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第九十二話 本能

前回


 姉、椿(つばき)陽子(ようこ)の居場所に移動する術式神為(しんい)によって突然襲撃してきた道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)と交戦になった岬守(さきもり)(わたる)は相手をなるべく傷付けないように倒さなければならないという今までとは勝手の違う戦いに苦戦するも、どうにか陰斗(かげと)を気絶させることに成功する。

 しかし後を追うように(あらわ)れた首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)によって更に度を越して力が増した陰斗(かげと)は意識の無い状態で戦闘を再開してしまう。

 予想以上の強化と苦難に挫折しかけた(わたる)だったが、思わず放った拳が陰斗(かげと)を捉えた事と根尾(ねお)弓矢(きゅうや)東瀛(とうえい)除丸(じょがん)を渡されたことによって希望を繋ぐ。


 更に根尾(ねお)八社女(やおとめ)も互いに狙いを定め、戦いは新たな局面を迎えた。

 腐屍徊(ゾンビ)の様に体を揺らしながらゆっくりと近寄ってくる道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)の動きを警戒して、岬守(さきもり)(わたる)は構える。

 今の陰斗(かげと)は戦いの中での動きの全てが雷の速度だ。

 集中力を一瞬でも切ってしまうとやられてしまう。


 再び、(わたる)の周囲四方八方に雷鳴が駆け巡る。

 こんなことをされては常人では戦いにもならない。

 しかし、今の(わたる)は違った。

 一見すると闇雲に放っているとしか思えない拳が、蹴りが(わたる)を攻撃しようとする陰斗(かげと)に正確にヒットし続ける。


「グゥオオオッ‼」


 だが、いくら一方的に圧倒しても陰斗(かげと)を倒すことは出来ない。

 陰斗(かげと)は初めから意識の無い状態で、本能だけで戦っている。

 彼を止める方法は三つ、殺すか、切り刻むか、彼の本能を突き動かしている神為(しんい)を消滅させるかだ。


 陰斗(かげと)は再び稲光となり、(わたる)の周囲を(はし)り始めた。


「ワンパターンが……!」


 (わたる)はここまで無意識状態の陰斗(かげと)と戦って、気付いたことがある。

 一つは、今彼が呟いた通り非常に画一的な戦術しか取れていないこと。

 本能だけで戦っているのだから当然と言えば当然である。


 そしてもう一つ、攻撃の速度は理不尽な迄に上がっているが、威力は逆に下がっている。

 最初に攻撃を受けてわかったことであるが、意識のある状態だと心臓を狙う攻撃に感じた必殺の脅威が、今の状態では感じられない。


 以上二つの分析より、速度に対応できてしまった今では、寧ろ戦いそのものは楽になっている。

 あとは如何(いか)にして陰斗(かげと)東瀛除丸(とうえいじょがん)を飲ませるか、それを考えて実践するだけだ。


 が、そう思ったのも束の間、陰斗(かげと)は突如立ち止まり、獣の様な雄叫びを上げた。


「なっ……! これは‼」


 異変にはすぐに気が付いた。

 陰斗(かげと)神為(しんい)量が雄叫びと共に爆発的に上がったのだ。


「糞っ、本能だけで戦うなら自分で死期を早めるなよ……!」


 もしこのまま陰斗(かげと)が戦いの中で我身を顧みず神為(しんい)を上げ続ければ彼は(いず)れその強大な力に耐えきれずに死んでしまうだろう。

 そして悪いことに、先程まではさほど脅威と見ていなかった攻撃の威力もまた圧倒的に上昇することになる。


 陰斗(かげと)は再び雷鳴となって(わたる)の周囲を(はし)り始めた。

 パターンは相変わらずであり、そして(わたる)にとって有り難い事に、速度は大して変わっていない。

 ならば、これまでと同じように戦い続ければ一先(ひとま)(わたる)の命が取られることは無いだろう。


「だが、いつまでも作業で戦ってるわけにはいかないって事か……! 面倒臭い奴だなお(まえ)は全く……!」


 陰斗(かげと)の突撃を拳や蹴りで(ことごと)く迎撃しながら、(わたる)はどうにか東瀛除丸(とうえいじょがん)を彼に呑ませる方策を練り始めた。


⦿


 八社女(やおとめ)征一千(せいいち)の盟友、推城(つきしろ)朔馬(さくま)はその男を「運命が英雄に推し上げようとしている様だ。」と評した。

 岬守(さきもり)(わたる)は今、確かにとんでもない存在へと成り上がった。

 八社女(やおとめ)の目の前で(わたる)雷霆(らいてい)と化して縦横無尽に動き回る道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)と渡り合っている。


「運命と歴史に愛された男か……。気に入らないね……。」


 八社女(やおとめ)陰斗(かげと)に何度も攻撃を当てる(わたる)を見て嘆息した。

 彼が岬守(さきもり)(わたる)と遭遇したのはほんの二カ月前、皇國(こうこく)の立体駐車場内でのことだった。

 不覚は取ったものの、その時はこんなとんでもないレベルの戦いぶりを見せるような男ではなかった筈だ。


 しかし、八社女(やおとめ)(わたる)に気を取られている場合などではなかった。

 あと一瞬、素早く近づいてくる足音に気が付かなければ危なかったかもしれない。


 八社女(やおとめ)が振り向くと、根尾(ねお)弓矢(きゅうや)が接近して掴みかかろうとしていた。

 慌てて飛び退いたから良かったものの、指が少し掠ってしまった。

 もしその一瞬で石化させるほどの神為(しんい)を使われていたらその時点で彼は終わっていた。


「石化の術式神為(しんい)……そうなんだよね。根尾(ねお)弓矢(きゅうや)(きみ)の能力も何だかんだでヤバいんだよ。でも触れただけで一瞬の内に石になるものだと思っていたけど?」

「お(まえ)一人を捕らえるのなら無言で石にしてしまえばいいんだがな。お(まえ)には何か裏の目的を共有した秘密の仲間がいるだろう?」

「成程、じっくり石にしながら命令して情報を引き出そうということか。(ぼく)も甘く見られたものだ。」


 八社女(やおとめ)はそう言うと両手から紫色の靄を出した。

 それらは少しずつ弓と筒の形を成していく。

 筒を腰に掛け、そこから矢を一本取りだした八社女(やおとめ)は弓を引き、構える。


「これが(ぼく)の武器、『須弥削(すみけず)りの(ゆみ)』と『差魅魔(ざみま)()』だ。少しは参考になったかな?」

「うむ、唐突に固有名詞だけを出されても何のことやら全くわからんな。」


 根尾(ねお)はとりあえず走り、八社女(やおとめ)との間合いを詰めようとする。

 相手が出した武器が武器なので、敵は離れた位置からの遠距離戦を狙っていると判断したのだろう。


 その通り、八社女(やおとめ)根尾(ねお)から逃げながら文字通り矢継ぎ早に射撃する。

 体勢も構えも無茶苦茶だが、千年以上もの鍛錬の成果か狙いは正確に根尾(ねお)の心臓や脳天に定められている。


 根尾(ねお)はこれを或いは躱し、或いは撃ち落として一切の傷を負わずに八社女(やおとめ)を追い掛ける。

 逃げる八社女(やおとめ)、追う根尾(ねお)

 だが、次第に流れは八社女(やおとめ)へと傾き始めた。


 八社女(やおとめ)は矢を放つ間隔をどんどん縮め、そして遂に根尾(ねお)の周囲、地面から上の半球の全体から殆ど同じタイミングで「差魅魔(ざみま)の矢」を射撃するに至った。


「ははははは、どんな気分だ、根尾(ねお)弓矢(きゅうや)⁉ 追ったつもりが追い詰められた! 終わりだ‼」


 勝利を確信する八社女(やおとめ)

 しかし、根尾(ねお)にはもう一つの手段がある。

 彼は自らを泥化することで矢の(ことごと)くを擦り抜けさせてやり過ごした。


「くっ、そうか忘れていた。そんなつまらない防御手段もあったんだったな……。」

八社女(やおとめ)よ、貴様(きさま)は自分のポカを『相手がしょうもないからだ。』と言い訳する癖があるようだな。」


 根尾(ねお)はそのまま八社女(やおとめ)の背後で泥化を解除し再び実体化した。


莫迦(ばか)め‼ お(まえ)も忘れているぞ‼」


 八社女(やおとめ)は振り向きざまに貫手を放ち、心臓を突き刺そうとする。

 が、これも根尾(ねお)は簡単に手首を掴んで受け止めてしまう。


「最初に戦った時は素手だったことをか? だからどうした? お(まえ)の徒手格闘が大したことないというのはもう知っている。それを奥の手に取っておいたのなら間抜けとしか言いようがない。そして、お(まえ)の方こそ終わりだ!」

「くっ‼」


 八社女(やおとめ)は右手から徐々に石化し始めた。

 あとはこのまま根尾(ねお)が命じれば、八社女(やおとめ)はその言葉に逆らえない。


「自爆はするなよ! 石化はすぐに解除する! その時はお(まえ)ら『神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)』とやらの正体と企みを何から何まで全部喋って貰うぞ! 覚悟しろよ?」


 相手に合意を問い掛ける事によって術式神為(しんい)の成立条件は達成。

 あとは石化を待つばかりだ。

 だがここで八社女(やおとめ)は予想外の行動に出た。


「ガアッ‼」


 八社女(やおとめ)は左手の手刀で石化した右腕を切り離したのだ。

 ぼたぼたと右肩から大量出血しているが、確かに石化の進行は止められてしまった。

 そしてそんな大怪我状態にも拘らず、八社女(やおとめ)は不敵に笑っている。


「ふふふふふ。自爆は警戒していたみたいだけど、今のはあくまで自傷だからねえ……。詰めが甘かったね。」


 根尾(ねお)は石化した八社女(やおとめ)の腕を投げ捨てた。

 しかし、大して驚いた様子は無い。


 案の定、八社女(やおとめ)の右腕は元通りに再生した。

 守護神為(しんい)による回復でも、ここまでの事は出来ない。

 彼は明らかに何かそれ以外の方法に頼っている。


「それも先程岬守(さきもり)に言っていた『穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)』とやらの力か?」


 根尾(ねお)の目的は情報収集だと自分でも言っていた。

 八社女(やおとめ)のこの再生力もまたそのうちの一つなのだろう。


「ま、そんなところだね。」

「歯切れが悪いな。何か裏がありそうだ。」


 根尾(ねお)は何かを見抜いたらしい。

 八社女(やおとめ)は再び腰の筒から矢を取り出して弓弦を引き、根尾(ねお)に狙いを定める。


(ぼく)らの秘密なら地獄で好きなだけ考えると良いよ。(きみ)の部下、仁志旗(にしき)(れん)と一緒にね!」


 根尾(ねお)八社女(やおとめ)の追いかけっこが再び始まった。


 ⦿


 八社女(やおとめ)根尾(ねお)を相手に逃げの戦術を取っている間に、(わたる)には一つの考えが浮かんだ。

 今までは陰斗(かげと)の攻撃に対して一撃を入れて弾き飛ばすだけだったが、それでは相手に決定的な隙を作ることは出来ない。


 ならば……!――(わたる)は意を決し、陰斗(かげと)の突撃に備える。


 そして、突っ込んできた陰斗(かげと)に対して(わたる)が取った迎撃行動は今までとは異なるものだった。

 これまでの様な渾身の一撃ではなく、細かい連続攻撃で動き回ろうとする陰斗(かげと)を止める。

 そして(わたる)陰斗(かげと)の背後に回り込み、羽交い絞めにして抑え込んだ。


「グウウウウッッ‼」


 唸り声を上げて拘束を解こうとする陰斗(かげと)だが、(わたる)の渾身の力は今や、これまで爆発的に神為(しんい)を上昇させ筋骨隆々の肉体を作り上げた陰斗(かげと)ですらびくともしない程になっていた。

 これは偏に、今まで強敵と戦い、そして打ち破り続けた事で(わたる)神為(しんい)陰斗(かげと)以上に上昇したためだ。

 そしてそれに伴い、屋渡(やわたり)倫駆郎(りんくろう)も言及したように精神的な成長が彼の神為(しんい)量に堪える器を育てていたのだろう。


「さあどうするんだ、陰斗(かげと)? 今のお(まえ)の力じゃ(ぼく)を振り解くことなんかできないぞ。」


 (わたる)の問い掛けに陰斗(かげと)はこれが答えだと言わんばかりに放電した。

 流石に(わたる)も顔を顰めたが、これは悪手である。

 (わたる)の筋肉が却って硬直したことに陰斗(かげと)も気付いたらしく、すぐさま放電は中止された。


「そうさ、人間は感電すると固まって動けなくなってしまう。術式神為(しんい)じゃこの拘束は解けない、自由になれないんだよ。」


 勿論、(わたる)とて今の陰斗(かげと)の放電を受け続ければ無事では済まない。

 だが、それを見越して(わたる)はある一瞬に賭けていた。


「さあ、どうするんだ⁉ お(まえ)の本能は何を選択する⁉」

「グググググ……!」


 そして遂に、その時は訪れた。

 陰斗(かげと)神為(しんい)量を更に上昇させようと獣のように咆哮した。

 (わたる)はまさにこの時を待っていた。


「ぅらッ‼」


 (わたる)は掌で陰斗(かげと)の口を塞いだ。

 正確には、手の中に含ませていた東瀛除丸(とうえいじょがん)陰斗(かげと)に無理矢理飲ませた。

 陰斗(かげと)は堪らず吐き出そうとするが、それを防ぐべく(わたる)は全力で陰斗(かげと)の口を抑える。


「飲み込めっ! 吐くなっ! 飲み込めぇっ‼」


 (わたる)は感じていた。

 陰斗(かげと)の本能が腑に落とす事を拒んでいるのか、東瀛除丸(とうえいじょがん)は喉の辺りに引っ掛かって止まっている。


 そして再び、放電。

 (わたる)陰斗(かげと)から余計に離れられなくなり、そして直感した。


 この電撃を十数秒も連続して食らうと、死ぬ。


 幸いにして放電はすぐに止んだものの、陰斗(かげと)は訳も分からず闇雲に足搔いている。

 いつ再び電撃を放って来るか、そしてそれが何十秒も継続するかわからない。


 繰り返すが、これが唯相手を倒せばいいだけの戦いなら、(わたる)はここまで追い込まれていない。

 それこそ鮮やかに陰斗(かげと)を仕留めてしまうことが出来る。

 陰斗(かげと)を無事に大人しくさせるという足枷が、(わたる)陰斗(かげと)から離れることを許さずピンチを招いているのだ。


 (わたる)は考える。

 どうやって陰斗(かげと)東瀛除丸(とうえいじょがん)を呑み込ませるか、既に彼の喉にまで入っているこの状況でなお考える事を余儀無くされている。


 そしてそれは、突如(わたる)の脳に降りて来た。

 ある人間があるものを無理矢理食べさせた、つい最近の記憶。


 そうだ!――(わたる)は遂にその手段を閃いた。


 まず、(わたる)陰斗(かげと)の口を抑えている手の中にあるものを形成した。

 使ったのは武器を作り出す二井原(にいはら)雛火(ひなび)の術式神為(しんい)だが、それの一般的な用途は武器ではない。


 ただ、使い手が武器として使用できるというイメージさえあれば何でも形成できるというのがこの能力の強みである。


 必然的にその「点火棒」は先端を陰斗(かげと)の口内に突っ込まれる形で作られ、(わたる)はその柄を握った。

 陰斗(かげと)は生存本能から喉に向けて点火されかねないこの状況を危険と判断したのか、咄嗟に再び口を開けて棒の先端を吐き出す。


 同時に喉に引っ掛かっていた東瀛除丸(とうえいじょがん)も飛び出したが、(わたる)は点火棒から手を放し、それを人差し指と中指で上手く受け止めた。

 そしてそのまま、自身の手を陰斗(かげと)のぽっかりと空いた口内に突っ込む。


「飲み込みたくないなら、無理矢理胃に落としてやる!」


 東瀛除丸(とうえいじょがん)陰斗(かげと)の喉奥で(わたる)の指から離れ、そしてそのまま食道の奥の奥へと落ちて行った。

 陰斗(かげと)は悪足搔きで放電しようとしたが、それを察知した(わたる)は素早くその場を離れて難を逃れた。


 後は東瀛除丸(とうえいじょがん)がそのまま胃に落ち、効果が発揮されることを祈るだけだ。


「やったか……?」


 根尾(ねお)八社女(やおとめ)を追う足を止め、矢を弾きながら成り行きを見守っている。

 八社女(やおとめ)もまた射撃を止め、陰斗(かげと)の様子に苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


 陰斗(かげと)の最後の悪足掻きは、(わたる)に飛び掛かっての右拳だった。

 右フックで拳の衝撃を逃がして肘打ちに重ねる「爆拳斧肘撃(ばっけんふちゅうげき)椿(つばき)〟」が(わたる)の頬を捉えた。

 彼の本能が選んだ最後の攻撃は椿流洋式剛体術の技だったが、今更こんなものが(わたる)に通じるわけもなく、また威力も早さも不足しており、(わたる)の表情を変える事すら叶わなかった。


 陰斗(かげと)は膝を突き、意識のない人間相応に倒れて動かなくなった。

 (わたる)根尾(ねお)も、そして八社女(やおとめ)陰斗(かげと)から神為(しんい)が消えているのを感知していた。

 神為(しんい)を失った今、陰斗(かげと)は本能のままに無意識化で動き続けることが出来なくなったのだ。


 戦いは岬守(さきもり)(わたる)に軍配が上がった。


「さて、と……。」


 根尾(ねお)陰斗(かげと)から視線を八社女(やおとめ)に戻す。

 (わたる)もまた、八社女(やおとめ)に狙いを定めた。


「残るはお(まえ)一人だな、首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)。」


 陰斗(かげと)相手に苦戦したとはいえ、(わたる)はまだまだ戦える。

 ここまで根尾(ねお)一人を仕留めきれない八社女(やおとめ)にとって、形勢は一気に不利になったと言えるだろう。


 (わたる)根尾(ねお)に目配せする。

 根尾(ねお)は無言で頷くと電話を取り出して連絡し始めた。

 戦闘中にこんなことをしては狙われて当然だが、今は(わたる)八社女(やおとめ)と対峙しており八社女(やおとめ)もそれどころではない。


「今、白蘭(びゃくらん)に連絡した。間もなく彼女が陰斗(かげと)を回収するだろう。そして同時に、更なる戦力を三名投入する。」

「新華族令嬢三羽烏か……!」


 八社女(やおとめ)は冷や汗をかいていた。

 多勢に無勢、ただでさえ厄介な二人を相手としなければならないところに強力な皇國(こうこく)の援軍まで来られてはどうにもなるまい。


「ふっ、これで勝ったつもりか?」


 八社女(やおとめ)はなおも強がってみせる。

 しかし、彼に出来ることは不都合な現実を突き付けることくらいだ。


「まさか神為(しんい)を取り除けば崩壊した自我が戻るとでも思っているのか? 陰斗(かげと)は目を覚ましたとして、最早廃人同然だ。陽子(ようこ)の願いは叶わない。岬守(さきもり)(わたる)は骨折り損の草臥(くたび)れ儲けという訳さ!」


 横たわる陰斗(かげと)をそんな状態にしたのは自分自身であろうに、悪びれもせず八社女(やおとめ)は勝ち誇った。

 だが、(わたる)根尾(ねお)の表情は崩れない。


「希望が無いわけじゃないさ。最後の最後、奴は道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)として習得した技に頼った。自我が崩壊したとお(まえ)は言うが、それでもあいつの中には今までの自分の欠片が確かにあるんだ。」

「うむ、岬守(さきもり)君の言う通りだ。加えて(おれ)も術式神為(しんい)による命令を試してみるつもりだ。壊れた自我を再構築する様に暗示をかけてみよう。そうすれば、時間は掛かるがどうにかなるかもしれない。」

「フン、脳味噌お花畑が……!」


 そんなやり取りをしている内に、白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)が横たわる陰斗(かげと)の身体に駆け寄って彼を背負いあげた。

 そして、その後ろからは魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)別府幡(びゅうまん)黎子(れいこ)牧辻(ひらつじ)野愛琉(のある)の新華族令嬢三羽烏が勢ぞろいしていた。


「皆さん、(わたし)道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)の身柄を確保しますので八社女(やおとめ)征一千(せいいち)は一旦お任せしますね!」


 白蘭(びゃくらん)はそう言うと陰斗(かげと)を背負ったままホテルの中へと入っていった。

 状況は五対一。

 八社女(やおとめ)には最早退却しか残された手は無い。


「くっ……! これは流石に無理だ……! 推城(つきしろ)には悪いが、また散体して……!」


 言いかけて、八社女(やおとめ)は気が付いたらしい。

 根尾(ねお)は慌てて瞠目する八社女(やおとめ)の様子を見て笑い、彼に宣告する。


「残念だがそれは不可能だ。石化に際した(おれ)の命令は、石化に失敗しても有効なんだよ。つまりお(まえ)はもう自爆して逃げることは出来ん。更に、次は神為(しんい)を大量に使い、触れた一瞬で全身を石化させる! 前の命令は有効だから、それを解除すればお(まえ)は何もかもを白状することになる!」

「な、何だとぉ……⁉」


 八社女(やおとめ)は速足で後退(あとずさ)っている。

 しかし、五人もの人間がいれば当然彼は周囲を取り囲まれる状態になっていた。

 逃げ道などは無く、万事休すとはこのことだ。


 八社女(やおとめ)の表情には普段の余裕が完全に消え去っていた。

 焦燥からこれでもかというくらいに顔を顰め、奥歯を噛み締めて震えている。

 そんな彼に、一人の少女が問いかける。


「〝増長天(ぞうじょうてん)〟様……。貴方(あなた)が本当に武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の首領補佐・八社女(やおとめ)征一千(せいいち)なのですか?」


 八社女(やおとめ)は驚いて声のする方へ振り向くと、そこに陣取っていたのは同志である〝持国天〟閏間(うるま)三入(みいる)の曾孫、魅継(みつぎ)東風美(あゆみ)だった。


「あの莫迦(ばか)め、(ぼく)らの容貌まで事細かに子孫に明かしているのか……!」


 閏間(うるま)に悪態を吐く八社女(やおとめ)だが、自分はそれ以上の詳細を吐かされることになると根尾(ねお)に宣告されている。


「おのれえええええっっ‼」


 八社女(やおとめ)は悔し紛れに叫び、苦し紛れに矢を周囲に向けて連射した。

 しかしこの場にいるのは全員が手練れであり、単発の矢など物ともしない。

 それらはあっさり撃ち落とされてしまった。


 もう八社女(やおとめ)に打つ手なし、大人しくお縄につくしかない。――その場にいる誰もがそう思った。

 だがその時、天から聞き覚えのある声が響いてきた。


八社女(やおとめ)よ、窮地に陥ってしまったようだな……。』


 (わたる)は警戒を強める。

 直接会って声を聞いたのは彼だけだ。


「その声は……推城(つきしろ)朔馬(さくま)!」


 (わたる)に名を呼ばれた男、推城(つきしろ)朔馬(さくま)という大男が八社女(やおとめ)のすぐ隣に何処からともなく姿を顕した。

 その姿に八社女(やおとめ)は安堵の表情を浮かべる。


推城(つきしろ)……まさか(きみ)の方から来てくれるとは……! 麗真(うるま)魅琴(みこと)はどうした? と言いたいところだがこの場はよく来てくれた……!」

「うむ、お(まえ)の指摘は痛い所を突いているが、(わたし)が来なければ危なかったな、八社女(やおとめ)。」


 見ると推城(つきしろ)は随分とボロボロにやられていて、息も絶え絶えである。

 麗真(うるま)魅琴(みこと)と戦っていたのだろうか。

 それにしては五体無事に済んでいるのだから大したものである。


麗真(うるま)魅琴(みこと)、あれは想像以上の怪物だな。神為(しんい)を全く使えない状態で万全ではないとはいえ、それでもなおここにいる全員を相手にする方が余程楽だ。」


 推城(つきしろ)の登場に、東風美(あゆみ)は更に動揺していた。


「〝多聞天(たもんてん)〟様……?」


 彼女の姿を横目に、推城(つきしろ)は溜息を吐いた。


「〝持国天(じこくてん)〟の奴め……。」

「本当だよ、全く……。推城(つきしろ)もそう思うだろう?」


 推城(つきしろ)は周囲を見渡す。

 そして少しの間両目を閉じ、何かを決意したようにゆっくりと目蓋を上げた。


「もう良いだろう、八社女(やおとめ)。どうせ我らの計画は近々最終段階に入るのだ。」

「何だと? 推城(つきしろ)、正気か?」


 八社女(やおとめ)推城(つきしろ)の顔を怪訝そうに見上げたが、意志は固いというのを見て取ったのか諦めた様に嘆息した。


「わかったよ。どうせあのままだと全て吐かされていたんだ。」

「うむ。」


 この推城(つきしろ)の態度に驚いたのは八社女(やおとめ)ばかりではない。

 (わたる)も、根尾(ねお)も、それから皇國(こうこく)の三人娘も信じられずに警戒感をあらわにした。


「まさか……話してくれるのか? 『神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)』の企みを……!」


 (わたる)の問い掛けに、推城(つきしろ)はゆっくりと頷いた。


岬守(さきもり)(わたる)よ、(わたし)は恐らく我らの中で最も貴様(きさま)を警戒し、そして敬意を感じている。根尾(ねお)弓矢(きゅうや)、お(まえ)は部下から漏れた些細な情報をよくぞ諦めずに調査し、そして遂にその真相をほぼ確実に掴めるところまで来た。更にこの場にはいないが麗真(うるま)魅琴(みこと)、あれも不可能と思われた神皇(じんのう)の無力化をその身命を賭して為し、祖国を皇國(こうこく)の圧倒的武力から守った。何れも見事、敵ながら天晴である。」


 辺りに緊張が走る。

 そして推城(つきしろ)は遂に、その言葉を口にした。


「故に今こそ明かそう。我等『神瀛帯(しんえいたい)熾天王(してんのう)』の成り立ちと悲願の全てを、この(わたし)が知り得る限りに於いて……。そしてそれは、話したところで最早止められぬという意味でもある。心して聴くが良い……。」


 日本と皇國(こうこく)の裏で暗躍し運命と歴史を弄んでいた黒幕が、今その正体を自ら明かそうとしていた。

次回更新は、12月4日㈯

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