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第九十一話 閃光

前回


 椿(つばき)陽子(ようこ)は幼い頃離れ離れになった弟、道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)をずっと探し求め、そして父親である道成寺(どうじょうじ)(ふとし)から救おうとしてきたが、とうとう限界を迎えようとしていた。

 そんな中で彼女は岬守(さきもり)(わたる)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)に遭遇し、身の上を全て話した上で助けを求める。

 新兒(しんじ)陽子(ようこ)の今までのことを咎められはしたものの、二人は彼女を受け容れ、彼女は感謝しつつ特殊防衛課の待つホテルへと同行したのだった。

  (そもそ)も何故、岬守(さきもり)(わたる)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)は平日の昼間に街を歩いていたのか。

 それはその日の朝、根尾(ねお)弓矢(きゅうや)のもとに一つの情報提供があったことに端を発する。


 日本に逃げ込んだ武装戦隊(ぶそうせんたい)狼ノ牙(おおかみのきば)の面々であるが、皇國(こうこく)との戦争前に邦人を拉致しているため、当然彼らには指名手配が掛かっていた。

 その中から、椿(つばき)陽子(ようこ)の目撃情報が警察を介して根尾(ねお)に入ってきたのだ。


 根尾(ねお)はすぐさま岬守(さきもり)(わたる)麗真(うるま)魅琴(みこと)、そして(つい)でに椿(つばき)に関しては捜査に加えて欲しいと前々から懇願していた虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)にも連絡。

 こうして、新華族令嬢の奪還時に久住(くずみ)双葉(ふたば)の家へ訪れた三人で椿(つばき)陽子(ようこ)の捜索が行われる筈だった。


 だが、途中でアクシデントがあった。

 散策の途中、突如振動したスマートフォンのディスプレイを見た魅琴(みこと)の顔が一瞬で険しくなり、訳も話さずに一人走り去ってしまったのだ。


 (わたる)新兒(しんじ)椿(つばき)陽子(ようこ)と遭遇したのはその直後のことだった。

 そして説得の末、一人の重要参考人が特殊防衛課の活動拠点となっている高級ホテルへと任意同行されることになった。




⦿⦿⦿




 ホテルの駐車場に到着した岬守(さきもり)(わたる)虻球磨(あぶくま)新兒(しんじ)椿(つばき)陽子(ようこ)白蘭(びゃくらん)揚羽(あげは)根尾(ねお)弓矢(きゅうや)が迎える。


根尾(ねお)さん、魅琴(みこと)は?」


 根尾(ねお)は困り果てた顔で首を振る。


「まだ戻らん。何事も無ければいいんだが……。」

「あいつに限っては何も起きようがねえだろ。」


 新兒(しんじ)はいつもの調子を取り戻し、軽薄に笑って見せた。

 確かに、魅琴(みこと)の身に迫る脅威というものがあれば、返り討ちにするイメージしか浮かばない。

 だが彼女が一人離れ離れになっているという状況が(わたる)には不安を想起させていた。


 周囲に嫌な空気、予感が立ち籠める。

 そしてその瞬間、一筋の閃光が彼らのど真ん中に奔り込んできた。


「なッ⁉」


 閃光が到達した地点で光に包まれていた男が徐々にその姿を顕していく。

 男の上げた叫び声と共に五人は彼の周囲から勢い良く弾き飛ばされた。


「グゥウウウ……うウグガァグウゥゥッ‼」


 涎を垂らし、焦点の合っていない眼で呻き声を上げる男。

 それは紛れも無く、話題の渦中にいるあの青年だった。


陰斗(かげと)‼」


 陽子(ようこ)は弟の名を叫んだ。

 道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)はそんな姉に眼の焦点を合わせ、信じられない言葉を口にした。


「裏切ッたナ……! (ぼく)達ヲ売り自分ダけ助かル気だナ……!」

陰斗(かげと)、何を言っているの? (わたし)はアンタを…」

「黙レ‼」


――術式神為(しんい)陰盃騎士(インファイナイ)颱雷神(ツポレフ)――


 陰斗(かげと)の掌から放出された電撃が陽子(ようこ)に直撃した。

 陽子(ようこ)は悲鳴を上げることも出来ずに一瞬でその場に倒れ伏した。


椿(つばき)‼」

「てめえ実の姉貴に‼」


 (わたる)は意識を失った陽子(ようこ)に駆け寄り、呼吸と脈を確かめた。

 どうやら絶命には至ってないようだが、この場に放置するのは危険である。


「ぐあアッッ‼」


 一方、彼の背中越しでは根尾(ねお)新兒(しんじ)陰斗(かげと)の攻撃に吹き飛ばされていた。

 二人とも直ぐに起き上がったが、決してダメージは小さくないらしい。


 (わたる)は決心したように傍で倒れて起き上がろうとしていた白蘭(びゃくらん)に伝える。


白蘭(びゃくらん)さん、椿(つばき)を頼みます。根尾(ねお)さん! 虻球磨(あぶくま)! 二人は白蘭(びゃくらん)さんと椿(つばき)を守ってくれ!」


 (わたる)は一人、陰斗(かげと)の下に、一つまた一つと歩を寄せる。


「この場は(ぼく)が引き受ける!」


 何らかの謀略の下、予想だにしない危機と戦いが呼び込まれた。

 (わたる)は一人、今までとは違う戦いを受けて立とうとしていた。


 こいつは、絶対に生きたまま倒さなきゃならない……!――(わたる)の胸に緊張が走る。


 今の一連の攻撃を見て(わたる)陰斗(かげと)を「それなりの脅威」と認識していた。

 確かに楽な相手ではないが、今までの様な絶望感すら漂うとんでもない強敵という訳ではない。


 だが、そのそこそこ余裕のない強さの相手を無事なまま倒すとなるとハードルが一気に上がる。

 これは今までに経験した事のない戦いだった。


 (わたる)は結果的に今まで直接的を殺めたことは無いが、強敵を相手にしたときは相手のことを気遣ってなどいられなかった。

 確信的に生きたまま倒せたのはみな実力的に自分の方が明らかに勝っている相手だけだ。


 (わたる)は今、別の意味でこの戦いに苦難を強いられていた。


「うグウウウウッッ……!」


 道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)は己の器を超えた神為(しんい)が制御出来ず、暴走状態にある。

 その溢れんばかりの力に任せ、掌から雷光を(わたる)に目掛けて乱れ撃ってきた。


「ガアアアアッッ‼」


 しかし、(わたる)はこれを全て回避する。

 陰斗(かげと)の予備動作は決して大きくないが、その僅かなヒントだけで攻撃箇所が読めるほどに(わたる)は成長していたのだ。


 接近した(わたる)に、陰斗(かげと)の右フックが振るわれる。

 (わたる)はこれも難無く下に潜って躱し、打ち終わりに斜め下から頬にパンチを浴びせた。


 陰斗(かげと)の身体が少し宙に浮き、彼は七・八歩後退った。

 やはり地力では完全に(わたる)が上回っている。

 油断は禁物だが、本気で戦えばまず負けることは無いだろう。


 だがこの相手は、椿(つばき)陽子(ようこ)にとって掛け替えの無い弟なのだ。

 助け自由にすることを(こいねが)い、人生をも犠牲にしてきた彼女の為にも、万に一つがあっては絶対にならない。


 そして、(わたる)自身もまた彼のことを助けたかった。

 陽子(ようこ)陰斗(かげと)は姉弟で自分達の帰国に最後の一押しをしてくれた。

 色々あったが、彼がいなければ(わたる)達は日本に帰れなかっただろう。

 紛れも無く、道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)もまた(わたる)達の恩人だった。


 その恩人は今、正気を失って(わたる)に再び牙を剥いてきた。

 遠距離では術式神為(しんい)の電撃を滅茶苦茶に放ち、(わたる)を攪乱する。

 そして接近すれば、今度は格闘技で応戦してくる。


 遠近両方で異なる戦法を()れる陰斗(かげと)はその強力な神為(しんい)もあって通常ならばかなりの強敵だと言える。

 だが遠距離の放電も、接近戦での格闘術も(わたる)(ことごと)く回避する。

 そして何度も拳が、蹴りが、陰斗(かげと)に炸裂して彼を大きく怯ませる。


「苦しいのは解ったからちょっとは落ち着けよ。そんな攻撃的に出られちゃ助けるられるものも助けられないだろ?」


 (わたる)が声を掛けた隙に、陰斗(かげと)は一気に間合いを詰めてきた。

 そしてフックによる拳と肘の二連撃が(わたる)の顎に入った。

 彼は姉と違い、椿流洋式剛体術の技を父親から教わっている。


 (わたる)陰斗(かげと)が放った「爆拳斧肘撃(ばっけんふちゅうげき)椿(つばき)〟」によって一瞬何か閃く様な感覚の後、強烈な眩暈を覚えた。

 どうやら一発目の拳の反発力を瞬時に逃がし、その逃げた反作用衝撃力を肘に重ねて連撃し、凄まじい威力を発揮するという理屈らしい。


 眩暈から立ち返った(わたる)は戦慄した。

 何故なら陰斗(かげと)の掌が左胸、即ち心臓の前でまさに放電しようとしていたのだ。


 (わたる)は無我夢中で陰斗(かげと)を殴り飛ばした。

 強烈な一撃に陰斗(かげと)の身体がアスファルトを跳ねる。


 今のを貰っていたら危なかった……!――(わたる)の脳から脊髄に冷たい感覚が走り抜けた。


 何を余裕ぶって敵に話しかけたのだろう。

 ずっと強者の慢心の隙を突いて戦ってきた癖に、力を手にした途端に彼らと同じ轍を踏もうというのか。

 そんな間抜けな話があるだろうか。


 これが普通の敵ならまだ解る。

 言葉によって油断を誘ったり、挑発したり、和解を模索するという手もあるだろう。

 だが今の敵、道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)は明らかに常軌を逸しており、話して通じる状態ではない。


「参ったな……。」


 (わたる)は頭を抱えて呻きながらゆっくりと起き上がる陰斗(かげと)を見ながらぼやいた。

 今まで必死の戦いを潜り抜けてきた(わたる)にとって、必殺の手段を封じられるというのは飛車角落ちの状態に等しい。

 にも拘らず、敵の陰斗(かげと)には一撃で命を刈り取る必殺の技を持っている。


 (わたる)には勝利への道筋が見えていない。

 妥当な手段で言えば、命を奪わずに気絶させるか、動けないように拘束するという手が考えられるだろう。


 だが(わたる)には自信が無い。

 (わたる)は今まで死線を潜り抜けてきたとはいえ、武術的な素養は殆ど無い。

 狙って確実に気を失わせるような技術は持ち合わせていないのだ。

 急所に光線銃を撃ち込むということも考えたが、例えば内臓を完全に焼き消してしまうなど、神為(しんい)を以てしても回復できない傷を負わせてしまうのは陽子(ようこ)に申し訳が立たない。


 また、拘束しようにも手段は限られており、二井原(にいはら)雛火(ひなび)の術式神為(しんい)で吸引機能付きのモップを作り出してで吸い付けるか、久住(くずみ)双葉(ふたば)の術式神為(しんい)で蔓を生やして縛り付けるかどちらか一つだろう。

 しかし、今の陰斗(かげと)に対してはそんな程度の拘束力だと簡単に突破されるような気がする。


 どうする? どうすればいい?――(わたる)は迷い、必死に考える。


 そんな彼を暴走した陰斗(かげと)が待つ筈も無く、遠距離にあっては雷撃を、近距離にあっては格闘術を駆使して(わたる)を容赦なく殺しにかかってくる。

 地力では上回っている筈の(わたる)は、次第に劣勢に追い込まれていく。


 両腕の降り下ろしによる両肘と組んだ拳の二連撃「爆肘(ばくちゅう)鉞拳撃(えっけんげき)(えのき)〟」が(わたる)を俯かせる。

 当たる筈が無いと思った(わたる)だったが、どうやら肩の関節を外して攻撃を伸ばすことも技の一部らしい。


 この時、ついに彼は片膝を突いてしまった。

 すかさず、陰斗(かげと)(わたる)の首根っこを掴む。

 このまま放電されてしまえば、(わたる)は一巻の終わりである。


「舐めるなァッ‼」


 (わたる)はすかさず光線銃を撃ち上げ、陰斗(かげと)の二の腕を貫いた。

 堪らず手を離した隙に距離を取って難を逃れ、体勢を立て直す。


 兎に角、やられるわけにはいかない。

 そして逃がすわけにもいかない。


 今この状況を解決する方法は唯一つ。

 陰斗(かげと)を気絶させて戦闘不能にし、東瀛(とうえい)除丸(じょがん)を飲ませて神為(しんい)を失わせる。


 難しいが、やるしかない!――(わたる)は覚悟を決めた。


 技術が無いなどとは言っていられない。

 相手を上手く気絶させる、そのヒントは今までの戦いや人生の中でどこかに必ずある筈だ。

 それに、仮令(たとえ)理不尽な困難が降り掛かろうが、どうにかして乗り越えるしかないのは今までと何も変わらないではないか。


 (わたる)は思い出す。

 先程、攻撃を顎に貰った際、目の前に閃光が奔って眩暈を覚えた。

 何度か漫画の中で見た、特定の部位への打撃によって脳震盪を起こす現象。

 それに(かつ)て護身を魅琴(みこと)に教わった際、そんなことを彼女が言っていた気もする。


『まあ(わたる)には百年早い技術だと思うけど。』


 五月蠅(うるさ)いな……。――(わたる)は当時の魅琴(みこと)の言葉に内心苛立つ。


 確かに、三カ月程前の戦いとは無縁だった(わたる)には到底想像だに出来ない技術だった。

 だが、今なら違う筈だ。


 (わたる)は勇みながら陰斗(かげと)との間合いを自分から詰める。

 そして顎や蟀谷(こめかみ)、即ち脳震盪を起こしやすい部位目掛けて拳を繰り出す。


 しかし、陰斗(かげと)は易々とこれを躱して見せた。

 陰斗(かげと)からの反撃、アッパーカットは一旦退いて躱したものの、(わたる)の心に焦りが募る。

 格闘技を使い、実戦経験もありそうな陰斗(かげと)相手に上手く当てるのは無理があるのではないか。


 見透かすように、陰斗(かげと)は苦しみを堪えるような歪んだ笑みを見せた。


「見エ見エだゾ……。そンナ狙イが明ラかナ拳打、貰ウモのカ……! グオオオオオッッ‼」


 陰斗(かげと)は突然雄叫びを上げた。

 それと共に、明らかに陰斗(かげと)神為(しんい)量が上昇していく。


 このままだと拙い……!――(わたる)は益々焦る。


 神為(しんい)が増すということは、単純に身体能力や術式の威力や使い道、耐久力など、あらゆる面で強化されることを意味する。

 そればかりか、陽子(ようこ)の話によると陰斗(かげと)の場合、神為(しんい)の上昇そのものが彼の命に係わる。


「ハア……ハア……。ふぅフフフ……! 企みヲ読マレて残念ダッたナ……。」

「企み?」

「どウセ姉さンヲ(たぶら)かシテ、(ぼく)ト首領補佐ヲ総力で捕らエル腹積モリだッタノダろウ。ダが、八社女(やおとめ)首領補佐ハ見抜イタぞ……。信ジたクなカッタがナ、姉さンノ裏切リなド……!」


 たどたどしい陰斗(かげと)の言葉から、(わたる)は状況を推察する。

 どうやらこれは八社女(やおとめ)征一千(せいいち)の罠らしい。


椿(つばき)が裏切った?」

「アイツハ自分ダケ助カろウと、(ぼく)らヲオ(まえ)ラニ売ッタ‼」

八社女(やおとめ)がそう言ったのか……。」


 (わたる)の心に火が着いた。

 八社女(やおとめ)も、そして陰斗(かげと)のことも無性に腹が立ってきたのだ。


莫迦(ばか)野郎が……! そこまで正気を失くしたのか‼」


 (わたる)陰斗(かげと)の足下に手を向ける。

 アスファルトを突き破り、木の蔓が大量に伸びて陰斗(かげと)を取り囲む。

 そしてあっという間に陰斗(かげと)を縛り上げてしまった。


「何ダト⁉」

「ずっと血を分けたお(まえ)を助けようとしてきた姉貴より八社女(やおとめ)みてえな胡散臭え野郎を信じてどうするんだよ‼」


 陰斗(かげと)は身動きが取れない。

 これではいくら(わたる)の攻撃が読めようが、回避技術があろうが躱しようがない。


「クッ、こンナもノ‼」

「遅えんだよ‼」


 陰斗(かげと)が電撃で蔓を焼き払うよりも遥かに疾く、(わたる)の渾身の拳が陰斗(かげと)の顎を捉えた。

 実戦では技術不足でも、動けない的であれば実践できる程度には(わたる)は腕を上げていたのだ。


 陰斗(かげと)(わたる)の一撃を受け、蔓が焼け落ちるのと同時にがっくりと膝を突いた。

 どうやら完全に意識を失ったらしい。

 終わってみれば実にあっけない決着だった。


「ふぅ……。さて、こいつも根尾(ねお)さんの所に連れて行って東瀛(とうえい)除丸(じょがん)を飲ませなきゃな……。」


 (わたる)は力なく座り込んだ陰斗(かげと)を担ぎ上げようと近寄った。

 しかしその時、辺りに聞き覚えのある不気味な笑い声が響き渡った。


「チッ……! お出ましってわけかよ!」


 何処からともなく陰斗(かげと)に背を向けた(わたる)の前に、少年の様な男、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)が姿を顕した。


「もしかしたら行けるかと一瞬思ったけど、全然駄目じゃないか……。陰斗(かげと)が期待外れなのか、それとも、岬守(さきもり)(わたる)、お(まえ)が予想以上だったのか……。」


 やはり陰斗(かげと)はこの男の差し金だった。

 だが目論見が外れた筈の男は不気味なほど不敵な笑みを浮かべている。


「何処から仕組んでた?」

「んー、今日(きみ)達の起きたことは全部かな? 椿(つばき)陽子(ようこ)目撃のタレコミも(ぼく)らの筋だし、麗真(うるま)魅琴(みこと)を引き離したのもね。そして椿(つばき)陽子(ようこ)(きみ)達の本拠地に辿り着いたところで、陰斗(かげと)の術式神為(しんい)を使って姉の下へひとっ跳び。後は陽子(ようこ)の裏切りを言い含めておいた彼がここで滅茶苦茶に暴れて(きみ)達を全滅させてくれれば万事計画通りだったんだけどね。」

「へー、そりゃ手間暇かけてよくやってくれたな。でもま、また(ぼく)一人に躓いておじゃんになったわけだが……。」


 (わたる)の挑発にも、八社女(やおとめ)は動じる様子を見せない。

 それどころか的外れとばかりに鼻で笑いすらしてきた。


「悪いが今回はちゃんと次の手を用意しているよ。」


 八社女(やおとめ)はそう言うと前に手を差し出した。

 来るか!――(わたる)八社女(やおとめ)の攻撃に備えて身構える。

 だが、八社女(やおとめ)の手から放たれた紫色の(もや)(わたる)ではなく陰斗(かげと)の体を覆った。


――穢咀(えそ)禁呪(きんじゅ)言瘤忌名(イルミナ)――


 すると(わたる)の背後で陰斗(かげと)が再び人間のものとは思えない物凄い咆哮を上げた。

 (わたる)は驚いて振り向くと、そこには上半身の衣服が隆起した筋肉で開け、一回りも二回りも体が大きくなった陰斗(かげと)がいた。


 もう復活したのか?――しかし(わたる)はすぐにあることに気が付き、そしてだからこそ戦慄した。


 陰斗(かげと)は白目を剥いたまま、意識を失ったまま立ち上がっている。


「ははははは! どうだ岬守(さきもり)、愉しくなって来ただろう? 見ての通り、陰斗(かげと)神為(しんい)は今までとは比較にならないほど爆発的に上昇させた! 屹度(きっと)また新たな力が発現していることだろう! そしてここからこの男は意識の無い状態で戦い続けるのだ‼」


 (わたる)は堪らず後退(あとずさ)り、陰斗(かげと)の接近を警戒する。

 どういうことなのか、どうすればいいのか全くわからない。

 そんな(わたる)に後ろから八社女(やおとめ)が得意気に解説し始めた。


(ぼく)達は穢咀(えそ)禁呪(きんじゅ)という力でこの世の摂理を捻じ曲げることが出来る。これによって神為(しんい)量を理に背いて上昇させることが出来るのだがね、いくつか欠点があるのだよ。穢咀(えそ)禁呪(きんじゅ)によって上昇した神為(しんい)は急激に消費してしまうと戻らなくなる。だから敗北後に強化を維持しようとすると必然的に穢咀(えそ)禁呪(きんじゅ)を再び掛けなければならない訳だが、穢咀(えそ)禁呪(きんじゅ)による神為(しんい)上昇は重ねれば重ねる程、強化した者の自我を崩壊させていくのさ。」


 陰斗(かげと)は再び大気を震わす程の叫び声を上げた。

 その形相は、最早人間としての己すら認識できていない様子だ。


「じゃあ今こいつは……!」

「そう、あの狂気から見てあと一押しだと思っていた。完全に自我が崩壊した彼には最早()()()()()()()()()()。ただ肉体が、細胞が、本能のままに戦い続けるだけなのだ。」


 八社女(やおとめ)はゲラゲラと笑い始めた。


「さあて、義理堅く誠実な岬守(さきもり)(わたる)君よ。陰斗(かげと)を救い出し、椿(つばき)陽子(ようこ)の願いを叶えなくてはならないが、その為には彼を殺すわけにはいかないし、四肢を捥いで物理的に戦闘不能にするわけにもいくまい。とすると先程の様に()()()()()()()()()が、困ったことに陰斗(かげと)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだよ! はてさて、一体全体どうしようかねえ⁉」


 八社女(やおとめ)の嘲笑に(わたる)が気を取られていると、陰斗(かげと)は閃光の様な凄まじい速度で(わたる)に体当たりしてきた。


「ぐあっ‼」


 体に電流が奔ったような衝撃を受け、(わたる)は膝を突く。

 陰斗(かげと)はその後も、まるで雷霆(らいてい)の様な速さで駐車場を縦横無尽に動き回り、(わたる)に何度も突進攻撃を仕掛けてくる。


「ぐああああっっ‼」

「ほう、こりゃいい! 陰斗(かげと)はまた一つ術式神為(しんい)の扉を開いたらしいね。今の彼は雷そのものだ。岬守(さきもり)如何(いか)にお(まえ)が力を付けたとはいえこの動きには着いて行けまい。」


 八社女(やおとめ)はそう言うと、悠々とホテルに向かって歩を進める。


「ま、待て!」

(きみ)陰斗(かげと)と遊んでいるといい。遊び疲れたら永久(とわ)に眠りな。(ぼく)(ぼく)である男に用事があるのでね。こうしている内にも推城(つきしろ)の奴が()()()()を死に物狂いで足止めしているだろうから、(ぼく)も仕事をきっちり(こな)さなくては……。」


 (わたる)雷霆(らいてい)と化した陰斗(かげと)に成す術無く滅多打ちにされていた。

 これが強化された陰斗(かげと)の力なのか。


 このどうにもならなさはまるで皇族……!――そう脳裏に過った時、(わたる)の拳が無意識に繰り出された。


「ぼアッッ⁉」


 拳は陰斗(かげと)の顔面を捉え、彼はホテルの壁に激突した。

 その様子を見て、(わたる)は考える。


 一瞬皇族を想起したが、自分の拳は、体はそれを否定した。

 生身で直接対決した狛乃神(こまのかみ)嵐花(らんか)は、光線銃すらも経験則無しで回避できるというもっと訳の分からない速度だった。

 そして、そんな彼女をも圧倒的に上回っていた魅琴(みこと)


「こんなところで負けてるようじゃ、あいつに顔向けできないよな!」


 (わたる)は闘志を取り戻した。

 そしてそんな彼の背中を押すように、一人の男がエントランスから声を上げた。


「その通りだ岬守(さきもり)君! 道成寺(どうじょうじ)陰斗(かげと)を止める手はここにある!」


 根尾(ねお)弓矢(きゅうや)が先程のダメージを押して戻って来たのだ。

 そして一粒の錠剤を(わたる)に向かって放り投げた。


「これは……? そうか!」


 (わたる)は受け止めた東瀛丸とは明らかに異なるそれを見て察した。

 久住(くずみ)双葉(ふたば)に渡される際、一度だけ物を見たことがあった。


東瀛(とうえい)除丸(じょがん)! それを陰斗(かげと)にどうにかして飲ませろ! もう一人はどうやら(おれ)の客人らしいからな!」


 根尾(ねお)はそう言うと(わたる)に笑って見せ、それから八社女(やおとめ)を睨みつけた。


「これはこれは……。手間が省けたというべきかな? 地獄へようこそ、根尾(ねお)弓矢(きゅうや)。」

「気が早いことだ。それに、落ちるのは貴様(きさま)一人だ、八社女(やおとめ)征一千(せいいち)! その前に牢獄が待っているがな!」


 どうやら根尾(ねお)八社女(やおとめ)は互いに狙いを定めたようだ。

 そして(わたる)は、ホテルの壁にめり込んだ陰斗(かげと)が周囲を崩して脱出する様を見据えて息を整える。


「簡単に言ってくれるよ、根尾(ねお)さん。ま、やるしかないんだろうけどな!」


 敵味方に一人ずつの人員を加え、パワーバランスと勝利条件も大きく変わり、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

次回更新は、11月28日㈰

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