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第二十二話 襲来

前回


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)に潜入していた日本政府のスパイ、仁志旗(にしき)(れん)は首領補佐、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)の命を受けた屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)に殺害された。

 根尾(ねお)弓矢(きゅうや)は彼から一枚の不可解な写真をメールで受け取るが、直後刺客に襲われ殺されかける。

 これを退けた彼は受け取った写真に陰謀を感じ、仁志旗(にしき)の遺志を継ぐべく拉致被害者の奪還と写真の解読を改めて決意した。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)を救出し、さらに雲野(くもの)兄妹を一向に加えた岬守(さきもり)(わたる)達が川辺に戻ってくると、そこには折野(おりの)(りょう)の死を前に立ち尽くす虎駕(こが)憲進(けんしん)三日月(みかづき)由奈(ゆな)の姿があった。

 彼は決して信用できる人間ではなかったし、間違いなく悪人であった。

 だがその彼に助けられたこともあった(わたる)に、彼の死は重く圧し掛かる。


岬守(さきもり)、悪い。こうなったのは(おれ)の責任だ。」


 虎駕(こが)が目を伏して小さく呟いた。

 彼は事の顛末を告げ、自分の動揺と油断がその原因にあると述懐する。

 そんな虎駕(こが)の言葉に、(わたる)は首を振った。


「誰か一人のせいじゃない。(ぼく)だって(きみ)折野(おりの)を押し付けてしまった。(きみ)折野(おりの)を警戒しなければならない状況で敵襲にも応戦してくれたんだ。責められるわけないじゃないか。」

「ありがとう。」


 そもそもの発端が双葉(ふたば)の誘拐にあるのならば、防げなかったという失態の中で最も無力な自分がそれを棚に上げて他人を責められるわけがない。

 (わたる)は自分の非力を恨んでいた。


 こんな体たらくで、龍乃神(たつのかみ)深花(みか)に大口を叩いたことが恥ずかしい。

 彼女に何と言えばいいのだろう。――力が無ければ綺麗事を実現することなど出来ないのだ。


 そんな様子を遠巻きに、雲野(くもの)兄妹は二人顔を見合わせている。

 双葉(ふたば)はそんな彼らに気付き、遺体を見せないよう目を塞ごうとしたが、それを振り切って二人は折野(おりの)の遺体の傍に駆け寄った。


「あっ! (きみ)達、あまり見ない方が良いよ。」


 突然の行動に、(わたる)も慌てる。

 実年齢は18歳と言っていたが、精神的に幼い彼らに死体はショッキングだろうと思った。

 さらに、傍らにある土生(はぶ)十司暁(としあき)の死体はもっと見せるべきではない状態だ。


 しかし、そんな彼らの心配もどこ吹く風と、平然とした顔で雲野(くもの)兎黄泉(とよみ)は口を開いた。


「この人、死んでしまったのでしょう? 魂がもうどこかへ行ってしまったのがわかるので、隠しても意味無いです。そっちで死んでる人は研究所に来てた人ですね。二人ともすぐに魂がいなくなってしまったようです。」

「いや、そういう問題じゃなくてね……。」


 困り果てる(わたる)を尻目に、雲野(くもの)幽鷹(ゆたか)折野(おりの)の遺体に手を触れた。


「あ、こら!」

「ふにゅ……!」


 (わたる)の声に驚いた幽鷹(ゆたか)だったが、兎黄泉(とよみ)が肩に手を置いて怯えを制す。


「お兄様、続けてください。(わたる)さん、この人をこのままにしておくのは可哀想なのです。もっとちゃんと眠らせてあげるべきです。」


 兎黄泉の言葉も分からないではない。

 だが、これに首を縦に振るわけにはいかない。


「気持ちはわかるけど、駄目なんだよ。ちゃんとお巡りさんに見つけてもらわないと、余計な事はしちゃいけないんだ……。」

「はい、お兄様も兎黄泉(とよみ)も子供じゃないのでそれくらいはわかるですよ。」


 え、と疑問を挟む間もなく、幽鷹の体が光を放つ。

 それは宛ら雲野(くもの)研究所で兎黄泉(とよみ)新兒(しんじ)神為(しんい)を貸し与えた時と同じである。


「この人には何もしません。ただ、この人にとっていいことが起きるようにしてあげます。」

「いいことが起きる?」


 (わたる)は首を傾げた。

 幽鷹(ゆたか)折野(おりの)に、最早命無き『モノ』と化してしまった彼に神為(しんい)を貸し与えたのか。

 それがいったい何を意味するのか、不可解なことだ。


「強い神為(しんい)を持つということは、それだけ神様に近づくという事です。それは人だけじゃなくて、例えば木や岩なんかでも同じなのです。今、お兄様はこの人の遺体にそれを貸してあげました。しばらくのあいだ、遺体に神様の力が宿ります。」

「なるほど。それで、どうなるんだい?」

「天気が崩れて雨に降られたり風に吹かれたり、川が溢れたり崖が崩れてきたりといったことはこのあたりには起きなくなります。そういう巡り会わせで守られます。あと、お巡りさんに上手く見つけてもらって、ちゃんと手を合わせてもらえるようになると思いますです。」


 つまり、彼がなるべく死者としての尊厳を守られるように上手く事が運ぶようになるという事が言いたいのだろう。


「そうか。」


 (わたる)は目を閉じる。

 どこか、彼をこのまま放置して行くことに後ろめたさがあったのだろう。

 思えば折野(おりの)は言動の端々に、本当は仲間になりたいのではないか、という心が覗いているようだった。

 ひょっとすると、それはこちらの思いの鏡写しだったのではないのか。


「死なせたくなかった。失いたくなかったんだな……。」


 感傷に浸る(わたる)を余所に、幽鷹(ゆたか)は悲惨な有様となっている土生(はぶ)の死体にも近づいて行った。


「お兄様、その人もですか?」

「うん。悪い人だけど、死んだ人はみんな同じだから……。」

兎黄泉(とよみ)は別にいいですけど、お兄様、三回目になっちゃいますよ?」


 幽鷹(ゆたか)は無言で兎黄泉(とよみ)の言葉に頷くと、再び光に包まれる。

 死者の尊厳に生前の行いは関係無い、等しく弔われるべき、という感性が、人より魂を身近に感じるが故に強いのかもしれない。


(わたる)さん、それともう一つお伝えする事がありますです。」


 兎黄泉(とよみ)(わたる)の袖を引っ張る。


「何だい?」

「実は一カ月ほど前に研究所に運ばれてきた女の人の遺体に、その人の魂が付いて来たです。実はその人が、皆さんの事を教えてくれたのです。」


 (わたる)は目を見開いた。

 察するのに時間は掛からなかった。


 一カ月前に死んだ女性、(わたる)達の知人……。

 該当する人物が一人いる。


二井原(にいはら)雛火(ひなび)か!」


 初日、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)が起こした崩落に巻き込まれ、死亡した十五歳の少女。

 彼女の遺体は屋渡(やわたり)の命令で水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)が処分したと聞いていたが、雲野研究所に運ばれていたとは。


「なんて巡り会わせだ……。もしかして、これも?」


 驚愕する(わたる)の質問に、兎黄泉(とよみ)は首を振る。


「違います。確かに研究所で変なことをされないように神為(しんい)を貸しましたが、そんなに長く遠くまで効果は続かないです。」


 あまりの偶然に理由を求めたが、どうやらこちらに関しては本当に理由は無かったようだ。

 だが偶然であるならば、そこに意味を見出したい気持ちもあった。


「彼女の魂は?」

(わたる)さんたちが来たことを兎黄泉(とよみ)たちに教えて、そのまま()ってしまったです。ので、行先に着いたら研究所のことも話してください。あの人を見つけてもらってください。そうすれば、故郷(ふるさと)に帰れます。」


 奇跡だろうか?――(わたる)は天を仰いだ。


 そして兎黄泉(とよみ)の隣に戻って来た幽鷹(ゆたか)を見て、並ぶ二人の頭に軽く両手を添えた。


「凄いな、(きみ)たちの術式は。まるで双子の天使だ。」


 当の兄妹は(わたる)の言葉に首を傾げていた。

 (わたる)の瞳が潤んでいる意味がよくわからないのかもしれない。


 そんな三人に、割り込んできたのは三日月(みかづき)由奈(ゆな)だった。


「あのさ、さっきからこの子達、何?」

「ん、実はですね……。」


 (わたる)は研究上で彼らを拾った顛末を簡潔に語った。


「えーっと、一つ一つ確認していいかな、岬守(さきもり)君。」


 三日月(みかづき)は目頭を押さえている。


「この子達、歳はいくつだっけ?」

「18歳です。」


 (わたる)幽鷹(ゆたか)兎黄泉(とよみ)の声が同時にハモった。


「どう見ても8歳から、多く見積もっても10歳くらいにしか見えないんだけど。」

「多分体の年齢がそれくらいですね。魂を入れ替えられたそうなので。」

「いや、言動も幼すぎでしょう。」

「それは、10年くらい意識を失っていたからじゃないですか?」


 各問に対する(わたる)の答えに、三日月(みかづき)は頭を抱える。


「え? 何? じゃあ心も体も10歳以下だけど、実年齢だけとって付けたように18歳ってこと⁉ 何それ⁉ これが合法とかヤバ過ぎるでしょ‼ 犯罪的過ぎて頭がおかしくなる‼」


 頭を掻き(むし)りながら発狂したかのように金切り声を上げる三日月(みかづき)に、その場の大人たちは引き()った半笑いを浮かべるしかなかった。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)などはあからさまに白い目で見ている。


「ふにゅ?」

「ふみゅ?」


 そんな三日月(みかづき)の様子を見て、当の雲野(くもの)兄妹は二人並んで首を傾げる。


 と、その時、幽鷹(ゆたか)の頭がうつらうつらと揺れた。

 目蓋は半開きになり、今にも眠りに落ちそうな面持(おもも)ちだ。


「どうしたの?」


 突然の様子に(わたる)は困惑して声を掛けた。


「ふにゅぅ……眠たいゆ……。」

「お兄様は一日に三回力を使うと眠くなってしまうです。兎黄泉(とよみ)は一日一回しか使えませんが、その分眠気は平気ですけど。」


 どうやら何でもありに思えたこの二人も万能ではないらしい。

 彼女の言うことが本当なら、今日はもう雲野(くもの)兄妹は無力な子供でしかないという事だ。


「どうする? 眠いなら無理せず休もうか?」

「大丈夫、頑張る……。」


 呆けた幽鷹(ゆたか)はどう見ても大丈夫ではない。

 フラフラと三日月(みかづき)の足下に近づき、彼女に抱き着いた。


「ちょっ! えっ? 待って! 待って待って!」


 三日月(みかづき)は何やらパニックを起こしている。

 何か己の中の葛藤を必死で抑えているかのようだ。


 そんな彼女に助け船を出したのは新兒(しんじ)だった。


「そうか、眠いか。よし、寝てていいぞ! (おれ)が負ぶって行ってやる! お(まえ)達には物凄え恩があるからな!」


 そう言うと新兒(しんじ)は屈み、幽鷹(ゆたか)に背中を貸した。

 新兒(しんじ)が彼を背負っていくことに、(わたる)達は誰一人異論が無かった。


「ま、確かに、虻球磨(あぶくま)君は計り知れない恩があるよね。」

久住(くずみ)岬守(さきもり)の話だと恩があるのはお(まえ)も同じじゃないのか?」


 双葉(ふたば)の言葉が癇に障ったのか、虎駕(こが)が案の定一々突っかかった。


「それはそうだけど、こういう力仕事を男がやるのは当然でしょ。」

「いや、(おれ)が言ってるのはお(まえ)の態度の話で…」

「おい。」


 毎度のやり取りにいい加減うんざりした(わたる)虎駕(こが)の言葉を遮った。

 虎駕(こが)は少し不満げな表情を見せたものの、言い争っているときりが無いのは自覚しているのかそれ以上は何も言わなかった。


「よし、じゃあ改めて、行こうか。」


 指定された宿までは、およそ50(キロ)

 子供の兎黄泉(とよみ)に合わせるとして、歩く速さは時速4(キロ)程度だろうか。


 現時刻、午前10時30分。

 休憩を挟むタイムラグを考えると、目的地に辿り着く頃には日付を跨いでいそうだ。


 (わたる)達は最後の道を行く。

 この長い旅路の終わりを信じて。

 必ず日本に帰り着けると信じて。




⦿⦿⦿




 雲野(くもの)研究所の所長室で気を失っていた梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)の目を覚ましたのは巨大な崩落音だった。


「何だ……? 何が起きた?」


 頭を抱えて起き上がる梶ヶ谷(かじがや)は一人の男が目の前に降り立ったのを見上げている。

 ここで初めて気が付いたことだが、所長室には天井が無くなっていた。


「何が起きただと? それを()きたいのはこちらだ。」


 両腕に術式で作り上げた肉の槍を備え、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)梶ヶ谷(かじがや)に怒りを(にじ)ませて尋ねる。


「脱走者をこの研究所に誘き寄せて迎え撃つんじゃなかったのか? 何を寝ているんだ。」

屋渡(やわたり)⁉」


 梶ヶ谷(かじがや)は青ざめる。

 そして周囲の状態を確認すると、彼に悲鳴混じりに怒鳴った。


「なっ、何をする! 研究所が滅茶苦茶じゃないか‼」

「ほほう、では(おれ)がこの研究所で目にした惨状を教えてやろう。」


 屋渡(やわたり)は三本指となった右手を掲げ、一つ一つ数え上げるように梶ヶ谷(かじがや)に告げていく。


弐級(にきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)『コワニール』、全滅。『双子計画』、検体脱走により頓挫(とんざ)。そして所長のお(まえ)もこの(ざま)だ。そして敵を迎え入れるお(まえ)の作戦を照らし合わせて考えると、何が起きたかは火を見るより明らかだな。」


 逆光を浴び陰る屋渡(やわたり)の表情は恐ろしく冷たい。

 知能の高い梶ヶ谷(かじがや)は嫌な想像を愚流痢愚流痢(ぐるりぐるり)と巡らせていた。


梶ヶ谷(かじがや)よ、お(まえ)はこの失態をどう言い訳するつもりなんだ? これはもう(おれ)とは違って弁解のしようが無いだろう。」

「なっ……! 待ってくれよ! 元々は(きみ)が……!」

「お(まえ)土生(はぶ)と同じようなことを言うんだな。他人の信用を裏切っておいて。」


 屋渡(やわたり)は言葉とは裏腹に嗜虐(しぎゃく)的な笑みを浮かべる。

 彼がこんな態度を取れるのは、今のこの雲野(くもの)研究所の有様は自分と完全に無関係だという論理の組み立てが頭の中で出来ているからだ。

 そしてそれは、あまりにも自分本位で身勝手で、おまけにありえない前提によって成立しているので、筋道立てて考える梶ヶ谷(かじがや)にはなおのこと想像すら及ばないものだった。


梶ヶ谷(かじがや)よ、お(まえ)(おれ)が訓練した連中を舐めていたのか? いいや、まさか普段から頭脳派ぶっているお(まえ)がそんなはずは無いよな? だが、それにしては妙なんだ。研究所は随分手薄だし、第一そもそも何故わざわざ迎え入れる? 川辺で待ち伏せるならその場で戦力を結集させて叩けばいいだろう。そうすれば、最悪研究所だけは無傷で済んだはずだ。」


 これは確かにもっともらしい駄目出しだ。

 だが、それは結果を見た上で言っていることなので、その程度の反省は梶ヶ谷(かじがや)にも無論できる。

 なので、言い訳もまた容易だった。


「それは、奴らを分断したかったんだよ!」

「なら研究所に来た連中は人員総出で叩くべきだろう。」

「そんな……。彼らは戦闘員じゃない! やられるのがオチなのにわざわざ駆り出して何になるんだ!」

「捨て駒にすればいいだろう。例えばお(まえ)お得意の抱き着き戦術を研究員に取らせ、身動きを封じ、その隙にコワニールで諸共叩き切ればいい。そうすれば楽に済んだはずだ。」


 酷過ぎる提案に梶ヶ谷(かじがや)は驚愕を禁じ得なかった。

 目の前の男が何を言っているのかわからない。


屋渡(やわたり)……、(きみ)は従業員を、同志を何だと思っているんだ……!」

「家族だ。家族ならば同じ夢を見て当然。そして、夢の為ならば如何なる辛苦も耐え、時に命を投げ出すのも当然だ。」


 他人同士の集合を家族に見立て、その絆を騙る屋渡(やわたり)

 だが、そこにあるのは温もりではない。

 ただひたすらに自身の都合の良いように利用するだけの為に(かせ)を嵌める。

 言うならば屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)にとっての家族とは、呪いであった。

 彼はその独り善がりの理屈をさらに続ける。


「家族ならば目的意識、問題意識も共有して当然。だが、ここの連中は組織の最重要案件である『双子計画』の検体をあっさり逃がした。(おれ)が辿り着いた時、(もぬけ)の殻となった部屋で暢気(のんき)に伸びて自分の夢を見ていた。これはおかしいじゃないか。命を捨ててでも守るべきだろう。」


 ふと、梶ヶ谷(かじがや)の目が屋渡(やわたり)の槍先を捉えた。

 槍頭(やりがしら)からはまだ乾いていない血が垂れている。

 それが何を意味しているかは明らかだった。


屋渡(やわたり)、まさかお(まえ)研究員を……。」

「当然、粛正した。裏切り者には死あるのみだからな。」

「裏切り者だと⁉」


 梶ヶ谷(かじがや)屋渡(やわたり)の考えを薄々理解し始めていた。

 勿論、それはあまりにも馬鹿げていて無茶苦茶な考えなので、自分の理解を信じたくは無かったが。


「お(まえ)まさか、こうなったのは研究員が裏切ったからだとでも言いたいのか⁉」

「いいや、そうじゃない。(おれ)が裏切り者だと思っているのはお(まえ)だ、梶ヶ谷(かじがや)。」

「は、はああぁぁっ⁉」


 あまりの言い草に開いた口が塞がらない。

 そんな梶ヶ谷(かじがや)を余所に、屋渡(やわたり)は腕を振り上げる。


「既に一人八卦衆(はっけしゅう)から裏切り者が出ている。ならばもう一人くらい八卦衆(はっけしゅう)にいてもおかしくはない。そしてお(まえ)が裏切り者ならば、この失態は十全にお(まえ)の責任であって(おれ)は無関係だ。むしろそれを突き止めてお(まえ)を粛正し、逃げ出した検体を連れ戻したとなればまたお褒めに与れるかもなあ……。」


 そう、この男は首領補佐、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)の命令で仁志旗(にしき)(れん)を粛正し、それをもって八卦衆(はっけしゅう)の地位を保証されたことで完全に味を占めている。

 加えて、身勝手な理由によって碧森(あおもり)支部の有人工場で大虐殺を行い、(あまつさ)えその罪を岬守(さきもり)(わたる)に押し付ける算段をするなど、この手の思考には元々慣れているのだ。


「おまっ……! ふざけるな!」


 梶ヶ谷(かじがや)の抗議は当然である。

 殺される理由としてはあまりにも莫迦げている。


 この時、死を意識した梶ヶ谷(かじがや)は自身の記憶の走馬灯を見ていた。


『何だ、この画像は! (ぼく)の想定していた観測結果と全然違うじゃないか! そうか、研究生が観測を失敗したんだな。仕方がない、論文には過去の結果からそれらしく加工して載せるか……。』


『論文のデータがねつ造だと⁉ (ぼく)のせいじゃない! 研究生がデータを誤魔化したからだ! 除籍だ! 除籍処分にしろ!』


『くそっ……! 論文のねつ造を咎められて解雇されてしまうとは……。こんなことになったのは成果を迫る社会のせいだ……。そうだ、この狂った社会、抑圧的な国家がいけないんだ。』


『優秀な(ぼく)がこんな惨めな生活をしているのは社会が不公平だからだ! こんな社会を維持しようとする権力者共が悪いんだ! 警察はその権力の狗だ! こいつを殺すのはこいつが抑圧の象徴を生業としているからだ!』


 次々と溢れてくる、自身の転落の軌跡。

 今、梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)に突き付けられた屋渡(やわたり)の槍はその末路である。

 今の彼はただそれを甘んじて受けるしかない。

 そこに自身を追い遣って来たのは他ならぬ自分なのだから。


「ああああああああああっ‼」


 最期に絶叫したのは己が愚の全てを悟ったからか。

 梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)の体は一瞬の内に蜂の巣の様に穴を開けられた。


 断末魔に襲われなかったのはせめてもの救いだったかもしれない。


「忘れられて久しいな、(おれ)達の標語を……。『使命は地球より重い』のだ……。」


 屋渡(やわたり)は空を仰ぎ、大きく跳び上がった。

 その跳躍力は驚異的で、雲野(くもの)研究所の建屋の屋根を大きく超すほどに彼の体は舞い上がっていた。


「さあて、何処だぁ? (おれ)の可哀い子供たちは……。」


 神為(しんい)で強化された視力は遥か遠方の人影も明瞭(めいりょう)に見通す。

 彼が目的の人間たちを見つけるのは当然のことであった。


「居たあっ……!」


 屋渡(やわたり)は右腕を大きく振りかぶり、その槍を伸ばした。



⦿⦿



 (ようや)く舗装された道に出て、街も見えてきたところで最初にその害意に気付いたのは岬守(さきもり)(わたる)だった。

 超級(ちょうきゅう)為動機神体(いどうきしんたい)『ミロクサーヌ・改』に搭乗して以来、その手の感覚は研ぎ澄まされていた。


「危ない‼」


 咄嗟(とっさ)に、(わたる)虎駕(こが)憲進(けんしん)を突き飛ばした。

 その攻撃が肩を(かす)め、(わたる)は出血した。


「伏せろ‼」


 それが地面に突き刺さったのを見て、(わたる)の脳裏に彼と戦った時の記憶が鮮やかに蘇った。

 そしてこちらの戦力と能力を把握している彼ならば、最も厄介な虎駕(こが)を真っ先に潰そうとしたことにも納得がいく。


 その場の皆が(わたる)の声に従ったため、砲弾のように飛んできた男の攻撃は不発に終わって土埃(つちぼこり)を上げていた。


「なんてこった……。もう少しだったのに……。」


 そう漏らした(わたる)だけでなく、誰もが襲来した敵の正体を悟っていた。

 そして聞き慣れた狂気と嗜虐(しぎゃく)心に満ちた声が、土埃(つちぼこり)の中からおどろおどろしく響いてきた。


「久しぶりだなあ……。会えて嬉しいぞ。」


 ゆっくりと(わたる)達の前に歩み出た屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)の姿に、皆腰が引けて後退(あとずさ)ってしまう。

 その歪んだ笑みにどれだけ苦しめられ、煮え湯を飲まされてきたか。


 やっと逃げ出せた恐ろしい支配者が今、再び目の前に現れたのだ。

 凄まじい殺意を纏って。


「ここまで長旅ご苦労だったな。だが残念ながらこの場所にて終了だ。お(まえ)たちはここで皆殺しにする。この屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)が直々に血祭りに挙げる。」


 そして、彼が目をやったのは新兒(しんじ)の背中に負ぶわれた幽鷹(ゆたか)と、双葉(ふたば)に手を繋がれた兎黄泉(とよみ)だった。


「やはり検体の双子もお(まえ)達と一緒だったか。丁度いい、そいつらも頂こう。これで(おれ)八卦衆(はっけしゅう)の地位も安泰というわけだな。」

「安泰だと⁉」


 既にミロクサーヌ・改の中枢は破壊し、修復不能の状態にしてある。

 さらに、碧森(あおもり)支部での(わたる)の大暴れ。

 挽回など不可能だと思われる。


 (わたる)達は勿論、八社女(やおとめ)の事など露知らぬからだ。


「勿論、今回は手を抜いたりなどしないから安心して絶望しろ。」


 そう言うと、屋渡(やわたり)はバキバキと音を立てながら変形していく。

 そしてそれが収まった時、彼は嘗て見せた体中に槍を備え、蛇のように変態した姿となっていた。


「さあ、愚かな子供たちよ。人生の終わりの時だ。」

「終わるかよ! 必ず帰る! もう少しなんだ! ここを突破すれば、日本に帰れるんだ!」


 (わたる)は折れない。

 この絶望的な状況においても、前に進もうとする。


 しかしそれは虎駕(こが)に制された。


岬守(さきもり)、お(まえ)三日月(みかづき)と共に幽鷹(ゆたか)兎黄泉(とよみ)を守るんだ。ここは術式を使える三人で対処すべきだ。」

虎駕(こが)……。」


 つい先ほどまで、この場は屋渡(やわたり)の言うように絶望に包まれていた。

 だが、(わたる)の折れない心が皆に再び火を着けていた。


 幽鷹(ゆたか)(わたる)に預けた新兒(しんじ)、それと双葉(ふたば)も黙って頷いて、屋渡(やわたり)を三人で取り囲む。


「卑怯だとか言わねえよな! (おれ)達は生きて帰らなきゃならねえんだからよ!」


 新兒(しんじ)が指の関節を鳴らす。


(わたし)だってできる……! 戦えるんだ!」


 双葉(ふたば)も覚悟を決めて屋渡(やわたり)を睨みつける。


莫迦(ばか)どもが! (まと)めて瞬殺してくれるわ‼」


 今、この逃避行最後の戦いが幕を開ける。

次回より、第一章最終局面連続更新開始。

次回更新は、11月18日㈬

なお、第一章終了後は書き溜めの為更新に時間が空きます。

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