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第二十一話 狼と鴉

前回


 岬守(さきもり)(わたる)久住(くずみ)双葉(ふたば)救出に向かった雲野(くもの)研究所で不思議な幼い双子と出会う。

 この双子は「神為(しんい)を他者に貸し与える。」「魂を知覚する。」という特殊能力により、久住(くずみ)双葉(ふたば)を囚われの身から解放しており、また、虻球磨(ふたば)新兒(しんじ)に家族との最後の会話を交わさせる。

 (わたる)達はこの双子を新たに一向に加え、雲野(くもの)研究所を後にした。


 一方、狼ノ牙(おおかみのきば)の本部から離脱した水徒端(みとはた)早辺子(さえこ)は皇道保守黨の上役から姉の捜索を中止するよう命令されてしまう。

 最後の希望をかけて仁志旗(にしき)(れん)に連絡した彼女だったが、電話に出た屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)から彼の粛清を告げられてしまう。

 さらに屋渡(やわたり)(わたる)達及び早辺子(さえこ)の抹殺を宣言し、電話を切った。

 雲野(くもの)研究所の一件から(さかのぼ)ること一日、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)に一本の電話が入った。


「もしもし?」

『酷いじゃないか、屋渡(やわたり)(ぼく)()け者にするなんて……。』

八社女(やおとめ)首領補佐……!」


 武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)、首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)

 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)はこの男が苦手であった。

 どう見ても十代にしか見えない若造が、わざわざ八卦衆(はっけしゅう)と別枠を設けてまでナンバー2に重用(ちょうよう)されていることが気に食わない、という事もある。


 だがそれ以上に、八社女(やおとめ)という男は不気味なのだ。

 どう見ても自分より若いのに、自分よりも狼ノ牙(おおかみのきば)の古参であるということ。

 そして、それに相応しい奇妙な威圧感を備えていることが気味悪くて仕方がない。

 それはまるで、何百年も生きているかのような錯覚を起こさせるほどに。


「申し訳ございません。暫定でしたので最低限の相手だけに連絡先をお伝えしました。」

『ふーん、まあいいや。実は(きみ)に一つ頼みたいことがあるんだよ。』

「頼みたいこと?」


 内心、迷惑だった。

 彼は今、土生(はぶ)十司暁(としあき)梶ヶ谷(かじがや)群護(むらもり)の報告を待ち、気が気でないのだ。

 それに、彼は基本的に面倒事が嫌いで、自分で動きたくない男である。

 ただし、そこにはたった一つだけ例外となる仕事がある。


『この騒動でやっと炙り出されたんだけどね、どうやら八卦衆(はっけしゅう)に裏切り者がいるみたいなんだ。』

「この騒動で発覚した、八卦衆(はっけしゅう)の裏切り者……。」


 こう言われれば余程勘が悪くなければ察するだろう。


仁志旗(にしき)……。」

『そう。そしてどうやら仁志旗(にしき)の奴、最初から諜報員だったらしくてね。ちょっとまずいことを知り過ぎてしまったんだよ。』


 屋渡(やわたり)は頭を掻き毟る。

 許容量を超える不測の事態にストレスで頭がパンクしそうになっていた。

 しかし、断るという選択肢は無い。


「大体わかりました。(わたし)仁志旗(にしき)を消せと仰りたいのでしょう。しかし、どうするのですか? あの男の消息も掴めないのに……。」

『それは心配いらない。そもそも、彼の現在地がわかってヤバいとなったわけだからね。そして場所的に、恐らく(きみ)にしか頼めない。』

「なるほど、何処です?」


 上役(うわやく)の命令ならやるしかないだろう。

 屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)が組織を家族と見做すならば、首領(しゅりょう)Д(デー)は父、補佐は兄である。

 その頼みを捨て置くことなど、屋渡(やわたり)の信条に反する。


 それに、この内容ならば屋渡(やわたり)にとってそう悪くない仕事だった。

 彼の本分とは、他ならぬ暴力であるからだ。


北界(ほっかい)道十四州最北は想谷(そうや)州、武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)旧本部。我々の始まりの地だ。』

「旧本部⁉」


 屋渡(やわたり)は首を傾げた。

 何故そんな場所にいるのか、不可解の極みであった。


「あそこは今無人の廃墟では? あんな場所に何があるというのです?」

屋渡(やわたり)君、こればかりはいくら(きみ)でも教えられない。本当に極秘中の極秘なんだ。そこを()み取って、ただ旧本部へ(おもむ)いて仁志旗(にしき)の口を永遠に封じて貰いたい。』


 今、屋渡(やわたり)の心は揺れている。

 苦手だった男に、どういうわけか心を動かされようとしていた。


(わたし)に頼んでいいのですか? (わたし)は組織にとんでもない損害を与えた男ですよ?」

『何だ、自信を無くしているのかい? (きみ)らしくもない。(ぼく)(きみ)に対する信用は今回の件で微塵も揺らいでいない。(きみ)は本来純粋な戦士で、組織もそこを買って(きみ)八卦衆(はっけしゅう)に抜擢したのだから、他の原因で降ろすこと自体が間違っていると(ぼく)は思っている。だからこの仕事を成功させてくれたら、裏切り発覚の件も含めて手柄は(きみ)の総取りでいい。』

「総取り、ですと?」


 屋渡(やわたり)は食い付いた。


「つまり、仁志旗(にしき)の件は一から十まで(わたし)が成したことにして良いと?」

『そういうこと。(きみ)は確かに失態を犯した。だがそれにより仁志旗(にしき)の裏切りという事実を突き止め、独自に迅速にこれを粛正することにより、結果的に奴を泳がせていた場合に生じ得た最悪の損害を防いだ、という形に収めていいと言っている。』

「では……!」


 屋渡(やわたり)の声はあからさまに歓喜で震えていた。

 期待に胸が膨らんでいる。


『勿論、首領には(きみ)八卦衆(はっけしゅう)残留を説得しよう。裏切り者の仁志旗(にしき)を始末して最高機密の漏洩(ろうえい)を防ぎ、後は脱走者共の始末を付けられれば首領もこの(ぼく)の口添えを|無下にすることは無いと思うよ。』


 願ってもいない朗報、僥倖(ぎょうこう)であった。


(かしこ)まりました! では、直ちに向かいます!」

(きみ)の移動速度なら仁志旗(にしき)は今日中に、脱走者共も明日には片が付くだろう。この一件を早々に始末して、引き続き狼ノ牙(おおかみのきば)という家族の夢の為にその力を振るってくれ給え。』


 八社女(やおとめ)の言葉で屋渡(やわたり)の心は完全に澄み渡っていた。


 彼は深く謝意を述べて電話を切ると、高笑いと共に自身の腕から分かれた槍を伸ばし、遠くの山へと突き刺した。

 そのまま槍を収縮させる速度を利用して、高速移動する。

 この動きが、彼に依頼の遂行を可能とするのだ。


 その速度、実に時速300(キロ)超。

 旧本部までの到達時間は、およそ5時間である。


『狼が、八咫(やた)(からす)を、()む悪夢。』


 どこかで女が独り言を呟いて笑っていたことなど、彼は知る由も無い。




⦿⦿⦿




「何だ、これは……?」


 根尾(ねお)弓矢(きゅうや)栃樹(とちぎ)州に向かう高速列車の中で受け取った仁志旗(にしき)(れん)からの不可解な画像データに首を傾げていた。


「このファイル名が写されている三人の詳細か。だが何故、この肩書の三人が一緒にいるんだ?」


 メールには何一つメッセージが無い。

 タイトルすら無い。

 ただこの画像だけはどうしても送りたかった、という意志を感じる。


仁志旗(にしき)の奴、まさか……!」


 何か重大な秘密を知って消されたのか。――その疑惑が胸の中で広がっていく。

 根尾(ねお)は席を立ち、後部座席の白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)に声を掛けた。


「すまないが少し麗真(うるま)君を見ていてくれ。電話を掛けてくる。」

(れん)君の件ですか?」

「ああ。ひょっとすると最悪の事態も考えねばならんかもしれん。」


 根尾(ねお)の言葉に、白蘭(びゃくらん)は一瞬目を見開いて息を呑み、顔を伏せた。

 白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)仁志旗(にしき)(れん)は共に同じ児童養護施設で育った旧知の仲であり、歳も近いとあってそれなりに親しくしていた。

 白蘭(びゃくらん)にとって仁志旗(にしき)は自分にはない明晰(めいせき)な頭脳と確固たる信念を持つ頼れる男だった。


 根尾(ねお)白蘭(びゃくらん)の普段とは違う様子に思うところがあったようで、言葉を加える。


「すまん、確証も無いまま言う事ではなかった。」

「いえ、大丈夫です。(わたし)達、その覚悟だけはいつもしていますから。」


 そうか、と頷き、根尾(ねお)は寝息を立てる麗真(うるま)魅琴(みこと)白蘭(びゃくらん)に任せて車輛(しゃりょう)を出た。



⦿⦿



 答えない電話を見つめては耳に当て、何度も繰り返す。

 状況から言えば、仁志旗(にしき)(れん)は連絡の取れない状態になったと考える他ない。


「ここで仁志旗(にしき)を失うのか……。」


 電話を切り、根尾(ねお)は頭を抱えた。

 仁志旗(にしき)は諜報員として非常に有能な男である。

 彼から(もたら)された皇國(こうこく)狼ノ牙(おおかみのきば)の情報は数多い。

 根尾(ねお)らが今こうして皇國(こうこく)で活動できているのは、六割方仁志旗(にしき)(れん)の功績だと言っていい。


「だとすれば、あいつが遺したこの情報は何としても解読せねばならん。今はそれどころではないが、取っ掛かりの様なものだけでも掴んでおくべきか……。」


 写真に並んで何やら怪しげに会話している風に佇むのは女一人に男二人。

 問題は、彼らが何者であるかという事だった。


「ファイル名に書いてあるのが彼らの詳細で、写真写りの順番に並べたのだとすると、まず一番左は奴らの首領補佐、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)。それと間に挟まれているのは…」

「おや、これは根尾(ねお)殿!」


 一人の壮年男が根尾(ねお)の考察に水を差した。

 その男とは面識があり、そして決して無碍(むげ)には出来ない実力者だったので、一旦考察は後にして挨拶することにした。


大河(たいが)殿、お久しぶりです。」


 大河(たいが)正煕(まさひろ)、大貴族(きのえ)夢黝(むくろ)従弟(いとこ)であり、貴族院議員を務めている。

 根尾(ねお)はこの男と日本国の閣僚である(すめらぎ)奏手(かなで)の秘書として何度か会っていた。


「珍しいですな、明治日本(めいじひのもと)の方が統京(とうきょう)から離れられるとは。」

「ええ。政治に携わる者として、少し地方にも足を運ばねばと思いましてね。中央ばかり眺めていては見えないものに気を配ってこそ大局がわかると考えています。」

「ほーう、結構な志ですな。それに、お若いにも拘らず中々の深謀遠慮でいらっしゃる。さすが、日本男児と言ったところでしょう。」


 根尾(ねお)の言葉はその場で考えた出まかせである。

 狼ノ牙(おおかみのきば)拉致(らち)された自国民の救出に向かっているとは素直に言えない訳がある。


 そもそもなぜ彼らが皇國(こうこく)の警察や軍を差し置いて動いているのかというと、今回の事件の発覚を皇國(こうこく)側が恐れていることにその理由の一端がある。

 皇國(こうこく)政府は日本政府(皇國(こうこく)側呼称・明治政府)にこの件を極秘裏に処理するよう要望している。

 彼らはある理由により、日本国民(皇國(こうこく)側呼称・明治の民)の感情悪化を何としても避けたかった。

 そしてそれは、政権与党内や貴族院の非主流派、そして野党にとって格好の攻撃材料になる。


 皇國(こうこく)政府が自国警察組織や軍を介さず、日本国側の人間だけを経由して円滑に国外へ拉致(らち)被害者を送還したがる理由も実はここにあった。

 警察や軍から非主流派の有力者に情報が漏れることを恐れたのだ。


 そしてその非主流派の最有力者こそ、この大河(たいが)正煕(まさひろ)従兄(いとこ)(きのえ)夢黝(むくろ)である。


 それにしても毎度のこと、根尾(ねお)は人間の長所や資質を「日本人だから」に回収してしまう皇國(こうこく)臣民の考え方に気味の悪いものを感じていた。

 それは全てを個人の才覚や努力で結論付け、民族や国家国民の同胞意識による勇気付け、己の鼓舞(こぶ)冷笑(せせらわら)い一切の価値を認めないのと同様の(おぞ)ましさを覚えてしまう。


 どちらも、丁度いい塩梅(あんばい)にならないものか……。――根尾(ねお)は目を細めた。


 彼は確かに、今の日本を憂いている。

 特に国家への自信の無さ、国民としての同胞意識の欠如、民族の歴史への誇りの乏しさを改善したいと思っている。

 そしてそのためには強い国力が必要であり、どうにか成長力、推進力を取り戻したいと日々頭を悩ませながら国政を学んでいる。


 だが、その全てを備えたこの皇國(こうこく)のあり方が正しいとも思えない。

 どうにもその自負、民族優越思想が仮初(かりそめ)の繁栄に支えられた張りぼて、付け焼刃、砂上の楼閣、言ってしまえば虚勢であり、支えている強大な国家が崩れればあっさりと失われる(もろ)(はかな)いもののように思えてならない。


 自分の求めているものはこれではない。

 だから、師である(すめらぎ)()()()()が正しいか、そこには手放しで賛同しかねる。――根尾(ねお)は揺れていた。


「……大河(たいが)殿?」


 ふと、根尾(ねお)大河(たいが)が自分との距離を異様に詰めていると気になった。

 この壮年の男の眼は、どこか奇妙な情熱が宿り(うる)んで(きら)めいている。

 痩せた頬と唇は色艶(いろつや)を出し、異様な雰囲気を(まと)って根尾(ねお)の分厚い筋肉の肩口、胸元に寄りかかってくる。


大河(たいが)殿、どうかされましたか?」

根尾(ねお)殿、内緒の話が御座いましてね。少々耳を貸していただけませんか?」


 根尾(ねお)はこの男の態度にかなり嫌な気分になったが、立場上断るわけにもいかず屈んで耳を預ける。


 だがその瞬間、根尾(ねお)大河(たいが)から明らかな殺気と神為(しんい)の高まりを感知した。

 咄嗟に大河(たいが)の体を跳ね除け、二歩下がって距離を取る。


大河(たいが)殿、何をなさいますか!」

「若造が……。あと少しで耳から神為(しんい)を送り込んで脳を破壊できたものを……。」


 大河(たいが)の目は焦点が合っておらず、口から(よだれ)を垂らし、明らかに正気を失っている。


「電話を寄越せ……。」

「電話?」


 根尾(ねお)は自身の手に握られた携帯電話に目をやった。

 狙いがこれだとすると、彼の目的は……。――根尾(ねお)は全てを察した。


「電話を寄越せえぇっ‼」

「断る!」


 飛び掛かって来た大河(たいが)の腕を取ると、彼は奇声を上げながら根尾(ねお)に蹴りを入れようとする。

 しかし、その蹴りは足を振り上げたところで止まった。


――術式神為(しんい)――


 大河(たいが)の体は根尾(ねお)に掴まれた腕から徐々に石に変わっていく。


「そんなに(おれ)が受け取った写真が重要なのか。ならば誰の差し金か、ある程度の想像は付くな。」


 根尾(ねお)は石化していく大河(たいが)を問い詰める。

 大河(たいが)はただ(まぶた)と口角を痙攣させるばかりだった。


「裏に居るのは(きのえ)か? それとも会ってはならぬ人物との密会を写真に撮られた秘書の推城(つきしろ)朔馬(さくま)が勝手に動いているのか? その様子では聞けそうも無いし、どうせ黒幕もお(まえ)を生かしておくつもりは無いのだろうな。」


 根尾(ねお)が受け取った画像に写っていた人物の内、男二人は八社女(やおとめ)ともう一人、(きのえ)の秘書で皇道保守黨(こうどうほしゅとう)青年部長、推城(つきしろ)朔馬(さくま)であった。

 二人とも見た目うら若く、しかも滅多に表に出てこないので、説明が無ければ彼らが政治の有力者と叛逆(はんぎゃく)者の首魁(しゅかい)に連なる人物だとはわからなかっただろう。


「そしてお(まえ)(おれ)を殺しにきたことで確信した! 残念ながら、仁志旗(にしき)はお(まえ)たちにとって都合の悪いことを知り、手に掛けられたのだな!」


 すでに大河(たいが)は鼻まで石化し、ただその両目を見開くことしかできない。


「安心しろ。(おれ)がお(まえ)を殺すことは無いし、寧ろお(まえ)を依頼人に殺されないよう守ってやる。(おれ)と一悶着あって、その直後にお(まえ)が死んだという事になっては困るからな。丁度(おれ)の術式は精神操作を上書きできるから、自殺させられることも無くなるだろう。電車を降りたら術式を解除してやる。そうすれば(おれ)と会ったことも、今からする命令を除いて忘れる。」


 根尾(ねお)大河(たいが)の腕から手を放し、指を彼の額に当てた。


(きのえ)推城(つきしろ)からなるべく離れろ。そいつらはお(まえ)を殺そうとする。わかったな?」


 根尾(ねお)の言葉が終わってすぐ、大河(たいが)は完全に石となった。

 それを確認した根尾(ねお)(きびす)を返し、席に戻った。



⦿⦿



 難しい顔をして席に着いた根尾(ねお)を見て、白蘭(びゃくらん)は概ね察したらしかった。


(れん)君、駄目ですか?」

「残念ながらな。それと、(おれ)もあいつに託されたデータを狙って殺されかけたよ。」

「じゃあ……。」

「確定だろう。縮地の術式があるのだから、さっさと(おれ)達と合流すればいいものを……。」


 溜息を吐く根尾(ねお)と、俯いて拳を握る白蘭(びゃくらん)

 幼い頃の知己(ちき)であるから、覚悟しているとは言っても全く平気でいられるわけがない。


白蘭(びゃくらん)、まずはこの仕事を何としても全うするぞ。仁志旗(にしき)は奴らの組織に潜入し、今回の拉致(らち)を内側から止めていたが力及ばず申し訳ないと謝っていた。そして(おれ)達が迅速に彼らを救出できるよう可能な限り動いてくれてもいた。この件が無ければ、もしかすると内通も露見しなかったかもしれないのにだ。その遺志を、絶対に無駄にするわけにはいかん。」

「はい。」


 二人は窓際の席で寝息を立てる魅琴(みこと)の顔を見た。


「彼女の心労は我々の比ではないだろう。ここ一カ月、ずっと幼い時分よりの大切な友人を始めとする知り合いの消息が掴めなかったんだ。気が気でなかっただろうな。それこそ、自ら皇國(こうこく)に乗り込もうとする程に……。」

「そうですね。それがやっと救出の目途が立ったわけですから、(ようやく)く一息付けたといったところでしょうか……。」

「そうだな。しかし……。」


 高速列車はトンネルに入り、大きく警笛を鳴らした。

 根尾(ねお)はそれが止むのを待って、言葉を続ける。


「例えば今の様に、電車に乗っていれば当然に起こりうる大きな音などでは、彼女が目を覚ますことは無い。だが、これが敵意や害意であれば、たとえほんの僅か、例えば蚊が刺そうとする程度でも目を覚まし、即座に臨戦態勢となるだろう。」

「そこまでですか?」

「そこまでだ。彼女は、そういう訓練を受けて育っている。それが麗真(うるま)家の宿命なのだ……。」


 根尾(ねお)は一つ懸念していた。

 魅琴(みこと)皇國(こうこく)に乗り込むついでに、己の宿命、麗真(うるま)家のある因縁と決着を付けようとするのではないかという懸案が常にあった。


 だが彼女は、あくまで岬守(さきもり)(わたる)達を救出するために動いていた。

 決して物事の優先順位を見失ったりはしなかったのだ。


「逆に仁志旗(にしき)にとって、この件は己の生存よりも優先順位が高かったのかもしれんな……。」


 で、ある以上、自分は何としても生きて日本に帰らなければならない。

 絶対に仁志旗(にしき)が遺した情報を握り潰されるわけにはいかない。


 仁志旗(にしき)、お(まえ)の死は決して無駄にはしない。

 この写真にはお(まえ)が死の間際にこれを遺すことを選ぶほどの重大な何かがあるのだろう。

 必ずそれを解読し、お(まえ)の遺志に報いる。――根尾(ねお)はそう自分に強く言い聞かせる。



 そして彼が命を賭けても果たせなかった仕事を全て成し遂げるために、根尾(ねお)はまず拉致(らち)された国民を拾うべく目的地に向けて気を引き締めた。




⦿⦿⦿




 東北神幹線(しんかんせん)烏都宮(うつのみや)駅。

 三人はここでローカル線に乗り換え、目的の宿へと向かう。

 恐らく到着は夜になるだろう。


「眠ってしまうとは、不覚だったわ。」


 魅琴(みこと)は大きく伸びをした。

 二時間半の乗車時間、疲れ切った人間が眠りに落ちるには十分であろう。

 彼女のそれは、間違いなく精神的なものである。

 肉体的な疲労を感じたことは生まれて以来一度も無かった。


 それ故、意図せず眠りに落ちてしまったこと自体に彼女は少し驚いていた。


大分(だいぶ)、気が緩んでしまっているわね。やはり……。」

「いや、ほんの一時くらい、ほんの少しくらいは緩めていいんだぞ? (きみ)は気を張り過ぎる癖があるようだ。」


 そのために自分達がいる、と根尾(ねお)は彼女に言い聞かせた。


「ええ、そうですね……。ありがとうございます。」


 わかったかわかっていないのか、どっちつかずの生返事だった。

 根尾(ねお)は溜息を()き、二人を乗り換えの駅まで先導する。


「おっと、大河(たいが)に掛けた術式を解いてやらねばな。」

「何かあったんですか?」


 魅琴(みこと)ははっと目を見開いて気を張り詰める。

 彼女は根尾(ねお)が襲われたことを知らない。


「大したことじゃない。もう済んだことだから一々気にするな。」


 根尾(ねお)はそう言うと、指を鳴らした。

 これで大河(たいが)に掛けられた石化は解かれ、彼は自身に何が起きたか一切覚えがないまま、ただ根尾(ねお)がした一つの命令だけを脳内に反響させるだろう。


 そして、しばらくの間は生きていられるはずだ。

 根尾(ねお)はそう思っていた。




⦿⦿⦿




 烏都宮(うつのみや)駅を通り過ぎた神幹線(しんかんせん)の車内で、大河(たいが)正煕(まさひろ)は突然倒れた。

 彼は客室ではなく通話室にいたため発見はやや遅れたが、それでも長時間放置されたわけではない。


 応急処置は迅速に施された。

 しかし、彼の症状の悪化は異常に早かった。

 そして成す(すべ)無く、救急隊員が駆け付けた頃には亡くなっていた。


 死因は小細胞(しょうさいぼう)肺癌(はいがん)の進行に伴う呼吸困難による窒息死であった。

 それは、まるで生死のサイクルを一気に早回しされたかのような、急激な悪化だった。

 のみならず、彼の死体は見る見るうちに腐敗が進行し、ボロボロに崩れ落ちてしまった。


『生きとし生けるものは(ことごと)く死という絶対の王の支配下に有る。時が満ちれば彼は全ての者を(めと)り、永遠の花嫁とするでしょう。それはとてもとても、夢より素敵なことだとは思わないかしら?』


 どこかで女が笑っている。

 終焉(しゅうえん)に向かう三千世界の運命を嘲笑(あざわら)うかのように。

 それを自分だけが(ことわり)の外から見下ろしているかのように。


『さあ、樂園(らくえん)()(そば)よぉ……。』


 どこかで女が笑いながら夢を見ている。

 とてもとても(おぞ)ましい夢を。

 三千世界を(おわ)らせる夢を。


 まだ誰も知らない夢を。




⦿⦿⦿




 麗真(うるま)魅琴(みこと)根尾(ねお)弓矢(きゅうや)白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)龍乃神(たつのかみ)深花(みか)に指定された宿で一夜を明かす。

 即日動いたにもかかわらず既に話は通っていた。


 いつ(わたる)達が辿り着いても良いように、交代で起きて番をしながら彼らを待つ。

 実際のところ、(わたる)達が動くのは翌日の七月四日なので、これは骨折り損となったが。


 しかし、この時点でこの宿は(わたる)達の明確なゴール地点となった。

 そして七月三日の夜は更け、愈々(いよいよ)運命の日の朝を迎えようとしていた。

大河(たいが) 正煕(まさひろ)

皇紀2620年(西暦1960年) 4月11日

身長:170(センチ)

体重:57(キロ)

血液型:O


次回更新は、11月14日㈯

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