第九十二話 本能
前回
姉、椿陽子の居場所に移動する術式神為によって突然襲撃してきた道成寺陰斗と交戦になった岬守航は相手をなるべく傷付けないように倒さなければならないという今までとは勝手の違う戦いに苦戦するも、どうにか陰斗を気絶させることに成功する。
しかし後を追うように顕れた首領補佐・八社女征一千の穢詛禁呪によって更に度を越して力が増した陰斗は意識の無い状態で戦闘を再開してしまう。
予想以上の強化と苦難に挫折しかけた航だったが、思わず放った拳が陰斗を捉えた事と根尾弓矢東瀛除丸を渡されたことによって希望を繋ぐ。
更に根尾と八社女も互いに狙いを定め、戦いは新たな局面を迎えた。
腐屍徊の様に体を揺らしながらゆっくりと近寄ってくる道成寺陰斗の動きを警戒して、岬守航は構える。
今の陰斗は戦いの中での動きの全てが雷の速度だ。
集中力を一瞬でも切ってしまうとやられてしまう。
再び、航の周囲四方八方に雷鳴が駆け巡る。
こんなことをされては常人では戦いにもならない。
しかし、今の航は違った。
一見すると闇雲に放っているとしか思えない拳が、蹴りが航を攻撃しようとする陰斗に正確にヒットし続ける。
「グゥオオオッ‼」
だが、いくら一方的に圧倒しても陰斗を倒すことは出来ない。
陰斗は初めから意識の無い状態で、本能だけで戦っている。
彼を止める方法は三つ、殺すか、切り刻むか、彼の本能を突き動かしている神為を消滅させるかだ。
陰斗は再び稲光となり、航の周囲を奔り始めた。
「ワンパターンが……!」
航はここまで無意識状態の陰斗と戦って、気付いたことがある。
一つは、今彼が呟いた通り非常に画一的な戦術しか取れていないこと。
本能だけで戦っているのだから当然と言えば当然である。
そしてもう一つ、攻撃の速度は理不尽な迄に上がっているが、威力は逆に下がっている。
最初に攻撃を受けてわかったことであるが、意識のある状態だと心臓を狙う攻撃に感じた必殺の脅威が、今の状態では感じられない。
以上二つの分析より、速度に対応できてしまった今では、寧ろ戦いそのものは楽になっている。
あとは如何にして陰斗に東瀛除丸を飲ませるか、それを考えて実践するだけだ。
が、そう思ったのも束の間、陰斗は突如立ち止まり、獣の様な雄叫びを上げた。
「なっ……! これは‼」
異変にはすぐに気が付いた。
陰斗の神為量が雄叫びと共に爆発的に上がったのだ。
「糞っ、本能だけで戦うなら自分で死期を早めるなよ……!」
もしこのまま陰斗が戦いの中で我身を顧みず神為を上げ続ければ彼は孰れその強大な力に耐えきれずに死んでしまうだろう。
そして悪いことに、先程まではさほど脅威と見ていなかった攻撃の威力もまた圧倒的に上昇することになる。
陰斗は再び雷鳴となって航の周囲を奔り始めた。
パターンは相変わらずであり、そして航にとって有り難い事に、速度は大して変わっていない。
ならば、これまでと同じように戦い続ければ一先ず航の命が取られることは無いだろう。
「だが、いつまでも作業で戦ってるわけにはいかないって事か……! 面倒臭い奴だなお前は全く……!」
陰斗の突撃を拳や蹴りで悉く迎撃しながら、航はどうにか東瀛除丸を彼に呑ませる方策を練り始めた。
⦿
八社女征一千の盟友、推城朔馬はその男を「運命が英雄に推し上げようとしている様だ。」と評した。
岬守航は今、確かにとんでもない存在へと成り上がった。
八社女の目の前で航は雷霆と化して縦横無尽に動き回る道成寺陰斗と渡り合っている。
「運命と歴史に愛された男か……。気に入らないね……。」
八社女は陰斗に何度も攻撃を当てる航を見て嘆息した。
彼が岬守航と遭遇したのはほんの二カ月前、皇國の立体駐車場内でのことだった。
不覚は取ったものの、その時はこんなとんでもないレベルの戦いぶりを見せるような男ではなかった筈だ。
しかし、八社女は航に気を取られている場合などではなかった。
あと一瞬、素早く近づいてくる足音に気が付かなければ危なかったかもしれない。
八社女が振り向くと、根尾弓矢が接近して掴みかかろうとしていた。
慌てて飛び退いたから良かったものの、指が少し掠ってしまった。
もしその一瞬で石化させるほどの神為を使われていたらその時点で彼は終わっていた。
「石化の術式神為……そうなんだよね。根尾弓矢、君の能力も何だかんだでヤバいんだよ。でも触れただけで一瞬の内に石になるものだと思っていたけど?」
「お前一人を捕らえるのなら無言で石にしてしまえばいいんだがな。お前には何か裏の目的を共有した秘密の仲間がいるだろう?」
「成程、じっくり石にしながら命令して情報を引き出そうということか。僕も甘く見られたものだ。」
八社女はそう言うと両手から紫色の靄を出した。
それらは少しずつ弓と筒の形を成していく。
筒を腰に掛け、そこから矢を一本取りだした八社女は弓を引き、構える。
「これが僕の武器、『須弥削りの弓』と『差魅魔の矢』だ。少しは参考になったかな?」
「うむ、唐突に固有名詞だけを出されても何のことやら全くわからんな。」
根尾はとりあえず走り、八社女との間合いを詰めようとする。
相手が出した武器が武器なので、敵は離れた位置からの遠距離戦を狙っていると判断したのだろう。
その通り、八社女は根尾から逃げながら文字通り矢継ぎ早に射撃する。
体勢も構えも無茶苦茶だが、千年以上もの鍛錬の成果か狙いは正確に根尾の心臓や脳天に定められている。
根尾はこれを或いは躱し、或いは撃ち落として一切の傷を負わずに八社女を追い掛ける。
逃げる八社女、追う根尾。
だが、次第に流れは八社女へと傾き始めた。
八社女は矢を放つ間隔をどんどん縮め、そして遂に根尾の周囲、地面から上の半球の全体から殆ど同じタイミングで「差魅魔の矢」を射撃するに至った。
「ははははは、どんな気分だ、根尾弓矢⁉ 追ったつもりが追い詰められた! 終わりだ‼」
勝利を確信する八社女。
しかし、根尾にはもう一つの手段がある。
彼は自らを泥化することで矢の悉くを擦り抜けさせてやり過ごした。
「くっ、そうか忘れていた。そんなつまらない防御手段もあったんだったな……。」
「八社女よ、貴様は自分のポカを『相手がしょうもないからだ。』と言い訳する癖があるようだな。」
根尾はそのまま八社女の背後で泥化を解除し再び実体化した。
「莫迦め‼ お前も忘れているぞ‼」
八社女は振り向きざまに貫手を放ち、心臓を突き刺そうとする。
が、これも根尾は簡単に手首を掴んで受け止めてしまう。
「最初に戦った時は素手だったことをか? だからどうした? お前の徒手格闘が大したことないというのはもう知っている。それを奥の手に取っておいたのなら間抜けとしか言いようがない。そして、お前の方こそ終わりだ!」
「くっ‼」
八社女は右手から徐々に石化し始めた。
あとはこのまま根尾が命じれば、八社女はその言葉に逆らえない。
「自爆はするなよ! 石化はすぐに解除する! その時はお前ら『神瀛帯熾天王』とやらの正体と企みを何から何まで全部喋って貰うぞ! 覚悟しろよ?」
相手に合意を問い掛ける事によって術式神為の成立条件は達成。
あとは石化を待つばかりだ。
だがここで八社女は予想外の行動に出た。
「ガアッ‼」
八社女は左手の手刀で石化した右腕を切り離したのだ。
ぼたぼたと右肩から大量出血しているが、確かに石化の進行は止められてしまった。
そしてそんな大怪我状態にも拘らず、八社女は不敵に笑っている。
「ふふふふふ。自爆は警戒していたみたいだけど、今のはあくまで自傷だからねえ……。詰めが甘かったね。」
根尾は石化した八社女の腕を投げ捨てた。
しかし、大して驚いた様子は無い。
案の定、八社女の右腕は元通りに再生した。
守護神為による回復でも、ここまでの事は出来ない。
彼は明らかに何かそれ以外の方法に頼っている。
「それも先程岬守に言っていた『穢詛禁呪』とやらの力か?」
根尾の目的は情報収集だと自分でも言っていた。
八社女のこの再生力もまたそのうちの一つなのだろう。
「ま、そんなところだね。」
「歯切れが悪いな。何か裏がありそうだ。」
根尾は何かを見抜いたらしい。
八社女は再び腰の筒から矢を取り出して弓弦を引き、根尾に狙いを定める。
「僕らの秘密なら地獄で好きなだけ考えると良いよ。君の部下、仁志旗蓮と一緒にね!」
根尾と八社女の追いかけっこが再び始まった。
⦿
八社女が根尾を相手に逃げの戦術を取っている間に、航には一つの考えが浮かんだ。
今までは陰斗の攻撃に対して一撃を入れて弾き飛ばすだけだったが、それでは相手に決定的な隙を作ることは出来ない。
ならば……!――航は意を決し、陰斗の突撃に備える。
そして、突っ込んできた陰斗に対して航が取った迎撃行動は今までとは異なるものだった。
これまでの様な渾身の一撃ではなく、細かい連続攻撃で動き回ろうとする陰斗を止める。
そして航は陰斗の背後に回り込み、羽交い絞めにして抑え込んだ。
「グウウウウッッ‼」
唸り声を上げて拘束を解こうとする陰斗だが、航の渾身の力は今や、これまで爆発的に神為を上昇させ筋骨隆々の肉体を作り上げた陰斗ですらびくともしない程になっていた。
これは偏に、今まで強敵と戦い、そして打ち破り続けた事で航の神為が陰斗以上に上昇したためだ。
そしてそれに伴い、屋渡倫駆郎も言及したように精神的な成長が彼の神為量に堪える器を育てていたのだろう。
「さあどうするんだ、陰斗? 今のお前の力じゃ僕を振り解くことなんかできないぞ。」
航の問い掛けに陰斗はこれが答えだと言わんばかりに放電した。
流石に航も顔を顰めたが、これは悪手である。
航の筋肉が却って硬直したことに陰斗も気付いたらしく、すぐさま放電は中止された。
「そうさ、人間は感電すると固まって動けなくなってしまう。術式神為じゃこの拘束は解けない、自由になれないんだよ。」
勿論、航とて今の陰斗の放電を受け続ければ無事では済まない。
だが、それを見越して航はある一瞬に賭けていた。
「さあ、どうするんだ⁉ お前の本能は何を選択する⁉」
「グググググ……!」
そして遂に、その時は訪れた。
陰斗は神為量を更に上昇させようと獣のように咆哮した。
航はまさにこの時を待っていた。
「ぅらッ‼」
航は掌で陰斗の口を塞いだ。
正確には、手の中に含ませていた東瀛除丸を陰斗に無理矢理飲ませた。
陰斗は堪らず吐き出そうとするが、それを防ぐべく航は全力で陰斗の口を抑える。
「飲み込めっ! 吐くなっ! 飲み込めぇっ‼」
航は感じていた。
陰斗の本能が腑に落とす事を拒んでいるのか、東瀛除丸は喉の辺りに引っ掛かって止まっている。
そして再び、放電。
航は陰斗から余計に離れられなくなり、そして直感した。
この電撃を十数秒も連続して食らうと、死ぬ。
幸いにして放電はすぐに止んだものの、陰斗は訳も分からず闇雲に足搔いている。
いつ再び電撃を放って来るか、そしてそれが何十秒も継続するかわからない。
繰り返すが、これが唯相手を倒せばいいだけの戦いなら、航はここまで追い込まれていない。
それこそ鮮やかに陰斗を仕留めてしまうことが出来る。
陰斗を無事に大人しくさせるという足枷が、航に陰斗から離れることを許さずピンチを招いているのだ。
航は考える。
どうやって陰斗に東瀛除丸を呑み込ませるか、既に彼の喉にまで入っているこの状況でなお考える事を余儀無くされている。
そしてそれは、突如航の脳に降りて来た。
ある人間があるものを無理矢理食べさせた、つい最近の記憶。
そうだ!――航は遂にその手段を閃いた。
まず、航は陰斗の口を抑えている手の中にあるものを形成した。
使ったのは武器を作り出す二井原雛火の術式神為だが、それの一般的な用途は武器ではない。
ただ、使い手が武器として使用できるというイメージさえあれば何でも形成できるというのがこの能力の強みである。
必然的にその「点火棒」は先端を陰斗の口内に突っ込まれる形で作られ、航はその柄を握った。
陰斗は生存本能から喉に向けて点火されかねないこの状況を危険と判断したのか、咄嗟に再び口を開けて棒の先端を吐き出す。
同時に喉に引っ掛かっていた東瀛除丸も飛び出したが、航は点火棒から手を放し、それを人差し指と中指で上手く受け止めた。
そしてそのまま、自身の手を陰斗のぽっかりと空いた口内に突っ込む。
「飲み込みたくないなら、無理矢理胃に落としてやる!」
東瀛除丸は陰斗の喉奥で航の指から離れ、そしてそのまま食道の奥の奥へと落ちて行った。
陰斗は悪足搔きで放電しようとしたが、それを察知した航は素早くその場を離れて難を逃れた。
後は東瀛除丸がそのまま胃に落ち、効果が発揮されることを祈るだけだ。
「やったか……?」
根尾も八社女を追う足を止め、矢を弾きながら成り行きを見守っている。
八社女もまた射撃を止め、陰斗の様子に苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
陰斗の最後の悪足掻きは、航に飛び掛かっての右拳だった。
右フックで拳の衝撃を逃がして肘打ちに重ねる「爆拳斧肘撃〝椿〟」が航の頬を捉えた。
彼の本能が選んだ最後の攻撃は椿流洋式剛体術の技だったが、今更こんなものが航に通じるわけもなく、また威力も早さも不足しており、航の表情を変える事すら叶わなかった。
陰斗は膝を突き、意識のない人間相応に倒れて動かなくなった。
航も根尾も、そして八社女も陰斗から神為が消えているのを感知していた。
神為を失った今、陰斗は本能のままに無意識化で動き続けることが出来なくなったのだ。
戦いは岬守航に軍配が上がった。
「さて、と……。」
根尾は陰斗から視線を八社女に戻す。
航もまた、八社女に狙いを定めた。
「残るはお前一人だな、首領補佐・八社女征一千。」
陰斗相手に苦戦したとはいえ、航はまだまだ戦える。
ここまで根尾一人を仕留めきれない八社女にとって、形勢は一気に不利になったと言えるだろう。
航は根尾に目配せする。
根尾は無言で頷くと電話を取り出して連絡し始めた。
戦闘中にこんなことをしては狙われて当然だが、今は航が八社女と対峙しており八社女もそれどころではない。
「今、白蘭に連絡した。間もなく彼女が陰斗を回収するだろう。そして同時に、更なる戦力を三名投入する。」
「新華族令嬢三羽烏か……!」
八社女は冷や汗をかいていた。
多勢に無勢、ただでさえ厄介な二人を相手としなければならないところに強力な皇國の援軍まで来られてはどうにもなるまい。
「ふっ、これで勝ったつもりか?」
八社女はなおも強がってみせる。
しかし、彼に出来ることは不都合な現実を突き付けることくらいだ。
「まさか神為を取り除けば崩壊した自我が戻るとでも思っているのか? 陰斗は目を覚ましたとして、最早廃人同然だ。陽子の願いは叶わない。岬守航は骨折り損の草臥れ儲けという訳さ!」
横たわる陰斗をそんな状態にしたのは自分自身であろうに、悪びれもせず八社女は勝ち誇った。
だが、航と根尾の表情は崩れない。
「希望が無いわけじゃないさ。最後の最後、奴は道成寺陰斗として習得した技に頼った。自我が崩壊したとお前は言うが、それでもあいつの中には今までの自分の欠片が確かにあるんだ。」
「うむ、岬守君の言う通りだ。加えて俺も術式神為による命令を試してみるつもりだ。壊れた自我を再構築する様に暗示をかけてみよう。そうすれば、時間は掛かるがどうにかなるかもしれない。」
「フン、脳味噌お花畑が……!」
そんなやり取りをしている内に、白蘭揚羽が横たわる陰斗の身体に駆け寄って彼を背負いあげた。
そして、その後ろからは魅継東風美、別府幡黎子、牧辻野愛琉の新華族令嬢三羽烏が勢ぞろいしていた。
「皆さん、私は道成寺陰斗の身柄を確保しますので八社女征一千は一旦お任せしますね!」
白蘭はそう言うと陰斗を背負ったままホテルの中へと入っていった。
状況は五対一。
八社女には最早退却しか残された手は無い。
「くっ……! これは流石に無理だ……! 推城には悪いが、また散体して……!」
言いかけて、八社女は気が付いたらしい。
根尾は慌てて瞠目する八社女の様子を見て笑い、彼に宣告する。
「残念だがそれは不可能だ。石化に際した俺の命令は、石化に失敗しても有効なんだよ。つまりお前はもう自爆して逃げることは出来ん。更に、次は神為を大量に使い、触れた一瞬で全身を石化させる! 前の命令は有効だから、それを解除すればお前は何もかもを白状することになる!」
「な、何だとぉ……⁉」
八社女は速足で後退っている。
しかし、五人もの人間がいれば当然彼は周囲を取り囲まれる状態になっていた。
逃げ道などは無く、万事休すとはこのことだ。
八社女の表情には普段の余裕が完全に消え去っていた。
焦燥からこれでもかというくらいに顔を顰め、奥歯を噛み締めて震えている。
そんな彼に、一人の少女が問いかける。
「〝増長天〟様……。貴方が本当に武装戦隊・狼ノ牙の首領補佐・八社女征一千なのですか?」
八社女は驚いて声のする方へ振り向くと、そこに陣取っていたのは同志である〝持国天〟閏間三入の曾孫、魅継東風美だった。
「あの莫迦め、僕らの容貌まで事細かに子孫に明かしているのか……!」
閏間に悪態を吐く八社女だが、自分はそれ以上の詳細を吐かされることになると根尾に宣告されている。
「おのれえええええっっ‼」
八社女は悔し紛れに叫び、苦し紛れに矢を周囲に向けて連射した。
しかしこの場にいるのは全員が手練れであり、単発の矢など物ともしない。
それらはあっさり撃ち落とされてしまった。
もう八社女に打つ手なし、大人しくお縄につくしかない。――その場にいる誰もがそう思った。
だがその時、天から聞き覚えのある声が響いてきた。
『八社女よ、窮地に陥ってしまったようだな……。』
航は警戒を強める。
直接会って声を聞いたのは彼だけだ。
「その声は……推城朔馬!」
航に名を呼ばれた男、推城朔馬という大男が八社女のすぐ隣に何処からともなく姿を顕した。
その姿に八社女は安堵の表情を浮かべる。
「推城……まさか君の方から来てくれるとは……! 麗真魅琴はどうした? と言いたいところだがこの場はよく来てくれた……!」
「うむ、お前の指摘は痛い所を突いているが、私が来なければ危なかったな、八社女。」
見ると推城は随分とボロボロにやられていて、息も絶え絶えである。
麗真魅琴と戦っていたのだろうか。
それにしては五体無事に済んでいるのだから大したものである。
「麗真魅琴、あれは想像以上の怪物だな。神為を全く使えない状態で万全ではないとはいえ、それでもなおここにいる全員を相手にする方が余程楽だ。」
推城の登場に、東風美は更に動揺していた。
「〝多聞天〟様……?」
彼女の姿を横目に、推城は溜息を吐いた。
「〝持国天〟の奴め……。」
「本当だよ、全く……。推城もそう思うだろう?」
推城は周囲を見渡す。
そして少しの間両目を閉じ、何かを決意したようにゆっくりと目蓋を上げた。
「もう良いだろう、八社女。どうせ我らの計画は近々最終段階に入るのだ。」
「何だと? 推城、正気か?」
八社女は推城の顔を怪訝そうに見上げたが、意志は固いというのを見て取ったのか諦めた様に嘆息した。
「わかったよ。どうせあのままだと全て吐かされていたんだ。」
「うむ。」
この推城の態度に驚いたのは八社女ばかりではない。
航も、根尾も、それから皇國の三人娘も信じられずに警戒感をあらわにした。
「まさか……話してくれるのか? 『神瀛帯熾天王』の企みを……!」
航の問い掛けに、推城はゆっくりと頷いた。
「岬守航よ、私は恐らく我らの中で最も貴様を警戒し、そして敬意を感じている。根尾弓矢、お前は部下から漏れた些細な情報をよくぞ諦めずに調査し、そして遂にその真相をほぼ確実に掴めるところまで来た。更にこの場にはいないが麗真魅琴、あれも不可能と思われた神皇の無力化をその身命を賭して為し、祖国を皇國の圧倒的武力から守った。何れも見事、敵ながら天晴である。」
辺りに緊張が走る。
そして推城は遂に、その言葉を口にした。
「故に今こそ明かそう。我等『神瀛帯熾天王』の成り立ちと悲願の全てを、この私が知り得る限りに於いて……。そしてそれは、話したところで最早止められぬという意味でもある。心して聴くが良い……。」
日本と皇國の裏で暗躍し運命と歴史を弄んでいた黒幕が、今その正体を自ら明かそうとしていた。
次回更新は、12月4日㈯




