黄泉路に旅立たれた御先代の御耳に入ると一笑に付されること請け合いでしょう。」


 (きのえ)夢黝(むくろ)に仕えた事のある早辺子(さえこ)の言葉は彼と最後に戦った(わたる)にも思い当たるところはあった。

 確かに、あいつはプライドが高そうだし皆纏めて見下してそうだ。――そう、すとん、と腑に落ちた。


「話が脱線してしまったな。」


 閑話休題、根尾(ねお)が再び双葉(ふたば)に経緯を確認する。


「それで、何やら大義を見出した二人が襲い掛かって来たので、已む無く椿(つばき)陽子(ようこ)と二人で応戦したと、こういう訳か……。」

「ええ、そうですよ。」


 双葉(ふたば)の両目がぎらりと光った。

 彼女は二・三、その敵意に満ちた視線を移す。

 その先には(わたる)魅琴(みこと)が含まれており、二人は思わず瞠目した。

 双葉(ふたば)の意図は次の言葉で明らかとなる。


「あの二人が言っていたのはこうです。『椿(つばき)陽子(ようこ)には日本側と通じている人間がいる。それを明らかにするために、日本側だけで捜査をしたいと言われた。でも、今その内通者が明らかになった以上ここで始末しても問題ない。』とね! つまり、こういうことでしょう? 初めから(わたし)は疑われていた! 岬守(さきもり)君も、麗真(うるま)さんも、友達面して近づいて結局のところこっちの懐の内を探っていたんだ!」

久住(くずみ)さんっ……!」


 それは違う、と(わたる)魅琴(みこと)も言えなかった。

 実際、それとなく脱出決行日の話をしたことにも、入院していた病院の話をしたことにも、彼女の反応を窺おうという下心があったことは確かだ。

 だが、双葉(ふたば)双葉(ふたば)で結局(わたる)魅琴(みこと)の疑った通りの行動をとっていたのだから、これは彼女の開き直りでもある。


久住(くずみ)さん、今はただ起きた事実の話だけをしてくれ。」


 見かねて根尾(ねお)が釘を刺した。

 双葉(ふたば)はむすっとした表情で踏ん反り返った。


「起きた事実はその後の結果だけですよ。陽子(ようこ)さん以外皆気を失って、(わたし)だけが現場に残された。それで全部です。」

「成程……。」


 根尾(ねお)は少し考え込むような仕草を見せた後、「わかった。」と言って懐から鍵を取り出した。

 そしてホテルのキーボックスから錠剤の入った小瓶を取り出した。


久住(くずみ)さん、椿(つばき)陽子(ようこ)から東瀛丸(とうえいがん)を飲まされたな?」

「ええ、そうですよ。隠しても無駄だから否定しませんけどね。」

「そうか。では、また効果が切れるまで四週間かかることになる……。」


 根尾(ねお)が言わんとしていることは容易に想像がつく。

 そしてその、再び監視下に置かれるという宣告が、双葉(ふたば)にとって耐え難いものであることも。

 根尾(ねお)自身もそれは承知の様で、ここで彼は別の道を提案した。


久住(くずみ)さん、車内で(おれ)はこう言った。『我々は徒に貴女(あなた)方を苦しめたいわけじゃない。』とね。そして、貴女(あなた)にとって再びの軟禁生活が受け容れ難いこともよく解った。だから、ここにもう一つの選択肢を用意しよう。この錠剤だ。」

「これは……?」


 双葉(ふたば)根尾(ねお)が目の前に持ってきた小瓶に目を奪われた。

 それは明らかに東瀛丸(とうえいがん)とは錠の形が異なるが、瓶にはラベルが貼られておらず詳細は分からない。

 根尾(ねお)はどうやら蓋の色と錠の形だけで区別しているようだ。


「これは『東瀛除丸(とうえいじょがん)』という薬で、平たく言えば服用した東瀛丸(とうえいがん)を打ち消す効果がある。つまりこれを飲めば神為(しんい)は消え、元の無害な一般人に戻れる。」

「へえぇ……。」


 説明を聞いた双葉(ふたば)は顔を傾け、根尾(ねお)に対して露骨に嫌悪感を示した。


「そんな便利なものがあったんですね。つまり、最初から皆を一カ月も拘束する必要なんか無かったんだ。」

「言っておくがノーリスクという訳じゃないぞ。これを服用すると東瀛丸(とうえいがん)の本来の効果が切れるまでは何の副作用も無いが、それを過ぎると40℃を超える高熱に悩まされるという副作用がある。東瀛丸(とうえいがん)服用から一週間経ったあのタイミングで飲めば、一週間は苦しまなければならなかった。対して今の貴女(あなた)はまだ一日目だ。一カ月後にたった一日耐えれば済む。」

「ああ、そうですか……。」


 双葉(ふたば)はまたしても侮蔑を隠そうともせずわざとらしい溜息を吐いた。

 最早根尾(ねお)に対する彼女の好感度は底を突いてしまったらしい。


根尾(ねお)さん、内心(わたし)のこと莫迦(ばか)にしているでしょう?」

「何を言う……?」

「大人しく言うことを聞いていればいいのに。身の程を弁えず浅知恵を働かせて反抗的な態度を取る……。そんな風に考えている。見え見えなんですよね……。」


 今度は根尾(ねお)が眉を顰め、不快感を示した。

 二人は何処までも交わらない、平行線といった趣だ。


虎駕(こが)君の事は随分可愛がってたみたいですしね。そんな彼が期待を裏切ったのもお生憎様でした。」

久住(くずみ)さん、貴女(あなた)言っていいことと悪いことが…」

麗真(うるま)さんは黙っててよ! どいつもこいつも全体主義者ばっかり! この人の横暴をどうしておかしいと思わないの? ああ……。」


 窘めに入った魅琴(みこと)に対しても、双葉(ふたば)はせせら笑うかのような表情を見せつけた、


麗真(うるま)さんって根尾(ねお)さんの御主人様の、(すめらぎ)奏手(かなで)の娘だったっけ。そりゃこの人側だよね。みんなあのファッショ女の言い成りなんだよね! あ、でも落選しちゃったんだったっけ! それはそれは御愁傷さまでした!」


 捲し立てる双葉(ふたば)の独り舞台。

 (わたる)はただ困惑していた。

 虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)三日月(みかづき)由奈(ゆな)白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)はここまで話に入ってきていないが、終始気まずそうに時に顔を見合わせたり視線を泳がせたりしていた。

 根尾(ねお)は険しい表情をしつつ、黙って双葉(ふたば)の言葉を聞いていた、


 そして魅琴(みこと)は酷く悲しげな眼で双葉(ふたば)を見ていた。


 彼女は本当にあの久住(くずみ)双葉(ふたば)なのだろうか。

 彼女は何処かで変わってしまったのか。

 それは再会してからの出来事で、対応を間違えたからなのか。

 それとも、やはり会わなかった空白の四年間で何かがあったのか。


 一通り感情をぶちまけ終えたのか、双葉(ふたば)は静かな口調で根尾(ねお)に告げる。


(わたし)、初めて会った時から貴方(あなた)の事が嫌いでした。時代錯誤な男権主義者だとあの時から思っていましたよ。(わたし)みたいな、いかにも弱そうで大人しそうな女は素直に言うことを聞くとでも思っていましたか?」

久住(くずみ)さん、貴女(あなた)とは敵対したくないのだがな……。」


 根尾(ねお)は小さく呟いた。


貴女(あなた)の選択肢は三つだ。一つは今ここで東瀛除丸(とうえいじょがん)を飲んで無害になって元の生活に戻る。一つは飲まずに四週間の経過観察を受ける。もしどちらも拒むとすれば……。」


 部屋に空きにしては冷たい空気が充満する。

 それは最後通告の圧がそうさせるのだろうか。


(わたし)は国家の敵とみなされる……と、そういう訳ですか。」

「どうか賢明な判断を願いたい。」


 双葉(ふたば)は溜息を吐いた。

 それはそれは大きな、全てに呆れ返ったといった溜息だった。


「飲みますよ。そしてもう、(わたし)は二度と貴方(あなた)達に協力しない。今後一切合切。」

「わかった。最後の御協力、感謝する。」

「白々しい人……。」


 双葉(ふたば)は瓶から一錠、東瀛除丸(とうえいじょがん)を取り出して口に含んだ。


「最終日の発熱が酷く、耐えられない場合は連絡しろ。助けになることはするし、何なら病床も用意する。」

「お気遣いどうも。でもお構いなく。もう帰っていいですか?」

「わかった。白蘭(びゃくらん)、彼女を御送りしてくれ。」

「はいはーい。」


 根尾(ねお)に命じられ、白蘭(びゃくらん)双葉(ふたば)を案内して二人は部屋を出て行った。

 最後に双葉(ふたば)魅琴(みこと)と擦れ違う時、何かが決定的に壊れる音がしたような気がした。


 気まずい沈黙が二人の出て行った部屋に流れる。

 それを破ったのは東風美(あゆみ)の舌打ちだった。


「何なのあの女……? 国に助けて貰ったくせに恩は感じないの? あんまりにもムカついたんで、魅琴(みこと)お姉様のお友達じゃなかったらぶん殴ってましたよ。」

「止めなさい、東風美(あゆみ)……。」


 相変わらず悲しげな表情で扉を見詰める魅琴(みこと)に止められ、東風美(あゆみ)も流石に引き下がった。

 だが、一人この空気の中でも冷徹に判断を下す男がいた。


「もしもし、伴堂(ばんどう)か? 何度も済まんな。顔を知られていない人手を用意して、久住(くずみ)双葉(ふたば)の動向を追わせてくれ。」


 根尾(ねお)弓矢(きゅうや)は甘い男ではない。

 再び椿(つばき)陽子(ようこ)が接触してくる可能性を考慮し、しっかりと双葉(ふたば)を要注意人物に入れていた。


「彼女の解放場所は白蘭(びゃくらん)から連絡させる。そこへ先回りさせておいてくれ。」

「なあ、根尾(ねお)さん……。」


 ここで(ようや)く初めて、虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)からの発言があった。


「もしまた椿(つばき)の所に行くとなったら、(おれ)も呼んでくれよ。(おれ)さ、個人的に椿(つばき)に訊いておきたいことがあるんだわ……。」

「それは構わんし、寧ろ戦力は多い方が良いが、学校は良いのか?」

「一日くらい平気だろ。(おれ)、元々不良だし。」


 最後のやり取りは新兒(しんじ)なりに場を和ませようとしたのだろうか。

 しかし、最早到底そんな状況ではなかった。


 昨日温めた(わたる)魅琴(みこと)、そして双葉(ふたば)の旧交は、僅か一日で決定的に壊れてしまった。




⦿⦿⦿




 同日深夜、所変わって皇國(こうこく)では魅継(みつぎ)家が新当主、耀彌(てるみ)の命令で全員本家に集められていた。

 ただ一人、明治日本(めいじひのもと)狼ノ牙(おおかみのきば)の残党狩りを命じられている一番年下の娘、東風美(あゆみ)を残して。


東風美(あゆみ)の奴、父の呼び出しに応じないとはどういうことだ?」


 彼女の兄、耀彌(てるみ)の長男である雅彌(まさみ)は爪を噛む。

 彼はずっと妹のじゃじゃ馬振りに散々苦労させられてきた。


「今それどころじゃないと返してきた切り何の連絡も寄こしません。」


 溜息を吐く次男、勝彌(かつみ)もまた彼女には手を焼いてきた。

 自分勝手な性格に加え、武術の才能も抜きん出ていたので魅継(みつぎ)家の兄弟には二人とも東風美(あゆみ)を止められなかったのだ。

 父である新当主、耀彌(てるみ)はそんな東風美(あゆみ)に甘かった。

 貴族でなくとも末娘にはよくある事である。


 この場には他に耀彌(てるみ)の妻で東風美(あゆみ)の母である風子(ふうこ)耀彌(てるみ)の弟である好彌(よしみ)とその家族六人が集められていた。

 前当主にして遠征軍大臣を務めた康彌(やすみ)亡き今、魅継(みつぎ)家は東風美(あゆみ)を除き全員が本家にいることになる。


 四方(よも)魅琴(みこと)根尾(ねお)も、自分の知らない親戚がこれほど多いとは夢にも思わなかったであろう。

 なお思わなかった、と過去形になるのは、その事実を二人はすぐに知ることになる為である。

 今回、魅継(みつぎ)家が集められた表向きの理由は新当主である耀彌(てるみ)のお披露目である。


 だが、それにしては他の家から招かれた客が一切いない。

 これは妙だと、耀彌(てるみ)の長男である雅彌(まさみ)は気が付いた。


「父上、今回の集会は貴方(あなた)の御意志ですか?」

「いや……。」


 新当主、耀彌(てるみ)は眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。


「祖父、持国天(じこくてん)様だ。」

持国天(じこくてん)様が⁉ 東風美(あゆみ)にはそのことを伝えたのですか?」

「無論だ。だが、東風美(あゆみ)は今忙しい……。」


 持国天(じこくてん)とは、神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)に於ける彼らの祖、閏間(うるま)三入(みいる)の呼び名である。

 魅継(みつぎ)家にとって熾天王(してんのう)は氏神に等しく、閏間(うるま)三入(みいる)には仮令(たとえ)当主であろうと逆らえない絶対的な影響力があった。


持国天(じこくてん)様のご命令を蔑ろにするとは、東風美(あゆみ)の奴……。」


 雅彌(まさみ)は先程より強く爪を噛み、歯で千切ってしまった。

 彼には苛立つと出てしまうこういう癖があった。


 しかし、その時だった。

 何か大きな爆発音の様なものが響き渡り、魅継(みつぎ)家の本家は一瞬にして火炎の中で崩壊し、中にいた者達の多くは死体となって、残りも決して無事ではなく大傷を負って夜の闇の中に放り出された。


「なッ⁉」


 余りに突然の出来事で困惑しながらも声を上げたのは長男の雅彌(まさみ)だった。

 目の前には当主である父、耀彌(てるみ)の死体が転がっている。


「父上⁉ な、何があった⁉ 他のみんなは⁉ 勝彌(かつみ)‼ 母上‼ 好彌(よしみ)叔父様‼」


 雅彌(まさみ)が辺りを見回すと、そこはまさに地獄絵図だった。

 従者たちも含め多くの者が死体となり、生き残った者も決して五体無事ではなく這いずるようにしか動けない。

 雅彌(まさみ)は比較的マシな方で、左腕が吹き飛ばされ左脚に怪我を負ったものの、何とか立ち上がって状況を把握するよう努めていた。


 そして彼が真上を見上げると、巨大な人型のロボットが仁王立ちしていた。

 その大きさは超級(ちょうきゅう)に匹敵する為動機神体(いどうきしんたい)だ。

 近くで虫の息となっていた従者、従軍経験もある男はその姿に困惑を深めていた。


「何だ……? あんな超級(ちょうきゅう)、見たことが無い! 明治日本(めいじひのもと)の新型か? どういうこと……。」


 言い終わる前に従者は事切れた。

 雅彌(まさみ)は何が何やらわからぬまま、その謎の為動機神体(いどうきしんたい)を見上げていた。


魅継(みつぎ)家の諸君、今まで我が手足となっての奉仕、御苦労だった。だが最早お(まえ)達は用済みだ。せめて(わし)の愛機、〝壜級(たんきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)・トミノナガスネビコ〟の手にかかることを光栄に思うがいい!』


 機体から聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。

 まさか、と雅彌(まさみ)は信じられない思いで血走った目を見開いた。


持国天(じこくてん)様……! 閏間(うるま)三入(みいる)様! 曾御爺様‼ どうして⁉」


 答えは返ってこなかった。

 変わりに腕のユニットから放たれた光線砲が魅継(みつぎ)家の残骸を草木も残さず焼き払ってしまった。

次回更新は、10月31日㈰

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