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第九十三話 ウィザリング・トゥ・デス

前回


 無意識下で本能のままに戦う道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)東瀛(とうえい)除丸(じょがん)を飲ませ、沈静化することに成功した岬守(さきもり)(わたる)

 逃げる者と追う者の戦いで優位に立った根尾(ねお)弓矢(きゅうや)

 二人は神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の一人、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)を追い詰め、更に皇國(こうこく)の三人娘を投入することで、とうとう世界の裏で動く陰謀の真に迫ろうとしていた。

 そして八社女(やおとめ)を助太刀しに顕れたもう一人の神瀛帯(しんえいたい)熾天王(しんえいたい)推城(つきしろ)朔馬(さくま)によって遂にその全てが明かされようとしていた

 岬守(さきもり)(わたる)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)椿(つばき)陽子(ようこ)と出くわしたのと同じ頃、麗真(うるま)魅琴(みこと)はある場所へと疾風(はやて)とも形容できぬほどの速度で急いでいた。

 彼女一人に指定された場所は、久住(くずみ)双葉(ふたば)が倒れていたとされる袋小路。

 そこへ、正にその彼女、久住(くずみ)双葉(ふたば)の身を案ずるならば一人で来いと彼女の電話にメッセージが入ったのだ。


 魅琴(みこと)の身体能力ならば、都内である限り目的地までにかかる時間は無いに等しい。

 辿り着いた袋小路で待っていたのは一人の大男だった。


「来たか……。」

推城(つきしろ)……朔馬(さくま)……!」


 魅琴(みこと)を待ち受けていたのは彼女らが追い求めている暗躍者達、神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)の一人、推城(つきしろ)朔馬(さくま)だけだった。

 彼女の胸に怒りと焦燥が込み上げる。


久住(くずみ)さんは何処?」

「ふ、何も知らぬとは滑稽なことだ。あの女なら今頃先日に引き続いて貴様(きさま)らを裏切ろうと張り切っているだろう。何かあるとすればその後、今日誰と会ったのか、その事実を隠蔽すべく我らが動いた時だけだ。」


 推城(つきしろ)はそう告げると、右腕に紫の(もや)を纏った。


――神南(こうない)菊花ノ槍(きっかのやり)秋明(あきあかり)――


 (もや)が晴れると、推城(つきしろ)の右手には長槍が握られていた。

 どうやら彼はこの場で魅琴(みこと)と戦うつもりらしい。


「今の言葉は久住(くずみ)さんを手に掛けようとしているという意味かしら、その行動は(わたし)への宣戦布告と解釈していいのかしら。もしそうだとすれば身の程知らずにも程があるわね。」

「ふむ、御尤(ごもっと)も。さりとて(わたし)も責務は果たさねばならんのでな。」


 推城(つきしろ)は槍を構え、ようとしたがその前に魅琴(みこと)の拳をしこたま胴部に浴びせられた。


「がっ……はッ……⁉」

「果たす前に果てなきゃいいけどね。一応訊き出すことはあるから手加減はしてあげるけど、地獄を見る覚悟はしておきなさいね。」


 推城(つきしろ)の巨体が足元もおぼつかずよろめく。

 すかさず体勢を立て直そうとする推城(つきしろ)に、構える隙も与えぬ雨霰(あめあられ)の如き連撃が襲う。


「くっ‼」


 推城(つきしろ)は躱すので精一杯といった様相だ。

 それどころか、何発かは躱し切れずに貰ってしまっていた。


 その度に推城(つきしろ)は鈍い音と共に呻き声を上げた。

 魅琴(みこと)の攻撃一つ一つが彼に与えるダメージは凄まじいものであることが、彼の苦悶の表情から見て取れる。


 一方的に攻勢に出る魅琴(みこと)であったが、一つ不気味な違和感を覚えていた。

 推城(つきしろ)という男の殴り心地、手応えは未だ嘗て無く奇妙なものだった。


 人間を殴っている気がしない……!――魅琴(みこと)はその気味の悪さを払拭するが如く推城(つきしろ)蟀谷(こめかみ)に蹴りを放ち、彼を大きく弾き飛ばした。


久住(くずみ)さんは何処? お(まえ)達の企みは何?」


 推城(つきしろ)の起き上がりに魅琴(みこと)は問いかける。

 推城(つきしろ)は息も絶え絶え、肩を揺らしながらにやりと笑って答える、


「察しの通り(わたし)の目的は貴様(きさま)の足止めだ。貴様(きさま)に邪魔立てされては困る策謀を今、八社女(やおとめ)の奴が進めているのでな……。」


 焦らす推城(つきしろ)の態度に苛立った魅琴(みこと)は更にもう一発、彼の鼻っ柱に拳を炸裂させた。


「ガパッ‼」

久住(くずみ)さんは何処? 八社女(やおとめ)は何をしている?」

「くくく、勝てぬまでも目当ての場所へ行かせぬが為の足止めよ。」

「あ、そう……。」


 再び推城(つきしろ)の全身に隈なく拳が、蹴りが叩き込まれた。

 焦りと苛立ちから魅琴(みこと)の攻撃は力加減が強くなっており、推城(つきしろ)は激しくよろめく。

 彼の長槍はここで初めて、二本の足で立つこともままならない彼の杖として初めて役に立った。


「ぐ……おのれ……!」

「口が動き舌が回る内に答えなさい。」


 魅琴(みこと)は再び推城(つきしろ)を蹴り飛ばそうとした。

 しかしその時、推城(つきしろ)の身体が忽然と消えた。


「何⁉」


 いつの間にか、魅琴(みこと)推城(つきしろ)に背後を取られていた。

 反射的に裏拳を繰り出したが、推城(つきしろ)の鼻先を掠めるに留まった。

 これには流石の魅琴(みこと)も驚愕した。


莫迦(ばか)な……! もう回復したというの?」

「ふむ、どんどん質問が増えるな。まあ、別に答えようと支障無かろうものもあるが、どうする? お(まえ)はまず何から訊きたい? え、麗真(うるま)魅琴(みこと)?」


 魅琴(みこと)は鼻血を拭い不敵に笑う推城(つきしろ)を睨み上げる。


(わたし)の質問は変わらないわ。久住(くずみ)さんは何処? 八社女(やおとめ)の企みは何?」

「成程……。」


 推城(つきしろ)は槍を振り回し、右腕に携える形に止めた。


「ほんの小手調べのつもりだったが、本気で戦おうがお(まえ)には傷一つ付けられまい……。武人として誠に口惜しいが、ここは手を変える他無さそうだ。」

「勿体ぶって負け惜しみをほざいてないでさっさと答えなさい。それとも、まだ拳や蹴りが欲しいのかしら?」


 魅琴(みこと)の挑発に、推城(つきしろ)は眉間に皺を寄せて悔しさを滲ませる。


八社女(やおとめ)の狙いはお(まえ)たちの本拠地だ。襲撃時、お(まえ)まで居ては目当ての相手を討つことは到底出来ん。(わたし)ですらこの様なのだからな。故に、その間の足止めを(わたし)が引き受けた。」

「つまり、八社女(やおとめ)は今あのホテルを襲撃しているということね。」

「そうだ。だが、そこへ今向かうことは勧めん。これは我らの作戦の為ではなく、お(まえ)のもう一つの懸念を思っての忠告だ。」


 今度は魅琴(みこと)が眉を顰め、焦燥を露わにした。

 もう一つの懸念、その言葉が意味することは久住(くずみ)双葉(ふたば)に何かがあるということだ。


「繰り返すが麗真(うるま)魅琴(みこと)よ、あの女は貴様(きさま)らにとってとんでもない裏切り者だ。貴様(きさま)らにとって致命的な情報を、昨日既に天下の乱れを飯の種とする下衆な商売人、記者へと売り渡している。」

「何ですって⁉」


 推城(つきしろ)は瞠目する魅琴(みこと)を見てさも愉快そうに口角を上げる。


「そして今日、また奴は同じ記者に貴様(きさま)等への裏切りとなる情報を売り渡すだろう。全く、小躍りしたくなるほどの恩知らずで惚れ惚れするな!」

「黙れ‼」


 魅琴(みこと)は怒りから今までで一番強く推城(つきしろ)の頬を殴り飛ばした。

 推城(つきしろ)の巨体は勢い良く地面に叩き付けられ、弾みに宙返りして着地した。

 しかしダメージは大きいようで、脚は小鹿の様に震えている。


「ぐはッ……ははははは! 言っておくが(わたし)の言葉に偽りは無いぞ! では、その上で今あの女に降り掛かっている災禍を教えてやろう!」

「災禍?」


 推城(つきしろ)に明かされたその内容に、魅琴(みこと)の全身から一気に血の気が引いた。

 彼は更に愉悦を顔に浮かべる。


「さて、このまま捨て置けば久住(くずみ)双葉(ふたば)から記者に情報が渡ることは無くなる。また、八社女(やおとめ)の企みを止めねばならぬというのも急務だ。奴の狙いは岬守(さきもり)(わたる)根尾(ねお)弓矢(きゅうや)(いず)れも貴様(きさま)にとって縁深き者よ。その上で問うが、貴様(きさま)久住(くずみ)双葉(ふたば)を、貴様(きさま)の友情を拒絶した裏切り者を助けるか? それとも、今なお縁が繋がりし者達を取るか?」


 魅琴(みこと)には一瞬の迷いも無かった。

 推城(つきしろ)の言葉を最後まで聞くことも無く、彼女は双葉(ふたば)が危機に見舞われると思しき地点へと豪速で駆け出した。

 その場にはただ一人、ボロボロにやられた推城(つきしろ)が心底草臥(くたび)れた様子で尻餅を突いていた。


「許せ八社女(やおとめ)……。流石にこの(わたし)とて荷が重過ぎた……。せめて……助太刀に行ってやらねば……。」


 推城(つきしろ)はそう言い残し、袋小路から姿を消した。




⦿⦿⦿




 八社女(やおとめ)征一千を追い詰めた岬守(さきもり)(わたる)達の前に突如顕れた推城(つきしろ)朔馬(さくま)は傷付いた体の痛みを(おくび)にも出さず語り始めた。


貴様(きさま)等の睨んだとおり、我等『神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)』は日本国と神聖(しんせい)大日本(だいにっぽん)皇國(こうこく)との間に起きた様々な争乱に裏から関わってきた。多くの誤算と軌道修正はあったものの最終的には概ね意図通りに事を運んだ。」


 どうやら推城(つきしろ)は本当に神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)について知っていることを吐いてしまうつもりらしい。

 その意図は解らないが、語りだしの言葉から(わたる)は一つの事が気に掛かった。


「日本と皇國(こうこく)が戦争になったことも……?」


 鋭い視線で睨む(わたる)に質問の理由を悟った推城(つきしろ)は歯を剥き出して笑って答える。


「察しの通り、我等の導きによるものだ。そして、あの時動いたのは確かに、当時能條(のうじょう)緋月(ひづき)首相に仕え官邸に控えていたこの(わたし)だ。」


 (わたる)は拳を握り締めた。

 握力の余り掌を爪で切り、流れる血の滑りを感じていた。


「それはつまり、お(まえ)虎駕(こが)を嵌めたって事か……!」

「その通り。ただこれだけは言っておくが奴が日本を捨て皇國(こうこく)に奔ったのは事実だ。そこには何の偽りもまやかしも無い。だが、能條(のうじょう)が日本への攻撃と戦を宣したこと、それから貴様(きさま)等の元仲間、虎駕(こが)憲進(けんしん)がそれを受け容れ自ら願ったこと、それらは(わたし)が発言を切り貼りし捏造(でつぞう)したもの。二人の名誉を汚したことは流石に少々気に病んでいる……。」


 瞬間、(わたる)の右手に備わった光線銃が推城(つきしろ)に向けられた。

 この行動を予測していた根尾(ねお)が左腕を前に出して止めなければ確実に撃っていたであろう。


「落ち着け、岬守(さきもり)君。奴を殺すわけにはいかん……!」

「ええ、すみません根尾(ねお)さん……。」


 (わたる)も頭では解っていた。

 だが心が推城(つきしろ)を殺せと叫び、その怒りが腕を後は発射だけというところまで動かしてしまったのだ。

 鼓動は早鐘を打ち、(わたる)は己の殺意に少し驚きながらどうにか抑えていた。


神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)、お(まえ)たちの目的は何だ。」


 根尾(ねお)推城(つきしろ)に問い掛けた。

 それは部下である仁志旗(にしき)(れん)が追い求め、辿り着いてしまったが為に命を落としたものの答えであり、今根尾(ねお)が最も知りたいことだ。


「我等四人は何れも違う時代に生まれ、そして時の帝に強い恨みを抱いた。」

「時の帝……。お(まえ)達は奈良時代と南北朝時代、共に末期か。」


 八社女(やおとめ)推城(つきしろ)がそれぞれ既に開示していた情報から、恨みの対象がどの天皇であるかは凡そ見当がつく。


 八社女(やおとめ)は奈良時代の孝謙(こうけん)天皇、重祚(ちょうそ)して称徳(しょうとく)天皇。

 弓削(ゆげ)氏出身の僧、道鏡(どうきょう)を篤く信頼し皇位を彼に譲ろうとした宇佐八幡宮神託事件は有名である。

 この時、道鏡(どうきょう)に皇位を継承すべしとの神託を偽りであると看破したのが和気(わけの)清麻呂(きよまろ)であり、孤児であった八社女(やおとめ)を引き取ったという和気(わけの)広虫(ひろむし)の弟である。

 天皇はこれに激怒し、清麻呂(きよまろ)を姉の広虫(ひろむし)共々改名の上配流とした。


 推城(つきしろ)後小松(ごこまつ)天皇、明徳(めいとく)の和約によって南北朝合一が為された時の北朝の天皇である。

 明徳(めいとく)の和約は彼が養父と言った楠木(くすのき)正儀(まさのり)が深く関わっているが、その際の条件として南北朝筋から代わる代わる帝を立てる両統(りょうとう)迭立(てつりつ)があった。

 しかし後小松(ごこまつ)帝と彼の後ろ盾になったとも傀儡にしたとも云われる足利(あしかが)氏はこれを無視し、以後全ての天皇は北朝筋に連なっている。


 後は閏間(うるま)三入(みいる)、彼が恨んでいると(うそぶ)くのが昭和(しょうわ)天皇であることは、彼が生きた時代から明らかである。


 天皇への恨み、それが鍵となっていることは根尾(ねお)も感付いていた。

 推城(つきしろ)はそんな彼らにさも恨みの込められた恐ろしげな低い声で言葉を続ける。


(やが)てそれは天皇そのもの、脈々と受け継がれたる皇統自体を憎むに至り、そしてある時は現人神、ある時は君主、ある時は象徴として時代時代で有難がる『日本』をも遂には呪った。故に我等は一つの世界、『日本』という概念が消失した世界を『樂園』と呼び、幾百幾千年の時を掛けて旅を続けてきたのだ。」


 推城(つきしろ)が語る言葉、その想像を超えた話に(わたる)根尾(ねお)は言葉を失った。

 一方で皇國(こうこく)側の一人、魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)は動揺を隠せず目を泳がせていた。


「そんな……。日本を消すだなんて、冗談ですよね、〝多聞天(たもんてん)〟様? 曾御爺様がそんな企てに関わりを持っているだなんて……。」


 そんな東風美(あゆみ)を横目に一瞥し、推城(つきしろ)は彼女を嘲るように笑った。


魅継(みつぎ)家の生き残りよ、冗談どころの話ではないぞ? 何せ〝持国天(じこくてん)〟こそは我等が最初の(ひめ)、〝広目天(こうもくてん)〟が最も期待し、我等の悲願を最も大きく前進させた男なのだからな。」


 推城(つきしろ)の答えに東風美(あゆみ)の表情は見る見る曇っていく。

 そんな彼女に容赦無く、この国賊、朝敵は更なる事実を告げる。


魅継(みつぎ)家前当主、康彌(やすみ)などは父親の役に立ちたい一心で強引に戦端を開いた。その後もあらゆる知恵を絞り、この日本国を亡ぼそうとした。だが、流石に無能を晒し過ぎたのでな。〝広目天(こうもくてん)〟が直々に始末した。そして先日、我等は魅継(みつぎ)家自体に見切りを付けた。手を下したのは他でも無い、貴様(きさま)の曾祖父である〝持国天(じこくてん)〟だ。」


 一族皆殺しの真実を明かされた東風美(あゆみ)は愈々堪え切れず、叫び声と共にアスファルトを蹴った。

 同じ皇國(こうこく)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)が抑えなければ彼女は推城(つきしろ)に飛び掛かっていただろう。


「許せない‼ 殺してやる‼ 殺してやるゥッッ‼」

東風美(あゆみ)さん、落ち着きなさい!」

「まだ肝心なことを聞けてない。」


 そう、野愛琉(のある)の言う通りだ。

 ここまで推城(つきしろ)が語ってきたことは(わたる)根尾(ねお)が訊きたい本題ではない。

 彼らが知りたいのは永い年月の大望でもなければ、魅継(みつぎ)家襲撃の真相でもない。

 もっと具体的な、近年彼ら行い、そしてこれからやろうとしていることだ。


「前進、とはどういうことだ? 閏間(うるま)三入(みいる)は何をした? どうやって貴様(きさま)等はその大それた悲願とやらを達しようというのだ?」


 平静を取り戻した根尾(ねお)推城(つきしろ)に問い掛けた。

 ふむ、と推城(つきしろ)は一呼吸置き、八社女(やおとめ)に目配せした。

 それに対して八社女(やおとめ)は、勝手にしろ、と言った面持ちで顔を背けた。


閏間(うるま)三入(みいる)、奴の成果は謂わば、日本が辿り得た歴史という大樹、その殆どが朽ちて落ちた那由他(なゆた)の枝から『皇國(こうこく)』という甘美なる檸檬(れもん)の生る枝を見出したことだ。貴様(きさま)等の『日本』という、我等にとっての酸鼻なる葡萄(ぶどう)に取って代わる枝をな。」


 推城(つきしろ)八社女(やおとめ)の表情には何処か自嘲的な、寂しさの様な悔しさの様な者が滲んで見えた。

 その印象を補強するように、八社女(やおとめ)は小さく呟く。


「いきなりあんなことをされちゃ、(ぼく)達は長年一体何をやっていたんだって話だよね……。」

広目天(こうもくてん)の奴が我等より持国天(じこくてん)を信頼するのも(むべ)なるかな。」


 推城(つきしろ)も概ね同じ意見の様だ。

 だが、(わたる)達はそんな感傷に用は無い。


「つまり異なる歴史を辿った時空を越えて皇國(こうこく)と日本を引き合わせたこと自体が閏間(うるま)三入(みいる)の仕業、そしてお(まえ)らの陰謀だということか?」

「神州丸ごと時空を越えるなどという大技は神皇(じんのう)神為(しんい)有りきだが、旅路をこの時空へ導いたという意味ではそうなるな……。」


 (わたる)の問い掛けに推城(つきしろ)は微妙に顔を背けつつ答えた。

 八社女(やおとめ)がそこに捕捉を入れる。


「どうやら上古代に広目天(こうもくてん)御媛様(おひめさま)が何かをやらかしたらしくて、そこから日本、当時は葦原中国(あしはらのなかつくに)やら八洲(やしま)秋津洲(あきつしま)などと呼ばれた大地に無数の時空が分岐して異なる歴史を辿ったらしい。その辺の詳しいことは(ぼく)すら知らないけどね。そして(およ)そ八十年前、持国天(じこくてん)の奴がその中から宝石のような果実を見つけたのさ。」

八社女(やおとめ)(わたし)、そして閏間(うるま)はそれぞれ帝に抱いた恨みを買われ、広目天(こうもくてん)から不老不死にして不死身の、人ならざる命を授けられた。」

「人としての死を捧げた、と言った方が適切かな? そしてその対価として穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)を授けられ、共に樂園を目指すことを誓い合ったのさ。」


 彼等の異様な不死性について根尾(ねお)に問い質された時、八社女(やおとめ)穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)によるものだということを否定はしなかったものの歯切れの悪い答え方をした。

 これは彼等本人の力ではなく、〝広目天(こうもくてん)〟こと貴龍院(きりゅういん)皓雪(しらゆき)穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)によるものだということだろうか。


 八社女(やおとめ)のはぐらかし方が気になっていた根尾(ねお)はそんなことを考えていたが、二人は不死についてそれ以上言及しなかった。

 文字通り致命的な情報を与えることを避けたのだろうか。

 話題は再び閏間(うるま)三入(みいる)皇國(こうこく)の関係、時空転移に切り替わる。


閏間(うるま)穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)によってこの世の摂理を捻じ曲げ、二つの時空を繋ぎ合わせ、人が通れる程度の道を開けた。」

「計算外だったのは奴の長男、同音の麗真(うるま)魅射(みいる)を名乗る男が父に反抗し、対抗する為に繋いだ二つの時空を通ってこの時空に帰り、そして術式神為(しんい)で通路を閉じてしまったことだね。同じ系統の能力だと穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)は術式神為(しんい)に及ばないからなあ……。」

「しかしそれでも、神皇(じんのう)神為(しんい)によって(いず)れ再び二つの時空が繋がるであろう、というのは持国天(じこくてん)の息子も予測した事であり、そして現実になったわけだがな。」


 二人によって日本と皇國(こうこく)が引き合わされた真相が明かされていく。

 そしてそれは二人を囲む五人に不穏な予感を(もたら)した。


「お(まえ)ら、日本と皇國(こうこく)の戦争が終わった今何をする気なんだ? まだ何か企んでいるのか?」


 (わたる)は最も重要な核心を八社女(やおとめ)推城(つきしろ)に問い詰めた。

 二人は顔を見合わせ、そして不気味な笑みを並べる。


「戦争が終わったと、安心するのはまだ早い、とだけ言っておこう。」

「ま、実は(ぼく)達も詳細は知らないんだけどね。ただ、皇國(こうこく)はまだ使えるということさ。いや、寧ろ神皇(じんのう)が代替わりしたことで計画は一気に終わりまで進むと、御媛様(おひめさま)はそう言っていた。」


 八社女(やおとめ)の言う神皇(じんのう)の代替わりとは、空の皇位に皇太子である獅乃神(しのかみ)叡智(えいち)が近々即位する事か。

 しかし寧ろ彼は戦争を終わらせたがっている。

 一体何を企んでいるのだろうか、(わたる)には見当も付かなかった。


 一方で根尾(ねお)は別の疑問を持ったらしい。


「話を聞くにどうやら貴様(きさま)等四人の中でもあの女、〝広目天(こうもくてん)〟だけは別格らしいな。全ての黒幕は奴か。」


 八社女(やおとめ)推城(つきしろ)はまたしても互いの顔を見合わせる。

 そして二人の表情から笑みが消えた。


「流石に喋り過ぎたな。」

「後で怒られるかな?」


 大柄な推城(つきしろ)が屈み、八社女(やおとめ)の身体を抱える。

 そして彼は踵を返した。


「待て! 何処へ行く気だ!」


 突然態度を翻した二人に、根尾(ねお)は呼び止めようとする。

 そんな彼に背を向けたまま、推城(つきしろ)は最後とばかりに言った。


「あと一つだけ答えよう。先代神皇(じんのう)神為(しんい)という力を体系付けた始祖ともいうべき男なら、広目天(こうもくてん)穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)の始祖だ。体系としての歴史は穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)の方が遥かに古いということでもある。そう、確かに奴は別格にして全ての黒幕だ。」

「何処へ行くかと問われれば、もうこの国に用は無いと言っておこうかな。要注意人物を誰一人消せなかったのは残念だけど、もう潮時だろう。」


 (わたる)根尾(ねお)が背後から二人に躙り寄る。

 相対して向こうでは皇國(こうこく)の新華族令嬢三羽烏が二人の行く手を阻み立ち塞がる。


 このまま逃がしたくはない。

 だが、それは無駄な足搔きだとも薄々皆感付いていた。


「心しておくが良い。日本という大樹は()ぐに朽ち果て塵に還る。」

「今は束の間の平穏を精々堪能するがいいさ。」


 二人はそれだけ言い残し、その場から忽然と姿を消してしまった。

 神出鬼没、彼らはいつもそうだ。


 神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)を阻むことは出来ないのだろうか。

 彼らはどの様にしてその目的を達しようというのか。

 多くが明かされたが、依然として謎も残されている。


 神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)、日本にとっての本当の敵、真に真なる国賊、朝敵。

 彼らの永い永い悲願と陰謀は、何としてでも終わらせなくてはならない。


 取り残された(わたる)達に柔らかな西日が、まるで黄昏時を告げるように差し込んでいた。




⦿⦿⦿




 一方その頃、久住(くずみ)双葉(ふたば)は取材を受けるどころではなくなっていた。

 人混みを掻き分け、ある人物から必死で逃げていた。


 そして彼女の遥か後方では、追手の行く手を阻むものが次から次へと血祭りに挙げられている。

 皮肉にも男がこの無差別通り魔行為を片手間で愉しんでいることが双葉(ふたば)の身を守っていた。


 双葉(ふたば)は通行人とぶつかって転んでしまった。

 小柄な双葉(ふたば)は体格差で大きく突き飛ばされてしまう。


「助けて! 誰か、助けて‼」


 彼女は這うように起き上がりながら必死で逃げ、助けを求める。

 だが周囲の人間が彼女を助けることは無い。

 相手はいつ自分に牙を剥いてくるかわからない無差別通り魔なのだから、当然背後でもパニックが起き人々は逃げ惑うばかりである。

 そのことが余計にこの場を混沌とさせ、人の流れが彼女の逃げ道を限定してしまっていた。


 双葉(ふたば)は走る。

 相手が本気で追ってくればもうその時点で捕まることは確定だが、彼女には二本の脚で走るしかない。


 しかし、信号のある交差点に差し掛かると曲がり角からある人物が右から双葉(ふたば)の目の前に現れ、そしてその女が彼女の足を止めてしまった。


「あ……あ……。」

「あれ、久住(くずみ)さん?」


 曽良野(そらの)千花(ちか)、高校時代に陰から双葉(ふたば)に嫌がらせを働いていた虐めの主犯格。

 彼女は慌てふためく双葉(ふたば)と、それから逃げ惑う人々の様子に怪訝そうに首を傾げる。


 そして間が悪いことに、ここで双葉(ふたば)が足を止めてしまったことにより、追ってきた男と彼女の間から人波が逃げ消えてがら空きになってしまっていた。


「何……あれ……?」


 千花(ちか)もまた男を見て瞠目し、硬直した。

 そしてその瞬間、双葉(ふたば)の中に悪魔が入り込んだ。


 双葉(ふたば)は黙ったまま千花(ちか)の手を取り引いて、そして自身の後ろに向かって勢い良く解き放った。


「え?」


 千花(ちか)は唐突な双葉(ふたば)の行動と、いきなり血塗れの大男の眼前に放り出されたことに放心していた。

 双葉(ふたば)はそんな千花(ちか)に眼もくれず、交差点を右折して逃走を継続する。


「フゥン、雌狗(めすいぬ)らしい浅ましい行動だ。」


 髭を蓄えた長身痩せ型の男、首領(しゅりょう)Д(デー)道成寺(どうじょうじ)(ふとし)は両目を爛々と輝かせながら歪んだ笑みを千花(ちか)に向ける。

 そして手に持っていた()()()型の大刀を彼女に向けて振るった。


 しかし間一髪、この瞬間に一人の女が割って入った。


麗真(うるま)……さん……?」


 千花(ちか)は黒髪を靡かせ刃を白羽取りに捕らえた女をそう呼んだ。

 彼女もまた麗真(うるま)魅琴(みこと)の同窓生で、それなりの面識はあった。


 そして自身が助かったことを呑み込むと、魅琴(みこと)に一言も告げることなくその場から双葉(ふたば)を追うように走り去っていった。


 魅琴(みこと)はそんな千花(ちか)に構わず、狂気に浸り切った道成寺(どうじょうじ)を睨み上げる。


道成寺(どうじょうじ)(ふとし)、血迷ったようね。ああ、元からだったかしら?」


 道成寺(どうじょうじ)魅琴(みこと)に白羽取りされた刃の柄を握ったまま、狂気の笑みを更に歪ませた。


麗真(うるま)魅琴(みこと)(きみ)に言われたくはないよ。いや、狂っているのは(きみ)よりも御爺様の方だったかね? 国を護る為だか何だか知らんが所詮は父親の罪を子や孫に命懸けで尻拭いさせるような男だ。寧ろ(きみ)は可哀想だね。忠君愛国などという下らん妄想に物を知らん内から洗脳され、生贄にされた幼気(いたいけ)な少女なのだから祖父の被害者と言った方が良い。何なら(いぬ)の民族の罪を免責してやらんでも無いぞ? 我輩(わがはい)の子を産むならな。」


 道成寺(どうじょうじ)の挑発に、魅琴(みこと)の怒りは更にボルテージを上げる。


「お(まえ)の如き下衆な小物が祖父を語るな。(わたし)(わたし)の愛と誇りに懸けて戦いを選んだ。その選択に一片の悔いも無ければ、憐れみも必要無い。そしてその(わたし)の意思をお(まえ)如きが利用出来るとでも思っているのか? 随分頭の螺子(ねじ)を左に巻いてしまったようね。」


 魅琴(みこと)の声には怒りと共に前半は揺ぎ無い矜持が、そして後半は限り無い侮蔑が混じっていた。

 白羽取りにしていた刃から手を放し、彼女は構える。


「ところで、ある男が言っていたのだけれどまさか(わたし)の大切な友人に手を掛けようとはしていないわよね? ええ⁉」

「大切な友人……久住(くずみ)双葉(ふたば)のことかね? 銀行を襲おうと思っていたら脱走者の女を見かけたもので、再び我輩(わがはい)の女にする為に少々追いかけっこを愉しんだだけだよ。」


 道成寺(どうじょうじ)もまた、()()()型の刃を構える。

 二人は一触即発、今にも激突しそうな緊迫した空気が血の匂いと共に流れていた。


 しかし、そんな状況に水を差すように大きな大きな音が突然鳴った。

 ぶつかる様な衝撃音と、急ブレーキを踏むような金切り音、そして騒然とした人々の悲鳴だった。


 魅琴(みこと)は最悪の事態を直感し、その場で振り向いた。

 案の定、交差する大通りではトラックが人身事故を起こしていた。


 そしてトラックに交差点まで弾き飛ばされて血まみれで倒れているのは魅琴(みこと)が守ろうとした彼女の片想いの友人、久住(くずみ)双葉(ふたば)だった。


 皮肉にも十字路で交わっていたのは、高校時代、彼女らの通学路だった銀杏(いちょう)並木道だった。

次回より第四章クライマックス連続更新開始。

次回更新は、12月8日㈬

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