第九十一話 閃光
前回
椿陽子は幼い頃離れ離れになった弟、道成寺陰斗をずっと探し求め、そして父親である道成寺太から救おうとしてきたが、とうとう限界を迎えようとしていた。
そんな中で彼女は岬守航と虻球磨新兒に遭遇し、身の上を全て話した上で助けを求める。
新兒は陽子の今までのことを咎められはしたものの、二人は彼女を受け容れ、彼女は感謝しつつ特殊防衛課の待つホテルへと同行したのだった。
抑も何故、岬守航と虻球磨新兒は平日の昼間に街を歩いていたのか。
それはその日の朝、根尾弓矢のもとに一つの情報提供があったことに端を発する。
日本に逃げ込んだ武装戦隊・狼ノ牙の面々であるが、皇國との戦争前に邦人を拉致しているため、当然彼らには指名手配が掛かっていた。
その中から、椿陽子の目撃情報が警察を介して根尾に入ってきたのだ。
根尾はすぐさま岬守航と麗真魅琴、そして序でに椿に関しては捜査に加えて欲しいと前々から懇願していた虻球磨新兒にも連絡。
こうして、新華族令嬢の奪還時に久住双葉の家へ訪れた三人で椿陽子の捜索が行われる筈だった。
だが、途中でアクシデントがあった。
散策の途中、突如振動したスマートフォンのディスプレイを見た魅琴の顔が一瞬で険しくなり、訳も話さずに一人走り去ってしまったのだ。
航と新兒が椿陽子と遭遇したのはその直後のことだった。
そして説得の末、一人の重要参考人が特殊防衛課の活動拠点となっている高級ホテルへと任意同行されることになった。
⦿⦿⦿
ホテルの駐車場に到着した岬守航、虻球磨新兒、椿陽子、白蘭揚羽を根尾弓矢が迎える。
「根尾さん、魅琴は?」
根尾は困り果てた顔で首を振る。
「まだ戻らん。何事も無ければいいんだが……。」
「あいつに限っては何も起きようがねえだろ。」
新兒はいつもの調子を取り戻し、軽薄に笑って見せた。
確かに、魅琴の身に迫る脅威というものがあれば、返り討ちにするイメージしか浮かばない。
だが彼女が一人離れ離れになっているという状況が航には不安を想起させていた。
周囲に嫌な空気、予感が立ち籠める。
そしてその瞬間、一筋の閃光が彼らのど真ん中に奔り込んできた。
「なッ⁉」
閃光が到達した地点で光に包まれていた男が徐々にその姿を顕していく。
男の上げた叫び声と共に五人は彼の周囲から勢い良く弾き飛ばされた。
「グゥウウウ……うウグガァグウゥゥッ‼」
涎を垂らし、焦点の合っていない眼で呻き声を上げる男。
それは紛れも無く、話題の渦中にいるあの青年だった。
「陰斗‼」
陽子は弟の名を叫んだ。
道成寺陰斗はそんな姉に眼の焦点を合わせ、信じられない言葉を口にした。
「裏切ッたナ……! 僕達ヲ売り自分ダけ助かル気だナ……!」
「陰斗、何を言っているの? 私はアンタを…」
「黙レ‼」
――術式神為・陰盃騎士颱雷神――
陰斗の掌から放出された電撃が陽子に直撃した。
陽子は悲鳴を上げることも出来ずに一瞬でその場に倒れ伏した。
「椿‼」
「てめえ実の姉貴に‼」
航は意識を失った陽子に駆け寄り、呼吸と脈を確かめた。
どうやら絶命には至ってないようだが、この場に放置するのは危険である。
「ぐあアッッ‼」
一方、彼の背中越しでは根尾と新兒が陰斗の攻撃に吹き飛ばされていた。
二人とも直ぐに起き上がったが、決してダメージは小さくないらしい。
航は決心したように傍で倒れて起き上がろうとしていた白蘭に伝える。
「白蘭さん、椿を頼みます。根尾さん! 虻球磨! 二人は白蘭さんと椿を守ってくれ!」
航は一人、陰斗の下に、一つまた一つと歩を寄せる。
「この場は僕が引き受ける!」
何らかの謀略の下、予想だにしない危機と戦いが呼び込まれた。
航は一人、今までとは違う戦いを受けて立とうとしていた。
こいつは、絶対に生きたまま倒さなきゃならない……!――航の胸に緊張が走る。
今の一連の攻撃を見て航は陰斗を「それなりの脅威」と認識していた。
確かに楽な相手ではないが、今までの様な絶望感すら漂うとんでもない強敵という訳ではない。
だが、そのそこそこ余裕のない強さの相手を無事なまま倒すとなるとハードルが一気に上がる。
これは今までに経験した事のない戦いだった。
航は結果的に今まで直接的を殺めたことは無いが、強敵を相手にしたときは相手のことを気遣ってなどいられなかった。
確信的に生きたまま倒せたのはみな実力的に自分の方が明らかに勝っている相手だけだ。
航は今、別の意味でこの戦いに苦難を強いられていた。
「うグウウウウッッ……!」
道成寺陰斗は己の器を超えた神為が制御出来ず、暴走状態にある。
その溢れんばかりの力に任せ、掌から雷光を航に目掛けて乱れ撃ってきた。
「ガアアアアッッ‼」
しかし、航はこれを全て回避する。
陰斗の予備動作は決して大きくないが、その僅かなヒントだけで攻撃箇所が読めるほどに航は成長していたのだ。
接近した航に、陰斗の右フックが振るわれる。
航はこれも難無く下に潜って躱し、打ち終わりに斜め下から頬にパンチを浴びせた。
陰斗の身体が少し宙に浮き、彼は七・八歩後退った。
やはり地力では完全に航が上回っている。
油断は禁物だが、本気で戦えばまず負けることは無いだろう。
だがこの相手は、椿陽子にとって掛け替えの無い弟なのだ。
助け自由にすることを冀い、人生をも犠牲にしてきた彼女の為にも、万に一つがあっては絶対にならない。
そして、航自身もまた彼のことを助けたかった。
陽子と陰斗は姉弟で自分達の帰国に最後の一押しをしてくれた。
色々あったが、彼がいなければ航達は日本に帰れなかっただろう。
紛れも無く、道成寺陰斗もまた航達の恩人だった。
その恩人は今、正気を失って航に再び牙を剥いてきた。
遠距離では術式神為の電撃を滅茶苦茶に放ち、航を攪乱する。
そして接近すれば、今度は格闘技で応戦してくる。
遠近両方で異なる戦法を採れる陰斗はその強力な神為もあって通常ならばかなりの強敵だと言える。
だが遠距離の放電も、接近戦での格闘術も航は悉く回避する。
そして何度も拳が、蹴りが、陰斗に炸裂して彼を大きく怯ませる。
「苦しいのは解ったからちょっとは落ち着けよ。そんな攻撃的に出られちゃ助けるられるものも助けられないだろ?」
航が声を掛けた隙に、陰斗は一気に間合いを詰めてきた。
そしてフックによる拳と肘の二連撃が航の顎に入った。
彼は姉と違い、椿流洋式剛体術の技を父親から教わっている。
航は陰斗が放った「爆拳斧肘撃〝椿〟」によって一瞬何か閃く様な感覚の後、強烈な眩暈を覚えた。
どうやら一発目の拳の反発力を瞬時に逃がし、その逃げた反作用衝撃力を肘に重ねて連撃し、凄まじい威力を発揮するという理屈らしい。
眩暈から立ち返った航は戦慄した。
何故なら陰斗の掌が左胸、即ち心臓の前でまさに放電しようとしていたのだ。
航は無我夢中で陰斗を殴り飛ばした。
強烈な一撃に陰斗の身体がアスファルトを跳ねる。
今のを貰っていたら危なかった……!――航の脳から脊髄に冷たい感覚が走り抜けた。
何を余裕ぶって敵に話しかけたのだろう。
ずっと強者の慢心の隙を突いて戦ってきた癖に、力を手にした途端に彼らと同じ轍を踏もうというのか。
そんな間抜けな話があるだろうか。
これが普通の敵ならまだ解る。
言葉によって油断を誘ったり、挑発したり、和解を模索するという手もあるだろう。
だが今の敵、道成寺陰斗は明らかに常軌を逸しており、話して通じる状態ではない。
「参ったな……。」
航は頭を抱えて呻きながらゆっくりと起き上がる陰斗を見ながらぼやいた。
今まで必死の戦いを潜り抜けてきた航にとって、必殺の手段を封じられるというのは飛車角落ちの状態に等しい。
にも拘らず、敵の陰斗には一撃で命を刈り取る必殺の技を持っている。
航には勝利への道筋が見えていない。
妥当な手段で言えば、命を奪わずに気絶させるか、動けないように拘束するという手が考えられるだろう。
だが航には自信が無い。
航は今まで死線を潜り抜けてきたとはいえ、武術的な素養は殆ど無い。
狙って確実に気を失わせるような技術は持ち合わせていないのだ。
急所に光線銃を撃ち込むということも考えたが、例えば内臓を完全に焼き消してしまうなど、神為を以てしても回復できない傷を負わせてしまうのは陽子に申し訳が立たない。
また、拘束しようにも手段は限られており、二井原雛火の術式神為で吸引機能付きのモップを作り出してで吸い付けるか、久住双葉の術式神為で蔓を生やして縛り付けるかどちらか一つだろう。
しかし、今の陰斗に対してはそんな程度の拘束力だと簡単に突破されるような気がする。
どうする? どうすればいい?――航は迷い、必死に考える。
そんな彼を暴走した陰斗が待つ筈も無く、遠距離にあっては雷撃を、近距離にあっては格闘術を駆使して航を容赦なく殺しにかかってくる。
地力では上回っている筈の航は、次第に劣勢に追い込まれていく。
両腕の降り下ろしによる両肘と組んだ拳の二連撃「爆肘鉞拳撃〝榎〟」が航を俯かせる。
当たる筈が無いと思った航だったが、どうやら肩の関節を外して攻撃を伸ばすことも技の一部らしい。
この時、ついに彼は片膝を突いてしまった。
すかさず、陰斗は航の首根っこを掴む。
このまま放電されてしまえば、航は一巻の終わりである。
「舐めるなァッ‼」
航はすかさず光線銃を撃ち上げ、陰斗の二の腕を貫いた。
堪らず手を離した隙に距離を取って難を逃れ、体勢を立て直す。
兎に角、やられるわけにはいかない。
そして逃がすわけにもいかない。
今この状況を解決する方法は唯一つ。
陰斗を気絶させて戦闘不能にし、東瀛除丸を飲ませて神為を失わせる。
難しいが、やるしかない!――航は覚悟を決めた。
技術が無いなどとは言っていられない。
相手を上手く気絶させる、そのヒントは今までの戦いや人生の中でどこかに必ずある筈だ。
それに、仮令理不尽な困難が降り掛かろうが、どうにかして乗り越えるしかないのは今までと何も変わらないではないか。
航は思い出す。
先程、攻撃を顎に貰った際、目の前に閃光が奔って眩暈を覚えた。
何度か漫画の中で見た、特定の部位への打撃によって脳震盪を起こす現象。
それに嘗て護身を魅琴に教わった際、そんなことを彼女が言っていた気もする。
『まあ航には百年早い技術だと思うけど。』
五月蠅いな……。――航は当時の魅琴の言葉に内心苛立つ。
確かに、三カ月程前の戦いとは無縁だった航には到底想像だに出来ない技術だった。
だが、今なら違う筈だ。
航は勇みながら陰斗との間合いを自分から詰める。
そして顎や蟀谷、即ち脳震盪を起こしやすい部位目掛けて拳を繰り出す。
しかし、陰斗は易々とこれを躱して見せた。
陰斗からの反撃、アッパーカットは一旦退いて躱したものの、航の心に焦りが募る。
格闘技を使い、実戦経験もありそうな陰斗相手に上手く当てるのは無理があるのではないか。
見透かすように、陰斗は苦しみを堪えるような歪んだ笑みを見せた。
「見エ見エだゾ……。そンナ狙イが明ラかナ拳打、貰ウモのカ……! グオオオオオッッ‼」
陰斗は突然雄叫びを上げた。
それと共に、明らかに陰斗の神為量が上昇していく。
このままだと拙い……!――航は益々焦る。
神為が増すということは、単純に身体能力や術式の威力や使い道、耐久力など、あらゆる面で強化されることを意味する。
そればかりか、陽子の話によると陰斗の場合、神為の上昇そのものが彼の命に係わる。
「ハア……ハア……。ふぅフフフ……! 企みヲ読マレて残念ダッたナ……。」
「企み?」
「どウセ姉さンヲ誑かシテ、僕ト首領補佐ヲ総力で捕らエル腹積モリだッタノダろウ。ダが、八社女首領補佐ハ見抜イタぞ……。信ジたクなカッタがナ、姉さンノ裏切リなド……!」
たどたどしい陰斗の言葉から、航は状況を推察する。
どうやらこれは八社女征一千の罠らしい。
「椿が裏切った?」
「アイツハ自分ダケ助カろウと、僕らヲオ前ラニ売ッタ‼」
「八社女がそう言ったのか……。」
航の心に火が着いた。
八社女も、そして陰斗のことも無性に腹が立ってきたのだ。
「莫迦野郎が……! そこまで正気を失くしたのか‼」
航は陰斗の足下に手を向ける。
アスファルトを突き破り、木の蔓が大量に伸びて陰斗を取り囲む。
そしてあっという間に陰斗を縛り上げてしまった。
「何ダト⁉」
「ずっと血を分けたお前を助けようとしてきた姉貴より八社女みてえな胡散臭え野郎を信じてどうするんだよ‼」
陰斗は身動きが取れない。
これではいくら航の攻撃が読めようが、回避技術があろうが躱しようがない。
「クッ、こンナもノ‼」
「遅えんだよ‼」
陰斗が電撃で蔓を焼き払うよりも遥かに疾く、航の渾身の拳が陰斗の顎を捉えた。
実戦では技術不足でも、動けない的であれば実践できる程度には航は腕を上げていたのだ。
陰斗は航の一撃を受け、蔓が焼け落ちるのと同時にがっくりと膝を突いた。
どうやら完全に意識を失ったらしい。
終わってみれば実にあっけない決着だった。
「ふぅ……。さて、こいつも根尾さんの所に連れて行って東瀛除丸を飲ませなきゃな……。」
航は力なく座り込んだ陰斗を担ぎ上げようと近寄った。
しかしその時、辺りに聞き覚えのある不気味な笑い声が響き渡った。
「チッ……! お出ましってわけかよ!」
何処からともなく陰斗に背を向けた航の前に、少年の様な男、八社女征一千が姿を顕した。
「もしかしたら行けるかと一瞬思ったけど、全然駄目じゃないか……。陰斗が期待外れなのか、それとも、岬守航、お前が予想以上だったのか……。」
やはり陰斗はこの男の差し金だった。
だが目論見が外れた筈の男は不気味なほど不敵な笑みを浮かべている。
「何処から仕組んでた?」
「んー、今日君達の起きたことは全部かな? 椿陽子目撃のタレコミも僕らの筋だし、麗真魅琴を引き離したのもね。そして椿陽子が君達の本拠地に辿り着いたところで、陰斗の術式神為を使って姉の下へひとっ跳び。後は陽子の裏切りを言い含めておいた彼がここで滅茶苦茶に暴れて君達を全滅させてくれれば万事計画通りだったんだけどね。」
「へー、そりゃ手間暇かけてよくやってくれたな。でもま、また僕一人に躓いておじゃんになったわけだが……。」
航の挑発にも、八社女は動じる様子を見せない。
それどころか的外れとばかりに鼻で笑いすらしてきた。
「悪いが今回はちゃんと次の手を用意しているよ。」
八社女はそう言うと前に手を差し出した。
来るか!――航は八社女の攻撃に備えて身構える。
だが、八社女の手から放たれた紫色の靄は航ではなく陰斗の体を覆った。
――穢咀禁呪・言瘤忌名――
すると航の背後で陰斗が再び人間のものとは思えない物凄い咆哮を上げた。
航は驚いて振り向くと、そこには上半身の衣服が隆起した筋肉で開け、一回りも二回りも体が大きくなった陰斗がいた。
もう復活したのか?――しかし航はすぐにあることに気が付き、そしてだからこそ戦慄した。
陰斗は白目を剥いたまま、意識を失ったまま立ち上がっている。
「ははははは! どうだ岬守、愉しくなって来ただろう? 見ての通り、陰斗の神為は今までとは比較にならないほど爆発的に上昇させた! 屹度また新たな力が発現していることだろう! そしてここからこの男は意識の無い状態で戦い続けるのだ‼」
航は堪らず後退り、陰斗の接近を警戒する。
どういうことなのか、どうすればいいのか全くわからない。
そんな航に後ろから八社女が得意気に解説し始めた。
「僕達は穢咀禁呪という力でこの世の摂理を捻じ曲げることが出来る。これによって神為量を理に背いて上昇させることが出来るのだがね、いくつか欠点があるのだよ。穢咀禁呪によって上昇した神為は急激に消費してしまうと戻らなくなる。だから敗北後に強化を維持しようとすると必然的に穢咀禁呪を再び掛けなければならない訳だが、穢咀禁呪による神為上昇は重ねれば重ねる程、強化した者の自我を崩壊させていくのさ。」
陰斗は再び大気を震わす程の叫び声を上げた。
その形相は、最早人間としての己すら認識できていない様子だ。
「じゃあ今こいつは……!」
「そう、あの狂気から見てあと一押しだと思っていた。完全に自我が崩壊した彼には最早意識という概念が無い。ただ肉体が、細胞が、本能のままに戦い続けるだけなのだ。」
八社女はゲラゲラと笑い始めた。
「さあて、義理堅く誠実な岬守航君よ。陰斗を救い出し、椿陽子の願いを叶えなくてはならないが、その為には彼を殺すわけにはいかないし、四肢を捥いで物理的に戦闘不能にするわけにもいくまい。とすると先程の様に気絶させるしかないが、困ったことに陰斗は気を失った状態で無意識の本能のままに戦うのだよ! はてさて、一体全体どうしようかねえ⁉」
八社女の嘲笑に航が気を取られていると、陰斗は閃光の様な凄まじい速度で航に体当たりしてきた。
「ぐあっ‼」
体に電流が奔ったような衝撃を受け、航は膝を突く。
陰斗はその後も、まるで雷霆の様な速さで駐車場を縦横無尽に動き回り、航に何度も突進攻撃を仕掛けてくる。
「ぐああああっっ‼」
「ほう、こりゃいい! 陰斗はまた一つ術式神為の扉を開いたらしいね。今の彼は雷そのものだ。岬守、如何にお前が力を付けたとはいえこの動きには着いて行けまい。」
八社女はそう言うと、悠々とホテルに向かって歩を進める。
「ま、待て!」
「君は陰斗と遊んでいるといい。遊び疲れたら永久に眠りな。僕は僕である男に用事があるのでね。こうしている内にも推城の奴があの化物を死に物狂いで足止めしているだろうから、僕も仕事をきっちり熟さなくては……。」
航は雷霆と化した陰斗に成す術無く滅多打ちにされていた。
これが強化された陰斗の力なのか。
このどうにもならなさはまるで皇族……!――そう脳裏に過った時、航の拳が無意識に繰り出された。
「ぼアッッ⁉」
拳は陰斗の顔面を捉え、彼はホテルの壁に激突した。
その様子を見て、航は考える。
一瞬皇族を想起したが、自分の拳は、体はそれを否定した。
生身で直接対決した狛乃神嵐花は、光線銃すらも経験則無しで回避できるというもっと訳の分からない速度だった。
そして、そんな彼女をも圧倒的に上回っていた魅琴。
「こんなところで負けてるようじゃ、あいつに顔向けできないよな!」
航は闘志を取り戻した。
そしてそんな彼の背中を押すように、一人の男がエントランスから声を上げた。
「その通りだ岬守君! 道成寺陰斗を止める手はここにある!」
根尾弓矢が先程のダメージを押して戻って来たのだ。
そして一粒の錠剤を航に向かって放り投げた。
「これは……? そうか!」
航は受け止めた東瀛丸とは明らかに異なるそれを見て察した。
久住双葉に渡される際、一度だけ物を見たことがあった。
「東瀛除丸! それを陰斗にどうにかして飲ませろ! もう一人はどうやら俺の客人らしいからな!」
根尾はそう言うと航に笑って見せ、それから八社女を睨みつけた。
「これはこれは……。手間が省けたというべきかな? 地獄へようこそ、根尾弓矢。」
「気が早いことだ。それに、落ちるのは貴様一人だ、八社女征一千! その前に牢獄が待っているがな!」
どうやら根尾と八社女は互いに狙いを定めたようだ。
そして航は、ホテルの壁にめり込んだ陰斗が周囲を崩して脱出する様を見据えて息を整える。
「簡単に言ってくれるよ、根尾さん。ま、やるしかないんだろうけどな!」
敵味方に一人ずつの人員を加え、パワーバランスと勝利条件も大きく変わり、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
次回更新は、11月28日㈰




