第八十五話 無常
前回
久住双葉は椿陽子に東瀛丸を渡されて再び神為を身に着け、陽子と共に別府幡黎子と牧辻野愛琉の新華族令嬢二人を返り討ちにした。
その後陽子は双葉をも気絶させた後、気絶した黎子と野愛琉の身体を担いで闇に消えた。
一方その裏では神瀛帯熾天王が何やら陰謀を動かし、とりわけ武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太のパワーアップに驚嘆していた。
久住双葉の搬送は即日で特殊防衛課の知るところとなった。
神為についての対策を目的とした特殊防衛課に関する法律は、これに特徴的な「外傷の異常な回復の早さ」が見られる事件を可及的速やかに彼らに報告するようになっていた為である。
そして翌日、九月十四日、日曜日。
椿陽子から渡された東瀛丸を飲んでしまった久住双葉はその身柄を再び特殊防衛課で預かられることになった。
迎えには課長の根尾弓矢、それと直前まで彼女と会っていた岬守航と麗真魅琴が派遣され、根尾の車で双葉は彼らの宿泊するホテルに向かう。
「どうして……黙っていたの?」
友人である魅琴の問い掛けにも双葉は不貞腐れた表情で窓の外を見たまま答えない。
黙っていた、というのは言うまでも無く椿陽子の事だ。
航と魅琴にとっては、外れていて欲しかった嫌な推測が当たってしまっていたということになる。
気まずい沈黙の中、自動車の走行音だけが景色と共に流れていく。
堪らず、口を開いたのは根尾だった。
「はっきり言おう、久住さん。貴女の立場は今、非常に拙い状態にある。我々に黙って椿陽子と密通していたこともそうだが、昨日より皇國から派遣された二人の支援人材、新華族の令嬢が二名、行方不明となっている。貴女が倒れていた現場に椿とその二名の血痕が残されていたことから、間違いなく三名は交戦となり、結果攫われたのだ。」
窓に映る双葉の表情が険しくなった。
おそらく彼女は今この状況が相当気に入らないのだろう。
そう、彼女は帰国してからずっと、気に入らないことだらけだった。
「私をどうするつもりですか?」
「まずは事情聴取だな。」
根尾の言葉に、双葉は露骨な溜息を吐いた。
「これ、黙秘権とかあるんですよね?」
「な、何を言っているんだ⁉」
助手席の航が驚いて声を上げた。
冗談にしては双葉の表情はいやに冷めている。
「久住さん、さっき根尾さんも言っていたでしょう。ただでさえ貴女は立場が悪いの。椿陽子との間に何が起きたか、事情を話してくれなきゃ状況は悪化する一方よ?」
魅琴も隣どうしに座っている双葉を説得する。
しかし、双葉の態度は頑なだった。
「悪化したらどうするんですか? 私も狼ノ牙の仲間にするんですか?」
「成程……。」
双葉の言葉から、根尾は何かを察したようだ。
「さっきから貴女は『どうする。』『仲間にする。』と言っている。まるで我々には貴女の処遇についての既定路線、ストーリーがあり、貴女の言動弁明如何を問わず粛々とそれに従って処理しようとしているかのように……。つまり、久住さん、貴女は我々を…」
「そう、信用してない。一切合切、これっぽっちも!」
被せ気味に強い語調で双葉は言い放った。
「この際だから言うけど、おかしいでしょう⁉ 私達、普通に生活していたらいきなり連れ去られただけの被害者なんだよ⁉ それをさも当然の如く監禁したり監視したり戦争に参加させたり残党狩りをさせたり……どうしてみんな素直に従うの⁉ 人権無視じゃない‼」
珍しく捲し立てる双葉の声が車内に響いた。
今まで溜め込んでいたものが堰を切ったといったところか。
「お叱りの通りだ……。」
根尾は双葉の言うことを否定せず、静かに言葉を返した。
「国家の非常時に於いて、事態の収束と個人の私権に生じる衝突をどのように解決するか、それは難しい課題だ。我々はそれを安易に進め過ぎた。それが敗因となった。特殊防衛課に一度でも配属された皆は今なおその犠牲を強いられ続けていると言えるだろう。」
「何ですか? 開き直りですか?」
「……そう取られても仕方がないな。だが我々とて、徒に貴女方を苦しめようとしているわけじゃない。それだけは解って欲しい。椿陽子、道成寺陰斗姉弟には貴女方の帰国を最後に助けて頂いたという恩がある。我々としては二人の事を助けたいと思っている。だから久住さん、その為に今からでも知っている事を話して欲しい。」
双葉と根尾がそうこうやり取りをしている内に、滞在しているホテルが見えてきた。
「続きはホテルに着いてからにしよう。」
「随分豪華なホテルを使ってるんですね、私がいなくなってから……。」
「みんなにそれを言われるな……耳が痛い……。」
この日は日曜日で、特殊防衛課の面々は全員ホテルに滞在している。
話を聞くにはもってこいの状態だった。
車はホテルの駐車場に入り、河岸は根尾の部屋へと移る。
⦿⦿
根尾の部屋に入るや否や、双葉に一人の少女から怒りの込められた眼が向けられた。
拳を固く握りしめている魅継東風美は昨日行方を晦ませた二人の友人、別府幡黎子と牧辻野愛琉の身を案じているのだろう。
「まず、確認したい。」
その視線を遮るように根尾が双葉に再度問い掛ける。
「さっきも触れたが、陽子陰斗姉弟は我々の帰国に力を貸してくれた。このことから、必ずしも狼ノ牙に心から従っているわけではないと踏んでいる。そのことについて、貴女の見解を訊きたい。」
「それは……私もそう思います……。」
双葉はこの質問に素直に答えた。
根尾、政府の人間に不信感を持つ彼女だが、陽子の不利になるようなことは避けたかったのだろう。
「そうじゃなきゃ、久住さんは一番強く椿に裏切られたことになる。態々今も会おうだなんて思わないよな?」
双葉と陽子がどういう経緯を辿って来たか概ね知っている航もフォローを入れる。
「椿陽子は貴女に助けを求めているの?」
同じく、双葉のことを信じたい魅琴もなるべく好意的に彼女の行動を解釈できるよう真意を問い掛けた。
これが双葉の陽子に会おうとする理由として最も酌量できる可能性だと考えられる。
「陽子さんは私が此処に居る人たちとコネを持っていることを見込んで助けて欲しいと言ってきていた……。でも私は貴方達を信用できない。だから黙っていた。」
「成程……。」
根尾は眉間に皺を寄せ、双葉の答えに頷いた。
「で、昨日会ったんだな?」
「はい。」
「そしてその現場を新華族の二人、別府幡黎子と牧辻野愛琉に押さえられた……。」
根尾は双葉の身に起きたこと、その経緯を確認していく。
しかし、新華族の二人の名前が出たところで再び双葉の眼に反抗的な光が宿った。
「ええ。それで向こうから襲ってきたんですよ!」
「何? それは妙だ。椿陽子と道成寺陰斗に関しては我が国側で解決する為、皇國側の手出しは無用と言ってあったはずだし、同意も得ていた筈だが……。そうですね、水徒端さん?」
「然様に御座います。しかしあの二人は……その……。」
新華族令嬢から選ばれた三人の精鋭、三羽烏の指揮を任されていた水徒端早辺子は気まずそうに目を伏せる。
彼女の言わんとしたことは、怒りを抑えきれない東風美が補足する。
「あの二人は初めから水徒端早辺子の言うことなんか素直に聞く気はありませんよ。表面上は従っていても、何か少しでも大義名分があれば自分の判断で動きます。私だってそうです。 抑も、水徒端家って新華族の中でも格下なんですよ! おまけに潰れかけだし!」
「では魅継嬢、何故十堂様と公殿様はそんな彼女に指揮権を? 態々齟齬が起こるような指揮系統にしたのですか?」
「理由は三つ。まず、十堂様に仕えるこの女の願いである水徒端家再興の為に解り易い手柄を立てさせようという建前が一つ。それを名目として、私達がこっちでやらかした時の責任を一身に負わせる為、という裏の理由がもう一つ。最後に、 抑も疎いんですよ、六摂家ともなると。私達新華族間の格付けなんてね!」
東風美の表情、声色には苛立ちが見え隠れしていた。
彼女の友人が今置かれている状況を思えば無理もない。
「魅継様の仰る通りですわ。私達の確執など、甲様の黄泉路に旅立たれた御先代の御耳に入ると一笑に付されること請け合いでしょう。」
甲夢黝に仕えた事のある早辺子の言葉は彼と最後に戦った航にも思い当たるところはあった。
確かに、あいつはプライドが高そうだし皆纏めて見下してそうだ。――そう、すとん、と腑に落ちた。
「話が脱線してしまったな。」
閑話休題、根尾が再び双葉に経緯を確認する。
「それで、何やら大義を見出した二人が襲い掛かって来たので、已む無く椿陽子と二人で応戦したと、こういう訳か……。」
「ええ、そうですよ。」
双葉の両目がぎらりと光った。
彼女は二・三、その敵意に満ちた視線を移す。
その先には航と魅琴が含まれており、二人は思わず瞠目した。
双葉の意図は次の言葉で明らかとなる。
「あの二人が言っていたのはこうです。『椿陽子には日本側と通じている人間がいる。それを明らかにするために、日本側だけで捜査をしたいと言われた。でも、今その内通者が明らかになった以上ここで始末しても問題ない。』とね! つまり、こういうことでしょう? 初めから私は疑われていた! 岬守君も、麗真さんも、友達面して近づいて結局のところこっちの懐の内を探っていたんだ!」
「久住さんっ……!」
それは違う、と航も魅琴も言えなかった。
実際、それとなく脱出決行日の話をしたことにも、入院していた病院の話をしたことにも、彼女の反応を窺おうという下心があったことは確かだ。
だが、双葉も双葉で結局航と魅琴の疑った通りの行動をとっていたのだから、これは彼女の開き直りでもある。
「久住さん、今はただ起きた事実の話だけをしてくれ。」
見かねて根尾が釘を刺した。
双葉はむすっとした表情で踏ん反り返った。
「起きた事実はその後の結果だけですよ。陽子さん以外皆気を失って、私だけが現場に残された。それで全部です。」
「成程……。」
根尾は少し考え込むような仕草を見せた後、「わかった。」と言って懐から鍵を取り出した。
そしてホテルのキーボックスから錠剤の入った小瓶を取り出した。
「久住さん、椿陽子から東瀛丸を飲まされたな?」
「ええ、そうですよ。隠しても無駄だから否定しませんけどね。」
「そうか。では、また効果が切れるまで四週間かかることになる……。」
根尾が言わんとしていることは容易に想像がつく。
そしてその、再び監視下に置かれるという宣告が、双葉にとって耐え難いものであることも。
根尾自身もそれは承知の様で、ここで彼は別の道を提案した。
「久住さん、車内で俺はこう言った。『我々は徒に貴女方を苦しめたいわけじゃない。』とね。そして、貴女にとって再びの軟禁生活が受け容れ難いこともよく解った。だから、ここにもう一つの選択肢を用意しよう。この錠剤だ。」
「これは……?」
双葉は根尾が目の前に持ってきた小瓶に目を奪われた。
それは明らかに東瀛丸とは錠の形が異なるが、瓶にはラベルが貼られておらず詳細は分からない。
根尾はどうやら蓋の色と錠の形だけで区別しているようだ。
「これは『東瀛除丸』という薬で、平たく言えば服用した東瀛丸を打ち消す効果がある。つまりこれを飲めば神為は消え、元の無害な一般人に戻れる。」
「へえぇ……。」
説明を聞いた双葉は顔を傾け、根尾に対して露骨に嫌悪感を示した。
「そんな便利なものがあったんですね。つまり、最初から皆を一カ月も拘束する必要なんか無かったんだ。」
「言っておくがノーリスクという訳じゃないぞ。これを服用すると東瀛丸の本来の効果が切れるまでは何の副作用も無いが、それを過ぎると40℃を超える高熱に悩まされるという副作用がある。東瀛丸服用から一週間経ったあのタイミングで飲めば、一週間は苦しまなければならなかった。対して今の貴女はまだ一日目だ。一カ月後にたった一日耐えれば済む。」
「ああ、そうですか……。」
双葉はまたしても侮蔑を隠そうともせずわざとらしい溜息を吐いた。
最早根尾に対する彼女の好感度は底を突いてしまったらしい。
「根尾さん、内心私のこと莫迦にしているでしょう?」
「何を言う……?」
「大人しく言うことを聞いていればいいのに。身の程を弁えず浅知恵を働かせて反抗的な態度を取る……。そんな風に考えている。見え見えなんですよね……。」
今度は根尾が眉を顰め、不快感を示した。
二人は何処までも交わらない、平行線といった趣だ。
「虎駕君の事は随分可愛がってたみたいですしね。そんな彼が期待を裏切ったのもお生憎様でした。」
「久住さん、貴女言っていいことと悪いことが…」
「麗真さんは黙っててよ! どいつもこいつも全体主義者ばっかり! この人の横暴をどうしておかしいと思わないの? ああ……。」
窘めに入った魅琴に対しても、双葉はせせら笑うかのような表情を見せつけた、
「麗真さんって根尾さんの御主人様の、皇奏手の娘だったっけ。そりゃこの人側だよね。みんなあのファッショ女の言い成りなんだよね! あ、でも落選しちゃったんだったっけ! それはそれは御愁傷さまでした!」
捲し立てる双葉の独り舞台。
航はただ困惑していた。
虻球磨新兒、三日月由奈、白蘭揚羽はここまで話に入ってきていないが、終始気まずそうに時に顔を見合わせたり視線を泳がせたりしていた。
根尾は険しい表情をしつつ、黙って双葉の言葉を聞いていた、
そして魅琴は酷く悲しげな眼で双葉を見ていた。
彼女は本当にあの久住双葉なのだろうか。
彼女は何処かで変わってしまったのか。
それは再会してからの出来事で、対応を間違えたからなのか。
それとも、やはり会わなかった空白の四年間で何かがあったのか。
一通り感情をぶちまけ終えたのか、双葉は静かな口調で根尾に告げる。
「私、初めて会った時から貴方の事が嫌いでした。時代錯誤な男権主義者だとあの時から思っていましたよ。私みたいな、いかにも弱そうで大人しそうな女は素直に言うことを聞くとでも思っていましたか?」
「久住さん、貴女とは敵対したくないのだがな……。」
根尾は小さく呟いた。
「貴女の選択肢は三つだ。一つは今ここで東瀛除丸を飲んで無害になって元の生活に戻る。一つは飲まずに四週間の経過観察を受ける。もしどちらも拒むとすれば……。」
部屋に空きにしては冷たい空気が充満する。
それは最後通告の圧がそうさせるのだろうか。
「私は国家の敵とみなされる……と、そういう訳ですか。」
「どうか賢明な判断を願いたい。」
双葉は溜息を吐いた。
それはそれは大きな、全てに呆れ返ったといった溜息だった。
「飲みますよ。そしてもう、私は二度と貴方達に協力しない。今後一切合切。」
「わかった。最後の御協力、感謝する。」
「白々しい人……。」
双葉は瓶から一錠、東瀛除丸を取り出して口に含んだ。
「最終日の発熱が酷く、耐えられない場合は連絡しろ。助けになることはするし、何なら病床も用意する。」
「お気遣いどうも。でもお構いなく。もう帰っていいですか?」
「わかった。白蘭、彼女を御送りしてくれ。」
「はいはーい。」
根尾に命じられ、白蘭が双葉を案内して二人は部屋を出て行った。
最後に双葉が魅琴と擦れ違う時、何かが決定的に壊れる音がしたような気がした。
気まずい沈黙が二人の出て行った部屋に流れる。
それを破ったのは東風美の舌打ちだった。
「何なのあの女……? 国に助けて貰ったくせに恩は感じないの? あんまりにもムカついたんで、魅琴お姉様のお友達じゃなかったらぶん殴ってましたよ。」
「止めなさい、東風美……。」
相変わらず悲しげな表情で扉を見詰める魅琴に止められ、東風美も流石に引き下がった。
だが、一人この空気の中でも冷徹に判断を下す男がいた。
「もしもし、伴堂か? 何度も済まんな。顔を知られていない人手を用意して、久住双葉の動向を追わせてくれ。」
根尾弓矢は甘い男ではない。
再び椿陽子が接触してくる可能性を考慮し、しっかりと双葉を要注意人物に入れていた。
「彼女の解放場所は白蘭から連絡させる。そこへ先回りさせておいてくれ。」
「なあ、根尾さん……。」
ここで漸く初めて、虻球磨新兒からの発言があった。
「もしまた椿の所に行くとなったら、俺も呼んでくれよ。俺さ、個人的に椿に訊いておきたいことがあるんだわ……。」
「それは構わんし、寧ろ戦力は多い方が良いが、学校は良いのか?」
「一日くらい平気だろ。俺、元々不良だし。」
最後のやり取りは新兒なりに場を和ませようとしたのだろうか。
しかし、最早到底そんな状況ではなかった。
昨日温めた航と魅琴、そして双葉の旧交は、僅か一日で決定的に壊れてしまった。
⦿⦿⦿
同日深夜、所変わって皇國では魅継家が新当主、耀彌の命令で全員本家に集められていた。
ただ一人、明治日本で狼ノ牙の残党狩りを命じられている一番年下の娘、東風美を残して。
「東風美の奴、父の呼び出しに応じないとはどういうことだ?」
彼女の兄、耀彌の長男である雅彌は爪を噛む。
彼はずっと妹のじゃじゃ馬振りに散々苦労させられてきた。
「今それどころじゃないと返してきた切り何の連絡も寄こしません。」
溜息を吐く次男、勝彌もまた彼女には手を焼いてきた。
自分勝手な性格に加え、武術の才能も抜きん出ていたので魅継家の兄弟には二人とも東風美を止められなかったのだ。
父である新当主、耀彌はそんな東風美に甘かった。
貴族でなくとも末娘にはよくある事である。
この場には他に耀彌の妻で東風美の母である風子、耀彌の弟である好彌とその家族六人が集められていた。
前当主にして遠征軍大臣を務めた康彌亡き今、魅継家は東風美を除き全員が本家にいることになる。
四方や魅琴も根尾も、自分の知らない親戚がこれほど多いとは夢にも思わなかったであろう。
なお思わなかった、と過去形になるのは、その事実を二人はすぐに知ることになる為である。
今回、魅継家が集められた表向きの理由は新当主である耀彌のお披露目である。
だが、それにしては他の家から招かれた客が一切いない。
これは妙だと、耀彌の長男である雅彌は気が付いた。
「父上、今回の集会は貴方の御意志ですか?」
「いや……。」
新当主、耀彌は眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「祖父、持国天様だ。」
「持国天様が⁉ 東風美にはそのことを伝えたのですか?」
「無論だ。だが、東風美は今忙しい……。」
持国天とは、神瀛帯熾天王に於ける彼らの祖、閏間三入の呼び名である。
魅継家にとって熾天王は氏神に等しく、閏間三入には仮令当主であろうと逆らえない絶対的な影響力があった。
「持国天様のご命令を蔑ろにするとは、東風美の奴……。」
雅彌は先程より強く爪を噛み、歯で千切ってしまった。
彼には苛立つと出てしまうこういう癖があった。
しかし、その時だった。
何か大きな爆発音の様なものが響き渡り、魅継家の本家は一瞬にして火炎の中で崩壊し、中にいた者達の多くは死体となって、残りも決して無事ではなく大傷を負って夜の闇の中に放り出された。
「なッ⁉」
余りに突然の出来事で困惑しながらも声を上げたのは長男の雅彌だった。
目の前には当主である父、耀彌の死体が転がっている。
「父上⁉ な、何があった⁉ 他のみんなは⁉ 勝彌‼ 母上‼ 好彌叔父様‼」
雅彌が辺りを見回すと、そこはまさに地獄絵図だった。
従者たちも含め多くの者が死体となり、生き残った者も決して五体無事ではなく這いずるようにしか動けない。
雅彌は比較的マシな方で、左腕が吹き飛ばされ左脚に怪我を負ったものの、何とか立ち上がって状況を把握するよう努めていた。
そして彼が真上を見上げると、巨大な人型のロボットが仁王立ちしていた。
その大きさは超級に匹敵する為動機神体だ。
近くで虫の息となっていた従者、従軍経験もある男はその姿に困惑を深めていた。
「何だ……? あんな超級、見たことが無い! 明治日本の新型か? どういうこと……。」
言い終わる前に従者は事切れた。
雅彌は何が何やらわからぬまま、その謎の為動機神体を見上げていた。
『魅継家の諸君、今まで我が手足となっての奉仕、御苦労だった。だが最早お前達は用済みだ。せめて儂の愛機、〝壜級為動機神体・トミノナガスネビコ〟の手にかかることを光栄に思うがいい!』
機体から聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。
まさか、と雅彌は信じられない思いで血走った目を見開いた。
「持国天様……! 閏間三入様! 曾御爺様‼ どうして⁉」
答えは返ってこなかった。
変わりに腕のユニットから放たれた光線砲が魅継家の残骸を草木も残さず焼き払ってしまった。
次回更新は、10月31日㈰




