第二十二話 襲来
前回
武装戦隊・狼ノ牙に潜入していた日本政府のスパイ、仁志旗蓮は首領補佐、八社女征一千の命を受けた屋渡倫駆郎に殺害された。
根尾弓矢は彼から一枚の不可解な写真をメールで受け取るが、直後刺客に襲われ殺されかける。
これを退けた彼は受け取った写真に陰謀を感じ、仁志旗の遺志を継ぐべく拉致被害者の奪還と写真の解読を改めて決意した。
久住双葉を救出し、さらに雲野兄妹を一向に加えた岬守航達が川辺に戻ってくると、そこには折野菱の死を前に立ち尽くす虎駕憲進と三日月由奈の姿があった。
彼は決して信用できる人間ではなかったし、間違いなく悪人であった。
だがその彼に助けられたこともあった航に、彼の死は重く圧し掛かる。
「岬守、悪い。こうなったのは俺の責任だ。」
虎駕が目を伏して小さく呟いた。
彼は事の顛末を告げ、自分の動揺と油断がその原因にあると述懐する。
そんな虎駕の言葉に、航は首を振った。
「誰か一人のせいじゃない。僕だって君に折野を押し付けてしまった。君は折野を警戒しなければならない状況で敵襲にも応戦してくれたんだ。責められるわけないじゃないか。」
「ありがとう。」
そもそもの発端が双葉の誘拐にあるのならば、防げなかったという失態の中で最も無力な自分がそれを棚に上げて他人を責められるわけがない。
航は自分の非力を恨んでいた。
こんな体たらくで、龍乃神深花に大口を叩いたことが恥ずかしい。
彼女に何と言えばいいのだろう。――力が無ければ綺麗事を実現することなど出来ないのだ。
そんな様子を遠巻きに、雲野兄妹は二人顔を見合わせている。
双葉はそんな彼らに気付き、遺体を見せないよう目を塞ごうとしたが、それを振り切って二人は折野の遺体の傍に駆け寄った。
「あっ! 君達、あまり見ない方が良いよ。」
突然の行動に、航も慌てる。
実年齢は18歳と言っていたが、精神的に幼い彼らに死体はショッキングだろうと思った。
さらに、傍らにある土生十司暁の死体はもっと見せるべきではない状態だ。
しかし、そんな彼らの心配もどこ吹く風と、平然とした顔で雲野兎黄泉は口を開いた。
「この人、死んでしまったのでしょう? 魂がもうどこかへ行ってしまったのがわかるので、隠しても意味無いです。そっちで死んでる人は研究所に来てた人ですね。二人ともすぐに魂がいなくなってしまったようです。」
「いや、そういう問題じゃなくてね……。」
困り果てる航を尻目に、雲野幽鷹が折野の遺体に手を触れた。
「あ、こら!」
「ふにゅ……!」
航の声に驚いた幽鷹だったが、兎黄泉が肩に手を置いて怯えを制す。
「お兄様、続けてください。航さん、この人をこのままにしておくのは可哀想なのです。もっとちゃんと眠らせてあげるべきです。」
兎黄泉の言葉も分からないではない。
だが、これに首を縦に振るわけにはいかない。
「気持ちはわかるけど、駄目なんだよ。ちゃんとお巡りさんに見つけてもらわないと、余計な事はしちゃいけないんだ……。」
「はい、お兄様も兎黄泉も子供じゃないのでそれくらいはわかるですよ。」
え、と疑問を挟む間もなく、幽鷹の体が光を放つ。
それは宛ら雲野研究所で兎黄泉が新兒に神為を貸し与えた時と同じである。
「この人には何もしません。ただ、この人にとっていいことが起きるようにしてあげます。」
「いいことが起きる?」
航は首を傾げた。
幽鷹は折野に、最早命無き『モノ』と化してしまった彼に神為を貸し与えたのか。
それがいったい何を意味するのか、不可解なことだ。
「強い神為を持つということは、それだけ神様に近づくという事です。それは人だけじゃなくて、例えば木や岩なんかでも同じなのです。今、お兄様はこの人の遺体にそれを貸してあげました。しばらくのあいだ、遺体に神様の力が宿ります。」
「なるほど。それで、どうなるんだい?」
「天気が崩れて雨に降られたり風に吹かれたり、川が溢れたり崖が崩れてきたりといったことはこのあたりには起きなくなります。そういう巡り会わせで守られます。あと、お巡りさんに上手く見つけてもらって、ちゃんと手を合わせてもらえるようになると思いますです。」
つまり、彼がなるべく死者としての尊厳を守られるように上手く事が運ぶようになるという事が言いたいのだろう。
「そうか。」
航は目を閉じる。
どこか、彼をこのまま放置して行くことに後ろめたさがあったのだろう。
思えば折野は言動の端々に、本当は仲間になりたいのではないか、という心が覗いているようだった。
ひょっとすると、それはこちらの思いの鏡写しだったのではないのか。
「死なせたくなかった。失いたくなかったんだな……。」
感傷に浸る航を余所に、幽鷹は悲惨な有様となっている土生の死体にも近づいて行った。
「お兄様、その人もですか?」
「うん。悪い人だけど、死んだ人はみんな同じだから……。」
「兎黄泉は別にいいですけど、お兄様、三回目になっちゃいますよ?」
幽鷹は無言で兎黄泉の言葉に頷くと、再び光に包まれる。
死者の尊厳に生前の行いは関係無い、等しく弔われるべき、という感性が、人より魂を身近に感じるが故に強いのかもしれない。
「航さん、それともう一つお伝えする事がありますです。」
兎黄泉が航の袖を引っ張る。
「何だい?」
「実は一カ月ほど前に研究所に運ばれてきた女の人の遺体に、その人の魂が付いて来たです。実はその人が、皆さんの事を教えてくれたのです。」
航は目を見開いた。
察するのに時間は掛からなかった。
一カ月前に死んだ女性、航達の知人……。
該当する人物が一人いる。
「二井原雛火か!」
初日、屋渡倫駆郎が起こした崩落に巻き込まれ、死亡した十五歳の少女。
彼女の遺体は屋渡の命令で水徒端早辺子が処分したと聞いていたが、雲野研究所に運ばれていたとは。
「なんて巡り会わせだ……。もしかして、これも?」
驚愕する航の質問に、兎黄泉は首を振る。
「違います。確かに研究所で変なことをされないように神為を貸しましたが、そんなに長く遠くまで効果は続かないです。」
あまりの偶然に理由を求めたが、どうやらこちらに関しては本当に理由は無かったようだ。
だが偶然であるならば、そこに意味を見出したい気持ちもあった。
「彼女の魂は?」
「航さんたちが来たことを兎黄泉たちに教えて、そのまま往ってしまったです。ので、行先に着いたら研究所のことも話してください。あの人を見つけてもらってください。そうすれば、故郷に帰れます。」
奇跡だろうか?――航は天を仰いだ。
そして兎黄泉の隣に戻って来た幽鷹を見て、並ぶ二人の頭に軽く両手を添えた。
「凄いな、君たちの術式は。まるで双子の天使だ。」
当の兄妹は航の言葉に首を傾げていた。
航の瞳が潤んでいる意味がよくわからないのかもしれない。
そんな三人に、割り込んできたのは三日月由奈だった。
「あのさ、さっきからこの子達、何?」
「ん、実はですね……。」
航は研究上で彼らを拾った顛末を簡潔に語った。
「えーっと、一つ一つ確認していいかな、岬守君。」
三日月は目頭を押さえている。
「この子達、歳はいくつだっけ?」
「18歳です。」
航、幽鷹、兎黄泉の声が同時にハモった。
「どう見ても8歳から、多く見積もっても10歳くらいにしか見えないんだけど。」
「多分体の年齢がそれくらいですね。魂を入れ替えられたそうなので。」
「いや、言動も幼すぎでしょう。」
「それは、10年くらい意識を失っていたからじゃないですか?」
各問に対する航の答えに、三日月は頭を抱える。
「え? 何? じゃあ心も体も10歳以下だけど、実年齢だけとって付けたように18歳ってこと⁉ 何それ⁉ これが合法とかヤバ過ぎるでしょ‼ 犯罪的過ぎて頭がおかしくなる‼」
頭を掻き毟りながら発狂したかのように金切り声を上げる三日月に、その場の大人たちは引き攣った半笑いを浮かべるしかなかった。
久住双葉などはあからさまに白い目で見ている。
「ふにゅ?」
「ふみゅ?」
そんな三日月の様子を見て、当の雲野兄妹は二人並んで首を傾げる。
と、その時、幽鷹の頭がうつらうつらと揺れた。
目蓋は半開きになり、今にも眠りに落ちそうな面持ちだ。
「どうしたの?」
突然の様子に航は困惑して声を掛けた。
「ふにゅぅ……眠たいゆ……。」
「お兄様は一日に三回力を使うと眠くなってしまうです。兎黄泉は一日一回しか使えませんが、その分眠気は平気ですけど。」
どうやら何でもありに思えたこの二人も万能ではないらしい。
彼女の言うことが本当なら、今日はもう雲野兄妹は無力な子供でしかないという事だ。
「どうする? 眠いなら無理せず休もうか?」
「大丈夫、頑張る……。」
呆けた幽鷹はどう見ても大丈夫ではない。
フラフラと三日月の足下に近づき、彼女に抱き着いた。
「ちょっ! えっ? 待って! 待って待って!」
三日月は何やらパニックを起こしている。
何か己の中の葛藤を必死で抑えているかのようだ。
そんな彼女に助け船を出したのは新兒だった。
「そうか、眠いか。よし、寝てていいぞ! 俺が負ぶって行ってやる! お前達には物凄え恩があるからな!」
そう言うと新兒は屈み、幽鷹に背中を貸した。
新兒が彼を背負っていくことに、航達は誰一人異論が無かった。
「ま、確かに、虻球磨君は計り知れない恩があるよね。」
「久住、岬守の話だと恩があるのはお前も同じじゃないのか?」
双葉の言葉が癇に障ったのか、虎駕が案の定一々突っかかった。
「それはそうだけど、こういう力仕事を男がやるのは当然でしょ。」
「いや、俺が言ってるのはお前の態度の話で…」
「おい。」
毎度のやり取りにいい加減うんざりした航が虎駕の言葉を遮った。
虎駕は少し不満げな表情を見せたものの、言い争っているときりが無いのは自覚しているのかそれ以上は何も言わなかった。
「よし、じゃあ改めて、行こうか。」
指定された宿までは、およそ50粁。
子供の兎黄泉に合わせるとして、歩く速さは時速4粁程度だろうか。
現時刻、午前10時30分。
休憩を挟むタイムラグを考えると、目的地に辿り着く頃には日付を跨いでいそうだ。
航達は最後の道を行く。
この長い旅路の終わりを信じて。
必ず日本に帰り着けると信じて。
⦿⦿⦿
雲野研究所の所長室で気を失っていた梶ヶ谷群護の目を覚ましたのは巨大な崩落音だった。
「何だ……? 何が起きた?」
頭を抱えて起き上がる梶ヶ谷は一人の男が目の前に降り立ったのを見上げている。
ここで初めて気が付いたことだが、所長室には天井が無くなっていた。
「何が起きただと? それを訊きたいのはこちらだ。」
両腕に術式で作り上げた肉の槍を備え、屋渡倫駆郎は梶ヶ谷に怒りを滲ませて尋ねる。
「脱走者をこの研究所に誘き寄せて迎え撃つんじゃなかったのか? 何を寝ているんだ。」
「屋渡⁉」
梶ヶ谷は青ざめる。
そして周囲の状態を確認すると、彼に悲鳴混じりに怒鳴った。
「なっ、何をする! 研究所が滅茶苦茶じゃないか‼」
「ほほう、では俺がこの研究所で目にした惨状を教えてやろう。」
屋渡は三本指となった右手を掲げ、一つ一つ数え上げるように梶ヶ谷に告げていく。
「弐級為動機神体『コワニール』、全滅。『双子計画』、検体脱走により頓挫。そして所長のお前もこの様だ。そして敵を迎え入れるお前の作戦を照らし合わせて考えると、何が起きたかは火を見るより明らかだな。」
逆光を浴び陰る屋渡の表情は恐ろしく冷たい。
知能の高い梶ヶ谷は嫌な想像を愚流痢愚流痢と巡らせていた。
「梶ヶ谷よ、お前はこの失態をどう言い訳するつもりなんだ? これはもう俺とは違って弁解のしようが無いだろう。」
「なっ……! 待ってくれよ! 元々は君が……!」
「お前も土生と同じようなことを言うんだな。他人の信用を裏切っておいて。」
屋渡は言葉とは裏腹に嗜虐的な笑みを浮かべる。
彼がこんな態度を取れるのは、今のこの雲野研究所の有様は自分と完全に無関係だという論理の組み立てが頭の中で出来ているからだ。
そしてそれは、あまりにも自分本位で身勝手で、おまけにありえない前提によって成立しているので、筋道立てて考える梶ヶ谷にはなおのこと想像すら及ばないものだった。
「梶ヶ谷よ、お前は俺が訓練した連中を舐めていたのか? いいや、まさか普段から頭脳派ぶっているお前がそんなはずは無いよな? だが、それにしては妙なんだ。研究所は随分手薄だし、第一そもそも何故わざわざ迎え入れる? 川辺で待ち伏せるならその場で戦力を結集させて叩けばいいだろう。そうすれば、最悪研究所だけは無傷で済んだはずだ。」
これは確かにもっともらしい駄目出しだ。
だが、それは結果を見た上で言っていることなので、その程度の反省は梶ヶ谷にも無論できる。
なので、言い訳もまた容易だった。
「それは、奴らを分断したかったんだよ!」
「なら研究所に来た連中は人員総出で叩くべきだろう。」
「そんな……。彼らは戦闘員じゃない! やられるのがオチなのにわざわざ駆り出して何になるんだ!」
「捨て駒にすればいいだろう。例えばお前お得意の抱き着き戦術を研究員に取らせ、身動きを封じ、その隙にコワニールで諸共叩き切ればいい。そうすれば楽に済んだはずだ。」
酷過ぎる提案に梶ヶ谷は驚愕を禁じ得なかった。
目の前の男が何を言っているのかわからない。
「屋渡……、君は従業員を、同志を何だと思っているんだ……!」
「家族だ。家族ならば同じ夢を見て当然。そして、夢の為ならば如何なる辛苦も耐え、時に命を投げ出すのも当然だ。」
他人同士の集合を家族に見立て、その絆を騙る屋渡。
だが、そこにあるのは温もりではない。
ただひたすらに自身の都合の良いように利用するだけの為に枷を嵌める。
言うならば屋渡倫駆郎にとっての家族とは、呪いであった。
彼はその独り善がりの理屈をさらに続ける。
「家族ならば目的意識、問題意識も共有して当然。だが、ここの連中は組織の最重要案件である『双子計画』の検体をあっさり逃がした。俺が辿り着いた時、蛻の殻となった部屋で暢気に伸びて自分の夢を見ていた。これはおかしいじゃないか。命を捨ててでも守るべきだろう。」
ふと、梶ヶ谷の目が屋渡の槍先を捉えた。
槍頭からはまだ乾いていない血が垂れている。
それが何を意味しているかは明らかだった。
「屋渡、まさかお前研究員を……。」
「当然、粛正した。裏切り者には死あるのみだからな。」
「裏切り者だと⁉」
梶ヶ谷は屋渡の考えを薄々理解し始めていた。
勿論、それはあまりにも馬鹿げていて無茶苦茶な考えなので、自分の理解を信じたくは無かったが。
「お前まさか、こうなったのは研究員が裏切ったからだとでも言いたいのか⁉」
「いいや、そうじゃない。俺が裏切り者だと思っているのはお前だ、梶ヶ谷。」
「は、はああぁぁっ⁉」
あまりの言い草に開いた口が塞がらない。
そんな梶ヶ谷を余所に、屋渡は腕を振り上げる。
「既に一人八卦衆から裏切り者が出ている。ならばもう一人くらい八卦衆にいてもおかしくはない。そしてお前が裏切り者ならば、この失態は十全にお前の責任であって俺は無関係だ。むしろそれを突き止めてお前を粛正し、逃げ出した検体を連れ戻したとなればまたお褒めに与れるかもなあ……。」
そう、この男は首領補佐、八社女征一千の命令で仁志旗蓮を粛正し、それをもって八卦衆の地位を保証されたことで完全に味を占めている。
加えて、身勝手な理由によって碧森支部の有人工場で大虐殺を行い、剰えその罪を岬守航に押し付ける算段をするなど、この手の思考には元々慣れているのだ。
「おまっ……! ふざけるな!」
梶ヶ谷の抗議は当然である。
殺される理由としてはあまりにも莫迦げている。
この時、死を意識した梶ヶ谷は自身の記憶の走馬灯を見ていた。
『何だ、この画像は! 僕の想定していた観測結果と全然違うじゃないか! そうか、研究生が観測を失敗したんだな。仕方がない、論文には過去の結果からそれらしく加工して載せるか……。』
『論文のデータがねつ造だと⁉ 僕のせいじゃない! 研究生がデータを誤魔化したからだ! 除籍だ! 除籍処分にしろ!』
『くそっ……! 論文のねつ造を咎められて解雇されてしまうとは……。こんなことになったのは成果を迫る社会のせいだ……。そうだ、この狂った社会、抑圧的な国家がいけないんだ。』
『優秀な僕がこんな惨めな生活をしているのは社会が不公平だからだ! こんな社会を維持しようとする権力者共が悪いんだ! 警察はその権力の狗だ! こいつを殺すのはこいつが抑圧の象徴を生業としているからだ!』
次々と溢れてくる、自身の転落の軌跡。
今、梶ヶ谷群護に突き付けられた屋渡の槍はその末路である。
今の彼はただそれを甘んじて受けるしかない。
そこに自身を追い遣って来たのは他ならぬ自分なのだから。
「ああああああああああっ‼」
最期に絶叫したのは己が愚の全てを悟ったからか。
梶ヶ谷群護の体は一瞬の内に蜂の巣の様に穴を開けられた。
断末魔に襲われなかったのはせめてもの救いだったかもしれない。
「忘れられて久しいな、俺達の標語を……。『使命は地球より重い』のだ……。」
屋渡は空を仰ぎ、大きく跳び上がった。
その跳躍力は驚異的で、雲野研究所の建屋の屋根を大きく超すほどに彼の体は舞い上がっていた。
「さあて、何処だぁ? 俺の可哀い子供たちは……。」
神為で強化された視力は遥か遠方の人影も明瞭に見通す。
彼が目的の人間たちを見つけるのは当然のことであった。
「居たあっ……!」
屋渡は右腕を大きく振りかぶり、その槍を伸ばした。
⦿⦿
漸く舗装された道に出て、街も見えてきたところで最初にその害意に気付いたのは岬守航だった。
超級為動機神体『ミロクサーヌ・改』に搭乗して以来、その手の感覚は研ぎ澄まされていた。
「危ない‼」
咄嗟に、航は虎駕憲進を突き飛ばした。
その攻撃が肩を掠め、航は出血した。
「伏せろ‼」
それが地面に突き刺さったのを見て、航の脳裏に彼と戦った時の記憶が鮮やかに蘇った。
そしてこちらの戦力と能力を把握している彼ならば、最も厄介な虎駕を真っ先に潰そうとしたことにも納得がいく。
その場の皆が航の声に従ったため、砲弾のように飛んできた男の攻撃は不発に終わって土埃を上げていた。
「なんてこった……。もう少しだったのに……。」
そう漏らした航だけでなく、誰もが襲来した敵の正体を悟っていた。
そして聞き慣れた狂気と嗜虐心に満ちた声が、土埃の中からおどろおどろしく響いてきた。
「久しぶりだなあ……。会えて嬉しいぞ。」
ゆっくりと航達の前に歩み出た屋渡倫駆郎の姿に、皆腰が引けて後退ってしまう。
その歪んだ笑みにどれだけ苦しめられ、煮え湯を飲まされてきたか。
やっと逃げ出せた恐ろしい支配者が今、再び目の前に現れたのだ。
凄まじい殺意を纏って。
「ここまで長旅ご苦労だったな。だが残念ながらこの場所にて終了だ。お前たちはここで皆殺しにする。この屋渡倫駆郎が直々に血祭りに挙げる。」
そして、彼が目をやったのは新兒の背中に負ぶわれた幽鷹と、双葉に手を繋がれた兎黄泉だった。
「やはり検体の双子もお前達と一緒だったか。丁度いい、そいつらも頂こう。これで俺の八卦衆の地位も安泰というわけだな。」
「安泰だと⁉」
既にミロクサーヌ・改の中枢は破壊し、修復不能の状態にしてある。
さらに、碧森支部での航の大暴れ。
挽回など不可能だと思われる。
航達は勿論、八社女の事など露知らぬからだ。
「勿論、今回は手を抜いたりなどしないから安心して絶望しろ。」
そう言うと、屋渡はバキバキと音を立てながら変形していく。
そしてそれが収まった時、彼は嘗て見せた体中に槍を備え、蛇のように変態した姿となっていた。
「さあ、愚かな子供たちよ。人生の終わりの時だ。」
「終わるかよ! 必ず帰る! もう少しなんだ! ここを突破すれば、日本に帰れるんだ!」
航は折れない。
この絶望的な状況においても、前に進もうとする。
しかしそれは虎駕に制された。
「岬守、お前は三日月と共に幽鷹と兎黄泉を守るんだ。ここは術式を使える三人で対処すべきだ。」
「虎駕……。」
つい先ほどまで、この場は屋渡の言うように絶望に包まれていた。
だが、航の折れない心が皆に再び火を着けていた。
幽鷹を航に預けた新兒、それと双葉も黙って頷いて、屋渡を三人で取り囲む。
「卑怯だとか言わねえよな! 俺達は生きて帰らなきゃならねえんだからよ!」
新兒が指の関節を鳴らす。
「私だってできる……! 戦えるんだ!」
双葉も覚悟を決めて屋渡を睨みつける。
「莫迦どもが! 纏めて瞬殺してくれるわ‼」
今、この逃避行最後の戦いが幕を開ける。
次回より、第一章最終局面連続更新開始。
次回更新は、11月18日㈬
なお、第一章終了後は書き溜めの為更新に時間が空きます。




